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第1章 黒領主の婚約者
17 黒い天使
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ユージーンにエスコートされホールへと戻った私に、変わらず冷たい視線が突き刺さってくる。
「大丈夫だよ、クローディア」
この国の人にとっては、天使が悪魔を連れているようなものだから仕方がないかとサッパリ割り切った。
ユージーンの腕の温もりが、私がここに居続ける勇気を与えてくれているから強くあれるのだろう。
「ロシスター侯爵家のユージーン様が、どうしてあんな女と……」
「私たちのユージーン様が穢れてしまうわ」
特に女性たちの反応が凄まじい。先程ユージーンに腕を振り払われたご令嬢も戻って来た私たちに気づき、物凄い形相でこちらに突進してきた。
「ユージーン様! その女はなんなんですの?」
「彼女が私の婚約者です。ですから、私は貴女とは踊りませんよ?」
ユージーンは爽やかに、目を吊り上げ接近するご令嬢をあしらう。
「そ、そいつが婚約者ですって!? ユージーン様は騙されているんですわ。その卑しい女が闇魔法で誑かそうとしているに違いありません!」
すがりつこうとしたご令嬢をヒラリと躱し、鋭利な刃物の様な鋭い目で彼女を見下ろした。
「は? クローディアが卑しいだと? いい加減にしろ。お前こそなんなんだ。何度も断っているのにしつこいぞ。お前のせいでクローディアを泣かせてしまって不愉快なんだよ。これ以上俺に近づいてくるなら容赦はしない! 早く立ち去れ!」
「ひいっ」
忘れていたけど、この人のせいで誤解しちゃったのよね。それにしても、ユージーンのこんな剣幕、初めて見たわ……。
驚きを隠せない私に、いつもの柔らかい天使の微笑みをユージーンが向けてくる。落差が激しいわよ?
ご令嬢を追い払ったユージーンは、凍りついてしまいそうな冷気を纏い人を探していた。わずかな時間で見つけたようで、目的の人物に向かって真っ直ぐ歩きだす。あれ? ま、……まさか……。
「ドナ嬢。ご両親が捕まり、さぞ気落ちしているかと思いきや、とても健やかに過ごされていたようですね? ああ、もしやドナ嬢は、ご両親がなされたことをご存じなかったのかな? 未成年でしたし、まだまだ幼いようですからね」
ユージーンに話しかけられ、恍惚として見とれていたドナだが、少し時間を空け小馬鹿にされたことに気づいたらしい。
怒りで顔を紅潮させ、ギリギリと歯噛みをしはじめる。その様子を鼻で笑い、ユージーンが再びドナに話しかけた。
「私の婚約者クローディアに、何か言わなければならないことがおありでは? ここに来る一人前の淑女が、まさか、道理もわきまえない子どもではありますまい」
「何の事をおっしゃっているのか、さっぱり意味が分かりませんわ? クローディアと話すことなんて、何一つございません」
美丈夫から表情がゴッソリ落ちていた。美しいはずなのに、背すじが冷やりとする。この現場を目撃している人たちは、皆同じように感じているのか、ブルリと身を震わせている。
周囲の反応に構わず、ユージーンは片側だけ口角を上げた。
「ほう? 自分の両親が罪を犯して、私の婚約者に大迷惑をかけたあげく、ハイド伯爵領で四年も世話になってきた礼も言えないとは……。引き取られた家でも、大変良い教育をされているようですね。ええと、どちらの男爵家でしたかな……? 確か――」
ユージーンがドナの現在の家名を言おうとした時、一人のご婦人が飛び出してきた。
