彼と姫と

蓬屋 月餅

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前編

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たとえ性別が男であっても、美しすぎる人はいる。
 逞しさよりも靭やかさ、なめらかさが感じられるような、誰もが一目置き、『姫』と呼ばれるのに相応しいような人。
 彼が初めてその『姫』を見かけたのは、この漁業地域に来てすぐの時だった。

 陸国の城の敷地内では本来他の地域では育たない工芸地域や農業地域の植物、木が例外的に育つのだが、その植えられている植物の、主に樹木の管理を担当する一家の末っ子として彼は生まれ育った。
 陸国の城の敷地内で家族の仕事を手伝ってばかりいた彼は、1度親元を離れ、数ヶ月間 他の地域で仕事をしてこいという両親の言葉に従い、漁業地域のこの辺りに越してきた。
 魚を加工する過程で出たアラや骨などを肥料にし、農業地域へ運ぶという仕事に従事し始めた彼。
 だがある日、地域の外れの方にある小さな一軒家から出てきたその人を見た。
 あまりにも美しい人だ。
 遠目でも分かるような整った顔と線の細さ、そしてわずかに褐色の肌は彼の目を一瞬にして奪った。
 気怠げに、軽く前を止めただけの衣姿で水桶を手に水を汲みに行くその人。
 一体あれは誰なのか。何者なのか。
 すぐにでも知りたくなった彼は共に働く男達にそれとなく聞いて回った。

ーーーーーーー

「あぁ、『姫』を見たんだな」
「『姫』?」
「おぅ、男だけどな!美人だし、まぁ皆は『姫』って呼んでるんだよ」

 『姫』とは、陸国において『皆が憧れるような女性』『庇護欲を掻き立てられる女性』という意味で使われる呼び名なのだが、話を聞いた人によると、彼が見たのは男であるらしい。
 たしかに、彼が見たその人はその『姫』という呼び名がよく似合うほどの美人だった。
 彼が疑問に思ったのは、どちらかというとその呼び名よりも『男である』という方に対してだ。

(いや…あれはどう見ても女性だっただろう?あんなに綺麗な男がいてたまるか。男だと装っているとか、なにか理由があるに違いない。あんな寂しいところに女性が1人で住むなんて、やっぱり変だもんな)

 彼は自分が見たその人が男であるということを信じず、女性だと思い込んで気にするようになっていった。

ーーーーーー

(…別に、これは話をしに行きたいとか、顔を近くで見てみたいとか、そんなんじゃないし…ただ、ちょっと多めに採れちゃった山菜を分けに行くだけ、それだけだ)

 ある日、彼は食材を入れたかごを持って『姫』の家を尋ねた。
 『姫』はよその地域への配達などで人が出払っている時に外へ出て仕事をしては、少しの食料を持って帰っているらしい。
 彼がその姿を目にしたのは1度、2度ほどだが、他の人達はよく目にしたり、話をしたりしているようだ。
 なぜか顔を合わせる機会が乏しかった彼は、ついにこうしてわざとらしく口実を作って『姫』に会いに行くことにした。
 家の戸を叩くと、中から声と共に足音がする。
 バクバクと拍動する心臓を抑えながら待っていると、『姫』が戸を開けて姿を現した。

「はい」
「あ…あ、あの……」
「…?」

 いざ間近にしてみると、遠目で見たときの美しさはその1/100にも満たなかったのだと思い知る。
 『姫』の美しさは想像以上だった。
 生まれつきであろうというわずかに色付いたきめ細やかな肌や豊かな睫毛、すっと通った鼻筋は完全に女性のもので、彼は「その……」と言葉をなくしてしまう。
 細く束になって肩にかかっている焦げ茶色の髪も、なんとも艶やかだ。

