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27 猫と獣と神官長
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「馬鹿な、そんなはずはない。」
いや、そう言われても実際いますから。
「連れて来られてすぐに手首を負傷したんですけど、どうも治してもらったみたいで」
「みたい……とは?」
「寝ているうちに治ってたんです」
エイノは紙で折った小鳥を窓の桟に置くと、私の手をとり、手首を軽く捻る。
「確かに、どうもないようだが。少し捻ったものが自然に治癒したのではないか?」
どうやらとことん医術師の存在を否定したいらしい。
それは違う、と言いかけた私の口に、エイノはそっと指を当てて反論を塞いだ。
「サカキ、お前はずっと城にいて知らぬかもしれぬが、術者の数はそう多くない。シルヴァンティエでは術者として素養がある者がいれば、その身分に係わりなく城へ集められ、神官となるべく訓練をうける。私も術者としての素質を見出されたがゆえに孤児院から引き上げられたのだ」
さらりと零された言葉に目が点になる。
「孤児院?」
「ああ」
「誰が?」
「私がだ」
……そう言えば、以前ユハが言っていたっけ。「複雑な生い立ち」だと。
私は思わず突っ込んでしまったことを後悔していた。
こんな異常事態時に、わざわざエイノの重たそうな過去を聞きたいとは思わない。
「私は父にとって秘しておきたい子でな。孤児院で隠されて育った。だが、術者としてものになると分かった途端、神官に取り立てられた。それほどに術者の数は少ない。どこの国も術者は貴重なはずだ」
そんなに苦労して育って、なんだってこんな尊大な性格に仕上がってしまったのだろう。その点だけは根掘り葉掘り聞いてみたいが、自重するのが無難だろう。
「術者の数がとても少なくて貴重なのは分かりました。でも、レオニードさんが言っていたんですよ。医術師が帰ってきたら治してくれると。実際、痛みで目が覚めるほどでしたが、翌朝目覚めた時にはすっきり治っていました」
エイノは私の話を聞くと腕を組んで眉を顰め、それきり黙り込んでしまう。
「あの、エイノさん?」
エイノの目の前で、ひらひらと手を振って存在を主張すると、ようやくエイノは私を見た。
「貴重な術者が盗賊団にいるのはそんなにおかしいんですか?」
エイノは頷いた。
「まず考えられぬ」
だったら、誰がどうやって私の腕を治したというのか。
「お前の話が真であれば、状況は思っていたより芳しくないかもしれぬ」
そう言って、エイノは今しがた桟に置いた小鳥を再び手に取る。すると小鳥は、元の折り紙に戻った。
「……それ、どうするんですか?」
今にも袂へ戻されようとしていた折り紙を指さす。
「男達は交代で出かけると言っていたな。ならば術者がいない隙に飛ばす」
私は何とも言えない気持ちで袂の中へ消えていく小鳥を見た。
「あの、エイノさん、大変言いづらいのですが……」
「なんだ?」
「医術師が誰かわかりません……」
しんと沈黙が落ちた。
どこか咎めるようなエイノの視線が痛い。
いや、私、何度も言いましたよね。寝ている間に治ってたって。
「探りを入れてみましょうか? 治してくれた人にお礼を言いたいとでも言えば……」
「負傷したのは、連れて来られてすぐといっていなかったか」
い、いまさら不自然ですよね。
「じゃあ、エイノさんにちょっと怪我でもしていただいてですね……」
「ほお、私に?」
エイノの目は完全に据わっていた。
「冗談です」
「そうは聞こえなかったが?」
「冗談です」
努めてきっぱり言い切ると、エイノは疲れたように、ため息を吐いた。再会してから何度目のため息だろう。
本当に冗談だったんだけどな。半分は。
「調理中に指でも切ってみますよ」
私はとんとんと包丁でものを切る仕草をして見せた。
ロニや私を襲った仲間への仕打ちを見るに、イヴァン達は男には容赦がない。
エイノが骨の一本や二本折る程度の怪我をしたところで医術をかけてくれるかも怪しいが、私がちょびっと指先を切れば、きっと子供に甘いレオニードが動いてくれるはずだ。
「やめておけ」
今度は賛同を得られるかと思いきや、意外にもエイノは首を振った。
「お前は、このような山奥で偶然にも知人に再開するなどという奇跡を起こしたばかりだ。今は、これ以上不審を抱かれる行動は慎め」
何だか、遠回りにちくちく攻撃されている気がする。
「えーと、ひょっとして、他人のふりをしてほしかった……ですか?」
「さてな。だが、お前なら、そうするのではないかと思っておった」
やっぱり。
自分でもあそこで声を上げてしまったのは拙かったと思う。
現れたのが、ラハテラへ同行していた兵士なら、きっと私は素知らぬふりを出来た。
でも、神官長自ら奇天烈な格好をして現れるなんて反則だ。
まだユハが女装して現れたほうが、我慢出来たかもしれない。
遠くから毬栗を投げてくるような、ちくちく嫌味攻撃に耐えかねて、私は窓の外を眺めた。
どこまでも続く鬱蒼とした森。そのどこかに味方が潜んでいるというのに……
外部との連絡手段は絶たれた。
ここに居るのは、光る壁と覗き魔の術と小鳥を作るしかないエイノと、子供の振りをするだけの、エイノに輪をかけて能のない私。
「八方塞ですね」
