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本編

5「熊の…熊の【香り】が…」

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 彼は空が白み始めた頃に目を覚ました。
 すぐ目の前には『熊』の寝顔がある。
 どうやら眠っている間中こうして顔を向き合わせていたらしい。
 静かな寝息を立てている『熊』の美しい目元をぼうっと眺めていた彼は、ふと心に不安が渦巻き始めて自らの胸に手を当てた。

(…俺の【香り】はどうなったんだ?大丈夫なのかな、もし出せなくなってたら……)

 彼は(どうかまだ失っていませんように…)と祈りながら【香り】を放つべく意識を集中させる。
 その時、『熊』は「ん……」と身動ぎしながら目を覚ました。

「あ…熊、おはよう」
「うん…おはよ……」

 目覚めた『熊』に抱き寄せられた彼は、その心地良い温かさにふと息を吐く。

「今日も…いい【香り】だね」
「俺の【香り】…ちゃんとする?」
「うん、感じるよ」

 すぐに彼自身の鼻にも【香り】が届き、彼は「本当に…本当に良かった…」と心から安堵した。

「大丈夫だよ、君は【香り】を失ってない」

 『熊』はさらに彼を強く抱きしめた。


ーーーーーーー


「抑制薬を飲まずに…それはおすすめできませんね」
「でも…俺自身が苦しむのは別に構わないんです」
「あのね、いくら本人がそう言ったって医者は『はい、そうですか』って言うわけにもいかないんですよ。大体、彼の方はどうするんですか」

 彼は医者のところへ出向いて抑制薬についての提案をするも、きっぱりと断られていた。
 男性アルファのその医者は元々『熊』の抑制薬を調合するなどしていた主治医であり、彼も『熊』に紹介されて世話になっている。

「そもそも前に話したでしょう、『番解消』について。もし君が抑制薬を飲まずにいて、それに誘発された彼が咬み痕をつけたらどうするんですか?2人共、その後一生癒えない傷を抱えて生きることになるんですよ、医者としてそんな可能性があるのを見過ごすわけにはいきません」
「だけど俺、本当に不安で…もし【香り】を出せなくなったら、それはほとんど番解消の状態と一緒じゃないですか。俺は1度【香り】も【発情】も失ってるんですよ、それが普通のことじゃないって分かってるからこそ、すごく心配なんです」

 彼の訴えに、医者も「…たしかに、君が経験したことはまったく聞いたことのない事案です」と深刻に答える。

「あの薬を飲んで半日以上【香り】が止まっていたというのも気掛かりです、拒否反応が出やすいということも関係しているんでしょうね」
「他に…他になにかいい方法はありませんか、【香り】を止めずに済む方法は」
「【香り】を止めずに…まぁ、それで言えばアルファの彼が君の【香り】の影響を受けなければいいということなので…」
「え、熊から離れろってことですか」

 彼は思わず医者の言葉を遮ったが、「そうではありません、落ち着いてください」と制される。

「いいですか、もう一度きちんと説明しますよ。アルファもオメガも、発情を抑えるのに1番なのは互いの【香り】なんです。自分と合う【香り】は身体を安定させるから、どんな薬を飲むよりもずっと早く、安全に【発情期】を乗り越えることができるということ。あくまでも抑制薬は強すぎる【香り】を抑えるだけの、いわば補助なんです。そしてまだ番っていない君達の身を守る物でもある。もし発情した時にアルファがそばにいなければ、体はその存在を惹き寄せようと勝手に【香り】の濃度をあげてしまうから、合う【香り】の人が見つかっている以上、君は彼から離れるべきではありません」

 医者のしっかりとした説明に、彼は「それじゃ…俺はどうしたらいいんですか」と肩を落とす。

「俺だって熊から離れるのは嫌だし、そばにいていいならそうするけど…だけどこのままじゃ俺はどっちみち…」
「…つまり、君が【香り】を放っていてもそれに彼が発情を誘発されなければいいということです。それならいくつか考えがありますよ、【香り】はいくつかの成分が組み合わさっているものなんですが、その中からアルファを誘惑するものだけを抑えるようにすればいいんです」
「え…そんなこと、できるんですか?」
「えぇ。いくつかそういう効能のある薬草がありますから、それを調合してみましょう。あまり一般的には用いられない薬草ばかりで入手も調合も今すぐというわけには…でもこれまでの経験上、少なくとも今日明日は発情しないはずですから、手配でき次第すぐに届けに行きますよ。それまで、一応この間と同じものを渡しておきます」
「あの、それは…大丈夫なもの、なんですよね?」