「えっと……君はちょっと前に来たっていう人、かな?そうだよね?」
「あっ、えっと…はい、そう…です…」
「ふふ、そのかごに入ってるのは、もしかして僕に?」

 かごを指差している『姫』に彼が頷いて応えると、『姫』は「へぇ…」と片眉を上げる。

「じゃ、『アイツ』に言われてきたってことか」
「え…?いや、言われて来たっていうか、俺は…」
「ふふ、緊張しないで、とにかく入りなよ」

 彼はただ少し話をするつもりで来たのだが、『姫』は彼を家の中に引き込むなり、かごを取り上げて奥にある寝台へと連れて行く。

「ちょっ、ちょっと…!?」

 呆気にとられている彼は、見た目以上に力強い『姫』によってあっという間に寝台に組み敷かれてしまう。
 自身の上にいる『姫』は妖艶な笑みを見せ、彼の唇に人差し指を当てた。

「びっくりしちゃった?…かわいいね、耳も鼻も真っ赤になってる…」
「っ!!」
「ん…ちゃんと湯を浴びてきたんだ、きちんとしてるね、君」

 『姫』は彼の首筋に顔を埋めて匂いを嗅ぐと、そのままぺろりと一舐めする。
 たしかに、彼は仕事終わりの体で行くと『姫』に嫌われてしまうかもしれない、とあらかじめ湯を浴びてきていた。
 しかし、こんなことになるとは全く思いもしていなかったのだ。
 食料をお裾分けに行くという口実で少し話を、と思っていただけだというのに、一体なぜこんなことになっているのか。
 彼は混乱して目を瞬かせることしかできない。
 その間にも、『姫』は彼の首筋を上からなぞるように口づけたり、舐めたりしている。

「…っ!!!」
「…うん?なに…君、もしかしてこういうことするのは初めてなの?」
「あ、あの……俺………」

 彼のしどろもどろなその反応に(どうやらそうらしい)と悟った『姫』は「まったく…アイツの考えてることって、本当によく分からないな………」と独り言ちた。

「お、俺……その……」
「ふふ、そんなに緊張しないでよ…それとも初めてが僕じゃ、嫌?」

 彼は髪を撫でられながらそう尋ねられたが、もはやその言葉の意味がよく分からないでいる。
 ただ、(『姫』は美しく、なんであっても嫌であるはずがない)という一心で首を横に振った。

「ん…それなら良かった。大丈夫だよ、君は初めてでも僕は慣れてるからね…」
「っあ!!」
「…はは、すっごく敏感なのかな…?ごめんね、もっと優しくするね……」

 『姫』は彼の上衣の合わせに手を挿し込むと、その手で胸や腹を擦り、さらにそのままはだけさせていく。
 彼の胸を見た『姫』はくすりと笑いながら「きれいな色してる」とその尖りを指で弾いた。

「ち、ちょっと、あの!」
「うん?」
「こ、こんなこと、その……!」

 ようやくこの状況に抵抗する声が出せるようになった彼は『姫』の肩を押して「や、止めましょう、ね?」と身を起こそうとする。

「そ、そういうことは、やっぱりお付き合いしてる人と…お付き合いをして、時間が経ってから、するべきじゃ、ないですか、こんなすぐにって、いくらなんでも…っていうか、どうしてこんな…っ!?」

 なんとかそう言葉にした彼だったが、不意に下半身のものに軽い刺激を感じて身をびくりとさせた。
 なんと『姫』は逃さないとでもいうかのように彼の股の間に膝を入れ、そこにあるものを刺激している。

「…こんなに勃っちゃってるけど?」
「そ、それは…す、すみません、けど…!」
「どうして謝るの?男の子なんだもん、こんなことされてそうならない方が…心配しちゃうよ」

 『姫』はさらに下衣の上から彼の膨らんだ股間のものを手におさめ、ゆっくりと擦り始めた。
 『姫』に指摘された通り、彼は誰かとこうしたことをするのが全く初めてだ。
 ましてや、そこを他人に触られたことなど、ただの1度もない。
 しかし、彼はごく一般の若い男であり、そういったことに興味がないというわけではないのだ。
 むしろ『付き合ってから云々』とは言ったが、今まで味わったことのないその『感覚』を知りたいという気持ちは同年の男達と変わらない。
 それに加え今の彼の目の前にいるのはとてつもない美人であり、彼はいけないと思いつつも すっかり抵抗する気を失っていた。

