牧草地の白馬

蓬屋 月餅

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ショートストーリー(時系列バラバラ)

風の神と鶲の子

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 それは牧草地の神がいつものように牧草地を見て回った後のことだ。
 銀白と共に談笑しながら『あけび』達の待つ屋敷への帰途を歩いていると、ふと前方がやけに騒がしくなっていることに気付いた牧草地の神。
 よくよく見てみるとそこには2人…いや、正確には1人と1羽がいた。

「こっ、こらっ!風様に、お父上に見つかったらどうするの!怒られるよ!」
《あははっ!やーい、やーいっ!》

 その声は姿をはっきりと確かめるまでもない。
 地上から困り顔で空を見上げながら「こら!」と言っているのは人の姿をした風の神の側仕え(今や夫)であるひたき
 そして空を飛び回りながら笑い声を響かせているのが、風の神と鶲の間に生まれた精霊であり霊鳥の『ぎょう』だ。
 この『暁』という霊鳥は牧草地の神の屋敷へ訪れる時もかなりの元気っ子であり、特に『かりん』とは遊びの波長が合うのか2人(時々『やまもも』も含めて)で疲れて眠りこけてしまうまで永遠と追いかけっこをしたりかくれんぼをしたり、とよく遊ぶ子なのだ。
 その元気の良さはおそらく鶲から受け継いだ性質によるものなのだろう。
 そして「こら!降りておいで!」と鶲が叱りつけてもまったく動じないところは…風の神から受け継いだ性質だろう。

「暁!お前は本当に…まったくもう!」

 両手を腰に当ててため息をつく鶲。
 牧草地の神と銀白がそこへ近づいていくと、2人に気付いた鶲は「あっ、牧草地の神様に銀殿!」とにこやかに挨拶をしてきた。

「これはこれは、御二方お揃いで!お務めからのお帰りですか?」

 乱れていた羽織の襟を正しながら言う鶲に「うん、そうなんだ。鶲殿も?」と牧草地の神が訊くと、鶲は「はい!」と満面の笑みで答える。

「僕も少し前まで風様とお務めをしていたんです。それで屋敷に一度帰ったんですが、暁がどうしても外に遊びに行きたいと言うので…またこの子を連れて出てきたところなんです」
「そっか。それは大変だね、鶲殿」
「ああっ、もう本当に…あ、いえいえ…あははっ…」

 一瞬、本当に疲れ切ったような表情を見せたものの、すぐにまたいつもの明るい笑顔に戻った鶲。

《かりんのお父様達だっ!》

 上空を飛んでいた霊鳥の『暁』は ぱっと鶲のそばに降り立つと、子供の姿に変わって《こんにちは》ときちんと頭を下げて挨拶をする。
 その可愛らしい仕草に思わず顔を綻ばせた牧草地の神と銀白は「うん、こんにちは暁君」と同じように挨拶を返す。

「暁君は今日もとっても元気だね」
《はい!僕はいつもこの通り、元気いっぱい!》
「ふふっ、かりんもまた暁君と遊びたいって言ってたよ。今度会った時も沢山遊んであげてくれる?」
《かりん?やった!僕もかりんと遊びたい、遊びたい!!》

 飛び跳ねそうな勢いで喜びを顕にする『暁』の頭を撫で、鶲は「ありがとうございます、牧草地の神様」と苦笑しながらお礼を言う。

「この子の元気の良さについてきてくれるのは かりんちゃん と やまももちゃん くらいなもので…本当に感謝しています」
「そんな、感謝だなんて。かりん達も暁君と遊ぶのが本当に好きで楽しんでいるんだよ、こちらこそお礼を言わないといけないくらいだ」
「いえいえ、そんな…」

 鶲と言葉を交わす牧草地の神の横では銀白と『暁』がなにやら楽しそうに話をしている。
 子供の姿をした『暁』は親子だということがはっきりと見て取れるほどに鶲とそっくりの面持ちをしていて、とても愛らしい。
 そのあまりの愛らしさに、牧草地の神は(いつも泰然自若としていて顔を綻ばせる姿などまったく見せない風の神でも、きっとこの子には微笑みかけずにはいられないだろうな)とさえ思う。
 まぁ、鶲曰く「疲れ果てて眠るまで毎日ずっと、朝から晩までこの調子なんですよ…」ということなので、風の神の気苦労も想像に難くないのだが。