 一般的な薬草ではない、というところに引っかかった彼が尋ねると医者は「もちろん」と戸棚から薬草の本を取り出して該当する薬草をいくつか見せる。

「抑制薬に使われる薬草の方が入手も加工もしやすいですし、細かく調合を変えれば使う人を選ばないものなのでそれが主流になっているんです。通常生活をするにも、【香り】自体を抑えている方がいいですからね。でも、もし他の調合で【香り】を押さえることができるようになれば、君のように過剰反応を示す人のための抑制薬も作れるかもしれない。これを機に、私もきちんと研究してみるつもりです」
「あ…ありがとうございます、なんだかすみません…」
「君が謝ることではないでしょう、悪いことをしたわけでもあるまいし。もし私に悪いと思っているならその必要はありませんよ、これは医者としての使命でもありますから。将来、君と同じように抑制薬で苦しむ人のための先駆けになるんだと、そう思っていればいいんです」
「はぁ…そう、ですかね」
「そうですよ」

 医者はさらに薬草について説明しようと本を捲るものの、どんどんと早口になっていって追いつくのにやっとなくらいになってしまう。
 ちょうどそこへ『熊』が仕入れを終えて迎えに来たので、彼は内心(救われた…)と思いながら医者の元を後にした。

「お医者さん、なんだって?」
「ん、他の薬草を使った調合を考えてくれるって。ただ今すぐにとはいかないから、出来次第持ってきてくれるみたいだ…それ、半分持つよ」
「あっ、じゃあこっちを持って…ありがとう。そっか、それなら良かった」
「うん、色々と考えてくれてるみたいなんだ。すごく…ありがたくてさ」
「あの人、僕らと同年代なのにしっかりしてるよね。面白いところもあるしさ」

 彼は先程の早口になっていく医者の姿を思い浮かべながら、「そうそう!」と『熊』に同調した。


ーーーーー


「やぁ」
「あ、先生、どうも」
「忙しい時に悪いね」

 数日後、医者は昼時に食堂へやってきて厨房にいる『熊』に声をかけてきた。

「彼に用があって来たんですよね?彼なら今…」
「あれ?先生じゃないですか」

 彼もちょうど裏から厨房の方へ出てきて医者に声をかける。

「ちょうど良かった、薬の件で話があるんです。少しいいですか」
「はい、それはもちろん。それじゃあ2階の部屋で」
「えぇ」

 医者は『熊』にも「仕事が一段落ついたら部屋に来るように」と言って彼と共に2階へ上がっていった。


ーーーーーー


「休み時間にすみませんね、なるべく早めに来たかったので」
「それは構いませんが…話って?」
「うん、まずはこれ。試しに飲んでみてください」

 『熊』と彼が暮らす部屋の中、机を挟んだ向こう側にいる医者は小箱を差し出す。
 彼がその中を見てみると、白い紙に包まれた粉薬が入っていた。
 それは彼が新しく試す薬草で、きちんと効果があるかを実際の調合前に確かめるために用意したもののようだ。

「今飲めば、後で彼が来たときにきちんと【香り】が変化しているかどうかを確かめられます。今回使う薬草は効き目がでるまでに時間がかかるから粉薬にしたんですが、もし飲みづらければ白湯に溶かしても構いませんよ。服用の仕方は任せます」
「あ…分かりました」
「これは本当に一時的に効く試薬ですから、話をしている間には効果が切れると思います。その結果次第で調合を細かく変えるんです」

 早速その薬を飲もうとしていた彼は、ふと手を止めて「…その、本当にこれは大丈夫なんですよね?」と尋ねた。

「抑制薬みたいに、【香り】の成分が止まりっぱなしになるということには……」

 以前にもこの薬草について説明をしてもらったものの、今度は別の不安が湧き上がってくる。
 何度も尋ねることで医者にしつこいと思われるかもしれないとも思ったが、どうしても拭いきれない不安を吐露すると、医者は「心配ですよね」と寄り添う言葉をかけた。

