賢者の失敗

小声奏

文字の大きさ
28 / 28

27 猫と獣と神官長

しおりを挟む
「馬鹿な、そんなはずはない。」

 いや、そう言われても実際いますから。

「連れて来られてすぐに手首を負傷したんですけど、どうも治してもらったみたいで」
「みたい……とは?」
「寝ているうちに治ってたんです」

 エイノは紙で折った小鳥を窓の桟に置くと、私の手をとり、手首を軽く捻る。

「確かに、どうもないようだが。少し捻ったものが自然に治癒したのではないか?」

 どうやらとことん医術師の存在を否定したいらしい。
 それは違う、と言いかけた私の口に、エイノはそっと指を当てて反論を塞いだ。

「サカキ、お前はずっと城にいて知らぬかもしれぬが、術者の数はそう多くない。シルヴァンティエでは術者として素養がある者がいれば、その身分に係わりなく城へ集められ、神官となるべく訓練をうける。私も術者としての素質を見出されたがゆえに孤児院から引き上げられたのだ」

 さらりと零された言葉に目が点になる。

「孤児院?」
「ああ」
「誰が?」
「私がだ」

 ……そう言えば、以前ユハが言っていたっけ。「複雑な生い立ち」だと。
 私は思わず突っ込んでしまったことを後悔していた。
 こんな異常事態時に、わざわざエイノの重たそうな過去を聞きたいとは思わない。

「私は父にとって秘しておきたい子でな。孤児院で隠されて育った。だが、術者としてものになると分かった途端、神官に取り立てられた。それほどに術者の数は少ない。どこの国も術者は貴重なはずだ」

 そんなに苦労して育って、なんだってこんな尊大な性格に仕上がってしまったのだろう。その点だけは根掘り葉掘り聞いてみたいが、自重するのが無難だろう。

「術者の数がとても少なくて貴重なのは分かりました。でも、レオニードさんが言っていたんですよ。医術師が帰ってきたら治してくれると。実際、痛みで目が覚めるほどでしたが、翌朝目覚めた時にはすっきり治っていました」

 エイノは私の話を聞くと腕を組んで眉を顰め、それきり黙り込んでしまう。

「あの、エイノさん?」

 エイノの目の前で、ひらひらと手を振って存在を主張すると、ようやくエイノは私を見た。

「貴重な術者が盗賊団にいるのはそんなにおかしいんですか?」

 エイノは頷いた。

「まず考えられぬ」

 だったら、誰がどうやって私の腕を治したというのか。

「お前の話が真であれば、状況は思っていたより芳しくないかもしれぬ」

 そう言って、エイノは今しがた桟に置いた小鳥を再び手に取る。すると小鳥は、元の折り紙に戻った。

「……それ、どうするんですか?」

 今にも袂へ戻されようとしていた折り紙を指さす。

「男達は交代で出かけると言っていたな。ならば術者がいない隙に飛ばす」

 私は何とも言えない気持ちで袂の中へ消えていく小鳥を見た。

「あの、エイノさん、大変言いづらいのですが……」
「なんだ?」
「医術師が誰かわかりません……」

 しんと沈黙が落ちた。
 どこか咎めるようなエイノの視線が痛い。
 いや、私、何度も言いましたよね。寝ている間に治ってたって。

「探りを入れてみましょうか? 治してくれた人にお礼を言いたいとでも言えば……」
「負傷したのは、連れて来られてすぐといっていなかったか」

 い、いまさら不自然ですよね。

「じゃあ、エイノさんにちょっと怪我でもしていただいてですね……」
「ほお、私に?」

 エイノの目は完全に据わっていた。

「冗談です」
「そうは聞こえなかったが?」
「冗談です」

 努めてきっぱり言い切ると、エイノは疲れたように、ため息を吐いた。再会してから何度目のため息だろう。
 本当に冗談だったんだけどな。半分は。

「調理中に指でも切ってみますよ」

 私はとんとんと包丁でものを切る仕草をして見せた。
 ロニや私を襲った仲間への仕打ちを見るに、イヴァン達は男には容赦がない。
 エイノが骨の一本や二本折る程度の怪我をしたところで医術をかけてくれるかも怪しいが、私がちょびっと指先を切れば、きっと子供に甘いレオニードが動いてくれるはずだ。

「やめておけ」

 今度は賛同を得られるかと思いきや、意外にもエイノは首を振った。

「お前は、このような山奥で偶然にも知人に再開するなどという奇跡を起こしたばかりだ。今は、これ以上不審を抱かれる行動は慎め」

 何だか、遠回りにちくちく攻撃されている気がする。

「えーと、ひょっとして、他人のふりをしてほしかった……ですか?」
「さてな。だが、お前なら、そうするのではないかと思っておった」

 やっぱり。
 自分でもあそこで声を上げてしまったのは拙かったと思う。
 現れたのが、ラハテラへ同行していた兵士なら、きっと私は素知らぬふりを出来た。
 でも、神官長自ら奇天烈な格好をして現れるなんて反則だ。
 まだユハが女装して現れたほうが、我慢出来たかもしれない。
 遠くから毬栗を投げてくるような、ちくちく嫌味攻撃に耐えかねて、私は窓の外を眺めた。
 どこまでも続く鬱蒼とした森。そのどこかに味方が潜んでいるというのに……
 外部との連絡手段は絶たれた。
 ここに居るのは、光る壁と覗き魔の術と小鳥を作るしかないエイノと、子供の振りをするだけの、エイノに輪をかけて能のない私。

「八方塞ですね」

 私の呟きにエイノは答えなかった。
 本当に、どうして兵士を寄越してくれなかったんですか……
しおりを挟む
感想 7

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(7件)

しの
2025.09.16 しの

また読みにきてしまいました
続き楽しみに待っております

解除
しの
2024.10.14 しの

何回も繰り返し読んでいます
続きが気になって…
お忙しいとは存じますが、ぜひ続きのお話、お願いいたしますm

解除
2024.05.11 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

解除

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~

イシュタル
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。 王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。 そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。 これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。 ⚠️本作はAIとの共同製作です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。