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プロローグ
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陸国の中央にある【中央広場】。
均整の取れた石畳が遠くまで続くその広い広場は、陸国に存在する5つの地域と城の敷地へと続く大通りが集結していて、いわばすべての地域への入り口でありそれぞれの地域への移動の中継地点だ。
そんな中央広場沿いにはいくつもの飲食に関する建物が立ち並んでいていつもよく賑わっているのだが、酪農地域と鉱業地域を隔てる大通り(通称:鉱酪通り)の方へ少し入って行った先には他とはまた一線を画すような、しっとりとした落ち着いた佇まいの酒場がある。
一見するとどういった建物なのかも分からないような造りをしたそこは、まさに知る人ぞ知るというような酒場だ。
その酒場の名は【觜宿の杯】。
名を刻む代わりに『星々を湛えた足付きの杯』があしらわれた看板を掲げ、隣にある同じく落ち着いた雰囲気の食堂とは中でわずかな壁と段差で区切られているそこは、はからずも他とは異なる隠れた特色を持っている。
隠れた特色。
それは『男達ばかりが集まる』ということだ。
なにか制限をしているわけでもなく、ただ自然と『そうなった』というだけなのだが、今ではすっかりある男達のための酒場となっている。
そして今宵も1人、また1人と男達がその戸を開くのだ。
ーーーーー
あちこちから静かな会話と酒器による軽やかな心地良い音が聴こえてくる酒場の中。
数々の酒瓶が美しく整列されている棚の真正面に備え付けられている長机には、2人の男の姿がある。
棚を背にして立っている『明るい髪色の男』と、その机の向かい側に座る常連の『黒髪の男』だ。
どちらもいくらか年若いことは見てとれるが、妙に落ち着き払っていて、まるで壮年のようにさえ思える。
特に『明るい髪色をした男』の方などは、その立ち位置や硝子の酒器を手の中で磨く無駄のない所作からしても、この酒場の長年の主というような風格だ。
ただ酒器を磨いているだけ、机に向かって座っているだけ。
それだけでもこの2人の男は、まさに様になっている。
「1杯くらい、なにか用意しようか」
磨いていた酒器を棚に納めた『明るい髪色の男』は、『黒髪の男』に向かって声をかけた。
その声は元々静かな中でもほとんど周りには聞こえないであろうというほど小さく控えめなものだったが、不思議なことに、どういうわけか、この『黒髪の男』には はっきりと聴こえたらしい。
すぐさま反応が返ってくる。
「いや、今日はやめておく」
そう言って首を振った『黒髪の男』は、水の入った杯を飲み干してから机の向こう側にいる男、『明るい髪色の男』に目を向けた。
金と赤が混ざったような、ほとんど茶のような…わずかに赤が濃く見える明るい髪色。
硝子を扱う荒れたところのない滑らかな指先。
ヨレもシワも、糸くずの1本でさえも見当たらない整った衣。
ぼんやりとした夜の雰囲気が漂う中でも一層美しく輝いて見えるその姿は、きっと目にした者の視線をひとつ残らず奪うことだろう。
『黒髪の男』も例に漏れずしばらくその姿をじっと見つめてから、ふと壁にかかっている時計を確かめると「…俺、そろそろ帰るから」と声を潜めた。
「ご馳走さま。それじゃ…」
『黒髪の男』がそう言って帰り支度をしようとすると、『明るい髪色をした男』は「おい」と短い一言を投げかけてその手を止めさせる。
「もう俺も終わる。引継ぎだけしてくるから待ってろ」
「……」
机の上を手早く片付けた『明るい髪色の男』は、『黒髪の男』をそこに残したままさっさと奥に引っ込んでいった。
短く、非常に端的なやり取り。
そんな一連の様子を傍から見ていた同じくこの酒場の常連である2人組の内の小柄で童顔の男は、頬杖を突きながら「まったく、いつも2人はどんな会話をしてるわけ?」とあきれたと言わんばかりの口調でこっそりと『黒髪の男』に声をかける。
「恋人同士だっていうのに。なのに『待ってろ』ってさ。ねぇ、コウちゃんはそれでいいの?そりゃセンの方がいくつか年上だろうけど…だからって、いくらなんでもあんなぶっきらぼうな言い方」
すると『コウ』と呼ばれた黒髪の男は、少し困ったような微笑みを浮かべながら答えた。
「俺は…まぁ、あれがあいつなりの表現だってこと、分かってるから」
ーーーーー
帰り支度を整えて酒場から出ると外はすっかり月夜になっている。
ちょうど今の季節は冬の終わり、春の始まりという移り変わりの頃で、温かくなり始めた夜風が何とも肌に心地良い。
見上げるとそこには煌々と照る月があって、満月というわけではないものの思いがけず良い月見まですることができた。
この風景を楽しめるのだ、待つのにも苦労はないだろう。