「たしかに、抑制薬と同じことが起こるかもしれないと不安になる気持ちも分かります。しかし、君の薬への過剰反応は生まれつきのものではなく、幼い頃の過剰摂取によるものに起因していると結論づいています。つまり、特定の薬草にのみ過剰反応を起こしているんです。そしてその過剰反応は…君の体というよりも心の方に原因がある。私はこれまで、君の体に合わない薬草が他にもないかと調べてきましたが、抑制薬以外にそういった兆候はありませんでした。君は本来、抑制薬もきちんと使えていたはずなんです」

 医者はさらに続ける。

「この薬草は一般的ではなく、幼い頃の君が摂取していたとは考えられません。そのため、抑制薬よりもきちんとした効果が得られると考えています。これは他の医者とも協議を重ねた結果です。不安かもしれませんが、服用しても大丈夫だと考えているからこそ提案したものであり、さらに安全性を高めるべくこうして事前に試薬を用意したんです。安心して飲んでみてください」

 医者は少しも彼に説明することを面倒がらなかった。
 それがなによりも安心感を与えたため、彼は(きっと大丈夫…)とその薬を飲む。
 それから、もう1つだけ聞いておきたいことがあったことを思い出して医者に尋ねた。

「その、発情…が誘発されたかって、どうしたら分かるんですか?」
「あぁ、周期がズレての発情かどうか、ということですか?まぁ、1番分かりやすいのは、その発情が相手の【香り】を感じてからのものかどうかでしょうね。周期のズレで自然と発生したものなら、相手の【香り】を嗅いでいなくても変化があるはずです」
「相手の…【香り】を嗅いだかどうか…」

 そこへ『熊』が「遅れてすみません」とやって来た。
 すでに彼が何らかの薬を服用したらしいと気づいた『熊』が気遣うように彼の隣に座ると、医者は「来たね、よし。君、少し【香り】を放ってみてください」と彼に向けて言う。

「えっ、ちょっと、何言ってるんですか!?」

 医者からの突然の指示に『熊』が警戒めいた声をあげるも、彼はそれが先程飲んだ薬の効果の程を知るためだと理解しているため、「大丈夫だよ、熊」とそれを止める。
 『熊』が心から心配に思ってくれていることが嬉しく、彼は意図せず【香り】を放っていた。

「な、なに、これは…君の【香り】がいつもと…」
「おぉ、いつもと違うって?」
「はい…甘さが足りない、というか【香り】自体が軽い、というか…」
 
 医者は「よしよし、いいね」と笑顔になる。

「きちんと【香り】の成分を抑えられているみたいだ。いいね、試みは成功だ」

 医者が近くの窓を開けに行く間に、彼は試薬のことを『熊』に説明した。

「君、しばらく【香り】を止めずにそのまま放っていてください。念のため換気していますから、大丈夫ですよ」
「あ…はい」
「先生、僕にも話って、なんですか?薬のことでなにか?」

 『熊』が尋ねると、医者は「そうです、事前に話しておくべきことがあって」と真面目に向き合いながら話す。

「この薬は抑制薬とは違って、『発情を抑える』わけではないんです。なので、多少性欲が強くなるでしょうが、それは発情期における正常な反応なので、心配しないように」
「え」
「他のものまで抑えようとすると、効能が拮抗して体に悪影響を及ぼす可能性があります。なので抑えるのは他の性を誘惑する成分だけに絞る必要があるんです。熊君にはきちんと抑制薬を飲んでもらって、自制しながら過ごしてもらうのが良いでしょう」

 彼は自らの顔が熱くなるのを感じる。
 通常、アルファもオメガも、発情すると周りのことなど一切目に入らずに互いを求めるものだ。
 その姿は番になる前は抑制薬を飲んでいるために見せることはなく、番になる際は互いにそのような状態になっているために気にならない。
 しかし、彼はそんな姿のまま、正気を保っている『熊』と過ごすことになるというのだ。

「そうなる前に睡眠薬で眠っておくというのはおすすめできません。ただでさえ繊細になっている発情期の体にこれ以上薬を服用させるのは避けた方がいいし、なによりアルファの【香り】を感じるのが1番いい薬なのにそれが眠った状態だとどの程度効果があるのかも不確かですから」

