15 / 25
外伝
幕間「義弟」
しおりを挟む
「ねぇ霙、本当に僕がいて大丈夫なのかな」
霙のかたわらで不安そうに眉をひそめて話す彼。
霙は彼の背に手を当てながら「大丈夫」とはっきり言う。
「『禾』は冴のことを本当の兄のように思っているんだ。だから婚約者に紹介したくてたまらないんだろ」
「う…でも、『禾ちゃん』との関係を聞かれたらなんて答えれば良いの?霙の伴侶だって言ったら変に思われちゃうでしょ、僕は男なんだから」
「どうかな、彼の性格上そうは思わないと思うけど。それよりもっと驚くことがあってそれどころじゃなくなるんじゃないかって気がする」
霙の落ち着き払ったその言い方に、彼が首を傾げて「なに…『禾ちゃん』の相手のこと、そんなによく知ってるの?」と尋ねると、霙は「知ってる。冴もよく知ってるはずだ」と前を見据えて言った。
よく晴れた秋のある日。
彼は霙に連れられて母屋の外の道に立ち、ある人物の到着を待っていた。
そのある人物とは霙の妹である『禾』の婚約者だ。
数日前、禾は彼に「私の誕生日に彼がここへ来てくれるんだけど、彼に冴兄ちゃんのことも紹介したいの。だから出迎えてくれない?」と言い出した。
事情が事情なだけに「居候としてならいいよ」と渋る彼だったが、禾は「だめよ、私の義兄としてじゃなきゃ」といって譲らず、さらに霙にも「お願い、兄ちゃんからも言ってよ」と懇願した。
結局霙からも押される形で彼は共に禾とその婚約者を出迎えることになったのだが、2人がそろそろ到着するだろうという頃になっても彼は躊躇っている。
霙の家族は快く受け入れてくれたが、禾の婚約者だという人物が彼のことをどう思うかは分からない。
もし否定的に思われれば霙の家族全員に迷惑をかけることになるから、と緊張して縮こまる彼。
霙はそんな彼に寄り添って肩を抱く。
「…どうしても嫌なら顔を合わせるのをやめてもいい、禾には俺が言っておくから。だけど、冴を家族としてきちんと紹介したいっていうあいつのことは分かってやってほしいんだ」
霙のその言葉に「うん…それは嬉しいけど…でもそれで禾ちゃんや霙や皆に迷惑がかかったらと思うと気が気じゃないんだよ」と胸の内を吐露する彼。
すると霙は突然彼の髪にちゅっと口づけ、赤面する彼に向かって目を細めた。
「な、何すんの、誰か見てたら…!」
「どうせもうこんなにくっついてるんだし」
「い、いやいや!じゃあ今すぐ離れ…」
「もう遅い、禾達が来た」
「えっ!?」
ぴったりと体を寄せている霙から逃れようとしていた彼は ぱっと道の先に視線を向ける。
そこには たしかにこちらへ向かってくる1台の荷車があった。
荷車を引く馬を御しているのは禾の婚約者らしき男だ。
荷車の上には積まれた荷物と共に禾の姿もある。
「霙兄ちゃん!冴兄ちゃん!」
元気よくこちらに向かって手を振る禾。
彼は緊張しながら控えめに手を振り返した。
「ねぇ、霙。本当に大丈夫だよね?」
「あぁ。俺と禾に任せて」
「…うん」
ここまで来たら引き下がる訳にはいかない、と腹を括った彼。
だが、次第に近付いてくる荷車をよく見た彼は「えっ?」と思わず目を疑った。
荷車でやってきたその男の方も目を丸くしているようだ。
「おい、なんでここに姫がいるんだよ」
それはどう考えても見覚えのある姿、そして聞き覚えのある声だ。
彼は「え…え、嘘、禾ちゃんの婚約者ってあいつ?」と霙に問いかける。
「まさか、本当にあいつがそうなの?」
「そう。ほら、冴も知ってたろ」
「え、本当にほんと?本当なの?」
「そうだよ」
「えーっ!なんだよ!それなら先に言ってくれれば良かったのに!」
途端に緊張が解け、朗らかに笑いながら霙の肩をバシバシと叩く彼。
