その杯に葡萄酒を

蓬屋 月餅

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第三章

13「2人の関係」

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 物事には往々にして順序や段階というものがある。
 1つの段階を経てから次へ。そしてさらにその先へ。
 何事もそうしたことを繰り返すことで慣れ、さらに後のいい結果を得ることにも繋げていくのだ。
 それは恋愛においても同じであり、好き合った者同士はやがてそれまで以上に親しくなるために ある段階へと踏み出していく。
 言葉や口づけでは語りつくせない想いや愛を伝えるためにはかなり有効的な段階だ。
 しかしそれらを進める早さや程度はまったくの人それぞれであって、料理の作り方のように決まった何かがあるわけではなく、踏み出すきっかけも何もかもがすべて当事者達自身の裁量によっている。
 すぐに先へと進んでいく者もいれば、そうでない者も。
 きっと恋人達の数と同じで幾通りもあるだろう。
 大切なのは『どうやって相手とその歩調を合わせるか』といったところなのだが…陸国にはそれを図りかねている男達がいた。


ーーーーーー


「…それじゃ、帰ります」
「あぁ…また明日」
「はい。また…明日」

 秋の儀礼から数ヶ月が経った【觜宿の杯】の扉の外で交わされるそんな会話。
 話しているのはせんこうの2人だ。
 秋の儀礼の夜、果実の爽やかな香りに包まれていた調理場で互いに想いを打ち明け合い 晴れて両思いの恋人同士となった彼らだが、相変わらず夾は仕事の後に【觜宿の杯】へ夕食を食べに来て、そして璇はそんな夾へと料理や飲み物を提供をするという毎日を送っていて、あまりこれといった大きな変化は無いまま過ごしていた。
 しいてあげるならば璇は2人きりのときにだけ夾のことを『しょう』という愛称で呼ぶようになり、夾が家に帰るときには外まで見送りに出て…そして軽く口づけを交し合うようになったということだろうか。
 周りに人がいないことを確かめ、頬に手のひらを添えながら、そっと近づいて唇を。
 何秒間かそうして唇を重ねあった後は「また明日」とお決まりの挨拶をして分かれる。そんな毎日だ。

 そう。それだけの毎日。
 健全な、毎日。

 健全であるということはなんだかとてもいいことのような、高尚な感じがすることかもしれない。
 もちろん場合によってはその通りなのだが、しかし彼らの場合は成年済みの男同士であるとは思えないほど健全であり過ぎていた。
 口づけにも色々と種類はあるが、彼らのそれは文字通り『唇を重ね合わせるだけ』の、未成年の恋人達が淡い想いを抱きながらするようなものなのだ。
 いくらなんでも健全すぎて、過去色々な経験をしてきた璇にとってははっきり言って不満があるくらいだ。
 璇だってもう随分そうしたことはご無沙汰だったとはいえ、本来はまだまだ旺盛な欲をもつ立派な男なのだから物足りなく感じて当然だろう。
 だが璇はそれでも強引に迫って先へ進もうとはしていなかった。
 なぜならば相手は、この夾という男は、なんにおいても初心者であるということがはっきりとしていたからだ。
 『きっと今までの人生では彼の中で恋愛だとか男の性が出てくるような事態はほとんど(もしくはまったく)なかったに違いない』とさえ思えるほど、夾は初心うぶだった。
 一度だけ璇が口づけの深さを増そうと舌先で夾の唇をなぞったり開かせようと試みたことはあったのだが、あまりにも驚かれたのでそれ以上『どのようにして口づけるのか』ということを教えるのは気がひけてしまい、『こんなのでも1人で悶々と想いを抱えていた頃よりは随分とマシだものな』と璇はすっかり関係を進めることに対して慎重になってしまった。
 まずはそういった踏み込んだ距離になる前に2人で休みなどをあわせてどこかへ出掛けたり、それこそ散歩をしながら指を絡めるような手つなぎというものを経験して徐々に進めていこうとも考えてはいるのだが、なにせ改まってそうしたお出かけの誘いをするのが彼にとっては深い口づけをすることよりも気恥ずかしくて堪らず、ついつい先延ばしにしてしまっている。
 そうしていまだに初心な口づけだけの関係が続いているというわけだ。
 ずっとこのままでいいとは思っていないが、かといって踏み出すのにも躊躇している璇。
 …しかし、初めの一歩を踏み出すのが何も経験者に限ったことではないのだということを、彼は夾に思い知らされることとなったのだった。