「ふふ…ここ、辛そうだね…もう脱いじゃおっか」

 『姫』にされるがまま、彼は下半身のすべてをさらけ出す。
 腹につくほど反り勃ったそれを手で包み込んだ『姫』は、その手を上下に動かして刺激し始めた。

「うっ…あっ、はぁぁっ……」
「痛くないかな?もう、君のここ…すっごく硬いね、僕の手がそんなに気持ちいい?」
「ぅああっ!!」

 自らのものが美人に好き勝手に扱われるそれは、あまりにも良すぎる。
 真新しい刺激、真新しい感覚、そして真新しい体験。
 それらは彼から我慢という2字を完全に取り払い、ただ強い快感だけもたらす。
 『姫』の手が先端の方をきゅっと握った瞬間、彼は自らの腹の上に白濁を飛ばした。

(そ、そんな…俺……今、初めて話したような人に……)


 強い快感が弾けた反動でぐったりとする彼だが、『姫』は飛び散ったばかりの白濁を手近な紙で拭うと、それからすぐに自らが穿いていた下衣をはだけさせる。

「っ!!」

 彼が咄嗟に目を背けると、『姫』は「君、本当にかわいいね」と言いながらさらに下衣に手をかけた。
 その体を見てはいけないような気がして目を逸らしていた彼だが、やはり気になるものは気になる。
 ちらりと見た『姫』の腹部の美しさに目を奪われた彼は、更にその下にあるものに驚き、思わず声をあげた。

「お、男…!?」

 表情や声から驚きを隠せない彼に対し、『姫』はクスクスと笑う。
 『姫』の股には、紛うことなき本物の男のそれがついていた。
 疑いようのない男の証。
 彼はあまりの衝撃にそれから目が離せない。

「なぁに?僕が女の子だと思ってたの?」

 『姫』は なおもクスクスと笑いながら彼の頬を撫でる。

「僕が『姫』って呼ばれてるから?ふふ…そうだね、声も低くはないし、筋肉だってあるわけじゃないから。でもほら、喉を見て?それに…女の子にも『これ』があるかな?」
「…っ」

 『姫』は彼の下腹部に跨り、体勢を整えて囁く。

「たしかに、僕は男だけど…『女の子と同じことができる』って、教えてあげるね」

 驚きのあまり勢いを失ってしまっていた彼のものだが、『姫』の仕草や声は否応なしに再び欲情を煽る。
 再び勃ち始めた彼のものを手で支えた『姫』は、そのまま腰を下ろして彼のものを中に挿し込んだ。

ーーーーー

「うっ、あぁっ!!!」

 彼は快感に喘ぎ、寝具を握りしめる。

「どう、気持ちいい?僕の中はどう?」
「はぁっ、あぁあっ!」
「ふふ…声、いっぱい出ちゃってるね」

 彼の上にいる『姫』はかなり激しく体を上下させていて、いじめるようにしながら彼の反応を楽しんでいるようだ。
 ただ笑みを浮かべ、滔々と卑猥な言葉を口にしたりもしている。

「ねぇ、出そうだったら言って?君が出すところを見たいんだ、聞こえてる?出そうだったら言ってほしいって…」
「で、でる…でそう、だから…っあ!」
「もう出ちゃうって?本当?2回目も、もう出ちゃうって?」
「はっ、あっ、あぁぁっ!!」
「ふふ、必死だね……」

 『姫』はたしかに彼が昇りつめそうだというのを確認すると、中から彼のものを抜き去り、手でその熱い肉棒を擦り始めた。
 その手つきはやはり巧みなもので、粘つくような音と感覚も相まってすぐに射精に至ってしまう。
 今夜2度目だというのにもかかわらず、体は何度もビクビクと跳ねて多量の白濁を腹に散らした。

「はぁっ、はぁっ……」

 思いがけず体験したそれらは、彼にとってあまりにも強烈だった。
 少しも抵抗できず、されるがままの状態で2度も射精に至らされたことが、少しの屈辱と大きな満足感をもたらす。
 荒ぶっていた呼吸を整え、全身の火照りが収まり、きちんと周りが見れるようになった時にはすでに『姫』は衣をきちんと着替えていて、彼はのほりと寝台から起きあがった。
 気づかないうちに、『姫』は彼の腹の上に散らばっていた白濁をも拭っていたようだ。

