悠久の城

蓬屋 月餅

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後編

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 隣り合っている部屋をそれぞれ行き来しながら過ごしている律悠のりちか玖一くいち
 もっぱら玖一が律悠のいる501号室へ来ることが多いのだが、その場合、玖一は律悠に事前に連絡を入れ、仕事中ではないのを確認してから訪ねてくる。
 律悠の仕事は責任が重く、特に集中してあたらなければならないものだ。
 こうして事前に連絡を入れるというのは、律悠がなにか書類などに目を通しているときに、自分がたてた物音によってせっかくの集中を妨げてしまうことが無いようにという、玖一なりの気遣いだった。


ーーーーーーー


 ある日、1人で夕食を食べ終えた律悠のもとに玖一から《後で行ってもいい?》という一通のメッセージが届いた。
 それを見るなり《もちろん》と返す律悠。
 玖一はまだ『紙』を持って帰ってきておらず、互いに顔を合わせる時間もわずかな日々を送っている。
 律悠が仕事をしているときに買い出しをしてきた玖一が荷物を置きに来たり、そのまた逆で律悠が玖一のもとへ買ってきたものを置きに行ったり。
 食事なども別にするほどの徹底ぶりは、いくら身を守るためといえどもなかなかに寂しいもので、この生活が始まってからしばらくが経つとはいえ、未だに慣れない。
 そんな中での玖一からの連絡が嬉しかった律悠は、《早く帰っておいで》とさらに付け加えて返信してから浴室へと向かった。


ーーーーー


 湯上りの温かい体で濡れた髪を拭いながらリビングへ戻ると、ソファには玖一くいちの姿があった。
 別々で暮らす時間は何度も経験してきてはいるのだが、それでもやはり共に寝起きをしている時間の方がいくらか長いため、このソファも玖一が座っている方が自然に思える律悠のりちか
 「おかえり、きゅう」と声をかけると、玖一も嬉しそうに「ただいま、ゆう」と応えて笑みを見せた。
 律悠がいつもの習慣で風呂あがりに飲む白湯を用意しようとキッチンに向かうと、そこに玖一のマグカップが置かれていることに気付く。
 玖一はこうして離れて暮らしている間は同じコップなどを使ってしまわないようにと特に気をつけているのだが、その玖一がわざわざ自分の家からこうしてマグカップを持ってきたことは、きっと自分も白湯がほしいということを示しているに違いない。
 「きゅうも白湯、飲む?」と問いかけると「うん」という答えが返ってきたため、律悠は自分のマグカップと玖一のマグカップにそれぞれ白湯を淹れてソファへと向かった。
 
 テレビにローテーブル、そしてソファ。
 シンプルな色で統一されたこのリビングは、いつも2人が夕食を取った後などに寄り添いながら過ごす、寛ぎの空間だ。
 マグカップを受け取って「ありがとう」と口にする玖一に「ううん、いいよ。それよりどうしたの?」と隣の定位置に座って話しかける律悠。

「なんか考えてるっていうか、緊張してるみたいだね」

 すると、玖一は一口 白湯を飲んでから「…あのさ」と真剣な表情をしつつそばに置いてあった封筒を手に取る。

「これ、ゆうに見せたくて…」

 やけに深刻そうな口ぶりで封筒から一枚の『紙』を取り出すと、それを手渡してきた玖一。
 律悠がその紙を見てみると、そこには玖一が健康体であるということを示す『結果』が記されていた。
 律悠はそれを見ながら「ははっ、よかったね、玖」と微笑む。

「そんな深刻そうな顔しちゃって。僕を驚かせようとしたんでしょ?でも僕は分かってたからね、驚きはしないなぁ」
「え…な、なんで?せっかく俺、珍しくこうやって…」

 それまでの表情を一変させた玖一に、律悠は笑って「うん?だってさ…」と話す。

「いつも結果が出るまでは飛沫とかを気にしてマスクは外さなかったのに。ほら。今はしてないでしょ。マスクをしてないのに僕と普通に話してる」 
「え?…う、うわ、ほんとだ!?俺、すっかり忘れて…」
「はははっ!いつも結果が出ると帰ってくるなり僕に言うもんね?今日はいつもと違ってお風呂も入ってきたみたいだし、うっかりしちゃったんでしょ」

 サプライズを仕掛けようとしていたらしい玖一は、その目論見が自身のうっかりによって完全に失敗していたということを知り、肩を落として落胆する。
 律悠はそんな玖一の背を撫でながらもう1度『紙』に目を通すと、立ち上がってそばの引き出しの中から同じく一通の封筒を取り出してきた。

「じゃ、僕からもこれを玖にあげるね」

 律悠が玖一に手渡した紙には、やはり同じような『結果』が、律悠が健康体であるということが書かれている。
 その日付はつい先日のものだ。
「悠も…受けてきてくれてたんだ」と静かに言う玖一に、律悠は「うん。だって僕達2人は一緒だからね」と微笑んで応えた。
 見つめ合い、どちらからともなく顔を近づけて唇を重ねる2人。
 それは実に数ヶ月ぶりの口づけだ。
 ようやくこうしてまた触れ合えるのだという喜びと安堵感に浸りながらのそれは、甘く蕩けるようで、あまりにも心地がいい。
 しばらくそうして静かに互いの存在を近くで感じた後、玖一は律悠を自らの足の間に座らせ、後ろから抱きしめて囁いた。