「ろ、ロシスター様、た、大変失礼いたしました。後ほどしっかりと言い聞かせますので、どうかこの場はご容赦ください。ドナ! 早く非礼をハイド伯爵とロシスター様に謝りなさい!」
ドナの大伯母の男爵夫人が、慌ててドナを窘める。なぜ叱られているのか理解できず、面食らって目をパチクリさせるドナ。
「嫌よ! どうして私が、烏とその婚約者に謝らないといけないの?」
ドナの無知で礼儀を知らない態度を見た周囲の人々が、今度はドナに冷ややかな視線を送る。
「ロシスター家にたてをついたぞ。全騎士を敵にまわす気か? ここにいるってことは成人済みだろ? ただの世間知らずの馬鹿なのか?」
「社交に出る前に、家でしっかり教育をしなおすべきですわね。」
ドナだけではなく家の問題だと口々に言われ、男爵夫人がなんとか場を治めようとする。
「ドナ! だから貴女を社交の場に出したくなかったのよ。二度と貴女を連れて来ないわよ? 一生独り身で過ごしたいのかしら? それとももう、家では面倒を見きれないから修道院に入りますか?」
「くっ……」
分が悪いと判断することはできたのか、ドナが渋々という感じで私たちに頭を下げた。
「ハイド伯爵様、両親が大変申し訳ございませんでした。私も、酷いことばかりしてきてすみませんでした。ロシスター様、婚約者様に大変失礼をいたしました」
棒読みな感じは否めないが、我が儘し放題に生きてきたドナにとって、これは屈辱だっただろう。そのまま私たちに深々礼をした男爵夫人に引っ張られ、ドナはホールから姿を消した。
これからドナが社交の場に現れ、伴侶を見つけられるのか。それとも修道院に入れられるのかは分からない。
でも、この場に居合わせた貴族たちの噂話は、尾ひれはひれがついてあっという間に広がるだろう。
『ただ一人の身内の最後のお願い』に釣られてここに来たけれど、ドナが去って行く姿を見ていた私の気持ちは感傷的ではなく、むしろ清々しいものだった。
「ああ、諸君。これからは、私の愛しい人に心ないことを言う者は、婚約者を守るロシスターの騎士としてけして見過ごさない。覚悟の上で発言するように」
着飾った貴族たちが集ったこの会場でも一際煌びやかなユージーンが、底知れぬ冷笑を湛えて宣言した――
「大丈夫だよ、クローディア」
この国の人にとっては、天使が悪魔を連れているようなものだから仕方がないかとサッパリ割り切った。
ユージーンの腕の温もりが、私がここに居続ける勇気を与えてくれているから強くあれるのだろう。
「ロシスター侯爵家のユージーン様が、どうしてあんな女と……」
「私たちのユージーン様が穢れてしまうわ」
特に女性たちの反応が凄まじい。先程ユージーンに腕を振り払われたご令嬢も戻って来た私たちに気づき、物凄い形相でこちらに突進してきた。
「ユージーン様! その女はなんなんですの?」
「彼女が私の婚約者です。ですから、私は貴女とは踊りませんよ?」
ユージーンは爽やかに、目を吊り上げ接近するご令嬢をあしらう。
「そ、そいつが婚約者ですって!? ユージーン様は騙されているんですわ。その卑しい女が闇魔法で誑かそうとしているに違いありません!」
すがりつこうとしたご令嬢をヒラリと躱し、鋭利な刃物の様な鋭い目で彼女を見下ろした。
「は? クローディアが卑しいだと? いい加減にしろ。お前こそなんなんだ。何度も断っているのにしつこいぞ。お前のせいでクローディアを泣かせてしまって不愉快なんだよ。これ以上俺に近づいてくるなら容赦はしない! 早く立ち去れ!」
「ひいっ」
忘れていたけど、この人のせいで誤解しちゃったのよね。それにしても、ユージーンのこんな剣幕、初めて見たわ……。
驚きを隠せない私に、いつもの柔らかい天使の微笑みをユージーンが向けてくる。落差が激しいわよ?
