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第三章 アイドル・ミカン
第二節
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遠州は酔っていた。理由は明白で、行きつけの居酒屋に来ていたのだ。いつも通り店に来て、開閉一番にビールと枝豆を頼んだ遠州は、そのまま一息でビールを飲みほした。遠州にとって、この“かんきつ”というお店に来ることが一種のストレス発散方法なのだ。
「どうしたの? エースちゃん」
そう首をかしげて遠州に呼びかけるのは、この店の女主人だ。みんなから女将と慕われているその女性は、その名の通り、女将のような格好で、この居酒屋を営業している。エース、とは遠州のことであり、遠州のことをエースと呼ぶのは女将だけだ。そう読めるからと言ってそのあだ名を変えることはない女将は、強情だと言える。
「前に言ったろ、あの、面倒くせぇ女探偵のこと」「あ~、彼女ね。それがどうかした?」
客の話など一ミリも覚えていない女将は、うまい具合に遠州の口裏に合わせながら話を広げる。幸い、客は酔った遠州しかおらず、そのことを指摘される心配もない。
「アイツいい加減にしろって」
そう言って遠州は店の中をぼんやりと眺めた。女将の趣味なのだろうか、木製の家具で揃えられた店内に、食器のモノクロがよく映えている。壁にはたくさんの絵が飾られているが、しかし女将の手書きではなさそうだ。それについて遠州は興味を持ったことなどなかった。理解できなかったともいえる。子供の落書きのような、そんな絵ばかりが並んでいるからだ。
よくある居酒屋と言えるその店にはメニュー表もありはしない。ここでは女将がルールであり、出される品のすべては女将が決める。決めると言っても女将の手作りが出されたことはなく、いずれも冷凍食品がほとんどだが、それを咎めるような常連客はいない。
遠州もそうだが、女将に対して払っているのだ。飲食はついでだった。
「まぁまぁ。エースちゃんは江ノの平和を見守ってくれているんだし、少しぐらい休んだらどう? なんだってその探偵さんも事件に首を突っ込んでくるのかしら」
「アイツにとってそれが生きがいなのさ」遠州は言った。女将は困ったように笑う。
「もう一杯いる?」「悪い女だな」
「いらないの?」
「いやいる」
女将が冷蔵庫から二杯目のビールを取り出す。遠州は女将の顔など見ずにただただ愚痴を吐き散らす。
「そもそもがおかしいんだよ、くそぉ。アイツからすればオレはいつでも情報を提供する都合がいい存在なのかもしれねぇが、それはアイツだけだろが! オレからすればアイツがやってることは公務執行妨害の何物でもねぇぞマジで」「そうね。エースちゃんはいつも大変な役回りね」
「もし生まれ変わったらぜってぇ関わらねぇ」
「それがエースちゃんのためになるでしょうね」
ぐびっと音を立てて遠州は飲んだ。いつもよりハイペースだと女将は思ったが、口に出すことはしない。わざわざ上客を不快にさせるようなことは言わない。女将はその辺に関してはプロだった。
「女将もそう思うなら言ってやってくれよ、あのクソ探偵に」
「残念なことに……、私その子に会ったことないのよ。その子が遊びに来てくれたら目一杯もてなすのに」
そう言われて遠州は気づいた。ムムがお酒を飲んでいるところなど見たことがない。もしかして飲まないのだろうか? 遠州の考えが悪い方へと傾く。それならば今度死ぬほど飲ませてやろう。嫌がらせとして。
実際ムムは飲まないだけで飲める太刀なのだが、遠州はそんなことなど気づかず笑った。急に笑い出した遠州を困った様子で眺めながら、女将はぼやく。「それにしても怖いわ。江ノ墓地で死体が発見されたなんて」