私の呟きにエイノは答えなかった。
本当に、どうして兵士を寄越してくれなかったんですか……
いや、そう言われても実際いますから。
「連れて来られてすぐに手首を負傷したんですけど、どうも治してもらったみたいで」
「みたい……とは?」
「寝ているうちに治ってたんです」
エイノは紙で折った小鳥を窓の桟に置くと、私の手をとり、手首を軽く捻る。
「確かに、どうもないようだが。少し捻ったものが自然に治癒したのではないか?」
どうやらとことん医術師の存在を否定したいらしい。
それは違う、と言いかけた私の口に、エイノはそっと指を当てて反論を塞いだ。
「サカキ、お前はずっと城にいて知らぬかもしれぬが、術者の数はそう多くない。シルヴァンティエでは術者として素養がある者がいれば、その身分に係わりなく城へ集められ、神官となるべく訓練をうける。私も術者としての素質を見出されたがゆえに孤児院から引き上げられたのだ」
さらりと零された言葉に目が点になる。
「孤児院?」
「ああ」
「誰が?」
「私がだ」
……そう言えば、以前ユハが言っていたっけ。「複雑な生い立ち」だと。
私は思わず突っ込んでしまったことを後悔していた。
こんな異常事態時に、わざわざエイノの重たそうな過去を聞きたいとは思わない。
「私は父にとって秘しておきたい子でな。孤児院で隠されて育った。だが、術者としてものになると分かった途端、神官に取り立てられた。それほどに術者の数は少ない。どこの国も術者は貴重なはずだ」
そんなに苦労して育って、なんだってこんな尊大な性格に仕上がってしまったのだろう。その点だけは根掘り葉掘り聞いてみたいが、自重するのが無難だろう。
「術者の数がとても少なくて貴重なのは分かりました。でも、レオニードさんが言っていたんですよ。医術師が帰ってきたら治してくれると。実際、痛みで目が覚めるほどでしたが、翌朝目覚めた時にはすっきり治っていました」
エイノは私の話を聞くと腕を組んで眉を顰め、それきり黙り込んでしまう。
「あの、エイノさん?」
エイノの目の前で、ひらひらと手を振って存在を主張すると、ようやくエイノは私を見た。
「貴重な術者が盗賊団にいるのはそんなにおかしいんですか?」
エイノは頷いた。
「まず考えられぬ」
だったら、誰がどうやって私の腕を治したというのか。
「お前の話が真であれば、状況は思っていたより芳しくないかもしれぬ」
そう言って、エイノは今しがた桟に置いた小鳥を再び手に取る。すると小鳥は、元の折り紙に戻った。
「……それ、どうするんですか?」
今にも袂へ戻されようとしていた折り紙を指さす。
「男達は交代で出かけると言っていたな。ならば術者がいない隙に飛ばす」
私は何とも言えない気持ちで袂の中へ消えていく小鳥を見た。
「あの、エイノさん、大変言いづらいのですが……」
「なんだ?」
「医術師が誰かわかりません……」
しんと沈黙が落ちた。
どこか咎めるようなエイノの視線が痛い。
いや、私、何度も言いましたよね。寝ている間に治ってたって。
「探りを入れてみましょうか? 治してくれた人にお礼を言いたいとでも言えば……」
「負傷したのは、連れて来られてすぐといっていなかったか」
い、いまさら不自然ですよね。
「じゃあ、エイノさんにちょっと怪我でもしていただいてですね……」
「ほお、私に?」
エイノの目は完全に据わっていた。
「冗談です」
「そうは聞こえなかったが?」
「冗談です」
努めてきっぱり言い切ると、エイノは疲れたように、ため息を吐いた。再会してから何度目のため息だろう。
本当に冗談だったんだけどな。半分は。
「調理中に指でも切ってみますよ」
私はとんとんと包丁でものを切る仕草をして見せた。
ロニや私を襲った仲間への仕打ちを見るに、イヴァン達は男には容赦がない。
エイノが骨の一本や二本折る程度の怪我をしたところで医術をかけてくれるかも怪しいが、私がちょびっと指先を切れば、きっと子供に甘いレオニードが動いてくれるはずだ。
「やめておけ」
今度は賛同を得られるかと思いきや、意外にもエイノは首を振った。
「お前は、このような山奥で偶然にも知人に再開するなどという奇跡を起こしたばかりだ。今は、これ以上不審を抱かれる行動は慎め」
何だか、遠回りにちくちく攻撃されている気がする。
「えーと、ひょっとして、他人のふりをしてほしかった……ですか?」
「さてな。だが、お前なら、そうするのではないかと思っておった」
やっぱり。
自分でもあそこで声を上げてしまったのは拙かったと思う。
現れたのが、ラハテラへ同行していた兵士なら、きっと私は素知らぬふりを出来た。
でも、神官長自ら奇天烈な格好をして現れるなんて反則だ。
まだユハが女装して現れたほうが、我慢出来たかもしれない。
遠くから毬栗を投げてくるような、ちくちく嫌味攻撃に耐えかねて、私は窓の外を眺めた。
どこまでも続く鬱蒼とした森。そのどこかに味方が潜んでいるというのに……
外部との連絡手段は絶たれた。
ここに居るのは、光る壁と覗き魔の術と小鳥を作るしかないエイノと、子供の振りをするだけの、エイノに輪をかけて能のない私。
「八方塞ですね」
私の呟きにエイノは答えなかった。
本当に、どうして兵士を寄越してくれなかったんですか……
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