 彼はなんとなく『熊』の方を見ることができず、「…そもそも、なんですけど」と もごもご口を開く。

「その…うなじを咬まれなければいいんですよね?俺が自分のうなじを、それこそ『うなじあて』とかで保護しておけば…発情して、ても……」

 しかし、医者は「だめです、危険すぎる」と却下した。

「それは君が『薬を飲まず、発情した状態でアルファの彼と過ごしたい』ということですね?いけません。そうなると、いくら抑制薬を飲んでいたとしてもアルファの彼は誘発されて発情してしまう可能性があります。そうなったら…目の前でオメガの君が発情しているという状況なのに、何もせずにいられるわけがない。必ず衝動的にうなじを咬みたがるはずです。その時にうなじあてをしていると、それを引き千切ろうとするかもしれない。ただうなじを咬みたい一心でやるはずだから、引き千切る時に君の首を圧迫することだって考えられます」
「く、熊はそんなこと…」
「もちろん、そうじゃないかもしれない。彼は想像以上に強い自制心を持っていて、君のことをきちんと思いやれるかもしれない。だけど、それは『かもしれない』なんです。絶対にそうとは言い切れない以上、そんな危険なことはさせられない。…不安に思うでしょうが、発情は自然なことで、体は耐えられるようになっています。どちらかというとアルファの彼の方を心配して私は話をしたんです、まぁ…激しくなるはずですから」

 『熊』は「僕にできることはありますか」と医者に問いかけた。

「なにか備えておいた方が良いということがあれば」
「うん、君は万が一に備えて予防的に抑制薬を飲んでおいてください。まだ薬はありますか?【香り】の調節に使う薬の方です、発情した時に飲む方じゃなく」
「あります」
「それじゃ、それを飲んでから彼のそばにいくように」
「はい」

 医者は「いいですか」と念を押すように言う。

「オメガもアルファも、互いの【香り】があることで早く発情を終えられるのは事実なんです。なので、次に飲む薬はかなり色々な面で役に立つはずですよ。…あっ、【香り】が変わりましたね?どうですか、いつもの【香り】ですか」
「…はい、いつもの、彼の【香り】です」
「よしよし…時間も私の読み通り。これで効果の程が分かりました、明日の朝一番に新しい薬を届けに来ます。もう【香り】を止めてもいいですよ、ありがとう」

 医者の言葉を受けて彼が意識を集中させると、一瞬のうちに【香り】の発散は止まった。

「うん、きちんと調節ができていますね。君はもう立派な大人のオメガだということです、自信をもってください」
「あ…ありがとうございます」
「胸を張っていいんですよ」

 「何かあったら、すぐに言ってください」と言い残し、医者は帰っていった。
 部屋に残った2人は細々と会話を交わす。

「なぁ…熊」
「うん?」
「その…俺、おかしくなったらごめん」

 「いいよ、大丈夫」と『熊』は彼の肩を抱いたが、彼は内心(発情期を迎えたらどうなるのか)とうずうずする気持ちにもなっていた。


ーーーーーー


 医者が新たな薬を届けに来てから1週間。
 女性達がそれぞれの家へ帰った後の食堂で、2人はいつものように夕食を取りながら今日1日のことを談笑していた。

「あっははは!それでさ、あいつ、顔を真っ赤にしながら『からかうのをやめろ!』って言うんだよ!でもそう言われると余計からかいたくなるんだよなぁ」
「もう、そんなことしてると靴を作ってくれなくなっちゃうよ」
「うーん、でも可愛いし面白いからさ!つい!」

 2人は毎日こうしているというのにまったく会話の種が尽きない。
 食堂の女性の姪っ子と靴職人の青年のこと、配達されてきた野菜を受け取る時のこと、昼に配膳していた時のこと…。
 彼は本来、人と関わることが好きな性格だったため、『熊』と共に暮らし始めてからの日々は見聞きしたこと全てが楽しさに満ちていた。
 そしてそれを明るく、嬉しそうに話す彼を、『熊』も愛らしく思っている。

「そういえばさ、明日は農業地域から漬物が届くんだって?皆すごく楽しみだって言ってたけど、そんなに美味しいものなのか?」

 食器の片付けをしながらそう尋ねる彼に、『熊』は「うん、美味しいよ」と答える。

「冬に備えて作った漬物を浅漬けのうちに少し配ってくれるんだ。毎年この寒くなり始めた時期に配られるんだけど、そのままでもいいし、汁物にしてもいいからすごく人気で…きっと君も好きだと思うよ」
「へぇ!それじゃあさ………っ」