「…さぁ、そろそろ屋敷へ帰ろう、暁。風様が、お父上がお待ちだから」
《んーっ、まだ遊ぶ!》
「でも風様はすぐ戻ってくるようにって仰ってたでしょ?その約束で屋敷を出てきたんだから、少なくとも日が暮れる前には戻らないと…あっ、こら、暁!」

 鶲が『暁』と手を繋ごうとすると『暁』は素早く霊鳥の姿になって空へと舞い上がり、悠々と羽ばたいてみせる。
 鳥の姿の鶲に似てはいるが、それよりもすこし大きい体は白に輝き、長い尾羽の先の方は赤っぽく染まっているというなんとも美しい色合いの霊鳥、『暁』。
 そんな『暁』は困り顔で見上げてくる鶲に向かって《ひたきー!》とからかうように声をかけてくる。

《遊ぼ、ひたき!》
「もう!降りてきなさい!」
《ひたき~、ひたき!》

 まったく降りてくる気配のない『暁』にやれやれと首を振った鶲は「…すみません、騒がしくて」と牧草地の神と銀白に礼をして詫びた。

「また近い内にゆっくりとお話させてくださいね」
「うん、鶲殿」
「では…これで失礼します、牧草地の神様に銀白殿」

 鶲はそれから背に羽を生えさせると、ぱっと空へ舞い上がって「暁!牧草地の神様と銀白殿に挨拶もなしに!無礼でしょう!」と『暁』を追いかける。

「きちんと挨拶をしないと…」
《かりんのお父様達!さようなら!》
「あっ、待ちなさい!」

 牧草地の神達が手を振って応えてやると、『暁』は《ひたきー、捕まえてみて!》と くすくす 笑いながら器用に鶲の手をすり抜けて屋敷の方角へと飛んでいく。

「あっ!僕と…このお父様と屋敷まで競争するつもり?お父様は負けないよ、なんたってお父様のこの羽はお前のお父上に鍛えていただいたものなんだから」
《へへっ、ひたき~!競争!》

 笑い声を交えながら賑やかに遠ざかっていく1人と1羽。
 その姿を微笑ましく思いながら見送る牧草地の神に、銀白は「…蒼様」と小声で話しかけてくる。

「暁君は…鶲殿のことを『お父様』とは呼ばない、んですよね」
「…うん」

 そう、『暁』は父である鶲のことを『お父様』ではなく『ひたき』と名で呼んでいるのだ。
 精霊達は皆、生まれたその瞬間から自身を生み出した存在に最大の敬意を払って接している者がほとんどなのだが…『暁』だけは鶲に対してまるで親しい友かのように振る舞っている。
 ごくたまに『鶲お父様』と呼びはするものの、実際にそう呼んでいるのを牧草地の神が聞いたのは今までのすべてを合わせても片手で数えられる程度、それも風の神がそばにいる時のみだろう。
 『暁』は明らかに風の神と鶲の子であり、もちろんそれは『暁自身』もよくよく分かっていることだ。
 それでも『お父様』とは呼ばないところをみると、鶲は随分と『暁』にからかわれて…いや、まるで親友のように思われているに違いない。
 鶲は童顔で体こそ小さいものの、側仕えとして【天界】に上がったのも早く、他の側仕えならば当然、小さな神でさえもが敬意を払うような存在だ。
 鶲に対してそのような気安い態度をとれるのは風の神と『暁』以外には絶対にない。

「鶲殿は立派なお方…なんですけどね」

 そう呟く銀白に牧草地の神は「…まぁ、彼ららしいといえば彼ららしいよね」と苦笑いを見せる牧草地の神。

「さぁ、私達も屋敷に帰ろうか。子供達の待つ屋敷へ」
「はい、蒼様」

 銀白が牧草地の神を引き寄せて髪に口づけると、牧草地の神もお返しとばかりに唇で応じる。
 2人はそれから寄り添って屋敷への道を歩き始めた。
 「蒼様、やはり背にお乗せしますよ」と言う銀白に、牧草地の神は「このままでいいよ」と微笑む。

「こうやって君と並んで、手を繋いで歩きたいんだ」

 茜色に染まりつつある空。
 【天界】ではそこに暮らす者達に穏やかな時間をもたらす夜が訪れようとしていた。
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