「俺、まだ悠に渡したいものがあるんだ」
「渡したいもの?」
「うん」

 すると玖一は封筒の中からさらにもう一枚の紙を取り出してきて律悠に渡す。

「これ、俺の気持ちね」

 律悠の後ろから同じようにして手渡した紙を覗き込む玖一。
 その紙は『誓約書』だった。
 その内容に目を通した律悠が「わ…これって、もしかして?」と訊ねると、玖一は「ん、そうだよ」と耳元で答える。

「これは俺が男優を辞めたっていう証。もう2度と撮影しない、させない、活動をさせないっていう誓約書。ちゃんとほら、ここに代表の署名があって、判子も押されてるでしょ」
「どうしたの、これ」

 目を丸くする律悠の肩に顎を乗せた玖一。

「うん?いや、俺、これからのことをちゃんと悠に安心してほしいなと思ってさ。そのためにはどうしたらいいかって考えてたら、代表が『一筆書くよ』って言ってくれたんだ。…悠には今まで心配かけてきたでしょ。これで『安心して』って言うのも難しいかもしれないけどさ、でも俺の気持ちがこれで少しでも伝わればいいなと思って…」

 玖一の言葉を聞きながら、律悠は誓約書の文字を一つ一つ指先でなぞって読み返す。
 それは単なる文字の羅列に過ぎないはずなのだが、特別な何かがこもっているように感じてならない。
 なにより玖一がこうして気持ちを伝えようとしてくれたこと、それ自体が律悠にとってはとても嬉しいことだった。

「そっか…本当に、男優を辞めたんだ。引退したんだね」
「そうだよ。もうよそじゃ脱がない」
「うん、そっか…」

 後ろから抱きついている玖一の腕を誓約書ごと優しく抱きしめ、律悠は「引退、おめでとう」と静かに言う。

「この5年間、怪我も病気もなく無事に済んで…本当に良かったね。お疲れ様」

 労いの言葉は夜の穏やかな空気にすっと溶け込んでいくようで、玖一も「悠だって…お疲れ様」とさらに強く抱きしめた。

「男優してる男の彼氏だなんて、大変だったよね。たくさん嫌な思いも、辛い思いもしてきたでしょ?もうこれからは普通の彼氏だからね。悠はもう…ただの事務員の彼氏だよ」
「ははっ…ただの事務員の彼氏?うん…いいね、すっごくいいと思うよ、それ」
「でしょ?俺はかっこいい税理士に惚れて、運良くそんな素敵な人と両想いになれた、ただの事務員だよ」

 そのお茶目な言い方に律悠がクスクスと笑うと、玖一は「ねぇ悠。あのね、俺、あともう一枚渡したいのがあるんだ」と再び封筒を手にした。
 がさごそと封筒の中へ手を入れる玖一に「まだあるの?」と問いかけると、「これが最後だからさ」と言って再び一枚の紙が手渡される。

「いつもは半年に1回だけど…でも、どうしてもこれも一緒に渡したかったんだ」

 その紙は同じく検査結果を示すものだが、内容は先ほどのものよりも一層真剣さがこもっているような『血液検査』のもの、罹ってしまえばその後の人生をずっと共にしなければならない病の有無が分かる検査のものだった。
 そして、結果はきちんと『陰性』ということを示している。
 これは玖一なりの、律悠に対する誠意と真心の表れだ。
 その気持ちが良く伝わってくるようで嬉しい律悠は、それと同時になんともふくふくとした気分になる。

「ねぇ、それ、嬉しいってこと?」
「うん?」
「いや…だって悠さ、今なんかすっごくニコニコしてない?こうしてても、後ろからでも分かるんだけど?」

 玖一が顔を覗き込もうとすると、律悠は「僕達ってさ、本当におんなじなんだね」と自分の検査の結果を取り出した封筒からさらに一枚の紙を取り出して玖一に手渡した。
 その紙を見た玖一は「え…悠も血、取ってたの?」と驚きの声を上げる。

「俺達、同じこと考えてた?え、本当に?」
「うん…ほんとだよ。僕も前の検査から半年経ってないけど、でもやっぱり今 この結果が必要だと思ったから」

 律悠が渡した『紙』も、玖一のと同じ血液検査の、陰性の結果を示していた。

「…ね、玖もおんなじだったんだね。そう思ったら…なんかすごく嬉しいっていうか、面白いっていうか…僕達、いつもおんなじこと考えてるんだなって…」

 ははっ、と笑う律悠を後ろから深く抱え込むようにしながら、玖一は律悠の唇に近いところへ横から口づける。
 口の端に口づけられた律悠は微笑むまま横を向き、今度はしっかりと互いの唇を触れ合わせた。
 何度唇を合わせても満足するにはほど遠く、もう一度、もう一度と求めてしまう。
 夢中になって口づけ合い、やがていくらか呼吸が乱れてきた玖一は抱きしめたままの手で律悠の体をなぞると「…あのさ、悠」と囁く。