すぐそばに停まった荷車から降りてきた男は、彼が漁業地域の作業場で最も親しくしていたあの元仕事仲間だった。
「なんで?なんで姫がここにいるんだよ、訳分かんないんだけど?」
「あははっ!僕もびっくりしたよ!なんだ、禾ちゃんの婚約者って秌だったのか、あははっ!!」
「な、なんなんだ…?なんで姫が…」
思いがけない旧友との再会に訳も分からず困惑する禾の婚約者。
同じく荷車から降りた禾は彼の元仕事仲間に「え…なに、秌さんは冴兄ちゃんのことを『姫』って呼んでたの?』と眉をひそめる。
「『姫』って……まさか嫌がってるのを無理にそう呼んでたんじゃないよね?冴兄ちゃんはそんな風に呼ばれてても良かったの?」
「え…いや禾さん、俺は別にそんなことは」
「そうそう!そうだ、そういえば僕のことを初めに『姫』って呼びだしたのは秌だったな。秌が呼び出したらそれが周りにどんどん広がっていってさ…」
「やだ、それ本当なの?」
「お、おい待てよ!禾さん、違うんだ、これは、その……っていうより、なんで姫がここにいるんだよ!?」
気まずくなったのか話題を替えようとする元仕事仲間。
すると禾は「秌さん、改めて紹介するね」と前に並んで立つ2人を恭しく手のひらで指した。
「こちら、私の兄の霙と冴さんです。ふふ、紹介できて良かった!」
「は…え、え?禾さんの兄弟って霙1人じゃなかった?姫が禾さんのお兄さんって…ど、どういう事?霙と姫は兄弟か?たしか姫は俺と同い年のはずだろ、じゃあ霙は姫の弟なのか?」
「いや、違う」
きっぱりと否定した霙は再び彼の肩を強く抱き寄せると「冴は俺の伴侶だから。兄っていうか、禾の義兄ってことだ」と言い放つ。
目を真ん丸に見開き、唖然としている元仕事仲間の表情はなかなかに面白く、それを見ていたずら心をくすぐられた彼は「うん、そういうことなんだよ」と霙に腕を回してさらに身を寄せた。
「僕、霙とはもう夫婦同然っていうかさ、ここで一緒に暮らさせてもらってもいるんだ。…あれ?ってことはさ、秌は僕の義弟になるんだね?ははっ、まさかそうだったなんて!霙も意地が悪いよ、早く言ってくれればよかったのに」
「なんだ、皆知り合いだったんだ!ねぇ冴兄ちゃん、無理を言ってごめん…でも出迎えてくれて、紹介させてくれてありがとう!」
「ううん、僕は大丈夫。それより隣の婚約者さんは大丈夫かな、固まっちゃってるみたい」
未だに衝撃から抜け出せず、微動だにしない元仕事仲間。
禾が「ねぇ、大丈夫?秌さん?」と目の前で何度も手を振ることでようやく意識を取り直したらしい元仕事仲間は「そ、そうか、へぇ、へぇ……」と身を寄せ合っている2人に視線を向けたまま呟く。
「まぁ、漁業地域で…2人はいつも楽しそうだったもんな、うん……いや、待てよ、知ってるやつが、それも歳下が義兄になるっていうのもなかなかだったのに、今度は同い年の親友までそこに加わって…義兄だと?お、俺はどうなってるんだ、知り合いが2人も……の、禾さん、まさか他にはないよな?俺を驚かせるのはこれが最後だろ?そうじゃないならもういっそ今ここで全部明らかにしてもらったほうが……」
狼狽えながらそう言う婚約者に禾は「大丈夫、これで全部よ」と満面の笑みを見せる。
「私の家族はこれでもう全員紹介したし、他に驚かせることはもうないから大丈夫!ねぇ秌さん、2人が義兄になるからってそんなに緊張しなくてもいいと思うわ。霙兄ちゃんと冴兄さんとはお友達だったんでしょ?変に気を遣って距離ができるより、今まで通り仲良くしたほうが良いじゃない。私はただ大切な家族を紹介したかっただけなの、気を遣わせたいわけじゃないんだから…ね?」
「う、うん…」
そんな若い婚約者同士の姿に思わず顔を見合わせて微笑む彼と霙。