 季節が移り変わり、すっかり冷え込むようになった夜。
 いつものように人気のないところを見計らって、璇と夾は【觜宿の杯】の外で口づけを交わす。
 彼はやはり今日も(どっか出かけようって誘うべきか?…でもまぁ、まだいいか、急がなくったって…)と思いながら触れるだけの口づけを済ませて「じゃあまた」と夾を見送ろうとしたのだが、いつもならそれに応じて帰途につく夾は「あの…璇さん」といつもとは違う言葉を口にした。
 初めてのことに何事かと思いながら「どうかしたか?」と璇がさらに夾の言葉を引き出そうとしたところ、なんと、彼の予想だにしていなかった言葉が返ってくる。

「俺って璇さんから見るとやっぱり…魅力とか、そういうのがないんでしょうか」
「…は?」
「………」

 一体なにを言い出したのかと目を瞬かせる璇。

「な…何だって?魅力が?いきなり何なんだ?」

 璇がまったくわけも分からず眉根を寄せると、夾は「…でも、そうなんですよね?」と少々俯いて言う。

「俺は璇さんとほとんど背も変わらないくらいだし、なんというか…可愛げがあるわけでもない、ただの男です。俺自身も自分にがないというのは分かってるんです、分かってるんですが、だからといってどうしたらいいのかはもうよく分からなくて…」
「だから、何の話なんだ?何が言いたいんだよ」
「…俺は璇さんともっと親密になりたいと、思ってるってことです」
「は…ぁ?」
「ですから俺は…」

 言い淀んでしまう夾。
 彼はしばらく迷い、そして意を決したように顔を上げると、真正面から璇に向かってはっきりと言った。

「俺はあなたと、口づけ以上のこともしたいと…思ってます」

「だけど璇さんが俺とはその気にならないことも、分かっている…ので…」

 他にも夾は続けて何かを言っていたのだが、もはやそれらは璇の耳には届いていなかった。
 『愕然とする』というのはまさにこういうことに違いないというくらい、璇はたった今聞いたその言葉に呆然としていた。

(な…に言ってんだ!?俺が…俺がどれだけっ…こいつ…っ!!)

 口づけを深めようとしたときに見せた反応を思い、きちんと1つずつ着実に慣れさせてから先へ進もうと璇は自分なりに配慮していたというのに。
 だが当の夾は『自分には魅力がない』だの『その気が起きないのだと分かっている』だのと言い出したのだ。
 いったいこれはどうしたことだ、と璇は言葉を失い、そしてやがてこの状況を考えるに連れてだんだんと腹も立ってきた。
 相手は何しろ初心なのだからと思って自分を律し、そして欲を抑え込んできたが…そんな努力や気遣いをまるでこの目の前の男は理解せず、その上魅力がないからだなどとのたまったのである。
 腹の底からふつふつと沸き上がる怒り。
 『順序なんかもう知るか』という思い。

「……なので、俺は璇さんがそういう……っ!!」

 言いかけていた夾の背をそばの壁に押し付け、璇は荒々しくその唇を奪った。
 固く閉ざされた唇はこじ開けられそうになく、その代わりに上下の唇を食むと、夾は驚きつつも抵抗はせずにそれを受け入れふ。

「俺が…なんだって?」

「その気がないだって…??」

 低い声で言うものの、夾の方も引くつもりはないようで『だってその通りじゃないですか』というように眉根を寄せてじっと見つめてきた。

「『口づけ以上のことをしたい』って…それがどういうことか、『口づけ以上のこと』がなんなのかって、分かってるのか?」
「…分かってます、もちろん」
「本当に?男同士がする口づけ以上がどんなのかを知ってるって?」

