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8 犬猿の二人 後
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日頃の運動不足が祟り、由良は地面とお友達になっていた。
「何だったの……」
「怪我はないか?」
「ありがとう五百枝。生成もお陰で助かった」
『ふん。そなたのためではない』
乱れた息が落ち着つきを取り戻したので、ツンとそっぽを向いている生成をひと撫でしようとしたが、まんまと逃げられた。
檜皮は、猿と犬の精霊に挨拶をしているようだ。はじめましての由良を受け入れてもらうため、根回しに余念がない。
「和美さんと墨も守ってくれたみたい。干支守や精霊の力ってすごいのね」
「そのようだな」
手首に戻った黒いヘアゴムに感謝しながら、由良は青年たちとその精霊に笑顔を向けた。
「みんなもありがとう……。私は子の守の由良。この子が干支の檜皮です」
「やっぱ干支守かぁ。俺は申の守の志津摩。相棒は琥珀ってんだ。たまたま居合わせただけだから気にすんな」
檜皮と話していた日本猿が駆けてきて、指をキュッと握られた。小さな手の人肌に親しみを感じ、そっと由良も握り返す。
「お猿さんもかわいい! よろしくね琥珀」
その様子を見ていた志津摩は、悪戯小僧みたいな顔でケタケタと笑った。
「由良姉さま、戌の守の織部と申します。私の精霊は山吹です」
モコモコした豆柴の山吹はお利口さんにお座りし、『よろしくだワン』と尻尾を振っていた。
山吹の頭を撫でると、更にブンブンと忙しなく揺れる。
「フフッ。ずっとこうしてあげたい」
「あっあっ、甘やかさないでください由良姉さま。それにしても大丈夫です? 立てますか?」
人好きのする顔立ちに凛々しくあった眉を八の字にし、頬を赤くした織部が由良に手を差し出した。ありがたく織部の手を借りようとしたのだが――
「織部とやら。なぜ俺はオジサンで、由良がお姉さんなんだ?」
ヌッっと五百枝が織部の前に立っていた。由良の右手は空で行き場を失い、織部の眉はますます下がる。
「えっ!? ええと……その……」
やはり五百枝は根に持っていた。彼は背に不穏な空気を纏い、ジリジリと織部に詰め寄る。プルプル子犬の様に震えた織部を擁護しようと、由良は立ち上がった。
「紹介するのが遅れてしまったわ! こちらは五百枝で、あちらの三毛猫は生成。隠に来たばかりの私の面倒を見てくれている、優しいお兄さんと素敵な三毛猫なの」
あの猫も面倒そうだと思い、念のため生成にも気を回す。その間にも、織部は壁際まで追い込まれていた。
「答えろ織部」
「暗くてよく見えなかったんだよね? 五百枝はとーっても格好いいお兄さんだよね?」
お兄さんをこれでもかと強調すると、察した織部は実直に答える。
「は、はいっ。五百枝兄さまは本当に二枚目で驚きました。改めてよろしくお願いします!」
多少強引にではあったが、答えに満足した五百枝は溜飲を下げた。
「まあいい。なあ山吹、近くに俺たち以外の匂いはあるか?」
『――強烈な香の匂いが残っていて、鼻が曲がりそうだワン……。ごちゃごちゃ調合されてるから、鵺の姿より酷いものだワン」
「そうか……。用心するに越したことはないな。一度家に戻る。申の守は自分等の荷物を持ってついて来い。織部はこれで、食い物や必要な物を買ってから追いかけて来い」
五百枝は気前よく織部に金を握らせた。それを見ていた志津摩は、渡りに船だとはしゃぐ。
「ずいぶんと気前がいいなオッサン!」
「……」
何も言わない五百枝の手刀が、志津摩の脳天をスコーンと打つ。しかも、結構強めだ。
「いっってぇー!」
涙目の志津摩を冷ややかな目で見下ろし、若干口角を上げて五百枝は言った。
「山吹、お前の主は金をすられて文無しの上、宿なしなんだろ? 力になりたいと思ったが、気が変わった」
「はあ? なんでだよ!?」
『ウキャッ! 五百枝の兄貴すんません。うちの志津摩はちと抜けてるだけで、根はいい奴なんす。どうか、面倒見てやってほしいっす』
慌てた琥珀が主に耳打ちし、志津摩はやっと何で五百枝の機嫌を損ねたかに気づいたらしい。
大急ぎで荷をかき集めると、悪びれなく笑顔全開で五百枝に頭を下げた。
「――荷物はこれで全部だな。ささっ、五百枝の兄貴の家に向かおう。兄貴! これからは俺を舎弟と思って、遠慮なくコキ使ってくれ!」