「今日この後って、なんか仕事っていうか…やること、あるの?」

 控えめでありながらもはっきりとした意志が感じられるその言葉は、まるで『望む答えは一つ』と言わんばかりだ。
 だが律悠はそんな玖一に「うん、ある」とだけ答えると、自らを抱いている腕から逃れるようにして立ち上がり、わずかに肩を落とす玖一に向き直って言った。

「彼氏を自分のベッドに連れていくこと」

 律悠に手を引かれてソファから立ち上がった玖一は「なんだよそれ…もう…悠ってば」と笑いながらも、次の瞬間には律悠を抱き寄せて斜め上から深い口づけを浴びせていた。


ーーーーー


 扉を後ろ手に閉める音がやけに大きく響く寝室。
 玖一くいちは口づけをしながら律悠のりちかに迫り、そのままベッドのそばまで連れて行きながら小さく笑みをこぼす。

ゆう…ちょっと明かりをつけてもいいんじゃない?俺、悠のいろんなとこが見たいんだけど…」
「んっ…いろんなとこ…?どこが見たいの…」

 鼻先が触れ合う距離で聞き返す律悠の腰を撫でると、熱い吐息が唇をかすめていく。

「はは…どこって それはさ…いろんなとこだよ、悠。悠の顔も、お腹も、お尻も何もかも全部…かわいいとこも全部…」

 玖一が腰をぐいっと引き寄せると、律悠は小さく喘いで「…僕も玖の全部、見たい…」と熱っぽい吐息と共に答えた。

「見たい…全部、なにもかも全部、玖のこと…」
「うん…全部見ていいんだよ、だって俺は悠のものだからね…じゃあ明かりをつけて、いっぱい…見せあいっこしよ?」

 手探りでベッドサイドの小さな明かりをつけた玖一はそのまま自ら背後にあるベッドへと倒れ込み、律悠の腕を引き寄せて誘った。
 2人の間には『先にベッドへ倒れた方が抱かれる側』という暗黙のルールがある。
 律悠はそれを理解しつつ玖一に跨ると、「玖…あとで僕のことも抱いてくれる?」と素直に問いかけた。

「準備してたの…玖だけじゃないんだから」

 寝間着のボタンを外されていく玖一は「そうなの?はは…すごいな…」と小さく笑う。

「本当に俺達って…初めての時もそうだったけど、なんでも同じにしちゃうんだな…」

「いいよ、悠。あとでたっぷり…気を失うほど抱いてあげる。…っていうより、抱かせて」

 その返事を聞くなり、律悠は玖一に覆いかぶさって深く舌を差し込みながら、苦しささえ感じるような熱烈な口づけをしつつ玖一の寝間着をはだけさせていった。
 自室でシャワーを浴びてきていた玖一の体からはボディソープのいい香りがふわりと漂い、寝間着の胸元へと顔を埋めるとそれはいっそう濃くなる。
 玖一自身の香りと混ざったそれは律悠にとっては媚薬効果を含んだ香水のようで、激しい欲情を駆り立てるものだ。
 深く呼吸を繰り返しながら玖一の首筋、鎖骨、胸、と下に向かって唇を滑らせると、あけすけな嬌声が漏れ出る。

「玖…前のほうも触ってほしい?」

 律悠が秘部へと指を伸ばしながら訊くと、玖一は「うんん…前はいい」と首を振った。

「前もしたら…後で悠のこと抱けなくなっちゃう」
「大丈夫、僕は別に…おもちゃでするのでもいいから…」
「え…嘘でしょ、なに言ってんの、悠…んっ…それって、俺のじゃなくてもいい、ってこと?」
「別に、そういうわけじゃ…」
「はぁ…おもちゃでも満足できるって?ひどいな…悠は俺とおもちゃを同列に扱うんだね。悔し…俺、ちゃんと後で思い知らせなきゃ…悠を満足させられるのは俺だけだって、俺のじゃなきゃ…うっ、ん…ダメなんだって」

 玖一は途切れ途切れに話していたものの、いよいよ指が三本挿し込まれたところで下から伝わってくる感覚に集中し始めた。
 何度も体を重ねて中を触ってきた律悠はもはや玖一が一番感じるところがどこなのかも完全に知り尽くしていて、今この瞬間も三本の指を根元まで挿し込みながら腹側にある膨らみを刺激している。
 指を折り曲げて膨らみを押しながら、指先でその膨らみの形をなぞるように擦り、小刻みに手を抜き挿しして攻める律悠。
 玖一はその動きに合わせて体をビクリと大きく跳ねさせながら、「うっ、うぅん、んうぅ…っ…」と喉奥から声を漏らす。

「う…あぁっ、あっ、はぁっ、きもち…」
「玖?気持ちいい?」
「んっ、きもちい…それ、すっごいきもち…悠、きもちいよ…あぁっ、く、ぅ…」
「うん…ここ、好きなんだよね?こうやって…」
「イっ…!いいっ、そこ…っ!!」