 念を押すように訊いてみると、夾はなんと答えるべきなのかと困ったように視線を伏せた。
 戸惑っているとも、ふくれっ面になっているとも言えそうな表情だ。
 その様子からして、璇は『なにはともあれ、とにかく夾もこの健全な関係から一歩踏み出したいがために恥をしのんで打ち明けたらしい』ということを確認する。
 璇は璇なりに順序立てて関係を深めようと、進展させようと考えていたのだが…たしかに彼はいささか慎重になりすぎていたのだろう。
 そしてそれを1人で考えた上、気恥ずかしいからと動きあぐねていたことも事実だ。
 慎重であることは夾のためにもなると思っていたとはいえ、相手が初心だからこそ自身が主導して積極的に関係の進展に乗り出さなければならないということもあるだろう。

(…まぁ、そうか…俺もいつまでもこんなことじゃ…どうしようもなかったよな…)

 あれこれしたいという欲を抑えているにもかかわらずそれを『自分に対するその手の興味がない』という風に捉えられたことはともかくとして、璇は夾のその思いに応えるべく「…分かった」と口を開いた。

「この後、あと1時間くらいしたらお前の家に行くよ」
「え…」
「詳しい話はそこでしよう」

 街灯がそこ ここに灯っているためそれなりに道は明るいが、夾の自宅を訪ねるとなると必然的にお泊りということになるであろうという時間であることははっきりとしている。
 突如もちかけられた璇のお泊り。
 夾もこれには「わ…分かりました」としどろもどろになってしまった。

「あの、来るなら…道中暗いと思うので、足元に気をつけてください」
「分かった。じゃ、後で」
「はい、後で…」

 これまで数ヶ月にわたって特にこれと言った動きのなかった2人の関係が、大きく前進しようとしていた。


ーーーーーー


「あっ…どうも、お疲れ様です」
「…あぁ」
「中へどうぞ」

 仕事を早めに切り上げてきた璇が戸を叩くと、湯浴みを終えたばかりだったらしい寝間着姿の夾に家の中へと招き入れられる。
 ふわりと香る洗い粉の爽やかな香り。
 久しぶりに訪ねた夾の家の雰囲気に若干の懐かしさを覚えながら、璇が早くもどう本題を切り出そうかと迷っていると、それよりも先に夾の方が「あの、すみません、璇さん」と話し始めた。

「来てすぐに何なんですが…張っている湯が冷めてしまう前に湯浴みを済ませてきませんか?寝間着も、俺がまだ一度も着ていないものがあったので脱衣所に置いてあります。浴布も同じところにあるので…それを使ってください」
「あ、あぁ…いいけど」
「浴室はこっちです」

 話すらさせずに早々と浴室へ行かせたがる夾。
 この後璇がしようとしていることを期待しているのとはどこか違ったようなその様子に「どうしてそんな湯浴みをさせようとするんだよ」と訊ねてみると、夾は肩をすくめて言いにくそうに答える。

「すみません…俺、子供の頃からあまり土埃とかがついたままの状態では家の中にいたくないんです。工房では木屑とかがどうしても知らないうちに衣にくっついてしまうので、それが寝具につくのを避けたくて…今でも外から帰って着たら一番に湯を浴びて着替えるんです。なので璇さんにも、まずは湯を浴びてから寛いでいただきたくて…」
「は、あぁ…そうか」
「面倒ですよね?すみません…」

 どうやら夾は潔癖とまでは言わないにしても綺麗好きであるらしい。
 夾は申し訳なさそうに言うが、そもそもここへ来る道中は夜風もあって体が冷えていたため、湯をすぐに浴びることができるのは璇にとってもありがたいことだ。
 そして彼は案内されるまま浴室へと向かい、夾の自宅に来て早々 広い浴室で湯を浴びることになったのだった。