「君の衣も汚れてないから、そのまま着て大丈夫だよ。拭ったけど汗とかが気になるなら…まぁ、家に帰って湯を浴び直すといい」
「あ、あの……」
「うん?」

 先程までとは打って変わった『姫』の様子に呆然とする彼。
 そんな彼に『姫』は続ける。

「体調が悪くないなら自分の家に帰った方がいいよ。もし明日、明るくなって僕の家から出て行くところを人に見られでもしたら…何か言われるかもしれないからね」
「え…」
「ふふ、風邪ひいちゃうよ?それとも…僕に着替えさせてほしいのかな?」

 色っぽく目を細められると、どきりと心臓が跳ねる。
 彼は咄嗟に散らばっていた自らの衣を取り、黙々と着替え始めた。
 『姫』は彼が持ってきた食材を調理場の片隅に置くと、空になったかごを彼に手渡す。

「ごちそうさま、あれはありがたくもらっておくよ」
「その…き、君はあんなこと…して、大丈夫…なの」

 彼がしどろもどろに尋ねると、『姫』は「え?なに、僕の心配?」と口元に手を当てて笑う。

「ふふ、優しいんだね。僕のことは気にしないでいいよ、慣れてるから。じゃないと自分からあんな風にはしないって、そう思わない?」
「で、でも…」
「いいからいいから、早く帰って休みなよ。初めてだったんでしょ、疲れてるはず。早く休まないと…明日、仕事できなくなっちゃうよ?」

 彼は面食らってしまった。
 『姫』は淡々としていて、たった今起きた一連の出来事をまったく意に介していない様子なのだ。
 まるで自分だけが幻でも見ていたのではないかという思いに駆られながら、彼は『姫』の家を後にする。

「じゃあね」

 戸口に立ってひらひらと手を振る『姫』は、室内の灯りが後光のようになって、一層この世の人とは思えない姿をしていた。

 彼は家に帰っても呆然としていて、浴びる湯がすっかり冷めているのにも気づかない。
 ただ妖艶な『姫』の裸体や手つき、声、荒々しい動きなどが頭の中で反芻していた。

ーーーーーー

 あんなことがあったのだ、もはや彼には『姫』のことを気にしない理由など存在しなかった。
 ことあるごとに『姫』のことを思い出し、想いを馳せる。
 男だとか、行為をしたのが尻だとか、そんなことは一切どうでも良くなっていた。
 それよりも『姫』の裸体を思い出す度、やけに痩せていたなと心配にもなってくる。
 結局彼はそう日が経たないうちに、干し肉などを持って再び『姫』の元を訪れることにした。

「はい。…あ、あぁ、君はこの間の…」
「…こんばんは」
「あぁ、うん、こんばんは…」

 戸を開けて姿を現した『姫』は、彼を目にするなり気まずそうにしながら「えっと…」と言い淀む。

「あー…その、この間はごめんね、大丈夫だった?本当に悪いんだけど、僕、勘違いをしてたみたいでさ…」
「…え?」
「本当…突然悪かったね、あんなことをするなんて。僕のこと、イカれてると思ったでしょ?はは、あはは…」

 『姫』は苦笑いしながら「君には悪いことをしたと思ってる…よ、うん」と続けた。

「もし、もしもだけど、君が僕に何か責任を感じてるとしたら、そんなことはないからさ、全部僕が悪い…んだし。本当に…君の初めてをあんな感じで奪っちゃって、悪いね……」

 彼は目を瞬かせる。
 一体、この『姫』という人物はなんなのだろう。
 この間とはまるで別人のようであり、何を考えているのかが、さっぱり、何1つ読めないのだ。

「か、勘違いって……」
「うーん、まぁなんていうか…詳しくは言えないんだけど、とにかく僕の勘違いだったんだよ、うん…ちょっと気が急いてたっていうのかな、あはは…だからさ、悪いんだけどもう僕は君と……」