女将にそのことを注意したのはつい先日のことだ。江ノ墓地で遺体が発見されたから忙しくなりそうだと、愚痴をこぼす遠州に女将は言った。しんどくなったらいつでもうちに来てと。遠州はその言いつけを忠実に守って、連日通い詰めているわけだが。
「……気を付けてくれよ、女将……、ここは唯一オレの癒される場所なんだから」遠州の飲む速度は未だに変わらない。かなりのストレスを抱えているのだと女将は理解した。
「光栄なことを言ってくれるのね。エースちゃんおかわりいる? 私からのサービスってことで」
「頼むわ。お世辞で酒が飲める時代なんて最高だな」「失礼ね」
女将はそう言いながらも、ちゃんと三杯目のビールを冷蔵庫から出した。この苦労人である警察に、何かもてなしてあげたいと、純粋にそう思ったのだ。「それにしても」遠州はぼやいた。
「有名なアイドルが果たして自殺なんてするもんかね」
遠州のぼやきが、女将にはやけにはっきり聞こえた気がした。女将が思い浮かべるアイドルなど、一人しか存在しなかったのだ。しかしそんな動揺を客に見せることなどない。女将はプロなのだ。女将はお酒を持つ右手を左手で支えてから、大きく息を吐いた。「どういうこと?」
「女将って何歳?」「女性に年齢を聞くのは感心しないわよ」
「それもそうだな」
遠州は笑った。出会ってもう何年にもなるはずの遠州のその顔が、女将には出会ったことのない人物に見えた。たとえるならば、女将が小さい頃に見た絵画に描かれた悪魔の顔にそっくりだった。
「ミカンっていうアイドルなんだよ、発見された遺体は」
女将はふぅと息を吐いた。しかし、遠州はそんなことなどお構いなしに続ける。
「調べてもらったら、ミカンっていうのは芸名で、本名はユズっていうらしい。彼女、割とたくさんのファンがいて、で、結婚して、失踪して。そんな人生、だったのかね」
「そう……。勿論、というか当たり前のように知ってるわよ。ミカンちゃん。有名だった」
「そりゃいいや。どんなアイドルだったんだよ。オレは興味なくて分かんねぇから」
「すごく、すごく真面目な人。アイドルなんて、やっぱりどうしても異性に媚びなきゃいけないっていうところがあるでしょう? 彼女はそれを極端に嫌がる人で……それでもちゃんと媚びていた。照れ隠しで”小悪魔”なんて謳われていたけど、私には分かる。彼女は媚びたくないという意思を曲げてでも、売れようとしていた。引退してからは……どうなっちゃったのか、分からないけど。結婚して幸せになってると思ったのに」
「ガチファンじゃねぇか」「そうでもないのよ」
お客様に聞いたことだから、と女将は微笑んだ。
「それより、なぜ私の年齢を?」
「世代かなって、そんだけだよ。そんなに人気だったんなら、女将の耳にも入ってねェかなって。願望さ」
しかし女将がそんなに惚れるぐらいの女だったんだなと遠州はぼやいた。女将は笑って言った。
「ファンはお客様! 私じゃないのよ。私にはそんな余裕なかったから」
「アイドルを追いかけるのにはそんな余裕必要か?」「私からしたらね」
女将は適当な言葉で遠州を蹴飛ばした。酔いが、頭と、それから手足にも回ってきた遠州は曇ってきた視界で女将を見た。遠州から見た女将は、酷く焦ったような顔をしているように見えた。「女将?」
「安らかに、してくれるといいわね。ミカンちゃん」
しかし相変わらずの優しくゆっくりとした口調の女将はそれを幻のように錯覚させる。
「そうだな。そうだといいな」
女将は自然と目を閉じた。ミカンへの弔いだった。遠州はそれを見て、頭が余計にぐらつく感覚を覚えた。女将のいつもと違うその態度に動揺したともいえる。いつもは心地よいと感じていた女将の声も、香水の匂いも、居酒屋にある独特な雰囲気も、そのすべてがミスマッチに思えてならない。ちぐはぐで、どこか変だ。