 夾の家の浴室はやけに豪華でしっかりとした造りをしており、普通であれば驚くべきところだったのだろうが、この『見慣れない浴室で体を洗う』ということがこれからしようとしていることへの妙な緊張感を湧き上がらせていて、璇はそれどころではなくなっていた。
 それに脱衣所にある寝間着も…好きな相手のものなのだ。
 一応翌日の分の着替えと合わせて寝間着は持参していたが、せっかく貸してくれるというのだから借りることにする。
 袖を通すと、心地よい肌触りと花か何かの良い香りに包まれた。
 好きな相手の家で湯を浴びて、好きな相手のものである寝間着をまとい、そして…泊まる。
 それらを意識した途端に璇はもう何年も動きを見せていなかった部分が疼くのを感じ、慌ててそれをなだめながら湯浴みを終えた。


 浴室を出ると、部屋の奥の方にある2つ目の居間から夾が「湯加減はどうでしたか、ぬるくなっていませんでしたか」と声をかけてくる。

「ここは酪農地域らしく浴室に温泉が引かれているんですけど、でもそのまま使うには熱すぎるので冷ましたりして調節しないといけないんです。なので…」
「いや、大丈夫だったよ」
「…それなら良かったです」

 夾はどうやら部屋の端の方に設けられている寝台の支度を整えていたらしい。
 替えた寝具をそばのかごへ入れながら「あの…璇さんはこちらの寝台で休んでください、寝具も新しいものに変えておきましたから」とまるでただの友人を泊めるかのように案内する夾。

「2階にも寝台はあるんですが、急だったので手入れが出来ていなくて…ここなら快適だと思いますから、寛いでください」
「あぁ…ありがとう」
「いえ」
しょうはどこで休むんだ?」
「っ…」

 明らかに2人別々に休む、ということになっているようだったのでそれを指摘すると、夾は寝具の入っているかごを持ちながら気恥ずかしさを隠しでもするかのように視線を伏せた。
 部屋を照らす油灯のぬくぬくとした明かりが、あの黄水晶のような美しい夾の瞳に煌きをもたらす。
 どこか遠くの方から聞こえてくる夜風に吹かれた木々のざわめき。
 周りに誰の気配もないこの静かな空間。
 寝間着姿の、2人。
 
(…俺はただの『友人』として泊まりに来たわけじゃないんだぞ)

 もう少し話でもしてからと思っていた璇だったが、なにかに突き動かされるようにして夾に一歩近づき、心の赴くまま夾の頬に触れてそっと言った。

「…口を開いて、俺がするのと同じようにするんだ」

 夾が持ち上げていたかごを取り落とす音がやけに大きく響いたが、2人にはそれすらも聞こえていなかったようだ。
 唇を重ね合わせると、教えた通りに本当に僅かに、それまではしっかりと閉じられていた唇が開く。
 驚かせないように、慎重に。
 璇はその隙間に舌を挿し込んでゆっくりと唇を開かせながら『本当の口づけ』を始めた。

「………っ」

 口内で舌を触れ合わせる感触のそれは璇としてもかなり久しぶりのものであり、もっとしたくて堪らなくなる。
 口内はかすかに甘い味さえ感じられるようだ。
 そこでようやく夾も『深い口づけ』というものがどういうものなのかを悟ったらしい。
 次第に触れ合い方を大胆にしても、夾は驚かず臆せず、同じようにして受け入れていく。
 舌を交互に絡め合い、舐め、味わう口づけ。

「………」

 一息つくようにしてわずかに離れ、夾の様子を窺ってみると…そこにあったのは伏せた目元、ほのかに紅く色づいた頬、そしてキュッと結ばれた口元だった。
 戸惑っているのとも違う、その様子。
 今までに見たことのない、上気したような艶のあるかんばせ
 それは普段中性的ですらない夾による、強烈に庇護欲を掻き立てるような美しすぎる表情だった。
 璇は思わず夾を抱き締めると、ちょうど口元のところにある耳に囁く。