 股を開いて息を荒くする玖一は枕や枕元のシーツを強く握り締め、奥からこみ上げてくるものを堪えようとしているかのようだ。
 眉をひそめながら自らの手の動きに従ってビクビクと体を反応させる玖一の姿に、やがて律悠のものも反応を示し始めた。
 下着に押さえつけられて存分に反り勃つことができずにいる律悠の陰茎。
 ついに我慢しきれなくなった律悠は玖一の中から指を抜き出すと、寝間着と下着とをまとめて太ももへ下げ、充分に勃起している陰茎を露出させた。
 すでに先走り液によって律悠の亀頭はぬらぬらと妖しく照っている。
 とろけるような瞳でそれを見つめた玖一は、起き上がって下着の一切を脱いでいる律悠の腰を両手で掴むと、その手を上へと滑らせながら彼の上の寝巻きをたくし上げた。
 露わになった左の胸に吸い付き、舌先で丹念に乳首を刺激すると、そこはすぐにぷくりと勃って甘噛みできるくらいになる。

「ちょっと…玖、それ…僕が下になりたくなるってば…」

 一糸纏わぬ姿になった律悠が眉をひそめて言うと、玖一はさらにそこを甘噛みする。

「だめだよ悠…俺が先に抱いてもらうんだからね」
「もう…それなら胸やんの、やめてよ…」

 そうは言いつつも胸に吸い付いてくる玖一を引き離そうとするどころか、むしろ抱きしめるようにして離さない律悠。
 しばらくそうした後、玖一は「…だめだ、もう我慢できない」と律悠の陰茎に手を伸ばしてねだった。

「悠…これ、ちょうだい、俺に…俺の中に挿れて、抱いて…」

 すでに玖一の秘部をはくはくとして先ほどまでの中を擦られるあの刺激を欲しがっている。
 だが律悠がそれに応えようとサイドテーブルに手を伸ばすと、ベッドに寝かされた玖一は「いい、いらないから」とその手を止めた。

「ゴムいらない、無しで…ナマでしよ…?」

 一瞬驚きの表情を見せた律悠に、彼は続けて言う。

「一度はそうしたかったんだ、ゴム無しで悠と繋がりたかった…した方がいいことは分かってるんだけど、でも…」

「俺、悠になにも『初めて』をあげられてないじゃん、悠は俺に前の初めてをくれたのに…だからこれだけでも捧げたいんだよ、俺。…って思って、それですごくたくさん準備してきたんだ、何回も洗って…でも…やっぱり…」

「…ゴムなしは…嫌?」

 律悠を抱き寄せながら切なげに誘う玖一。
 2人はこれまでに生での行為を経験した事がない。
 いつも必ずコンドームを付けて互いに挿入してきたのだ。
 
「付けなくて、本当に…いいの?」

 律悠に下腹部を擦りつけられた玖一は上気した顔で微笑みながらそっと頷く。

「ナマでして、俺の中に悠の精子…いっぱい出してほしい」

 その囁きがもたらす効果は信じられないほどのものだった。
 それまで以上にさらに上向いた律悠の陰茎は玖一の手によって彼の秘部にあてがわれると、そのまま中へと導かれていく。
 玖一が腰を動かすことでさらに奥へと入り込んでいく律悠。
 コンドーム越しではない、敏感な部分が直接触れ合うその感覚は、まるで初めて快感というものを知った瞬間と似たような、むしろそれ以上の素晴らしいものだった。
 玖一は激しい興奮によって色白な手の甲や腕、引き締まった腹部に緑の血管を浮き上がらせている。
 律悠はしばらくそのままじっとした後、静かに抽挿を始めた。

「いっ、イイっ…な、んだこれ、すっごい…きもちい…っ」

 初めての感触は抽挿が繰り返される度によりはっきりと鮮明になっていく。
 始めはどこか恐る恐るといったようだった律悠も次第に腰の動きを早め、激しくしながら玖一を攻めていった。
 コンドームをしないことは互いへの信頼を示すものであるという意識が強かった2人。
 そのため、行為自体に関しては薄いゴム一枚の感覚など、正直に言えば『あってもなくても、たいした変わりはないだろう』と思っていたのだ。
 だが実際に体験してみると、それは衝撃的ですらもあった。
 どちらも続けて降りかかってくる強い快感だけに夢中になり、まったく他のことには気が向いていない。
 想像以上の快感はさらなる欲を煽り、すぐに2人を絶頂へと追いやっていく。

「あっ、あぁっ、イク…!おれ、もうイキ…そ、う…!」
「ん、僕も…はぁっ、うっ…」
「あっ、だ、だめ、イクっ、イク…っ!!」

 高まる快感と共に腰を浮かせた玖一は足と下腹部とに力を入れながら、大きな喘ぎ声をあげつつ絶頂を迎えた。
 余韻によってビクつく体内では熱い一筋のものが流れ込んできていることもはっきりと分かる。
 自らの体内で律悠が射精したことをはっきりと感じ取った玖一の表情は、『のす』のものとはまったく違う、心からの快感と満足感に満ちた美しいものだった。


―――


 ベッドの上で向かい合って横になり、小休止をする律悠のりちか玖一くいち
 はぁはぁという荒い呼吸の合間に目が合うと、どちらからともなく笑みがこぼれ、愛おしさがこみ上げてきて互いを抱きしめる。
 肌掛けが必要ないほど2人の体は火照っていた。