 その時、『姫』は彼の後ろに目線をやると同時に言葉を切った。
 微かに見開かれたその目は、わずかに驚きを映しているようで、彼は視線の先にあるものが気になって振り返ろうとする。

「あっ、ねぇ!」

 彼が後ろを振り向くよりも前に声を上げた『姫』。
 見ると、『姫』は彼を真っ直ぐに見つめながら、戸にかけていた手へ頬を寄せて微笑んだ。

「んー…考えてみたけど、君がここへ来たのって、僕のことが忘れられないから、だったりして?」
「そ、それは…」
「わぁ、図星かな?ふふ、あんなことされたら、そりゃ気になっちゃうよね…そのお肉も僕にって持ってきてくれたみたいだし、こんなところまで来てくれたのに何もせず追い返しちゃうのは悪いし……どう?君さえ良ければ、『中に入っていかない?』」

 その含みのある言い方と戸に凭れたような姿勢に、彼はゴクリと喉を鳴らす。

「ほら…どうする?」

 彼は答えを促されて思わず頷くと、誘われるまま『姫』の家の中へ足を踏み入れていた。

ーーーーーー

「ううっ……」
「はぁ…早いね、もうこんなに硬くなってる…もう大丈夫かな」

 寝台の上で愛撫されていた彼のものはすでに痛いほど勃ち上がっている。
 『姫』は前回と同じように彼の上に跨ると、彼の硬い切っ先を自らの秘部にあてがって腰を下ろし、体を上下させ始めた。

「すごいね…そんなに僕とシたかったの?前のが良すぎたのかな、手で触っただけなのにいっぱい液も出てたし…中に入った途端、また大きくなったみたい」

 ふふふ、と薄く微笑む『姫』。
 彼はやはり、美しさと妖艶さの混ざったようなその笑みの虜になってしまったようだ。
 抑えられない欲情に衝き動かされ、彼は『姫』を抱き寄せると、身を反転させて『姫』を寝台に組み敷いた。

「ふふ…自分で動きたかった?いいよ、いっぱい動いて突いても…そう、そうそう、上手、上手だね…本当に初めてなの?とっても上手だよ…」
「……っ」
「ねぇ…出す時は僕のお腹の上に出してよ…君のから白いのが出ちゃうところが見たいんだ、僕…僕のこのお腹のところにさ、君のをいっぱい…いっぱい出してよ……」

 『姫』は「ここに」と指し示すように下腹部を撫でながら言う。
 こうして見てみると、やはり『姫』の体は痩せている。
 骨ばっている、と言うまではいかないものの、もともと肉が付きづらいのか どこもかしこも肉体が薄い印象を受けるのだ。
 それでもあまり不健康そうに見えないのはその肌色のせいだろう。
 もちろん、まじまじと見ているとどこか不健康そうにも見えてくるが、薄い褐色の、小麦を思わせるような色づいたその肌は生まれつきのものらしい。
 もしも彼の肌がこのような小麦色ではなく元から色白であったなら、肌があまりにも青白く、いかにもどこか体調を崩しているというような風だったに違いない。

「っあ、うぁっっ…!」

 いよいよ快感が高まってきた彼は、『姫』の望み通りにするために自らのものを中から抜き出し、その切っ先を『姫』の腹部に向けた。
 すると、それを待っていたかのように『姫』は彼のものへ手を伸ばし、勢いよく擦って刺激し始める。
 先端からわずかに白濁が滲み出したと見えた次の瞬間、彼は大きく2度、3度と拍動を強めて粘着くような濃い精液を放った。
 彼のものは『姫』の胸元にかかるほど勢いよくすべてを放ち終えた後も擦られる手の動きに合わせて白濁を滲ませ、先端からぬらぬらと肉棒全体を艶めかせる。
 
「はぁ…こんなところにまで飛ばすなんて…しかもいっぱい……すごく元気なんだね」

 『姫』は彼の下から抜け出すと、胸から滴り落ちていきそうな精液を弄ぶようにしながら拭き取っていく。
 他を一切寄せ付けないというようなその動きは、無言で彼に『衣を着ろ』と言っているようだ。