「…もっと触れたい。…いいか?」

 この状況とこれから起こるであろうことへの確認を試みた璇。
 すると結ばれたままだった唇が開いた。

「俺も…うまく言えない、んですが…」

「…璇さんと、離れたくない、です」

 途切れ途切れの、その言葉。
 上手く言えないと夾は言ったが、璇にはそれで十分だった。

「俺にその気がない…だって?」

「…思い知らせてやる」

 腰を後ろから抱きしめられているせいで身動きが取れず、夾は璇に動かされるまますぐそばの寝台へと背から押し倒された。
 ごくりと喉が鳴るや否や、彼は覆い被さった璇によって唇と頬、瞼、そして耳元、というように順を追ってあちこちに口づけられていく。
 璇は夾を寝台の真ん中に移動させながら、ごく自然に片腕に夾の頭を乗せさせ、腕枕をするようにして後ろから抱きしめた。
 夾の心臓が織りなす力強い拍動を感じ、璇は「しょう…」と囁く。

「今夜、俺達同じ寝台で休んでも…いいよな?」

 寝台に押し倒され、抱き締められ、そうしてさらにかけられるその言葉は一瞬にして夾の耳を真っ赤にさせる。だが彼はそうなりつつも懸命に手を璇の腕に重ねて頷いていた。


ーーーーーー


「……っ」

 寝台の上。
 璇は一つ一つの動作をゆっくりと、慎重に行いながら夾の体の愛撫に熱中する。
 真っ赤になっている耳たぶにちゅっと口づけてから、柔らかい耳の縁を甘噛みして端から端まで辿ると、少し冷えていたところもすぐに熱を帯びて温かくなっていく。
 夾はこうして押し倒されること自体が初めてだったに違いなく、繰り返される愛撫を懸命にひたむきに受け入れて素直に反応を示すその様子がなんとも可愛らしい。
 その姿にちょっとしたいたずら心が沸いた璇は、夾の耳の中心にそっと舌を挿し込んでみた。

「っ!!」

 びくりと体を跳ねらせて顔を寝具に埋めた夾。
 璇はその『逃げようとしているのではなく思わずそう反応してしまった』というような夾をますます愛らしく思い、「…悪い、驚かせたよな」と小さく詫びると髪に口づけながら微笑んだ。
 璇の胸のうちに湧き上がったもっと触れたいという欲はますます高まっていく。
 そしてついに璇は寝間着の上からさする程度だった手を夾の上衣の合わせ目のところへと伸ばした。
 驚かせないように、慎重に。
 そっと手を胸元に差し込んで動かし、手のひらに感じられる確かな筋肉の形をなぞる。
 左右の真ん中には突起があるはずだが…触れた感じではその感触はなく、明らかに他人に弄られたことがない様子を示していた。
 無理もないだろう。むしろこれからへの期待が高まった璇は両手で胸全体と、その柔らかな部分への愛撫を繰り返し、そして上衣の留め紐を解いてはだけたところから腹をさらに下に向かって辿っていった。
 胸を通り過ぎ、腹部に触れるとそこは見ずともはっきりと1つ2つ…合計で6つに割れていることが分かる。
 無駄なくよく引き締まった腹部だ。
 その辺りを円を描くようにしてさすり、今度は下衣の留め紐で留められているところにも手を…。
 そして下衣の中へと忍び込んでから太ももと太ももの内側の肌の上をなぞり、璇は手を前の方へやった。

「…もうこんなに勃ってる」

 根元の袋のところから股の間を手のひらで包み込むと、すでに硬く勃起していたそこは大きくびくりと跳ねて反応する。
 夾に擦ってもいいかと訊くと彼が腕にしがみつきながら頷いて応えてきたため、璇はきわめて慎重に握った手を上下させ始めた。