きゅう、気持ちよかった?」

 律悠が髪を撫でながら問いかけると、「ん…見て分からなかった?」といういたずらっぽい答えが返ってくる。

「すごく良かったよ、すごく…ゴム無しがあんなにすごいなんて、思わなかった。しかも今、自分の中にゆうのエッチなのがあると思うと…すごく興奮する」

「初めてのナマ、悠もすごかったでしょ?いつもより俺ら…イクの早かったよね」

 うれしそうに言う玖一だが、律悠は「その『初めて』ってさ…無理して言わなくてもいいよ」と苦笑した。

「玖の気持ちは嬉しいけど、僕は玖の『最後』になれればそれで充分なんだ。ゴム無しとか、その…中にっていうのも…僕が初めてじゃなくても、この先僕だけにさせてくれれば、それでいいから」

 律悠の言葉に目を丸くする玖一。

「悠、なにそれ、俺がゴム無しでしたことあるみたいな…」
「ん、あるでしょ」
「ないよ。正真正銘、今のが初めてだったってば」
「いや、あるでしょ。だって…『そういうの』、観たことあるよ」
「うん?観た、って…はっ、そういうことか!」

 玖一は「悠!言ったじゃん、あれは映像作品だって!」と眉を寄せながら律悠の鼻を軽くつまんで言い聞かせるように話し始める。

「あのね、撮影でゴム無しなんて、ないよ。いくら検査結果を出し合っててもなにがあるか分からないでしょ?ああいうのは…いわゆるゲイビは普通のとは違うし、気をつけることもちょっと違ったりするけど…でも、ゴム無しのリスクはやっぱりあるんだよ。で、そんなリスクを冒すようなことはしないの。たしかにゴム無しとか、中で出してるような内容のものはある。けどそれは全部撮り方次第でそういう風に見せることができるものなんだ、素人じゃないんだからさ。いくらでもそういう風に見せるための技術ってのがあるの。中に出された後に出てくるのだって…本物なことはない、似たように見せてるものなんだよ」

「まぁ、その…全部が全部そうかってのは、俺にも分からないよ。でもこれだけははっきり言える。『のす』は撮影でゴム無しなんか絶対にやったことない。ナマでなんか、やったことないよ。中に出させたこともない、ないからね」

 玖一の話に耳を傾けながら、律悠は以前観た『のす』のAVの内容を思い出していた。
 そう言われてみると、たしかに該当する作品では『のす』が中に出される直前、中で出す直前にはカメラの画角が切り替わっていたような気がしてくる。
 あらためて観てみないことにはなんとも言えないが…もしかしたら注意して観てみるとなにかそういった『痕跡』を見つけることができるのかもしれない。
 じっと考える律悠に、玖一は「まったく、悠ったら」と頬を軽くつまんだ。

「俺がナマでしたことがあると思ってたなんて。今のが本当に初めてだったし、これからも悠にだけだよ。『最後ならいい』って?俺の全部、悠が最後だよ。全部あげる、なにもかも。この先、俺の全部は悠にだけあげるんだから」

 律悠を抱きしめた玖一は、髪や目元などに細やかな口づけをし、恥ずかしがっているような律悠の反応を楽しむ。
 だが、戯れているかのようだったその絡み合いは不意に訪れた濃厚な口づけによって一変した。
 熱っぽい視線を向ける玖一は、律悠を下にすると、体の前面をぴったりとくっつけながら指を絡めて手を握る。

「…思ったんだけどさ、悠って、もしかして『のす』のAVを結構観てたんじゃない?ねぇ、この間のだけじゃないでしょ。どれを観たの?…教えてよ」

 至近距離でそう囁かれる律悠。
 体は完全に抑え込まれているせいで身じろぎ1つできない。
 実際、律悠は『のす』が出演したAV作品はすべて購入し、何度も観直してきた。どれも内容はともかくとして、映された『のす』の体や表情がとても美しいのだ。
 それを観てどうするというわけでもないが、特に気に入っているものやシーン、描写は何分何秒のところかといったことまで記憶しているほどでもある。
 だがそれを正直に白状してしまうのは気恥ずかしい上、囁かれた耳元のあまりのくすぐったさから「別に…」と律悠は目を逸らしてしまった。
 その反応はあまりにも怪しく、むしろ玖一に確信を持たせてしまう。
 
「へぇ?それじゃあさ…AV観て、自分でしたこともある?」

「俺達が離れて生活してる間、『のす』を観てここを弄ったりしてたんじゃないの?言ってみてよ、悠…『のす』を観ながら1人でエッチしたこと、ある?」

 律悠の左の太ももには玖一の勃起した陰茎が押し付けられている。
 その熱さと硬さに腰を浮かせると、玖一は律悠の秘部を柔らかく揉みながら胸を舌で一舐めし、問いに答えるよう促してきた。
 胸と秘部とを弄るその力加減は絶妙なもので、いとも簡単に情欲を呼び覚ましていく。
 律悠がなんとか首を振って否定の意を表すも、玖一はそれを認めようとはしない。