遠州は自身の中にあったいくつかの要因で、一つ確かな答えを見つけた。多分飲みすぎて頭にアルコールを爆発寸前までため込みすぎてしまったのだと。考えてみればいつもよりハイペースで飲んでいたような気がする。
記憶がない。しかし酔っぱらいの記憶など、皆目役にも立たない。
ふらっとなる身体の感覚を地に着け、女将を見た。女将のその代名詞ともいえる格好も、まとめた髪も艶やかな黒髪も手先まで整えられた美も、そのすべてが遠州には眩しかった。
「オレもう行くわ」「あらもう?」
女将は残念そうに笑った。頬に手を当て、首をかしげるその表情でいったい何人を魅了してきたのだろう。遠州はふとそんなことを思った。
「明日そのアイドルの追っかけたちに聞き取りしなきゃならんからな。名残惜しいけどここまでってことで」
遠州はカウンターの前にお金を置こうとポケットを探った。「あら、いいわよエースちゃん。今日はツケにしとくわ」「はぁ? なんで?」
「なんだかとっても気分がいいの。変な感じね」女将は笑った。
遠州はどうして気分がいいのか、とは聞かなかった。正確には聞けなかった。女将がそうさせたのだ。ただ、次あったとき必ず倍にして返そうとそう思った。
それが遠州にとって憩いの場である店を経営してくれていた女将への感謝の仕方だと考えているからだった。「また来る」「ええ、また」
*
遠州が店を出てから、女将は一人ふぅっと息を吐いた。現職の警察を騙せたのか自信がなかった。しかし女将の意志に反して、その対応は完璧だった。遠州は家に帰り、その体全てに回った酒の影響を受けて眠るだろう。女将は少し考えてから、店を開けることに決めた。本当は閉めたほうがいいのかもしれない。しかし、客の愚痴を聞くことで、女将もまた自身のことについて考える機会になるのだ。一人で考えていたところでどうせろくな考えにはなりはしない。手元にあった木製の机を撫でた。もう会えないと、そう思えば思うほど会いたくなるのだ。
女将は遠州に感謝した。こんな早くから店に来てくれたことを。そして、その警察官としては欠点ともいえる口の軽さを。
「どうしたの? エースちゃん」
そう首をかしげて遠州に呼びかけるのは、この店の女主人だ。みんなから女将と慕われているその女性は、その名の通り、女将のような格好で、この居酒屋を営業している。エース、とは遠州のことであり、遠州のことをエースと呼ぶのは女将だけだ。そう読めるからと言ってそのあだ名を変えることはない女将は、強情だと言える。
「前に言ったろ、あの、面倒くせぇ女探偵のこと」「あ~、彼女ね。それがどうかした?」
客の話など一ミリも覚えていない女将は、うまい具合に遠州の口裏に合わせながら話を広げる。幸い、客は酔った遠州しかおらず、そのことを指摘される心配もない。
「アイツいい加減にしろって」
そう言って遠州は店の中をぼんやりと眺めた。女将の趣味なのだろうか、木製の家具で揃えられた店内に、食器のモノクロがよく映えている。壁にはたくさんの絵が飾られているが、しかし女将の手書きではなさそうだ。それについて遠州は興味を持ったことなどなかった。理解できなかったともいえる。子供の落書きのような、そんな絵ばかりが並んでいるからだ。
よくある居酒屋と言えるその店にはメニュー表もありはしない。ここでは女将がルールであり、出される品のすべては女将が決める。決めると言っても女将の手作りが出されたことはなく、いずれも冷凍食品がほとんどだが、それを咎めるような常連客はいない。
遠州もそうだが、女将に対して払っているのだ。飲食はついでだった。
「まぁまぁ。エースちゃんは江ノの平和を見守ってくれているんだし、少しぐらい休んだらどう? なんだってその探偵さんも事件に首を突っ込んでくるのかしら」