「気分、悪くないか?」
「……(首を横に振る)」
「気持ちいいか?」
「………(小さく1度頷く)」
「うん…深く息をして、このまま体の力を抜いておいて」

 やけどしてしまいそうなほど熱くなっている夾の肉棒を扱っていると、次第に先端が濡れてさらに滑らかに扱えるようになる。
 力加減や速さを絶妙に変化させる璇の手技はとても素晴らしく、夾はくすぐったさと快感のあまりじっとしていることができずに無意識のうちに腰を反らせた。
 腰を反らせたその姿勢は尻を璇の方にぐいぐいと押し付けることにも繋がっていて、璇を激しく滾らせる。
 吐息混じり、というよりもほとんど吐息そのものである夾の「あぁっ、はぁぁ……っ」という喘ぎ声と、手に握っているものの熱さ。そして股の間に押し付けられる尻。
 璇はもう本当に長いことそうした情事や『そこ』を使う機会がなかったため、実際に欲情してもどれだけそれを保てるか、どの程度猛らせることができるかといったことをひそかに心配していたのだが、この瞬間、それらは全くの杞憂だったことがはっきりした。
 たとえ挿れる場所がどんなにきつく固く閉じていたとしても強引にこじ開けることができるだろうというくらいに、璇は激しく勃起している。
 体の奥底から疼くその感覚と相まみえるのはかなり久しぶりのことだ。
 璇は片手で弄っていた胸の方にもぷっくりとした感触が現れたのを感じ取ると、夾の肉棒を擦っていた手を止め、下衣の留め紐の結び目を解いた。

「少し腰を上げて…そう、下にげるからな…」

 ピッタリと抱き寄せられたまま、夾の下衣は膝に差し掛かるところまで降ろされる。
 剥き出しになった夾の尻をよく眺めて観察したいところだが、そんなことをしてしまっては初めてのことに戸惑いや恥ずかしさを感じつつもなんとか懸命に応じている夾のことをいじめすぎてしまうだろう。
 璇はなんとか自重し、足の付根や尻の丸い肉に手を滑らせながら、夾の右足の太ももをわずかに前へずらさせた。

「こっちの足を少しだけ前に…そうだ」

「…ここも、触るからな」

 腰の裏を通って2つの尻の割れ目のところに手を滑り込ませると、大して探らないうちに璇の指は秘部の場所を正確に突き止める。
 ひっそりと、怯えているかのように口を固く閉じている夾の秘部。
 その中心に指の腹でふたをするようにして触れると、夾は「や…やっぱりだめです、汚い…!」と声を上げた。

「そんなところ、触っちゃ…」
「嫌か?ここを触られるのは」
「だって…そこは汚い…!」
「どうして?湯浴みもしただろ、こんなに洗い粉のいい香りがしてるのに汚いことがあるか」
「でも…!」

 夾は真っ赤になっているが、そこに触れられることに対しては覚悟ができていたように見える。
 璇は「大丈夫、今日はしないから」と安心させるように夾の尻と太ももを撫でた。

「たしかにここでつながるには色々と準備が必要なんだ、だからすぐには体を重ねられない。…でもしょうにその気があるなら教えるよ、俺がきちんとなにから何まで…だから俺に身を任せてほしい。それで体と心の準備が整ったらきちんと繋がろう。約束するよ、そのときは信じられないくらいに気持ちよくさせるから」

 胸に触れたままの片手をぎゅっと抱きしめられながら、璇は秘部に触れている指を動かしてそこを柔らかく揉み始めた。
 ふちをなぞったり軽く指先で叩いてみたり、周辺を丸く円を描くように撫でたり。
 ここが開いて自身のものを深く咥えこむというような想像をすると、下衣の中でビンと勃っている璇のものにさらに熱い血潮が集まり始める。
 秘部からわずかに前の方に移り、陰嚢のちょうど裏の部分をぐっと押し込むようにすると、夾の喉からあけすけな喘ぎ声が漏れた。
 どうやら彼はここを刺激されるのもいいらしい。
 今夜のこの初めての触れ合いだけでも、随分と沢山 夾にとっての良い場所を知ることができたものだ。
 璇はひとしきり敏感な部分の確認を済ませると、後ろから前に愛撫の手を移動させ、再び激しく勃起している夾のものに触れて根元から先端にかけてを手で包んで刺激し始めた。