すると禾は「兄ちゃん達、ここぞとばかりにイチャイチャを見せつけてくるね?」とくすくす笑った。
「もう分かったから、そんなに見せつけないでよ!秌さんの顔が真っ赤になってる、見てよほら!今にも火がつきそうでしょ」
「ははっ!そうだね、ごめん!霙、ほら…」
「あぁ」
彼の髪にちゅっと口づけてからようやく身を離した霙は、やけに満足そうだ。
きっと彼を改めて自身の伴侶だと宣言できたことが嬉しいのだろう。
彼は眩いほどの笑顔を見せながら「なぁ秌」と元仕事仲間に呼びかける。
「禾ちゃんをお嫁にもらうんだから、絶対に幸せにしなくちゃだめだよ。こんなに良い子を泣かせたりしたら僕と霙が許さないからね、分かった?」
「お、おい姫!禾さんをちゃん付けで呼ぶなんて!俺だってまだなのに、お前が先に…っ!」
「秌さん、『姫』じゃなくて『冴義兄さん』ね」
禾からの鋭い指摘にビクッとする元仕事仲間。
禾はさらに続けて言う。
「緊張しなくていいとは言ったけど、冴さんは私の義兄だもん。その呼び方はどうかと思うの、さすがに」
「そうだな。名前で呼ぶか、それじゃなかったら『義兄さん』がいいんじゃないか」
「う……えぇ……?」
霙と禾とに詰め寄られて怯む元仕事仲間は、逃げ場を失い、その場でただ立ち尽くしている。
結局 元仕事仲間はしばらく…いや、随分と躊躇った後で意を決したように口を開いた。
「さ…さえ…冴義兄…さん…」
小さく呟くようなその声。
それは今まで散々話をし、結婚で仕事を辞めると聞かされた時にも(もう会えなくなるのか…)と寂しい思いをするほど親しくしていた友の新しく見る姿だ。
これからも長い付き合いになりそうだという予感に胸をくすぐられ、彼は笑いを必死に堪えながら答える。
「うん、よろしくな義弟くん!」
「うわ…なんだよそれ…まさかそんな風に呼ばれることになるなんて……知り合いが義兄になるって、そんなのアリかよ……」
「はははっ!あるでしょ、それくらい!」
「そうだぞ、結婚相手が友人の妹だっただなんて ありきたり過ぎる話だ」
「そう、そうか…そうだな…そう…い、いやいや!?」
いつの間にか漁業地域で共に働いていた時とまったく同じように賑やかに話をする3人。
そのあまりにも賑やかな様子を聞きつけた霙の母親は母屋の戸を開け放つと「まぁ、来てたのね!」と手を布巾で拭いながら言った。
「もうご飯ができてるわよ!ほら、立ち話ばかりしていないで中へいらっしゃい!…ふふっ、まったく賑やかな子達ですこと!」
ーーーーーーーーー
荷車に積まれていた禾やその家族への贈り物を母屋へと運ぶ、仲の良い男3人。
人が少なく、いつも静かなこの辺りには愉快な話し声と笑い声が満ちていた。
霙のかたわらで不安そうに眉をひそめて話す彼。
霙は彼の背に手を当てながら「大丈夫」とはっきり言う。
「『禾』は冴のことを本当の兄のように思っているんだ。だから婚約者に紹介したくてたまらないんだろ」
「う…でも、『禾ちゃん』との関係を聞かれたらなんて答えれば良いの?霙の伴侶だって言ったら変に思われちゃうでしょ、僕は男なんだから」
「どうかな、彼の性格上そうは思わないと思うけど。それよりもっと驚くことがあってそれどころじゃなくなるんじゃないかって気がする」
霙の落ち着き払ったその言い方に、彼が首を傾げて「なに…『禾ちゃん』の相手のこと、そんなによく知ってるの?」と尋ねると、霙は「知ってる。冴もよく知ってるはずだ」と前を見据えて言った。
よく晴れた秋のある日。
彼は霙に連れられて母屋の外の道に立ち、ある人物の到着を待っていた。
そのある人物とは霙の妹である『禾』の婚約者だ。