 その瞬間、彼の心臓がドキリと跳ねた。
 まさかと思い胸に手を当てると、もう1度、また1度、と強く跳ねる。
 拍動を強める心臓に、チリチリと熱くなるような体…。
 どうやら、彼の発情が始まったらしい。
 『熊』もすぐにそれに気付き、「薬をとってくる」と2階へ駆けていった。

(発情…いつもはここで抑制薬を飲んで治まるけど今回は……)

 椅子に座り込んだ彼は今にも自らから立ち昇ろうとする【香り】を抑えるために心を落ち着ける。
 まだ『熊』にこの【香り】を嗅がせるわけにはいかないのだ。

「持ってきたよ、まずはこれを…」

 彼は『熊』から渡された薬を口に含むと、すぐに水でそれを流し込む。
 気を緩ませればすぐにでも【香り】を漂わせてしまうという彼の様子に、『熊』は「湯を浴びておいで」と促した。

「僕も薬がきちんと効いてきたら2階へ行くから、君は動ける今のうちに湯を浴びて寝台へ行くんだ。いいね?」
「う、うん……」
「落ち着いて、転ばないように」

 着替え等は全て『熊』が用意してくれるというので、彼はすぐさま浴室で湯を浴び始める。
 体がもっと熱くなり、汗ばむほどになれば本格的な発情が始まるだろう。
 まだ意識を保ってあれこれと動き回れていたものの、湯浴みを終えて寝間着に着替え終える頃にはすでに彼の前のものは首をもたげ始め、後ろは愛液を今にも漏らしそうになつまていた。

「熊…俺、上にいる……」
「うん、僕もすぐに行くから」
「ん……」

 『熊』はまだ薬が効いていないらしく、彼に配慮して食堂の端の方から声をかける。
 なんとか部屋へたどり着くと、中は『熊』によって灯りがつけられ、肌寒さのない気温に暖められていた。

(熊…こんなに色々してくれてたんだ…はぁ…熊……)

 体の内から湧き出してくる熱に足元をふらつかせ、彼はほとんど倒れ込むようにして寝台に横になる。
 寝台についた『熊』の【香り】がほんの少し彼を楽にさせ、バクバクと暴れ出しそうだった心臓を抑えた。

(あ…熊の…熊の【香り】が…はぁっ、あっ……)

 さらに濃い【香り】を求めて『熊』がいつも使っている枕に顔を埋めた彼は、それからすぐに我慢できないほどの下半身の疼きに襲われる。
 もはや周りを省みる余裕もなく、彼は自らのものを取り出して擦り始めた。


ーーーーーー


「……っ!!!」

 戸締まりも何もかもを済ませて部屋へ帰ってきた『熊』は、扉を開けるなり言葉を失う。
 薬も効き、大丈夫だと思い込んでいた意思が部屋中いっぱいに立ち込めている彼の【香り】で揺らいだのだ。
 その【香り】は彼が飲んだ新たな薬によって深刻な状況にはならないだろうというくらいに変化しているものの、『熊』を酔わせるだけの力は持っている。
 『熊』は彼が苦しんでいた時のためにと用意してきた水桶と手巾を緊張しながらそばの机へ置いた。

「くま…はぁっ、くま……!!!」

 そのかすかな音でようやく『熊』が帰ってきたことに気付いた彼は、寝台から体を起こして走り出そうとする。
 すでに半分脱げていた下衣に足を取られて転びそうになる彼を素早く抱きとめた『熊』は、その体の熱さに驚いた。

「遅くなってごめん」
「はぁっ、あっ、くま…」
「大丈夫、もう僕がいるからね」

 縋りつくようにしていた彼は『熊』の首に両腕を回して口内を舐め回すような激しい口づけをすると、それから耳元や首筋をペロペロと舐める。
 『熊』はそんな彼の背を「分かってる」と撫でた。

「すぐに寝台へ行こう、ここじゃ風邪をひくから」
「んん」
「ちょ、ちょっと……」

 いくら部屋を暖めておいたといっても肌寒くなり始めた季節の部屋の隅は冷えるため、『熊』は彼を寝台へ連れて行こうとするものの、彼は待ちきれないとでもいうかのように『熊』の下のものを握り、そのまま跪いて下衣の紐を緩める。