ご令嬢を追い払ったユージーンは、凍りついてしまいそうな冷気を纏い人を探していた。わずかな時間で見つけたようで、目的の人物に向かって真っ直ぐ歩きだす。あれ? ま、……まさか……。
「ドナ嬢。ご両親が捕まり、さぞ気落ちしているかと思いきや、とても健やかに過ごされていたようですね? ああ、もしやドナ嬢は、ご両親がなされたことをご存じなかったのかな? 未成年でしたし、まだまだ幼いようですからね」
ユージーンに話しかけられ、恍惚として見とれていたドナだが、少し時間を空け小馬鹿にされたことに気づいたらしい。
怒りで顔を紅潮させ、ギリギリと歯噛みをしはじめる。その様子を鼻で笑い、ユージーンが再びドナに話しかけた。
「私の婚約者クローディアに、何か言わなければならないことがおありでは? ここに来る一人前の淑女が、まさか、道理もわきまえない子どもではありますまい」
「何の事をおっしゃっているのか、さっぱり意味が分かりませんわ? クローディアと話すことなんて、何一つございません」
美丈夫から表情がゴッソリ落ちていた。美しいはずなのに、背すじが冷やりとする。この現場を目撃している人たちは、皆同じように感じているのか、ブルリと身を震わせている。
周囲の反応に構わず、ユージーンは片側だけ口角を上げた。
「ほう? 自分の両親が罪を犯して、私の婚約者に大迷惑をかけたあげく、ハイド伯爵領で四年も世話になってきた礼も言えないとは……。引き取られた家でも、大変良い教育をされているようですね。ええと、どちらの男爵家でしたかな……? 確か――」
ユージーンがドナの現在の家名を言おうとした時、一人のご婦人が飛び出してきた。
「ろ、ロシスター様、た、大変失礼いたしました。後ほどしっかりと言い聞かせますので、どうかこの場はご容赦ください。ドナ! 早く非礼をハイド伯爵とロシスター様に謝りなさい!」
ドナの大伯母の男爵夫人が、慌ててドナを窘める。なぜ叱られているのか理解できず、面食らって目をパチクリさせるドナ。
「嫌よ! どうして私が、烏とその婚約者に謝らないといけないの?」
ドナの無知で礼儀を知らない態度を見た周囲の人々が、今度はドナに冷ややかな視線を送る。
「ロシスター家にたてをついたぞ。全騎士を敵にまわす気か? ここにいるってことは成人済みだろ? ただの世間知らずの馬鹿なのか?」
「社交に出る前に、家でしっかり教育をしなおすべきですわね。」
ドナだけではなく家の問題だと口々に言われ、男爵夫人がなんとか場を治めようとする。
「ドナ! だから貴女を社交の場に出したくなかったのよ。二度と貴女を連れて来ないわよ? 一生独り身で過ごしたいのかしら? それとももう、家では面倒を見きれないから修道院に入りますか?」
「くっ……」
分が悪いと判断することはできたのか、ドナが渋々という感じで私たちに頭を下げた。
「ハイド伯爵様、両親が大変申し訳ございませんでした。私も、酷いことばかりしてきてすみませんでした。ロシスター様、婚約者様に大変失礼をいたしました」
棒読みな感じは否めないが、我が儘し放題に生きてきたドナにとって、これは屈辱だっただろう。そのまま私たちに深々礼をした男爵夫人に引っ張られ、ドナはホールから姿を消した。
これからドナが社交の場に現れ、伴侶を見つけられるのか。それとも修道院に入れられるのかは分からない。
でも、この場に居合わせた貴族たちの噂話は、尾ひれはひれがついてあっという間に広がるだろう。
『ただ一人の身内の最後のお願い』に釣られてここに来たけれど、ドナが去って行く姿を見ていた私の気持ちは感傷的ではなく、むしろ清々しいものだった。
「ああ、諸君。これからは、私の愛しい人に心ないことを言う者は、婚約者を守るロシスターの騎士としてけして見過ごさない。覚悟の上で発言するように」
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