「ほら悠、正直に言ってよ。恥ずかしがらないで…『のす』のこと見て、1人エッチしたんじゃない?こうやって弄りながら『攻めてほしい』って、思ったりしたんでしょ」
「ちが…う……っ」
「ほんとかなぁ、だっていっぱいAV観たんだもんね?…そっか、俺達は隣の家同士でもあんまり会わないようにしてたから、悠はいつでも、好きな時に好きなだけビデオを観ることができたんだ。ねぇ悠はどっちのが好き?『のす』がネコのやつ?それとも、タチのやつ?どっちのが興奮するの?」

 挿し込まれた指が体内を撫で回す中、律悠はすでにイッてしまいそうなのを堪えながら途切れ途切れに話す。

「僕は…ただ綺麗だと思って、観てて…勃ったこともない、し、それで1人でしたことも…ない…」
「そうなの?勃ったこともないんだ?」
「ん、そういうんじゃないから…それに1人でしても、気持ちくない…そんなのするくらい、なら…玖が電話越しにしてくれる方が、もっとずっとエッチで…気持ちいい、し…それに…」

 律悠は玖一のうなじを引き寄せる。

「…玖じゃなきゃ、このあったかさがなきゃ…だめ」

 潤んだ瞳で ははっ、と軽く笑った律悠。
 それを聞くなり玖一は律悠の足の間に自らの体を割り入れ、上からしっかりと覆いかぶさりながら深く舌を挿し込んで口づけしだした。
 息もつかせないようなその口づけに律悠がかすかに眉をひそめると、玖一は鼻先が触れ合う程度の距離を保ったまま「その『のす』ってやつ、男優失格だね」と小さく笑い声をあげる。

「観てる人をエッチな気分にさせられない男優だなんてさ、ははっ…ふぅん?へぇ、そっか、そうなんだ、ははっ…でも、うん……」

 優しく律悠の髪を撫でる玖一は「…素直に、嬉しい」と目を細めた。

「彼氏がそう言ってくれるのって、すごく…いいね。1人でするのよりも自分とするのが気持ちいいって、エッチだって、そんなこと言われたら…ほんと…たまんないんだけど」

 玖一が秘部に勃起した陰茎を押し当てると、律悠はそれに応えるように両足を彼の腰に絡みつかせてそのまま少し引き寄せる。

「さっき、お風呂長めに入ったし、検査も…ねぇ、玖と僕は考えることが似てるって、言ったでしょ」

「僕にも…『なし』でして」

 その瞳には期待の色が浮かんでいる。
 催促に応えようとする玖一がコンドームをせずに行う挿入への最後の確認をしようとすると、律悠はそれを遮り、「早くぅ…」と切ない声でねだった。

「僕にもそのままの玖を…ちょうだい」

 体を揺らして誘う律悠の頬を撫でる玖一。

「ナマの、これがほしいの?うん…そうだ、俺がおもちゃよりいいってことを、思い知らせなくちゃいけないんだったね」
「ぅ…だから、それも、僕は玖がしてくれるから気持ちいいってこと、を言いたく、て…っ」

 律悠が言い終える前に柔らかな体内を突き進んでいく玖一の血管の浮き出た硬い陰茎。
 火傷でもしてしまうのではないかというほどの熱いそれが体の奥深くまで拓いていく感覚に息を呑んだ律悠は、それが最奥まで達する前にすでに小さく絶頂を迎えてしまった。
 本来ネコ専だった律悠にとって玖一にこうして抱かれることはもっとも強い快感を得ることであり、玖一相手であればどちらの役回りも遜色ないとはいえ、やはりこちらの方がより強く無意識に体が反応してしまう。
 持続的な快感にうねる体内は玖一のものをも締め付けるが、玖一はただじっとして少し熱が収まるのを待った。
 だが、今夜まだ一度も放っていない玖一にはそれはただでさえ堪えるのが難しいほどの刺激であり、その上コンドームがないことによる鋭敏な感覚はじっとしているのでも強烈な射精欲を煽るものだ。
 しばらくそうして律悠を抱きしめていたものの、ついに堪えきれなくなった玖一は「ごめん…もう、動くから」と耳元で言うと、身を起こし、彼の白い腰をしっかりと掴んで激しく腰を打ち付けだした。
 潤滑剤をあまり多く使用していなかったため、動きを滑らかにしているものは律悠が内側から分泌したものと玖一が先端から滲ませたもの がほとんどだ。
 決して十分ではないその湿りが抽挿による感覚にむしろ多少の抵抗感をもたらし、互いをより強く締め付けることにつながっている。
 あまりにも強い快感に激しく頭を振って喘ぐ律悠は、足をさらに肩へ担がれるようにされたことで、ひときわ大きな喘ぎ声をあげて全身をビクビクと痙攣させた。
 その体の動きは玖一にも細かく伝わり、共に絶頂へと導いていた。


ーーー


 ぐったりとベッドに横たわる律悠と玖一。
 どちらも前と後ろとで交わりを果たし、もはや自分自身の荒い呼吸を整えることで精一杯という状況だ。
 そんな中、先に動き出したのは玖一だった。
 彼はサイドテーブルからティッシュを数枚取るとそれを自身の秘部へと当て、中から流れ出していた律悠の精液を拭いとる。