「アイツにとってそれが生きがいなのさ」遠州は言った。女将は困ったように笑う。
「もう一杯いる?」「悪い女だな」
「いらないの?」
「いやいる」
女将が冷蔵庫から二杯目のビールを取り出す。遠州は女将の顔など見ずにただただ愚痴を吐き散らす。
「そもそもがおかしいんだよ、くそぉ。アイツからすればオレはいつでも情報を提供する都合がいい存在なのかもしれねぇが、それはアイツだけだろが! オレからすればアイツがやってることは公務執行妨害の何物でもねぇぞマジで」「そうね。エースちゃんはいつも大変な役回りね」
「もし生まれ変わったらぜってぇ関わらねぇ」
「それがエースちゃんのためになるでしょうね」
ぐびっと音を立てて遠州は飲んだ。いつもよりハイペースだと女将は思ったが、口に出すことはしない。わざわざ上客を不快にさせるようなことは言わない。女将はその辺に関してはプロだった。
「女将もそう思うなら言ってやってくれよ、あのクソ探偵に」
「残念なことに……、私その子に会ったことないのよ。その子が遊びに来てくれたら目一杯もてなすのに」
そう言われて遠州は気づいた。ムムがお酒を飲んでいるところなど見たことがない。もしかして飲まないのだろうか? 遠州の考えが悪い方へと傾く。それならば今度死ぬほど飲ませてやろう。嫌がらせとして。
実際ムムは飲まないだけで飲める太刀なのだが、遠州はそんなことなど気づかず笑った。急に笑い出した遠州を困った様子で眺めながら、女将はぼやく。「それにしても怖いわ。江ノ墓地で死体が発見されたなんて」
女将にそのことを注意したのはつい先日のことだ。江ノ墓地で遺体が発見されたから忙しくなりそうだと、愚痴をこぼす遠州に女将は言った。しんどくなったらいつでもうちに来てと。遠州はその言いつけを忠実に守って、連日通い詰めているわけだが。
「……気を付けてくれよ、女将……、ここは唯一オレの癒される場所なんだから」遠州の飲む速度は未だに変わらない。かなりのストレスを抱えているのだと女将は理解した。
「光栄なことを言ってくれるのね。エースちゃんおかわりいる? 私からのサービスってことで」
「頼むわ。お世辞で酒が飲める時代なんて最高だな」「失礼ね」
女将はそう言いながらも、ちゃんと三杯目のビールを冷蔵庫から出した。この苦労人である警察に、何かもてなしてあげたいと、純粋にそう思ったのだ。「それにしても」遠州はぼやいた。
「有名なアイドルが果たして自殺なんてするもんかね」
遠州のぼやきが、女将にはやけにはっきり聞こえた気がした。女将が思い浮かべるアイドルなど、一人しか存在しなかったのだ。しかしそんな動揺を客に見せることなどない。女将はプロなのだ。女将はお酒を持つ右手を左手で支えてから、大きく息を吐いた。「どういうこと?」
「女将って何歳?」「女性に年齢を聞くのは感心しないわよ」
「それもそうだな」
遠州は笑った。出会ってもう何年にもなるはずの遠州のその顔が、女将には出会ったことのない人物に見えた。たとえるならば、女将が小さい頃に見た絵画に描かれた悪魔の顔にそっくりだった。
「ミカンっていうアイドルなんだよ、発見された遺体は」
女将はふぅと息を吐いた。しかし、遠州はそんなことなどお構いなしに続ける。
「調べてもらったら、ミカンっていうのは芸名で、本名はユズっていうらしい。彼女、割とたくさんのファンがいて、で、結婚して、失踪して。そんな人生、だったのかね」
「そう……。勿論、というか当たり前のように知ってるわよ。ミカンちゃん。有名だった」
「そりゃいいや。どんなアイドルだったんだよ。オレは興味なくて分かんねぇから」