「っあ、あぁっ…はぁっ…」

 先端から溢れ出してくるぬるぬるとしたものを丹念に全体に塗り広げていくと、夾は快感に身を捩ってほとんど寝台に伏せたような姿勢のまま息を荒らげる。
 胸を揉む片手は夾の胸元に強く抱きしめられたままでもう少しも動かせなくなっているが、それだけ夾が快感を目一杯に感じているのだということが分かり、璇は片腕の自由以上に激しく欲情してしまう。
 もう堪えきれない。
 璇は人知れず寝台の隅に持ってきていた薄紙の束から無造作に何枚か掴み取ると、それを夾の下腹部の下にすばやく敷き詰め、そして一息のうちに自身の下衣を下ろして猛々しくなっているものを取り出した。
 一撫でしただけでも背筋が続々とするほどの感覚に見舞われるそれに先走るものを塗り広げた璇。

「わるい…差し込むだけ…」
「っああ!!」

 夾の尻の肉を片手で押し広げると、璇は開かせた割れ目のところから股と太ももの間めがけてぬらぬらとした自身の肉棒を一息のうちに滑り込ませた。
 腰を動かすと、挿入していないのにまるで挿入しているかのような、温かくむちむちとした感覚が敏感なところから伝わってくる。
 そのまま腰を打ちつけて夾の股の間を擦ると、夾はもっとあけすけな喘ぎ声を漏らした。
 もはやそれは端から見れば交わっているのと何ら変わりはない格好だ。

「はぁっ、はぁっあっ、い…イっ…」
しょう…ぅ……」
「うぅっぁ…」

 夾が見悶えて尻と太ももを引き締めると、それに従って璇のそれもきつく締め付けられて絶頂のすぐ近くまで引き上げられる。
 璇が先端を手のひらでしっかりと覆ってキュッと握ると同時に、ついに夾は白濁を放ち、そして小刻みに体を揺らされた璇もほとんど同時に精を夾の股のところへと放ったのだった。
 

ーーーーー


 猛っていたものがようやく収まって起き上がれるようになるまでに、一体どれくらいの時が経っただろうか。
 互いになんともいえぬ気恥ずかしさに包まれながら、夾は自分の寝間着のはだけたところを、そして璇は手の中にべっとりと残っている白濁を薄紙でふき取って微妙な空気感を保つ。
 薄紙で拭ったとはいえ、夾の股には璇の白濁が付着している。璇は「…まだ湯は冷めてないだろうし、湯浴みをして体を流してきた方が良い」と夾に声をかけた。

「気持ち悪いだろ?俺が汚しちゃったからな…悪かった」
「いえ…あの、はい、それじゃ…そうします」
「寝台は俺が片付けておくから」
「…あの、その薄紙は…いつの間に…?」
「…気付かれないように用意しておくもんなんだ、こういうのは」
「そう、ですか」

 腰が抜けているのか、夾は寝台の上からのそのそと起き上がった拍子に少しよろめく。
 璇がすかさず支え起こすと、夾は璇の腕を頼りにしながら小さく礼を言った。
 しっかりと自分の足で立ち直した夾だが、その目の前には乱れて半分はだけたようになっている璇の上衣と素の胸板があって、彼は思わずじっとそれを見てしまう。
 璇は拭ったとはいえべとべとになっているままの手で借り物の寝間着に触れるわけにはいかず、はだけた上衣をそのまま放っておいていたのだ。
 じっと見つめた後、伏し目がちになり、その乱れている上衣を整えて留め紐をきちんと結び直す夾。
 璇は夾のその献身的な姿にまた心を解され、留め紐を結び終えて顔を上げた頬に汚れていない片手を添えて引き寄せると、その唇に深く口づけた。
 胸の奥底から込み上げてくる想いを込めて、ゆったりと。

 この日初めて交わしたこの深い口づけはまだお世辞にも上手なものとは言えず、ぎこちなさで一杯だ。
 だが、それでも想いを確かめ合うのには充分だった。

「…後で、璇さんも湯を浴びてください…さっぱりしますから」
「あぁ…そうだな」
「……」

 夾は寝台とその傍らに立つ璇のことを気にする素振そぶりを見せながら、そうして浴室へと入っていった。

 すべてが一段落した頃にはもうすでに随分と遅い時刻になっていた初めての夜。
『気恥ずかしくも、離れがたい』
 そんな気持ちを抱いた2人は同じ寝台に横になり、身を寄せ合ってその夜を過ごしたのだった。
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