「悠。悠も出てきちゃってるよね、拭いてあげる…あとでお風呂入ったら、ちゃんと中を綺麗にしよう。入れっぱなしだとお腹痛くなっちゃうって…聞くでしょ」

 さらに数枚取って律悠の股を拭おうと手を伸ばした玖一は、その瞬間 逆に律悠に抱き寄せられ、秘部を柔らかく揉まれていた。
 その手つきは明らかに中のものを掻き出そうとしているもので、玖一は小さく笑みをこぼしながら「掻き出してくれるの?」と頬に口づける。
 ベッドから身を起こし、玖一の中から自身の精液を掻き出していく律悠。
 意図してのものなのかどうなのか、掻き出す指の動きは玖一の体内のあの敏感な一点を絶妙に触れて刺激していて、玖一は吐息交じりの声を口元に当てた手の隙間から洩らす。
 さらに精液が中から溢れ出していく妙な感覚がより一層興奮させ、玖一はそう時も経たないうちに軽く絶頂を迎えた。
 収縮を繰り返す秘部からはもうほとんど精液は出てきていない。
 律悠は玖一の中から指を抜き出すと、ばたりと横へ倒れこんだ。
 今夜はもう腰を動かそうにない律悠。
 だが彼のその秘部からはやはり玖一の精液がとろりと染み出している。
 桃色に色づく目元、頬、唇。首筋、胸…そして愛らしい形をした尻の間に潜む濃い桃色の秘部。
 突っ伏した律悠に横から寄り添う玖一は、自身もすっかり体に力が入らなくなっているものの、律悠のあまりにも色っぽい姿に抗いようもなく前のものを反り勃たせた。
 視点の定まっていないようなとろけた瞳の一瞥は、たとえどれだけ疲れ切っている体でも欲情させてしまうほどの力を持っている。

「ほんっと…悠はエッチだな……」

「悠のも、掻き出してあげなきゃね…」

 同じように指を挿し込んで掻き出そうとする玖一だが、指では届かないほど奥に出していたこともあり、さらにこうして横になっている状態ではまったく思い通りにいかない。
 手では届かない奥から白濁を掻き出す。
 その方法は一つだ。

「ん…悠、『おすわり』…して?」

 ぼんやりとした灯りの灯るベッドに響く『おすわり』。
 従順に四つん這いになった律悠は「まだできるなんて…元気だね」と微笑んでからベッドに両手をつき、ひざを開いた状態で座るような姿勢をとる。
 ちょうどそれは犬が『おすわり』をしているような格好だ。
 玖一はそんな彼を背後からしっかりと抱きしめると、深く腰を下げて秘部を探り、そこに自身の十分に勃起した陰茎を挿し込んでからぐいっと真上目がけて突きあげた。
 衝撃に耐えるように力が込められた律悠の白い腕。
 その細めでありながらもいい形をした腕の筋肉には青い血管が透けている。
 肘をピンと伸ばし、後ろから抱き込んでいる霙へ上体を預けるように思いきり背を反らせると、自然と尻がかすかに上がった。
 それは無意識 故のものなのだろうが、より奥の深いところまで玖一を導くのに適している格好だ。
 奥を真下から突かれ、先ほど中に放出された玖一の大量の精液は玖一自身のものによって掻き出され、次第に外へと滴り落ちていく。
 その掻き出された精液と抽挿によって抱き込まれた空気が混ざり合い、寝室中にはなんとも形容しがたい音が響き渡っている。
 体内をぐちゃぐちゃに掻き混ぜられながら胸と腹とを手で愛撫されていた律悠は、やがて込み上げてきた快感にきつく歯を食いしばり、腰を反らせてうわ言のように「きゅ…玖、っ」と繰り返し始めた。

「玖、ぅっ…ぼく、だめっ、イク…イック、っ…あぁっ、イク…!!」

 下腹部の突き上げられている辺りを手のひらで押され、律悠は中と外から同時に1点を攻められて絶頂を迎える。
 収縮を繰り返す秘部からはもうほとんど精液は滴ってきていない。
 だが玖一の陰茎は依然として硬いままであり、もはやこのまま終わらせることはできないくらいになっていた。
 全身から力が抜けきり、もうピクリとも腰を動かそうにない律悠を仰向けにさせた玖一は律悠の美しく色づいた胸や首筋を見つめながらグリグリと腰を押し付けてさらに中を柔らかくしようと試みる。
 ほとんど声を上げることすらもできなくなっている律悠だが、彼は玖一のその動きを受け入れ、膝で玖一の腰を挟み込みながらより一層深くまで挿入るよう導く。
 玖一は小さく笑みをこぼした。
 這々の体であるはずなのに、それでもさらに喜んで秘部を差し出してくる律悠はなんともいじらしく、妖艶で、情熱的だ。
 体中が敏感になっている律悠は胸に手を当てられただけでも激しく反応を示すが、さらに乳首をつままれたことで大きなくぐもった嬌声を響かせる。
 特に胸が弱い律悠。
 だがそれを教えたのは玖一ではない。
 玖一は執拗にそこを攻めながら「ビクビクしてんの、可愛すぎる…けど」と律悠の耳たぶにかじりついた。