その様子を呑気に眺めていた精霊たちは、思わずクスクスと笑ってしまう。
『志津摩って調子がいい奴だね~』
『阿呆だが憎めんのう』
『だから、何度ケンカしても織部様は許してしまうワン』
呆れて毒気を抜かれた五百枝は、帰るぞとスタスタ歩きだしていた。
「織部、山吹、また後でね」
「はい、由良姉さま。開いてる店を探してみます」
『織部様は、間違いなく家にお連れするワン』
織部と山吹は、まだ賑やかな紅蛍の方へと向かった。
明るい志津摩と誠実な織部に思わぬ形で出会い、予想より早く人質生活を終えられるかもしれないと、由良の心に光が射していた――
五百枝の家に全員が集まり、干支守の儀式について一通り話した後、由良は気になっていたケンカの原因を尋ねた。
「どうしてあんな時間に外で喧嘩していたの?」
檜皮の中に入った由良は、琥珀に抱っこされている。ポリポリと頬をかいて、言いづらそうに志津摩が話しはじめた。
小さな鼠に見つめられると、つっけんどんには出来ないようだ。
二人共通の友人である酉の守が店を開くので、開店祝いに訪ねようとしていたところ、志津摩が持ち金とご祝儀を失くしてしまった。
朝からずっと探していたが見つからず、苛立ってとうとう言い合いになったと言う。
「やっと非を認めた」
「チエッ」
「二人がいがみ合っても見つからないよ。盗まれた可能性が高いなら、犯人を探した方が良くない?」
警察――民を犯罪から護る組織があるのか問うと、隠にはないと首を振られた。
「ちゃんと解決して、スッキリした気持ちで儀式に来てほしい。みんなで探せば、手がかりを掴めるかもしれない。――ね、五百枝だって、生成の中に半日もいる生活を、長々続けたくはないでしょう?」
「まあな……。仕方ない、手を貸すか」
「五百枝の兄貴、由良ねえありがとう! そうだ、俺の手拭いをやる! あ、旅用におろした新品だぜ?」
「私からはこちらを」
真新しい手拭いと、組紐を手渡された。懐に手拭いを仕舞い、ヘアゴムで結んだ後リボン代わりに組紐を巻いてみた。
替わりに石の玉を渡すと、二人とも綺麗だと大はしゃぎで喜ぶ。
「んじゃ、明日から犯人探しだな!」
「みんなで頑張ろうー!」
「由良姉さまは、私がしっかり守ります!」
「うるさい。早く寝ろ!」
殺風景でだだっ広く感じた五百枝の家に、陽気な声が満ちている。琥珀と山吹の毛皮に挟まれた由良は、優しい気持ちで床についた――
「何だったの……」
「怪我はないか?」
「ありがとう五百枝。生成もお陰で助かった」
『ふん。そなたのためではない』
乱れた息が落ち着つきを取り戻したので、ツンとそっぽを向いている生成をひと撫でしようとしたが、まんまと逃げられた。
檜皮は、猿と犬の精霊に挨拶をしているようだ。はじめましての由良を受け入れてもらうため、根回しに余念がない。
「和美さんと墨も守ってくれたみたい。干支守や精霊の力ってすごいのね」
「そのようだな」
手首に戻った黒いヘアゴムに感謝しながら、由良は青年たちとその精霊に笑顔を向けた。
「みんなもありがとう……。私は子の守の由良。この子が干支の檜皮です」
「やっぱ干支守かぁ。俺は申の守の志津摩。相棒は琥珀ってんだ。たまたま居合わせただけだから気にすんな」
檜皮と話していた日本猿が駆けてきて、指をキュッと握られた。小さな手の人肌に親しみを感じ、そっと由良も握り返す。
「お猿さんもかわいい! よろしくね琥珀」
その様子を見ていた志津摩は、悪戯小僧みたいな顔でケタケタと笑った。
「由良姉さま、戌の守の織部と申します。私の精霊は山吹です」
モコモコした豆柴の山吹はお利口さんにお座りし、『よろしくだワン』と尻尾を振っていた。
山吹の頭を撫でると、更にブンブンと忙しなく揺れる。
「フフッ。ずっとこうしてあげたい」
「あっあっ、甘やかさないでください由良姉さま。それにしても大丈夫です? 立てますか?」
人好きのする顔立ちに凛々しくあった眉を八の字にし、頬を赤くした織部が由良に手を差し出した。ありがたく織部の手を借りようとしたのだが――
「織部とやら。なぜ俺はオジサンで、由良がお姉さんなんだ?」
ヌッっと五百枝が織部の前に立っていた。由良の右手は空で行き場を失い、織部の眉はますます下がる。
「えっ!? ええと……その……」
やはり五百枝は根に持っていた。彼は背に不穏な空気を纏い、ジリジリと織部に詰め寄る。プルプル子犬の様に震えた織部を擁護しようと、由良は立ち上がった。