「すごく、すごく真面目な人。アイドルなんて、やっぱりどうしても異性に媚びなきゃいけないっていうところがあるでしょう? 彼女はそれを極端に嫌がる人で……それでもちゃんと媚びていた。照れ隠しで”小悪魔”なんて謳われていたけど、私には分かる。彼女は媚びたくないという意思を曲げてでも、売れようとしていた。引退してからは……どうなっちゃったのか、分からないけど。結婚して幸せになってると思ったのに」
「ガチファンじゃねぇか」「そうでもないのよ」
お客様に聞いたことだから、と女将は微笑んだ。
「それより、なぜ私の年齢を?」
「世代かなって、そんだけだよ。そんなに人気だったんなら、女将の耳にも入ってねェかなって。願望さ」
しかし女将がそんなに惚れるぐらいの女だったんだなと遠州はぼやいた。女将は笑って言った。
「ファンはお客様! 私じゃないのよ。私にはそんな余裕なかったから」
「アイドルを追いかけるのにはそんな余裕必要か?」「私からしたらね」
女将は適当な言葉で遠州を蹴飛ばした。酔いが、頭と、それから手足にも回ってきた遠州は曇ってきた視界で女将を見た。遠州から見た女将は、酷く焦ったような顔をしているように見えた。「女将?」
「安らかに、してくれるといいわね。ミカンちゃん」
しかし相変わらずの優しくゆっくりとした口調の女将はそれを幻のように錯覚させる。
「そうだな。そうだといいな」
女将は自然と目を閉じた。ミカンへの弔いだった。遠州はそれを見て、頭が余計にぐらつく感覚を覚えた。女将のいつもと違うその態度に動揺したともいえる。いつもは心地よいと感じていた女将の声も、香水の匂いも、居酒屋にある独特な雰囲気も、そのすべてがミスマッチに思えてならない。ちぐはぐで、どこか変だ。
遠州は自身の中にあったいくつかの要因で、一つ確かな答えを見つけた。多分飲みすぎて頭にアルコールを爆発寸前までため込みすぎてしまったのだと。考えてみればいつもよりハイペースで飲んでいたような気がする。
記憶がない。しかし酔っぱらいの記憶など、皆目役にも立たない。
ふらっとなる身体の感覚を地に着け、女将を見た。女将のその代名詞ともいえる格好も、まとめた髪も艶やかな黒髪も手先まで整えられた美も、そのすべてが遠州には眩しかった。
「オレもう行くわ」「あらもう?」
女将は残念そうに笑った。頬に手を当て、首をかしげるその表情でいったい何人を魅了してきたのだろう。遠州はふとそんなことを思った。
「明日そのアイドルの追っかけたちに聞き取りしなきゃならんからな。名残惜しいけどここまでってことで」
遠州はカウンターの前にお金を置こうとポケットを探った。「あら、いいわよエースちゃん。今日はツケにしとくわ」「はぁ? なんで?」
「なんだかとっても気分がいいの。変な感じね」女将は笑った。
遠州はどうして気分がいいのか、とは聞かなかった。正確には聞けなかった。女将がそうさせたのだ。ただ、次あったとき必ず倍にして返そうとそう思った。
それが遠州にとって憩いの場である店を経営してくれていた女将への感謝の仕方だと考えているからだった。「また来る」「ええ、また」
*
遠州が店を出てから、女将は一人ふぅっと息を吐いた。現職の警察を騙せたのか自信がなかった。しかし女将の意志に反して、その対応は完璧だった。遠州は家に帰り、その体全てに回った酒の影響を受けて眠るだろう。女将は少し考えてから、店を開けることに決めた。本当は閉めたほうがいいのかもしれない。しかし、客の愚痴を聞くことで、女将もまた自身のことについて考える機会になるのだ。一人で考えていたところでどうせろくな考えにはなりはしない。手元にあった木製の机を撫でた。もう会えないと、そう思えば思うほど会いたくなるのだ。
女将は遠州に感謝した。こんな早くから店に来てくれたことを。そして、その警察官としては欠点ともいえる口の軽さを。
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