「これを教えたのが他の男だなんて、悔しい。俺が全部こうやって教えたかったのに、ねぇ?悠…」

 嫉妬のこもったその言い方に、律悠は「ん…ごめ、ん」と困ったように微笑んで玖一の腕に触れる。

「でも、ぼ、くに…こんなことできるのは、もう玖だけ…だから…んんっんっ…」

「だから…ゆるして……」

 許しを請うその姿はまるで『心から愛しているのは玖だけ』という熱烈な告白をしているかのようだった。
 玖一は自分と出会う前の律悠が一体どのような男と どのようなことをして、どのように夜を過ごしてきたのかを詳しくは知らない。
 あまり詳しいことは知らないが、それでも付き合い始めてからは自分一筋でいてくれているということをはっきりと理解している玖一。
 だがそれとは反対に、玖一自身は仕事とはいえ、律悠とは別の男を抱き、そして抱かれてきた。

「悠…俺、本当に悠が好きだよ」

 玖一は溢れ出す想いを口にする。

「俺も、もう悠の前でしか脱がないし、全部悠にあげるから…本当に俺の全部、悠が最後だから…」

「好きだよ、悠、愛してる…愛してる、愛してる」

 律悠の背に腕を回し、しっかりと胸元に抱き寄せながら囁く玖一。
 すると、律悠もありったけの力を込めて抱きしめ返してきた。

「っ…ぼくも…大好きだよ、玖…愛してる、心から、玖のこと全部を愛してる」

 互いに愛を伝え、そしてその想いの深さを確かめ合う律悠と玖一。
 抽挿がゆっくりと再開され、体中をぞくぞくとした快感が駆け巡っていく中、2人は指と指を絡めてしっかりと手を握る。
 2人の情事は彼らが疲れ果てて眠るまで続き、もはや最後には回数なども分からないほどになっていた。


ーーー


 眠りから覚め、薄く目を開けた玖一。
 漂う静かな空気感からなんとなく早朝のような気がしてならず、そっと時計を見てみると、やはり時刻はまだ日の出 前を指している。

(あぁ…変な時間に目が覚めたな)

 再び眠るのにも、ベッドから起き上がるのにも中途半端な時間だ。
 ふと息を吐いた玖一が胸元に目を向けると、そこにはぴったりと寄り添って目を閉じている律悠がいて、玖一は思わず頬を綻ばせる。
 眠る前にかろうじて掛けていたらしい薄い肌掛けを肩まで引き上げながら、玖一が律悠の髪をそっと撫でると、ふふっという微笑みと共に「おはよ…」と声がした。

「あれ…起きてたの?」

 玖一が「俺、起こしちゃった?」と問いかけると、律悠は小さく首を振る。

「ちょっと前に起きてた。で、玖のこと見てた。多分…僕が玖のこと起こしたんだと思うよ」
「そう?」
「うん…ねぇ、ベッドがぐちゃぐちゃになってる…こんなになってるのは、さすがに初めてじゃないかな…」

 律悠の言葉を受けてベッドの状態を確かめてみる玖一。
 たしかに、あちこちに使用済みのティッシュが散乱している上、シーツも所々付着した愛液や白いものなどによってひどく汚れていた。
 そして、体もだいぶベトベトと汚れてしまっている。
 いつもより後始末が悪そうなのが、コンドームなしの弊害の一つ、ということなのだろうか。
 玖一は律悠の体を摩りながら「体調…大丈夫?」と労わりの声を掛ける。
 掻き出しはしたものの、きちんとシャワーを浴びて眠ったわけではないため、体内に残った精液が悪さをしていないかと心配なのだ。
 すると律悠は「大丈夫、今のところ」と頬をすり寄せてきた。

「大丈夫、だけど…でもそろそろお風呂入んないとね…もう、あちこちすごいから…」

 だが、そこで律悠はあることに気づいてふふふっと笑う。

「嘘でしょ…あんなにしたのに、まだ元気なの?」

 律悠は笑いながら自らの腹を使って玖一の下腹部を押し、そこにあるものの存在をはっきりと指し示した。
 朝の敏感なところを指摘され、なんとも言えない気恥ずかしさに見舞われる玖一。

「これは生理現象だから仕方ないって…律悠にも分かるでしょ?」
「う~ん?でも昨日何にもしてないみたい、こんなにすごい朝勃ち…」
「ちょっと、悠」

 もぞもぞと寝具の中で動く律悠を止めようとする玖一だが、それとは裏腹にかすかに期待してしまっているのも確かだ。
 律悠はいたずらっぽく「ね、お風呂で洗いっこしない?」と玖一に提案する。

「お風呂でゆっくりして、ここを片付けて…今日は休みだし、一日中ベッドでまったりするの、良いと思うんだけど…」

 その提案は玖一にとっても望ましいものだ。
 「はは…先に言われちゃったな」と苦笑した玖一は肌掛けを押しのけてベッドから起き上がる。
 一糸纏わぬ姿の律悠と玖一はそうして荒れ果てた寝室を後にし、浴室へと向かった。
 温かなシャワーの音がし始めてからしばらくして、そこに別の音が加わったのはもはや言うまでもない。

 リビングの机の上には誓約書と各種検査結果の紙が、まるで寄り添うように重なって置かれていた。
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