『黒髪の男』は酒場で今ちょうど引継ぎをしているであろう『明るい髪色の男』を待ちつつ、『すべての始まり』に想いを馳せた。
均整の取れた石畳が遠くまで続くその広い広場は、陸国に存在する5つの地域と城の敷地へと続く大通りが集結していて、いわばすべての地域への入り口でありそれぞれの地域への移動の中継地点だ。
そんな中央広場沿いにはいくつもの飲食に関する建物が立ち並んでいていつもよく賑わっているのだが、酪農地域と鉱業地域を隔てる大通り(通称:鉱酪通り)の方へ少し入って行った先には他とはまた一線を画すような、しっとりとした落ち着いた佇まいの酒場がある。
一見するとどういった建物なのかも分からないような造りをしたそこは、まさに知る人ぞ知るというような酒場だ。
その酒場の名は【觜宿の杯】。
名を刻む代わりに『星々を湛えた足付きの杯』があしらわれた看板を掲げ、隣にある同じく落ち着いた雰囲気の食堂とは中でわずかな壁と段差で区切られているそこは、はからずも他とは異なる隠れた特色を持っている。
隠れた特色。
それは『男達ばかりが集まる』ということだ。
なにか制限をしているわけでもなく、ただ自然と『そうなった』というだけなのだが、今ではすっかりある男達のための酒場となっている。
そして今宵も1人、また1人と男達がその戸を開くのだ。
ーーーーー
あちこちから静かな会話と酒器による軽やかな心地良い音が聴こえてくる酒場の中。
数々の酒瓶が美しく整列されている棚の真正面に備え付けられている長机には、2人の男の姿がある。
棚を背にして立っている『明るい髪色の男』と、その机の向かい側に座る常連の『黒髪の男』だ。
どちらもいくらか年若いことは見てとれるが、妙に落ち着き払っていて、まるで壮年のようにさえ思える。
特に『明るい髪色をした男』の方などは、その立ち位置や硝子の酒器を手の中で磨く無駄のない所作からしても、この酒場の長年の主というような風格だ。
ただ酒器を磨いているだけ、机に向かって座っているだけ。
それだけでもこの2人の男は、まさに様になっている。
「1杯くらい、なにか用意しようか」
磨いていた酒器を棚に納めた『明るい髪色の男』は、『黒髪の男』に向かって声をかけた。
その声は元々静かな中でもほとんど周りには聞こえないであろうというほど小さく控えめなものだったが、不思議なことに、どういうわけか、この『黒髪の男』には はっきりと聴こえたらしい。
すぐさま反応が返ってくる。
「いや、今日はやめておく」
そう言って首を振った『黒髪の男』は、水の入った杯を飲み干してから机の向こう側にいる男、『明るい髪色の男』に目を向けた。
金と赤が混ざったような、ほとんど茶のような…わずかに赤が濃く見える明るい髪色。
硝子を扱う荒れたところのない滑らかな指先。
ヨレもシワも、糸くずの1本でさえも見当たらない整った衣。
ぼんやりとした夜の雰囲気が漂う中でも一層美しく輝いて見えるその姿は、きっと目にした者の視線をひとつ残らず奪うことだろう。
『黒髪の男』も例に漏れずしばらくその姿をじっと見つめてから、ふと壁にかかっている時計を確かめると「…俺、そろそろ帰るから」と声を潜めた。
「ご馳走さま。それじゃ…」
『黒髪の男』がそう言って帰り支度をしようとすると、『明るい髪色をした男』は「おい」と短い一言を投げかけてその手を止めさせる。
「もう俺も終わる。引継ぎだけしてくるから待ってろ」
「……」
机の上を手早く片付けた『明るい髪色の男』は、『黒髪の男』をそこに残したままさっさと奥に引っ込んでいった。
短く、非常に端的なやり取り。
そんな一連の様子を傍から見ていた同じくこの酒場の常連である2人組の内の小柄で童顔の男は、頬杖を突きながら「まったく、いつも2人はどんな会話をしてるわけ?」とあきれたと言わんばかりの口調でこっそりと『黒髪の男』に声をかける。
「恋人同士だっていうのに。なのに『待ってろ』ってさ。ねぇ、コウちゃんはそれでいいの?そりゃセンの方がいくつか年上だろうけど…だからって、いくらなんでもあんなぶっきらぼうな言い方」
すると『コウ』と呼ばれた黒髪の男は、少し困ったような微笑みを浮かべながら答えた。
「俺は…まぁ、あれがあいつなりの表現だってこと、分かってるから」
ーーーーー
帰り支度を整えて酒場から出ると外はすっかり月夜になっている。
ちょうど今の季節は冬の終わり、春の始まりという移り変わりの頃で、温かくなり始めた夜風が何とも肌に心地良い。
見上げるとそこには煌々と照る月があって、満月というわけではないものの思いがけず良い月見まですることができた。
この風景を楽しめるのだ、待つのにも苦労はないだろう。
『黒髪の男』は酒場で今ちょうど引継ぎをしているであろう『明るい髪色の男』を待ちつつ、『すべての始まり』に想いを馳せた。
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