「ま、待って、なにして…っ!!!」

 『熊』がまさかと思ったその瞬間、彼は『熊』のものを口に含み、ちゅぽちゅぽと音を立てていた。
 【香り】は感情によって大きく左右されるため、下のものを口で愛撫された『熊』はその強い快感に一層強く【香り】を放つ。
 彼はまさにそれを求めていて、放たれた【香り】をさらに濃くするべく刺激を強めた。

「うっ…あ、あぁ、ちょっと……!」

 彼は喉奥を開き、少しの間も空けずに頭を前後させる。
 時々口の中のものを吸い上げたり、裏を舌で撫でたり、先端のくびれた部分を舐めたりするそれは、まるでなにか甘く美味しいものでも味わっているかのようだ。
 『熊』はそれを止めようにも、彼があまりにも激しく喉奥を突かせるなどしているために、かえって彼を傷つけることになりそうで手が出せない。
 高まる快感の中で先端からたらりと滲み出た精液は、すぐさま彼の喉奥へと消えていく。

「うっ…だ、だめだ、出る…出るから……っ!!」

 『熊』は体の奥底から噴き出してくるような感覚を感じ、ついに強く彼の肩を押して自分のものを彼の口から抜け出させた。

「はぁっ、はぁっっ」

 彼の口内から抜き出されたと同時に飛び散らされた白濁は彼の頬や目元、首元の広範囲に点々と模様を描く。
 『熊』が高揚する気分を落ち着かせている間にそれを眺めていると、点々としたそれはわずかに下へ滴りはじめ、目元の方に付いたものが彼の瞳の中へ流れ込みそうになった。

「目に…」

 『熊』は慌ててそばの机から手巾を取って彼の顔を拭う。
 彼は唇のほど近くのものを舌で舐めとると、『熊』のものに口づけてから立ち上がって抱きついてきた。
 『熊』の耳元に顔を埋めたまま、彼は片足をあげ、自らの秘部に『熊』のものをあてがう。

「ま、待って、ここで?」
「くま…シよ……」
「わ、分かってるけど、ここじゃ…っ」

 彼にはほとんど『熊』の言葉が届いていない。
 有無を言わさず『熊』のものを中へ挿し込ませた彼は、なんと両足を『熊』の腰に絡みつかせ、腕の力だけでぎこちなく体を上下させ始めた。
 『熊』はそんな彼をしっかりと抱きしめて支えると、上手く動けずにいる彼を下から2度強く突き上げる。

「あぁんっ、はぁぁ、ああっ!!」

 嬌声をあげた彼から漂ってくる【香り】を近くで直接感じた『熊』。
 その【香り】に突き動かされ、『熊』はしがみつく彼を抱えたまま寝台に向かった。


ーーーーーー


「あぁ、はやく…やっ…ぁ」

 寝台の上に移動するなり、彼は抜け出てしまった『熊』のものを求めて悩まし気な声をあげる。
 顔や胸を上気させ、潤んだ瞳で訴えかけてくるそれはまさに発情したオメガの姿だ。

「分かってる、今から沢山……」

 改めて彼の中へ挿入しようとした『熊』は、寝台の上がすでにひどく乱れていることに気づいた。
 精液があちこちに飛び散り、愛液によるシミもそこ ここにある。
 『熊』が部屋へ来る前に、彼はすでに何度も1人で絶頂を迎えていたのだ。

「すごく…待たせてたんだね、ごめん」
「あぁっ、んっ、くま…!!」
「いいよ、君が満足するまで…何でもしてあげる」

 蕩けきった表情で「くま…くま…」とうわ言のように繰り返す彼の秘部へ『熊』は先端を挿し込み、じっくりとその中を押し拡げていく。

「い…いい…あっ、あぁっ!」
「気持ちいいの?もうすごく…トロトロだね」
「ひっ…ふぅ、ぅっ……」

 『熊』は彼の腰を掴み、彼の中を掻き回すようにして突き始めた。
 熱い彼の体内はどこまでも柔らかく、愛液で満たされている。
 その中を抜き挿しすることで得られる快感は凄まじく、動きを止めることなどできるはずもない。
 その間も彼は吐息混じりの嬌声をあげ続け、勃起したものが体を揺さぶられることで自らの腹にあたる刺激だけでも白濁を散らした。