数日前、禾は彼に「私の誕生日に彼がここへ来てくれるんだけど、彼に冴兄ちゃんのことも紹介したいの。だから出迎えてくれない?」と言い出した。
事情が事情なだけに「居候としてならいいよ」と渋る彼だったが、禾は「だめよ、私の義兄としてじゃなきゃ」といって譲らず、さらに霙にも「お願い、兄ちゃんからも言ってよ」と懇願した。
結局霙からも押される形で彼は共に禾とその婚約者を出迎えることになったのだが、2人がそろそろ到着するだろうという頃になっても彼は躊躇っている。
霙の家族は快く受け入れてくれたが、禾の婚約者だという人物が彼のことをどう思うかは分からない。
もし否定的に思われれば霙の家族全員に迷惑をかけることになるから、と緊張して縮こまる彼。
霙はそんな彼に寄り添って肩を抱く。
「…どうしても嫌なら顔を合わせるのをやめてもいい、禾には俺が言っておくから。だけど、冴を家族としてきちんと紹介したいっていうあいつのことは分かってやってほしいんだ」
霙のその言葉に「うん…それは嬉しいけど…でもそれで禾ちゃんや霙や皆に迷惑がかかったらと思うと気が気じゃないんだよ」と胸の内を吐露する彼。
すると霙は突然彼の髪にちゅっと口づけ、赤面する彼に向かって目を細めた。
「な、何すんの、誰か見てたら…!」
「どうせもうこんなにくっついてるんだし」
「い、いやいや!じゃあ今すぐ離れ…」
「もう遅い、禾達が来た」
「えっ!?」
ぴったりと体を寄せている霙から逃れようとしていた彼は ぱっと道の先に視線を向ける。
そこには たしかにこちらへ向かってくる1台の荷車があった。
荷車を引く馬を御しているのは禾の婚約者らしき男だ。
荷車の上には積まれた荷物と共に禾の姿もある。
「霙兄ちゃん!冴兄ちゃん!」
元気よくこちらに向かって手を振る禾。
彼は緊張しながら控えめに手を振り返した。
「ねぇ、霙。本当に大丈夫だよね?」
「あぁ。俺と禾に任せて」
「…うん」
ここまで来たら引き下がる訳にはいかない、と腹を括った彼。
だが、次第に近付いてくる荷車をよく見た彼は「えっ?」と思わず目を疑った。
荷車でやってきたその男の方も目を丸くしているようだ。
「おい、なんでここに姫がいるんだよ」
それはどう考えても見覚えのある姿、そして聞き覚えのある声だ。
彼は「え…え、嘘、禾ちゃんの婚約者ってあいつ?」と霙に問いかける。
「まさか、本当にあいつがそうなの?」
「そう。ほら、冴も知ってたろ」
「え、本当にほんと?本当なの?」
「そうだよ」
「えーっ!なんだよ!それなら先に言ってくれれば良かったのに!」
途端に緊張が解け、朗らかに笑いながら霙の肩をバシバシと叩く彼。
すぐそばに停まった荷車から降りてきた男は、彼が漁業地域の作業場で最も親しくしていたあの元仕事仲間だった。
「なんで?なんで姫がここにいるんだよ、訳分かんないんだけど?」
「あははっ!僕もびっくりしたよ!なんだ、禾ちゃんの婚約者って秌だったのか、あははっ!!」
「な、なんなんだ…?なんで姫が…」
思いがけない旧友との再会に訳も分からず困惑する禾の婚約者。
同じく荷車から降りた禾は彼の元仕事仲間に「え…なに、秌さんは冴兄ちゃんのことを『姫』って呼んでたの?』と眉をひそめる。
「『姫』って……まさか嫌がってるのを無理にそう呼んでたんじゃないよね?冴兄ちゃんはそんな風に呼ばれてても良かったの?」
「え…いや禾さん、俺は別にそんなことは」
「そうそう!そうだ、そういえば僕のことを初めに『姫』って呼びだしたのは秌だったな。秌が呼び出したらそれが周りにどんどん広がっていってさ…」
「やだ、それ本当なの?」
「お、おい待てよ!禾さん、違うんだ、これは、その……っていうより、なんで姫がここにいるんだよ!?」