「今日もまた…帰れって?」

 彼が尋ねると、『姫』は「なぁに?」とクスクス笑って答える。

「もしかして拗ねてるの?やだなぁ…君がここに泊まりでもしたら、困ったことになるんじゃないかなって思って言ってるのに」

 『姫』は「拗ねないでよ」と彼の頬をつついた。

「…さ、干し肉は美味しくもらうね。それじゃあまた…あ、そうだ、そのまま真っすぐ家に帰ってね。振り返ったり、戻ってきちゃだめだよ?早く家に帰って休まなきゃ」

 何度も言い含めてくる『姫』が気になるものの、彼は着替えを終えると『姫』に戸口まで見送りに立たれてしまう。
 結局彼はそれ以上食い下がることもできず、『姫』の見送りと共に家を後にすることにした。

「じゃあね」

 辺りはすでに暗くなっていて、ほとんど道と草原との見分けがつかないほどになっているが、彼はなんとか遠くの方に見える家々の灯りを頼りにして自らの家を目指す。
 しかし、心の奥では引っかかるものがあった。

(あの『姫』は…何なんだ?これは一体どういうことなんだ?前に『こういうことをするのは慣れてる』なんて言ってたけど、男と抱き合うことに慣れてるだなんて、おかしくないか?そもそも『勘違い』って…何をどう勘違いしたんだ?)

 モヤモヤとした気持ちとともに膨らんでいく謎は、彼に後ろを振り向かせた。
 まだ明るく灯りの付いている『姫』の家がはっきりと見える。
 だが、彼が目にしたのは戸口で見送りに立つ『姫』ではなかった。

「あ、あれは……」

 家の中へ押し入るようにして後ろ手に戸を閉めた男。
 それは彼や『姫』と同じ仕事をしている男だった。

ーーーーーー

 彼は桶に汲んだ水を1杯、2杯と頭からかけて考え込む。
 頭の中では何度も先程見た光景を繰り返していた。

 家に押し入っていった男は、たしかに彼が仕事をしていてよく見かける男だ。
 あまり目立つような人物ではないが、なにかと中心にいることが多く、それなりに周りから信頼されているらしい。
 しかし、彼には少し近寄りがたい印象があった。
 何かされたということではないが、男はスッとした切れ長の目をしていて、なんとなく冷徹そうな雰囲気をまとっているからだ。
 1度そう思ってしまうと、にこやかにしていても、じっとしていても、仲間に軽い冗談を言って笑わせていても、どこか含みがあるような気がしてならない。
 彼はその男に対して、そんな印象をもっていたのだ。

(でも、なぜそんなやつが姫の家に…?)

 彼はそしてはっと思い立った。

【もしや、『姫』はあの男に手籠めにされているのではないか】と。

 『慣れている』のはあの男に抱かれているためなのでは?

 そう考え始めると、もはや止めることはできない。

(そうだ…俺と話している時、後ろの方を見ていきなり態度を変えていたな?あの時、俺の後ろにはあいつがいたんじゃないのか?あいつになにか指図されたとか、そういうことで俺を誘ったんじゃ…そうだ、そうに違いない、それしかないだろ!?姫は…彼はきっとあいつに…!)

 そうして、心の内であの男のことを『あいつ』と呼んだ時、さらに彼は思い出した。

《じゃ、『アイツ』に言われてきたってことか》
《まったく…アイツの考えてることって、本当によく分からないな………》
《うーん、まぁなんていうか…詳しくは言えないんだけど、とにかく僕の勘違いだったんだよ、うん…》

 勘違い、慣れている、詳しくは言えない…
 そこで、彼は謎に思っていた事すべての答えを得た。

 あの男は自分で『姫』を抱くに飽き足らず、他の男にも手を出させているのではないだろうか?
 そして、それがもはや普通のことだと思い込まされている『姫』は、あの日、ただ食料を分けようと訪ねた自分のことを『新しく抱きに来た男だ』と『勘違い』したのだ。

 彼は次第に自分でも正体の見えない感情に支配され、汲んでいた水桶の水をただ浴室の床へと無意味にこぼした。
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