「紹介するのが遅れてしまったわ! こちらは五百枝で、あちらの三毛猫は生成。隠に来たばかりの私の面倒を見てくれている、優しいお兄さんと素敵な三毛猫なの」
あの猫も面倒そうだと思い、念のため生成にも気を回す。その間にも、織部は壁際まで追い込まれていた。
「答えろ織部」
「暗くてよく見えなかったんだよね? 五百枝はとーっても格好いいお兄さんだよね?」
お兄さんをこれでもかと強調すると、察した織部は実直に答える。
「は、はいっ。五百枝兄さまは本当に二枚目で驚きました。改めてよろしくお願いします!」
多少強引にではあったが、答えに満足した五百枝は溜飲を下げた。
「まあいい。なあ山吹、近くに俺たち以外の匂いはあるか?」
『――強烈な香の匂いが残っていて、鼻が曲がりそうだワン……。ごちゃごちゃ調合されてるから、鵺の姿より酷いものだワン」
「そうか……。用心するに越したことはないな。一度家に戻る。申の守は自分等の荷物を持ってついて来い。織部はこれで、食い物や必要な物を買ってから追いかけて来い」
五百枝は気前よく織部に金を握らせた。それを見ていた志津摩は、渡りに船だとはしゃぐ。
「ずいぶんと気前がいいなオッサン!」
「……」
何も言わない五百枝の手刀が、志津摩の脳天をスコーンと打つ。しかも、結構強めだ。
「いっってぇー!」
涙目の志津摩を冷ややかな目で見下ろし、若干口角を上げて五百枝は言った。
「山吹、お前の主は金をすられて文無しの上、宿なしなんだろ? 力になりたいと思ったが、気が変わった」
「はあ? なんでだよ!?」
『ウキャッ! 五百枝の兄貴すんません。うちの志津摩はちと抜けてるだけで、根はいい奴なんす。どうか、面倒見てやってほしいっす』
慌てた琥珀が主に耳打ちし、志津摩はやっと何で五百枝の機嫌を損ねたかに気づいたらしい。
大急ぎで荷をかき集めると、悪びれなく笑顔全開で五百枝に頭を下げた。
「――荷物はこれで全部だな。ささっ、五百枝の兄貴の家に向かおう。兄貴! これからは俺を舎弟と思って、遠慮なくコキ使ってくれ!」
その様子を呑気に眺めていた精霊たちは、思わずクスクスと笑ってしまう。
『志津摩って調子がいい奴だね~』
『阿呆だが憎めんのう』
『だから、何度ケンカしても織部様は許してしまうワン』
呆れて毒気を抜かれた五百枝は、帰るぞとスタスタ歩きだしていた。
「織部、山吹、また後でね」
「はい、由良姉さま。開いてる店を探してみます」
『織部様は、間違いなく家にお連れするワン』
織部と山吹は、まだ賑やかな紅蛍の方へと向かった。
明るい志津摩と誠実な織部に思わぬ形で出会い、予想より早く人質生活を終えられるかもしれないと、由良の心に光が射していた――
五百枝の家に全員が集まり、干支守の儀式について一通り話した後、由良は気になっていたケンカの原因を尋ねた。
「どうしてあんな時間に外で喧嘩していたの?」
檜皮の中に入った由良は、琥珀に抱っこされている。ポリポリと頬をかいて、言いづらそうに志津摩が話しはじめた。
小さな鼠に見つめられると、つっけんどんには出来ないようだ。
二人共通の友人である酉の守が店を開くので、開店祝いに訪ねようとしていたところ、志津摩が持ち金とご祝儀を失くしてしまった。
朝からずっと探していたが見つからず、苛立ってとうとう言い合いになったと言う。
「やっと非を認めた」
「チエッ」
「二人がいがみ合っても見つからないよ。盗まれた可能性が高いなら、犯人を探した方が良くない?」
警察――民を犯罪から護る組織があるのか問うと、隠にはないと首を振られた。
「ちゃんと解決して、スッキリした気持ちで儀式に来てほしい。みんなで探せば、手がかりを掴めるかもしれない。――ね、五百枝だって、生成の中に半日もいる生活を、長々続けたくはないでしょう?」
「まあな……。仕方ない、手を貸すか」
「五百枝の兄貴、由良ねえありがとう! そうだ、俺の手拭いをやる! あ、旅用におろした新品だぜ?」
「私からはこちらを」
真新しい手拭いと、組紐を手渡された。懐に手拭いを仕舞い、ヘアゴムで結んだ後リボン代わりに組紐を巻いてみた。
替わりに石の玉を渡すと、二人とも綺麗だと大はしゃぎで喜ぶ。
「んじゃ、明日から犯人探しだな!」
「みんなで頑張ろうー!」
「由良姉さまは、私がしっかり守ります!」
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