気まずくなったのか話題を替えようとする元仕事仲間。
すると禾は「秌さん、改めて紹介するね」と前に並んで立つ2人を恭しく手のひらで指した。
「こちら、私の兄の霙と冴さんです。ふふ、紹介できて良かった!」
「は…え、え?禾さんの兄弟って霙1人じゃなかった?姫が禾さんのお兄さんって…ど、どういう事?霙と姫は兄弟か?たしか姫は俺と同い年のはずだろ、じゃあ霙は姫の弟なのか?」
「いや、違う」
きっぱりと否定した霙は再び彼の肩を強く抱き寄せると「冴は俺の伴侶だから。兄っていうか、禾の義兄ってことだ」と言い放つ。
目を真ん丸に見開き、唖然としている元仕事仲間の表情はなかなかに面白く、それを見ていたずら心をくすぐられた彼は「うん、そういうことなんだよ」と霙に腕を回してさらに身を寄せた。
「僕、霙とはもう夫婦同然っていうかさ、ここで一緒に暮らさせてもらってもいるんだ。…あれ?ってことはさ、秌は僕の義弟になるんだね?ははっ、まさかそうだったなんて!霙も意地が悪いよ、早く言ってくれればよかったのに」
「なんだ、皆知り合いだったんだ!ねぇ冴兄ちゃん、無理を言ってごめん…でも出迎えてくれて、紹介させてくれてありがとう!」
「ううん、僕は大丈夫。それより隣の婚約者さんは大丈夫かな、固まっちゃってるみたい」
未だに衝撃から抜け出せず、微動だにしない元仕事仲間。
禾が「ねぇ、大丈夫?秌さん?」と目の前で何度も手を振ることでようやく意識を取り直したらしい元仕事仲間は「そ、そうか、へぇ、へぇ……」と身を寄せ合っている2人に視線を向けたまま呟く。
「まぁ、漁業地域で…2人はいつも楽しそうだったもんな、うん……いや、待てよ、知ってるやつが、それも歳下が義兄になるっていうのもなかなかだったのに、今度は同い年の親友までそこに加わって…義兄だと?お、俺はどうなってるんだ、知り合いが2人も……の、禾さん、まさか他にはないよな?俺を驚かせるのはこれが最後だろ?そうじゃないならもういっそ今ここで全部明らかにしてもらったほうが……」
狼狽えながらそう言う婚約者に禾は「大丈夫、これで全部よ」と満面の笑みを見せる。
「私の家族はこれでもう全員紹介したし、他に驚かせることはもうないから大丈夫!ねぇ秌さん、2人が義兄になるからってそんなに緊張しなくてもいいと思うわ。霙兄ちゃんと冴兄さんとはお友達だったんでしょ?変に気を遣って距離ができるより、今まで通り仲良くしたほうが良いじゃない。私はただ大切な家族を紹介したかっただけなの、気を遣わせたいわけじゃないんだから…ね?」
「う、うん…」
そんな若い婚約者同士の姿に思わず顔を見合わせて微笑む彼と霙。
すると禾は「兄ちゃん達、ここぞとばかりにイチャイチャを見せつけてくるね?」とくすくす笑った。
「もう分かったから、そんなに見せつけないでよ!秌さんの顔が真っ赤になってる、見てよほら!今にも火がつきそうでしょ」
「ははっ!そうだね、ごめん!霙、ほら…」
「あぁ」
彼の髪にちゅっと口づけてからようやく身を離した霙は、やけに満足そうだ。
きっと彼を改めて自身の伴侶だと宣言できたことが嬉しいのだろう。
彼は眩いほどの笑顔を見せながら「なぁ秌」と元仕事仲間に呼びかける。
「禾ちゃんをお嫁にもらうんだから、絶対に幸せにしなくちゃだめだよ。こんなに良い子を泣かせたりしたら僕と霙が許さないからね、分かった?」
「お、おい姫!禾さんをちゃん付けで呼ぶなんて!俺だってまだなのに、お前が先に…っ!」
「秌さん、『姫』じゃなくて『冴義兄さん』ね」
禾からの鋭い指摘にビクッとする元仕事仲間。
禾はさらに続けて言う。
「緊張しなくていいとは言ったけど、冴さんは私の義兄だもん。その呼び方はどうかと思うの、さすがに」