「く、くま…」
「うん?」
「もっと…もっと……」

 彼が『熊』の腰を太ももで挟み込んで中のものをキツく締めつけると同時に、『熊』は精を放つ。
 体内に『熊』の精液が流れ込んだのを確認するように腹へ手を当てた彼は、呼吸も整わないままに『熊』を押し倒し、すぐさま体を上下させ始めた。
 絶頂を迎えたばかりで敏感な『熊』は痛いほどの刺激に晒されるものの、懸命に体を上下させる彼のいじらしさと眼前で揺れる彼のもの、そしてはっきりと見える結合部によって再び激しく欲を掻き立てられ、彼の胸のピンと立っている乳首を両手で摘み、捏ねる。

「あっ…き、気持ちぃ…はぁ、あ、あぁっ」

 彼は尻を沈めて最奥に『熊』のものを収めると、体を震わせて自らの白濁を『熊』の腹に滴らせた。
 倒れ込みそうな彼を身を起こして抱きしめた『熊』は、前後に体を揺らして静かに快感を得続ける。

「大丈夫?」
「ん、ん…くま……」
「【香り】が…まだ沢山してるね」
「もっと……もっとして…」
「…いいの?」
「いいから…もっとシたいの……」

 ひとしきり口づけを交わした後、彼は『熊』に自らを押し倒させてさらに中を突くようせがんできた。
 彼からの【香り】はとても濃く、2人それぞれが抑制薬を飲んでいなければうなじに咬み痕をつけていたに違いない。
 彼に求められるまま、『熊』は腰を動かした。


ーーーーーー


「ひっ、いぃ…うっ、んんっ!」

 おさまらない発情により、彼はさらなる快感を求めて次々に体位を変えたがる。

 後ろから、正面から、横から。
 抱きしめられながら、押さえつけられながら。
 足を広げながら、絡みつけながら、抱え込みながら。

 『熊』も「次はどうしたいの」と彼の要望に応えながら突き続けた。
 そうして日付が変わる頃まで絡んでいた2人を、次第に心地良い疲労が包み込んでいく。
 『熊』を寝台の背もたれへ寄りかからせた彼は、その上で自ら腰を上下させ、半ばうわ言のように何度も囁いた。

「すき…すき…すきだ…」
「うん…僕も、大好きだよ」
「すき…はぁっ、あっ……」

 途切れ途切れの嬌声と共にプルプルと体を震わせた彼。
 その中へ『熊』も白濁を放ったが、彼はぐったりと『熊』に身を倒したまま身じろぎ1つしなくなっていた。

「ど、どうしたの…」

 心配になった『熊』が確かめると、どうやら彼は眠っているらしく、すぅすぅと寝息を立てている。
 彼の中から自らのものを抜き出した『熊』は浴布で彼の体を覆うと、寝台の隅でぐちゃぐちゃになっていた寝間着を羽織り、水桶と手巾を机まで取りに行った。
 『熊』の足取りもふらついていて頼りない。
 そばの灯りの火を火鉢に移し、その上で金属の皿に入れた水を温めている間、彼と自分の新たな寝間着を用意する。
 温まった水で手巾を絞った『熊』は彼の汗ばんだ額や首筋、胸や腕を拭うと寝巻着の上衣を着せ、それから下半身を隅々まで拭き清めると同時に、寝台に2枚重ねていた敷き具を取り去った。
 彼の綺麗になった体は上の1枚が犠牲になったことで事なきを経た敷き具の上に横たえられる。

 彼の中に放った精液は何度拭っても埒が明かないほど大量で、結局『熊』は柔らかなそこへ指を挿し込んで掻き出すことにした。
 彼自身の中から溢れ出していた透明な愛液と十分な濃さの白濁が混ざりあったそれは、薄明かりによってやけに美しく見える。
 あらかたの白濁を掻き出し終えた後、彼にきちんと下衣を着せた『熊』は自らも身支度を終えて寝台に横になった。
 部屋中に漂っていた【香り】は少しずつ薄らいでいるようだ。
 すぐ隣で眠る彼は先程までの悩まし気な表情とは違う、穏やかな寝顔をしている。

「…おやすみ」

 『熊』は彼の額に口づけると、その寝顔を眺めながら眠りについた。
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