「そうだな。名前で呼ぶか、それじゃなかったら『義兄さん』がいいんじゃないか」
「う……えぇ……?」
霙と禾とに詰め寄られて怯む元仕事仲間は、逃げ場を失い、その場でただ立ち尽くしている。
結局 元仕事仲間はしばらく…いや、随分と躊躇った後で意を決したように口を開いた。
「さ…さえ…冴義兄…さん…」
小さく呟くようなその声。
それは今まで散々話をし、結婚で仕事を辞めると聞かされた時にも(もう会えなくなるのか…)と寂しい思いをするほど親しくしていた友の新しく見る姿だ。
これからも長い付き合いになりそうだという予感に胸をくすぐられ、彼は笑いを必死に堪えながら答える。
「うん、よろしくな義弟くん!」
「うわ…なんだよそれ…まさかそんな風に呼ばれることになるなんて……知り合いが義兄になるって、そんなのアリかよ……」
「はははっ!あるでしょ、それくらい!」
「そうだぞ、結婚相手が友人の妹だっただなんて ありきたり過ぎる話だ」
「そう、そうか…そうだな…そう…い、いやいや!?」
いつの間にか漁業地域で共に働いていた時とまったく同じように賑やかに話をする3人。
そのあまりにも賑やかな様子を聞きつけた霙の母親は母屋の戸を開け放つと「まぁ、来てたのね!」と手を布巾で拭いながら言った。
「もうご飯ができてるわよ!ほら、立ち話ばかりしていないで中へいらっしゃい!…ふふっ、まったく賑やかな子達ですこと!」
ーーーーーーーーー
荷車に積まれていた禾やその家族への贈り物を母屋へと運ぶ、仲の良い男3人。
人が少なく、いつも静かなこの辺りには愉快な話し声と笑い声が満ちていた。
10
あなたにおすすめの小説
世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました
芦田オグリ
BL
「ずっと、ずっと好きだった」
魔王討伐の祝宴の夜。
英雄の一人である《盗賊》ヒューは、一人静かに酒を飲んでいた。そこに現れた《勇者》アレックスに秘めた想いを告げられ、抱き締められてしまう。
酔いと熱に流され、彼と一夜を共にしてしまうが、盗賊の自分は勇者に相応しくないと、ヒューはその腕からそっと抜け出し、逃亡を決意した。
その体は魔族の地で浴び続けた《魔瘴》により、静かに蝕まれていた。
一方アレックスは、世界を救った栄誉を捨て、たった一人の大切な人を追い始める。
これは十年の想いを秘めた勇者パーティーの《勇者》と、病を抱えた《盗賊》の、世界を救ったあとの話。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
学校一のイケメンとひとつ屋根の下
おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった!
学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……?
キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子
立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。
全年齢
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる
cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。
「付き合おうって言ったのは凪だよね」
あの流れで本気だとは思わないだろおおお。
凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる