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第三章
17「雨夜」後編
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どれだけの刻が経っただろうか。
強く吹いた風がたてたガタガタという窓の音によって、璇は寝台の上で目を覚ました。
「ん………」
身じろぎをすると胸元に何やら温かなものが感じられる。
眉根を寄せながら薄目を開けて見てみると、それは夾の肩と背中だった。
どうやらひとしきり やりたい放題をした結果、夾を後ろから抱いた何回目かのを最後に抱きしめたその状態のまま眠りこけてしまっていたらしい。
夾も眠ってしまっているようで静かな寝息がかすかに聞こえてきている。
…そう長く眠ってしまっていたわけではないのだろう。
時刻はまだまだ真夜中だ。
「………」
ぼんやりとしながら夾の後ろ髪を見つめていたことで、璇はようやく外が大雨になっていることに気がついた。
風の勢いも強く、雨粒は絶えず窓に激しく打ち付けられている。
(…なんか韶に被せてやらないと、風邪を引くかもしれないな。俺は軽く湯でも浴びてくるか…)
全身粘液などに塗れてひどい有様になっている璇はそんなことを思いながら、自分と同じく真っ裸で横たわっている夾のために浴布などの掛けられるものを探そうとした。
しかしこともあろうに彼の下半身のモノはまだ夾の中に挿入されたままになっていて、身動きができない。
このまま抜いてはきっと夾は目を覚ましてしまうだろうが…しかしずっと挿れたままでいるほうが夾の体にとって大きな負担となるはずなので、璇は慎重に、ゆっくりと腰を後ろに引いて夾の体内から抜け出すことを試みた。
「んっ…」
ほんの少し動いただけだったのだが、やはり夾は目を覚ましてしまい、小さな唸り声を上げる。
「わるいな…大丈夫か?」
「ん……すみません、俺…いつの間にか…」
「いや、俺もだよ。今しがた目が覚めたんだ」
事後の気だるさに包まれながら細々と言葉を交わした璇と夾。
それから璇は「はぁ…ちょっと少しだけ我慢してくれ」と声をかけると、ゆっくりと腰を引いて夾の中から完全に自分自身を抜き去った。
きっと夾の尻の肉を左右に押し拡げて見てみればその真ん中にある秘部は柔らかく拡がって少し口を開けたままになっているだろうが、璇はそれを確かめることはせず仰向けに寝転がって息をつく。
夾の体内で感じた熱さをさらに際立たせるように、外気を感じてやけにひんやりとする彼の陰部。
璇に背を向けて横たわっていた夾は寝返りを打って璇の方へと体を向けると、肩のところに額をくっつけるようにして体を密着させてきた。
まるで猫が愛する飼い主の下へ擦り寄るかのように、おずおずと、恥ずかしそうにもしながら。
(あ、こいつ…可愛すぎる)
素肌に感じる夾の額の温かさや呼吸の動きにぎゅっと心を掴まれた璇は、夾をしっかりと抱き寄せ、何度も頬や目元や額に口づける。
「体…どっか痛くないか?」
「いえ、大丈夫です、特には…」
「そうか、それならよかった」
「はぁ…そろそろ湯を浴びたほうがいいな。薬草だけじゃない いろんなので体がベトベトしてるだろ?」
「そう…ですね」
「ナカはそんなに洗わなくてもいいと思うから、とりあえず体を流して…それから湯が沁みなければ浴槽でしばらく温まるのがいい」
「…ナカも洗うもの、なんですか」
「あぁ、いや、まぁ…な。中に出したのを放っておくと腹が痛くなるらしいから。けど今夜は一度も直接中には出してないからそこまで気にしなくていいんじゃないか…」
そんなやりとりをしつつ名残惜しさを滲ませながら璇が寝台を降りようとすると、夾は一緒になって降りようとしながら「あっ、あの璇さんも」と慌てて起き上がった。
「一緒に湯を…浴びませんか」
「無理にとは言わないんですけど…でももう夜も遅いですし…」
夾のその眼差しは璇に可否を問うているというよりも『一緒に湯を浴びたい』と訴えているかのようだ。
今夜、夾の挙動や言葉やその他どんな些細なこと一つにも甘く弱くなってしまっている璇は、そんな夾に「あぁ、分かった」と頷いて応えると、もう一度額に口づけて寝台の上に散らばっていた寝間着を集め始める。
「一緒に湯を浴びようか、韶」
「…けど俺は先にここを何とかしてから行くよ。見ろ、この寝台を。散らかり放題だ。このめちゃくちゃになった浴布とかを片付けたら俺も浴室に行くから、韶は先に湯で体を温めてろ」
璇が共に湯浴みをすることを約束すると、夾は少しはにかんだような表情で頷いたのだった。
ーーーーー
散々やりたい放題をしたにもかかわらず、彼らの寝台の上は敷かれていた浴布を除けばなかなかに綺麗な状態を保っている。
それもそのはずだ。璇は自分や夾の放った白濁は散らばったそばから薄紙で拭って必要以上に塗り拡げないようにしていたのだから。
そのため片付けといっても璇のやることといえば薬草の器やくしゃくしゃに丸まったいくつもの薄紙の始末をするくらいなものだった。
寝台の敷き具は所々くしゃくしゃとシワになってはいるが、まぁ、そういった意味では汚れていないのでそのまま眠ることだってできるだろう。
夾が嫌がるようなら後で変えてもいいし、と思いながら璇は汚れた浴布を洗い場にある洗い樽の中に放り込み、洗い粉と一緒に入れて水に浸すと、自らも湯を浴びるべく浴室へと向かった。
脱衣所にはすでに夾によって湯上がりに使う新しい浴布などが用意されていて、璇も羽織っていた寝間着を脱ぐと、浴室へと続く引き戸に手をかける。
実は2人できちんと一緒に湯を浴びるというのはこれが初めてのことだ。
少し躊躇いながらも湯の流れる音が聴こえてくる浴室の中に向かって入ってもいいかと声をかけると、夾からもちろん、というような答えが返ってきた。
夾はちょうど体を終えたところだったらしい。
頭から湯を被り、濡れそぼった前髪を掻き上げながら浴室の戸の方を振り向いた夾はちょうど璇が入ってきたところを真正面から目撃してしまい、ぱっと目を逸らすと、そそくさと立ち上がって浴槽の方へと向かった。
「後ろの方は大丈夫か?湯、沁みないか?」
璇が訊ねると夾は「…大丈夫、です」とだけ答えて湯の中に体を沈める。
ここの湯は温泉を引いたものだそうだが、たしかその効能は擦り傷や打ち身、筋肉の痛みなどだったはずだ。
まさにうってつけの効能であることに都合の良さを感じながら、璇は汗ばんだ体を流して十分に泡立てた洗い粉を体のあちこちに浸けて軽く擦りだした。
「……」
黙々と体を洗う璇。
…人の感覚とは全く不思議なもので、ただ《なんとなく》何かをひしひしと感じることがあるだろう。
まさにこの瞬間、璇はそれを感じていた。
横の方から、たしかにちらちらと…視線が向けられている、と。
(なんか…すごく見られてる、よな?)
浴槽で湯に浸かっている夾からの視線はなかなかあからさまなもので、ついに無視しきれなくなった璇が「…何をそんなに見てるんだ?」と小さく笑いながら訊ねると、「い、いえ、そんな…俺はなにも…」という慌てたような声と共にザバザバと湯が浴槽から流れ落ちる音が聴こえてくる。
「別に俺は何も…見てませんよ」
「嘘つけ。視線を感じたけど?」
「っ…その…それは…」
壁に反響して聴こえてくる声の様子からして夾は洗い場の方に背を向けてしまったらしい。
体を洗い終えた璇が湯船につかろうとその中へ足を入れると、夾は縮こまってさらに端っこの方へと行ってしまう。
「別に見たいなら見ればいいよ、今更だろ?まぁ、見たところでそんなに面白いものでもないと思うけど」
大人2人、3人で入っても余裕であろうという大きさの浴槽であるにもかかわらず端っこの方にいる夾の背中にそう声をかけると、夾はやや間を置いてからゆっくりと体の向きを変えて璇の方に向き直った。
璇にとっては夾のその反応はとても不思議なものだった。
寝台であんなにも大胆になって求め合った後だというのに、いまだにこうして裸を真正面から見るのを恥じらうなんて。
元来 璇はあまり自分の体を見せることに対して躊躇いがないというか、自分よりもあちこちの筋肉の形がはっきりとして引き締まっている夾に見せるには多少年上の男として思うところがないわけではないにせよ、しかしもう体を重ねてしまった以上これ以外に隠し立てするものもないという思いが強いので、特に恥じらう気持ちなどはないのだ。
しかし夾は真正面から体を見ることも、見られることにもまだほんの少しだけ抵抗があるようだ。
体を隠すことなく浴槽に浸かってのんびりと過ごす璇と、端で縮こまっている夾。
その対極さに璇は思わず笑みをこぼす。
「いや…俺よりも男らしい体つきをしてるんだから、韶はそんなに恥ずかしがることないだろ?どっちかというと俺の方が隠したがる側な気がするのにな、なんで俺達はそれが逆なんだ?あははっ…」
考えれば考えるほど面白いような気がして、璇は雫が滴り落ちる髪を手櫛で大雑把に掻き上げながら軽やかに笑う。
湯がさざ波を立て、湯に浸かっていない胸の肌のところを絶妙にくすぐっている。
すると夾は「そんなことないですよ、璇さんだって、十分、その…」と眉をひそめて言った。
「なんて言ったらいいのか、その…すごくかっこいい、です…」
「はは、そうか?それは相当な褒め言葉だな。お世辞でも嬉しいよ」
「そんな…!お世辞なんかじゃありません、本当に素敵です、素敵なんです」
あはは、と軽くあしらう璇に夾はつつっと近寄って「ご自分では分からないんでしょうけど、でも本当なんです」と真剣な表情で言う。
「だって璇さん、特別鍛えているわけではないんでしょう?それなのにこんなに…俺はそれなりに努力してるのにこれ以上にはならないんです。きっと璇さんが本気で鍛えようとしたら俺なんかちっぽけな感じになるに決まってます」
「そうか?」
「そうですよ!だってほら、触れただけで分かりますもん、これが筋肉の質の違いっていうものなんでしょうかね?璇さんの腕は実際は見るよりも靭やかな力強さがあって、すごく本当に綺麗な…」
熱心に語りだした夾が可愛らしく思えて無意識のうちにその頬に触れようと手を伸ばした璇だったが、夾はその手や腕が自らの頬に届く前に止めると、擦るように触れながら「やっぱり俺のとは何かが違うんですよね…」などと感心したように口にする。
腕から伝わるさわさわとした感覚や、夢中になって称賛の言葉を探している夾の表情に、璇はたちまち体がむずむずとしてきた。
彼はまだ盛りを過ぎたというには早い歳であり、元から血気盛んということもあって回復も早いのだろう。
しばらく夢中になって話していた夾もそんな璇の様子に気付き、ふと言葉を切って黙ってしまった。
水滴が落ちる音がどこからか響いてくる。
また緊張したようになってしまった夾を見て、璇は笑い出しそうになるのを堪えながら「いや、そんなに身構えなくていいよ、韶」と声をかけた。
「もう疲れたろ?今夜はもうとって食おうとしたりしないから心配するな。それより体の方はどうだ、痛みのある所は?」
気遣うその言葉にフルフルと首を横に振って応える夾。
璇は『腰とかは湯の中で温めながら揉みほぐすと良くなるから』と教えるが、夾は何かを考えているようであまり反応を示さない。
彼が何を考えているかはなんとなく察しがついていた璇はそのために『今夜はもうしない』ときちんと明言したのだが…
「…璇さん、あの」
「うん?」
「その縁に、座ってください」
夾はなんと璇に浴槽の縁に腰かけるようにと言いだした。
「いや、気にするなって。放っとけばいいから」
「璇さん」
「お、おまえ…さっきまで散々恥ずかしがってたってのに何しようとしてんだ?本当におまえはさっき端っこのほうで縮こまってた韶と同じ韶なのか?どういうことなんだよ」
「いいですから」
「お、おい…!」
まったく訳が分からないまま、璇は半ば強引に夾によって浴槽の縁に座らせられる。
ちょうど湯に浸かったままの夾の目線のところに璇の足の間があるという格好になった璇。
そこにあるものは先ほどのあのむずむずとした感覚とこの突如巻き起こった状況に反応してまた少し上向いているようだ。
「……」
それをまじまじと見つめてから、夾はちらりと璇を見上げるようにして視線を寄越し、そしてもったいぶるような動きで口を開く。
璇はあえてそれを止めなかった。
戸惑ったのはほんの最初だけで、すでにこの瞬間には彼の胸には期待感が溢れていたからだ。
「おい…のぼせるだろ」
璇がそう言いながら髪を撫でると、夾は一度だけ瞬きをしてからそのままゆっくりと璇のものを口内に呑み込んでいった。
浮き上がっている血管をなぞる湯とは違う温度と質感をした柔らかな舌。
咥えているものを放すまいとするかのようにすぼまっている唇。
ひざまずいていることで必然的に上目遣いになっているその瞳。
(あぁ…これは堪らないな)
璇はさらに大きく脚を広げて股の間に空間を空けながら、夾の髪や頬を撫でつつ、まさに今自らの肉棒へと行われている奉仕の内容に意識を集中させた。
口での愛撫の仕方はまだ数回しか教えていないのだが、しかし夾は器用というか物覚えが良いというか、要領が良いというのか…とにかく何でも教えたことはすぐにものにしてしまうらしく、技術は当初と比べて格段に向上している。
しかも璇が教えたのは基本的に『自分だったらこうされると弱い』というようなことばかりなのだ。
つまり夾が覚えたそのやり方はそっくりそのまま璇の好みの舌遣いなどであり、たちまち深い快感をもたらしてさらなる勃起を促してしまう。
他にも、夾の反応がいいところを執拗についたやり方も璇にとってたまらない刺激をもたらしていった。
先端で頬の内側を擦るようにしながら、頬の肉越しに手で肉棒に触れたり。
奥深くまで咥えたまま、低く唸ってみたり。
歯を当てないように注意しながら、ゆっくりと上あごの固いところを滑らせてみたり…
「ほんとに…すっかりこういうことをするのも…っ、上手くなったな」
璇が言うと、夾は咥えているものをさらに奥へと滑らせていく。
上あごの硬い骨のところを過ぎてふと柔らかいところに先端が押し込まれたとき、璇は思わず腰をビクつかせて夾の口内を突いた。
上あごの固いところをしきりに擦られるのもなかなかのものだったが、そこを少し奥へ行ったところにあるその柔らかい部分というのはよりいっそう粘膜のヌルヌルとしたものがまとわりついてくるような感覚がして、特に堪らない。
さらに璇自身は『あまり相手が苦しがるようなやり方は好きではない』とは思っていても、やはり苦しいのを抑え込みながら多少無理をしてでも必死になって自分のものを口で扱っているその様を見ていると強烈に支配欲を掻き立てられるというか、興奮せずにはいられないものなのだ。
腰を動かして乱暴に突いてしまいたいという欲を抑えるべく、浴槽の縁に手をつき、頭を後ろにそらせながらひたすら断続的に押し寄せてくる快感を受け止める璇。
咥えている肉棒からトロリとしたものが若干溢れてきたのを感じた夾は、それを舐め取るように舌を動かし、そしてさらに頭を早く動かして刺激を強めていった。
喉奥まで挿入れ過ぎると、夾はにわかに苦しくなって『うぐっ』と唸る。
生理的な反応によってきつく閉まった喉奥は意図しての動き以上に淫らな刺激をもたらし、いよいよ璇も体の奥底から込み上げてくるものを堪えきれなくなると悟って「韶。やめろ、もういい」と途切れ途切れに口にした。
「離せ、もういい…おい、離せって、韶」
「韶、おまえっ…離せ、離せって言ってるだろ」
「おいっ!聞けよ!」
だが夾はそんな璇にかまわず、口を離すことはおろか動きを緩めることさえしない。
夾を突き放すこともできない璇はもはや苦行のようにギリギリのところまで射精感を耐え忍ぶしかなかった。
耐え忍んだところでどうしようもないということは分かりきっているのだが、それでも璇には譲れない何かがあるかのようだ。
すると夾は璇の手を握り、かたくなに射精を拒んでいる璇のことを促すようにまたさらに刺激を強めてきた。
これ以上彼には堪えることなどできなかった。
ほとんど虚ろに「あぁ…でる、でる…」と繰り返した璇は、それからまもなく夾に咥えられたまま、その喉奥に向かってびゅっびゅと白濁を吐き出したのだった。
下腹部に鼻先がつくほど璇のものを深く咥え込んでいた夾はあまりの苦しさにそのままの状態で咳き込み、すべての白濁が放たれ終えた後に肉棒の中に残っているものまで吸い出すようにしてから口を離した後も、横を向いて口元を押さえながら何度も咳き込んだ。
「はぁっ…韶……韶?」
「韶、大丈夫か?」
何度も咽ているのが心配になってそう声をかけると、なんとかといった様子で夾は呼吸を整えながら小さく頷いて応える。
よほど苦しかったに違いないと申し訳なく思いながら「それは早く吐き出した方が良いから」と彼の口元に手を添える璇。
「ここに吐いてもいいし、嫌なら洗い場に出て…」
「……」
「韶?」
だが夾は黙ったままうんともすんとも言わなかった。
何も言わずにじっと黙って、ただ黙って。
そして次に口を開いたときに彼は「…もう大丈夫です」とだけ言った。
「お気遣いありがとうございます、もう大丈夫ですから」
「な、なにがだ?」
「…?」
「なにが『もう大丈夫』なんだ?」
「……?」
「「?」」
互いに『?』を浮かべて顔を見合わせる2人。
夾がもう大丈夫だと言ったのは…咽ていたのが『もう大丈夫になった』ということなのか、それとも口内に放たれた白濁の処理に関してが『もう大丈夫になった』ということなのか。
ぱちぱちと瞬きをして璇は考えたのだが、それ以前に大きな疑問があることに気付く。
(いや、ちょっと待て。口の中にあるはずの白濁はどこ行ったんだ?)と。
吐き出した様子もないのに、彼は普通に話すことができているではないか。
まさか、と思った璇は「お、おまえっ…の、飲んだんじゃないだろうな!?」と驚きのあまり声を上げた。
「飲んだわけないよな?あんなの飲むもんじゃないだろ、吐き出せよ!」
「…なにもそこまで言わなくても」
「はっ…な、なんだと…!?」
うろたえる璇に夾は平然と「別にいいじゃないですか、俺がそうしたくてしたんですから」と言い放つ。
「俺はただもったいないと思った、というか…とにかくこうしたかったんです。何か害があるわけでもないんでしょう?」
璇のあまりにも仰天した様子に、夾は「璇さんがもう2度とするなと言うならそうしますけど…」と少し口を尖らせた。
はっきり言って、白濁などはけっしていい味のものではない。
そもそも本来食品ではないのだから飲み込むなどということはできなくて当然なのだ。
特に璇はたとえそれが誰のものであったとしてもどうにも拒否感が強く、それは吐き出すべきものだという頑固とした認識があって、それ以外は到底考えられないことだった。
しかし夾は何の躊躇もなく飲み込んだように…見える。
呆気に取られ、呆然として。
璇は「…はは」と乾いた笑いをこぼすと、夾の濡れた唇を指で拭いながら言った。
「まさかそんなことするなんてな…俺はそんなこと、教えた覚えないぞ」
散々咽たせいで若干涙目になっている夾。
璇にはそんな潤んだ瞳をした夾の姿が愛らしく可愛く思えてならず、口づけがしたくなってきてそっと唇を寄せていった。
もちろん拒まれるはずがないだろう。
だが、夾は璇の口元を手で覆って止めると「すみません、今はちょっと」とこともあろうに少し身を後ろに引いたのだった。
「まだ口をゆすいでいないので。それはまた後でにしてください」
「…俺は気にしないけど?俺だってそれがどんなものか知ってるし」
「いえ、俺が気にするんです」
そう言って夾は浴槽から上がろうとする。
璇にはまったくわけが分からなかった。
白濁は飲み込むくせに そのままの口では口づけはしたくないという夾の考えの基準は、一体どこにあるのだろうか?
璇としても味わうことになるのは自分の白濁だと理解しているため、思うところがないわけではないのだが、しかし飲むのとはわけが違うのでこれに関してはそこまで抵抗はなく、むしろ『口づけをしたい』という今のこの感情の方を大切にしたいのだ。
分かりそうで分からない夾のこと。
璇は夾の頬を両手で包み込み、まじまじと瞳を見つめながら困ったように笑った。
「本っ当に、韶の諸々の判断基準がどこにあるんだか俺にはさっぱり分からないよ」
璇は目を瞬かせる夾の額にそっと口づけた。
ーーーーー
もうだいぶ夜も更けた。
時刻も真夜中過ぎになっている。
体を綺麗にし終えてから寝台に戻ってくると途端に疲れがどっと押し寄せてきて、2人は向かい合って横になり、寝具に包まれながらウトウトと微睡みつつ言葉を交わす。
なんとなくこの夜を終えてしまうことが惜しいようで、細々と言葉を紡いでいるのだ。
「外…いつの間にあんな大雨に、なってたんですね」
「…そうだな」
「日中はよく晴れてたのに、いつの間に…」
「でも雨が降ってよかったな」
「?」
「おまえの色っぽい姿、月にも見せたくない」
璇の吐いた台詞に夾が「璇さんって…そういうことも言うんですね」と呟くと、璇も「俺も何でこんなこと言ったのかよく分からないな…」と呟きで返す。
「…なぁ、韶」
「はい」
「今度もし良かったら…なんだけどさ。俺、韶のご両親のところへ挨拶しに行きたいんだ…行ってもいいか?」
夾の両親には謝らないといけないこともあるから、と言う璇に、夾は「ありがとうございます…両親もきっと喜んでくれます」と微笑む。
「でもそうしたら、俺も璇さんのご両親にご挨拶を…璇さんのご両親の墓碑はどこの地域にあるんですか?同じ酪農地域ですか」
「うん…?いや、俺の両親は今も元気にしてるよ」
「えっ?でも前に…両親はいなくておじい様に育てられたようなものだと、聞いたような気が…」
「いや、その通りなんだけど。俺の父親と母親は…まぁ自由な人でさ、俺が13歳になったくらいのときに『農業地域でやりたいことがある』って言って2人で農業地域に行っちゃったんだ。当時俺と兄さんもついていくかどうかって話になったけど、中央広場に近い方がなにかと便利だろって思ったし、なによりめんどくさがりだったから…両親にくっついてってまで暮らしを変えることはないなと思ってそのまま酪農地域にいることにしたんだ。こっちのほうが親戚も多いし。両親がいるのは農業地域でもちょっと奥の方だから」
「そ、そうだったんですか…すみません、俺はてっきり…その…」
「あはは、いいって。そんな気にするなよ」
申し訳なさそうにしょげる夾を見て、璇は「…実はさ」と続けて話した。
「俺の両親が農業地域でやりたかったことってのが、母さんの叔父さん夫婦がやってた畑と醸造所の手伝い、引継ぎだったんだ。小さなところだけど葡萄を栽培して…それでそれを酒にしてる」
「葡萄を?」
「…韶が気に入ってるあの葡萄酒。あれ、俺の両親が作ったやつなんだよ」
「父さん達が作った葡萄酒はクセがなくて呑みやすいんだ、 白いのは特に。だから韶が俺に告白をしてくれたあの秋の儀礼の日、酒を勧めるならあれがいいと思ったんだけど…でもやっぱり1番は俺の両親が作ったやつを韶に呑んでみてほしいってのが頭のどっかにあったのかもしれないな」
璇が秋の儀礼の日に、普段 酒を呑まない夾のためにと選んで勧めた白の葡萄酒。
それは今では夾のお気に入りとなっていて、相変わらず酒自体あまり飲まない彼でもその1本だけは好むようになっているほどだ。
それは璇の両親が手掛けたもので…。
自分の好んでいた酒が恋人の両親によって作られたものであると知った夾は「あの美味しいお酒は…璇さんのご両親の…」と少し恥ずかしそうにしながら呟く。
「…いつか直接お伝えしたいです、璇さんのご両親に。お2人が造る葡萄酒が…俺の1番好きなお酒なんだってことを…」
「あぁ…父さんと母さんが喜ぶよ。っていうか今度俺が韶を連れてってやる、農業地域の…父さん達がいる醸造所に」
「はい…ぜひ……」
もう、瞼を開けていることすら大変になってきた2人。
夾はとろりとした目になりながら、寝具の中で少し伸び上がって璇の額に口づけると、璇のことをそっと胸に抱き寄せた。
ちょうど夾の胸元に頬を寄せる格好になった璇が「こういうのは…年上の俺がやるべきことなんじゃないのか……」とぼやくと、夾はどこか嬉しそうな声で「…嫌ですか?」と訊ねてくる。
璇は誰かにこんな風にされたのは初めてのことだった。
しかし不思議と気まずさや恥ずかしさといったものはなく、むしろ嬉しさや安心感で胸がいっぱいになっている。
「いや…そうじゃない……」と小さく首を横に振ると、彼は離れることがないようにと夾を抱きしめる力を強くして言った。
「むしろなんていうか…すごく…いいな……」
少し勢いが落ち着いた雨のしとしと という音が聞こえる真夜中のこと。
『おやすみ』と言い合ってきちんと1日の終わりに区切りをつけることすら惜しいようで黙り込んでしまった2人は、そうしていつの間にか気づかぬうちに眠りに落ちていったのだった。
強く吹いた風がたてたガタガタという窓の音によって、璇は寝台の上で目を覚ました。
「ん………」
身じろぎをすると胸元に何やら温かなものが感じられる。
眉根を寄せながら薄目を開けて見てみると、それは夾の肩と背中だった。
どうやらひとしきり やりたい放題をした結果、夾を後ろから抱いた何回目かのを最後に抱きしめたその状態のまま眠りこけてしまっていたらしい。
夾も眠ってしまっているようで静かな寝息がかすかに聞こえてきている。
…そう長く眠ってしまっていたわけではないのだろう。
時刻はまだまだ真夜中だ。
「………」
ぼんやりとしながら夾の後ろ髪を見つめていたことで、璇はようやく外が大雨になっていることに気がついた。
風の勢いも強く、雨粒は絶えず窓に激しく打ち付けられている。
(…なんか韶に被せてやらないと、風邪を引くかもしれないな。俺は軽く湯でも浴びてくるか…)
全身粘液などに塗れてひどい有様になっている璇はそんなことを思いながら、自分と同じく真っ裸で横たわっている夾のために浴布などの掛けられるものを探そうとした。
しかしこともあろうに彼の下半身のモノはまだ夾の中に挿入されたままになっていて、身動きができない。
このまま抜いてはきっと夾は目を覚ましてしまうだろうが…しかしずっと挿れたままでいるほうが夾の体にとって大きな負担となるはずなので、璇は慎重に、ゆっくりと腰を後ろに引いて夾の体内から抜け出すことを試みた。
「んっ…」
ほんの少し動いただけだったのだが、やはり夾は目を覚ましてしまい、小さな唸り声を上げる。
「わるいな…大丈夫か?」
「ん……すみません、俺…いつの間にか…」
「いや、俺もだよ。今しがた目が覚めたんだ」
事後の気だるさに包まれながら細々と言葉を交わした璇と夾。
それから璇は「はぁ…ちょっと少しだけ我慢してくれ」と声をかけると、ゆっくりと腰を引いて夾の中から完全に自分自身を抜き去った。
きっと夾の尻の肉を左右に押し拡げて見てみればその真ん中にある秘部は柔らかく拡がって少し口を開けたままになっているだろうが、璇はそれを確かめることはせず仰向けに寝転がって息をつく。
夾の体内で感じた熱さをさらに際立たせるように、外気を感じてやけにひんやりとする彼の陰部。
璇に背を向けて横たわっていた夾は寝返りを打って璇の方へと体を向けると、肩のところに額をくっつけるようにして体を密着させてきた。
まるで猫が愛する飼い主の下へ擦り寄るかのように、おずおずと、恥ずかしそうにもしながら。
(あ、こいつ…可愛すぎる)
素肌に感じる夾の額の温かさや呼吸の動きにぎゅっと心を掴まれた璇は、夾をしっかりと抱き寄せ、何度も頬や目元や額に口づける。
「体…どっか痛くないか?」
「いえ、大丈夫です、特には…」
「そうか、それならよかった」
「はぁ…そろそろ湯を浴びたほうがいいな。薬草だけじゃない いろんなので体がベトベトしてるだろ?」
「そう…ですね」
「ナカはそんなに洗わなくてもいいと思うから、とりあえず体を流して…それから湯が沁みなければ浴槽でしばらく温まるのがいい」
「…ナカも洗うもの、なんですか」
「あぁ、いや、まぁ…な。中に出したのを放っておくと腹が痛くなるらしいから。けど今夜は一度も直接中には出してないからそこまで気にしなくていいんじゃないか…」
そんなやりとりをしつつ名残惜しさを滲ませながら璇が寝台を降りようとすると、夾は一緒になって降りようとしながら「あっ、あの璇さんも」と慌てて起き上がった。
「一緒に湯を…浴びませんか」
「無理にとは言わないんですけど…でももう夜も遅いですし…」
夾のその眼差しは璇に可否を問うているというよりも『一緒に湯を浴びたい』と訴えているかのようだ。
今夜、夾の挙動や言葉やその他どんな些細なこと一つにも甘く弱くなってしまっている璇は、そんな夾に「あぁ、分かった」と頷いて応えると、もう一度額に口づけて寝台の上に散らばっていた寝間着を集め始める。
「一緒に湯を浴びようか、韶」
「…けど俺は先にここを何とかしてから行くよ。見ろ、この寝台を。散らかり放題だ。このめちゃくちゃになった浴布とかを片付けたら俺も浴室に行くから、韶は先に湯で体を温めてろ」
璇が共に湯浴みをすることを約束すると、夾は少しはにかんだような表情で頷いたのだった。
ーーーーー
散々やりたい放題をしたにもかかわらず、彼らの寝台の上は敷かれていた浴布を除けばなかなかに綺麗な状態を保っている。
それもそのはずだ。璇は自分や夾の放った白濁は散らばったそばから薄紙で拭って必要以上に塗り拡げないようにしていたのだから。
そのため片付けといっても璇のやることといえば薬草の器やくしゃくしゃに丸まったいくつもの薄紙の始末をするくらいなものだった。
寝台の敷き具は所々くしゃくしゃとシワになってはいるが、まぁ、そういった意味では汚れていないのでそのまま眠ることだってできるだろう。
夾が嫌がるようなら後で変えてもいいし、と思いながら璇は汚れた浴布を洗い場にある洗い樽の中に放り込み、洗い粉と一緒に入れて水に浸すと、自らも湯を浴びるべく浴室へと向かった。
脱衣所にはすでに夾によって湯上がりに使う新しい浴布などが用意されていて、璇も羽織っていた寝間着を脱ぐと、浴室へと続く引き戸に手をかける。
実は2人できちんと一緒に湯を浴びるというのはこれが初めてのことだ。
少し躊躇いながらも湯の流れる音が聴こえてくる浴室の中に向かって入ってもいいかと声をかけると、夾からもちろん、というような答えが返ってきた。
夾はちょうど体を終えたところだったらしい。
頭から湯を被り、濡れそぼった前髪を掻き上げながら浴室の戸の方を振り向いた夾はちょうど璇が入ってきたところを真正面から目撃してしまい、ぱっと目を逸らすと、そそくさと立ち上がって浴槽の方へと向かった。
「後ろの方は大丈夫か?湯、沁みないか?」
璇が訊ねると夾は「…大丈夫、です」とだけ答えて湯の中に体を沈める。
ここの湯は温泉を引いたものだそうだが、たしかその効能は擦り傷や打ち身、筋肉の痛みなどだったはずだ。
まさにうってつけの効能であることに都合の良さを感じながら、璇は汗ばんだ体を流して十分に泡立てた洗い粉を体のあちこちに浸けて軽く擦りだした。
「……」
黙々と体を洗う璇。
…人の感覚とは全く不思議なもので、ただ《なんとなく》何かをひしひしと感じることがあるだろう。
まさにこの瞬間、璇はそれを感じていた。
横の方から、たしかにちらちらと…視線が向けられている、と。
(なんか…すごく見られてる、よな?)
浴槽で湯に浸かっている夾からの視線はなかなかあからさまなもので、ついに無視しきれなくなった璇が「…何をそんなに見てるんだ?」と小さく笑いながら訊ねると、「い、いえ、そんな…俺はなにも…」という慌てたような声と共にザバザバと湯が浴槽から流れ落ちる音が聴こえてくる。
「別に俺は何も…見てませんよ」
「嘘つけ。視線を感じたけど?」
「っ…その…それは…」
壁に反響して聴こえてくる声の様子からして夾は洗い場の方に背を向けてしまったらしい。
体を洗い終えた璇が湯船につかろうとその中へ足を入れると、夾は縮こまってさらに端っこの方へと行ってしまう。
「別に見たいなら見ればいいよ、今更だろ?まぁ、見たところでそんなに面白いものでもないと思うけど」
大人2人、3人で入っても余裕であろうという大きさの浴槽であるにもかかわらず端っこの方にいる夾の背中にそう声をかけると、夾はやや間を置いてからゆっくりと体の向きを変えて璇の方に向き直った。
璇にとっては夾のその反応はとても不思議なものだった。
寝台であんなにも大胆になって求め合った後だというのに、いまだにこうして裸を真正面から見るのを恥じらうなんて。
元来 璇はあまり自分の体を見せることに対して躊躇いがないというか、自分よりもあちこちの筋肉の形がはっきりとして引き締まっている夾に見せるには多少年上の男として思うところがないわけではないにせよ、しかしもう体を重ねてしまった以上これ以外に隠し立てするものもないという思いが強いので、特に恥じらう気持ちなどはないのだ。
しかし夾は真正面から体を見ることも、見られることにもまだほんの少しだけ抵抗があるようだ。
体を隠すことなく浴槽に浸かってのんびりと過ごす璇と、端で縮こまっている夾。
その対極さに璇は思わず笑みをこぼす。
「いや…俺よりも男らしい体つきをしてるんだから、韶はそんなに恥ずかしがることないだろ?どっちかというと俺の方が隠したがる側な気がするのにな、なんで俺達はそれが逆なんだ?あははっ…」
考えれば考えるほど面白いような気がして、璇は雫が滴り落ちる髪を手櫛で大雑把に掻き上げながら軽やかに笑う。
湯がさざ波を立て、湯に浸かっていない胸の肌のところを絶妙にくすぐっている。
すると夾は「そんなことないですよ、璇さんだって、十分、その…」と眉をひそめて言った。
「なんて言ったらいいのか、その…すごくかっこいい、です…」
「はは、そうか?それは相当な褒め言葉だな。お世辞でも嬉しいよ」
「そんな…!お世辞なんかじゃありません、本当に素敵です、素敵なんです」
あはは、と軽くあしらう璇に夾はつつっと近寄って「ご自分では分からないんでしょうけど、でも本当なんです」と真剣な表情で言う。
「だって璇さん、特別鍛えているわけではないんでしょう?それなのにこんなに…俺はそれなりに努力してるのにこれ以上にはならないんです。きっと璇さんが本気で鍛えようとしたら俺なんかちっぽけな感じになるに決まってます」
「そうか?」
「そうですよ!だってほら、触れただけで分かりますもん、これが筋肉の質の違いっていうものなんでしょうかね?璇さんの腕は実際は見るよりも靭やかな力強さがあって、すごく本当に綺麗な…」
熱心に語りだした夾が可愛らしく思えて無意識のうちにその頬に触れようと手を伸ばした璇だったが、夾はその手や腕が自らの頬に届く前に止めると、擦るように触れながら「やっぱり俺のとは何かが違うんですよね…」などと感心したように口にする。
腕から伝わるさわさわとした感覚や、夢中になって称賛の言葉を探している夾の表情に、璇はたちまち体がむずむずとしてきた。
彼はまだ盛りを過ぎたというには早い歳であり、元から血気盛んということもあって回復も早いのだろう。
しばらく夢中になって話していた夾もそんな璇の様子に気付き、ふと言葉を切って黙ってしまった。
水滴が落ちる音がどこからか響いてくる。
また緊張したようになってしまった夾を見て、璇は笑い出しそうになるのを堪えながら「いや、そんなに身構えなくていいよ、韶」と声をかけた。
「もう疲れたろ?今夜はもうとって食おうとしたりしないから心配するな。それより体の方はどうだ、痛みのある所は?」
気遣うその言葉にフルフルと首を横に振って応える夾。
璇は『腰とかは湯の中で温めながら揉みほぐすと良くなるから』と教えるが、夾は何かを考えているようであまり反応を示さない。
彼が何を考えているかはなんとなく察しがついていた璇はそのために『今夜はもうしない』ときちんと明言したのだが…
「…璇さん、あの」
「うん?」
「その縁に、座ってください」
夾はなんと璇に浴槽の縁に腰かけるようにと言いだした。
「いや、気にするなって。放っとけばいいから」
「璇さん」
「お、おまえ…さっきまで散々恥ずかしがってたってのに何しようとしてんだ?本当におまえはさっき端っこのほうで縮こまってた韶と同じ韶なのか?どういうことなんだよ」
「いいですから」
「お、おい…!」
まったく訳が分からないまま、璇は半ば強引に夾によって浴槽の縁に座らせられる。
ちょうど湯に浸かったままの夾の目線のところに璇の足の間があるという格好になった璇。
そこにあるものは先ほどのあのむずむずとした感覚とこの突如巻き起こった状況に反応してまた少し上向いているようだ。
「……」
それをまじまじと見つめてから、夾はちらりと璇を見上げるようにして視線を寄越し、そしてもったいぶるような動きで口を開く。
璇はあえてそれを止めなかった。
戸惑ったのはほんの最初だけで、すでにこの瞬間には彼の胸には期待感が溢れていたからだ。
「おい…のぼせるだろ」
璇がそう言いながら髪を撫でると、夾は一度だけ瞬きをしてからそのままゆっくりと璇のものを口内に呑み込んでいった。
浮き上がっている血管をなぞる湯とは違う温度と質感をした柔らかな舌。
咥えているものを放すまいとするかのようにすぼまっている唇。
ひざまずいていることで必然的に上目遣いになっているその瞳。
(あぁ…これは堪らないな)
璇はさらに大きく脚を広げて股の間に空間を空けながら、夾の髪や頬を撫でつつ、まさに今自らの肉棒へと行われている奉仕の内容に意識を集中させた。
口での愛撫の仕方はまだ数回しか教えていないのだが、しかし夾は器用というか物覚えが良いというか、要領が良いというのか…とにかく何でも教えたことはすぐにものにしてしまうらしく、技術は当初と比べて格段に向上している。
しかも璇が教えたのは基本的に『自分だったらこうされると弱い』というようなことばかりなのだ。
つまり夾が覚えたそのやり方はそっくりそのまま璇の好みの舌遣いなどであり、たちまち深い快感をもたらしてさらなる勃起を促してしまう。
他にも、夾の反応がいいところを執拗についたやり方も璇にとってたまらない刺激をもたらしていった。
先端で頬の内側を擦るようにしながら、頬の肉越しに手で肉棒に触れたり。
奥深くまで咥えたまま、低く唸ってみたり。
歯を当てないように注意しながら、ゆっくりと上あごの固いところを滑らせてみたり…
「ほんとに…すっかりこういうことをするのも…っ、上手くなったな」
璇が言うと、夾は咥えているものをさらに奥へと滑らせていく。
上あごの硬い骨のところを過ぎてふと柔らかいところに先端が押し込まれたとき、璇は思わず腰をビクつかせて夾の口内を突いた。
上あごの固いところをしきりに擦られるのもなかなかのものだったが、そこを少し奥へ行ったところにあるその柔らかい部分というのはよりいっそう粘膜のヌルヌルとしたものがまとわりついてくるような感覚がして、特に堪らない。
さらに璇自身は『あまり相手が苦しがるようなやり方は好きではない』とは思っていても、やはり苦しいのを抑え込みながら多少無理をしてでも必死になって自分のものを口で扱っているその様を見ていると強烈に支配欲を掻き立てられるというか、興奮せずにはいられないものなのだ。
腰を動かして乱暴に突いてしまいたいという欲を抑えるべく、浴槽の縁に手をつき、頭を後ろにそらせながらひたすら断続的に押し寄せてくる快感を受け止める璇。
咥えている肉棒からトロリとしたものが若干溢れてきたのを感じた夾は、それを舐め取るように舌を動かし、そしてさらに頭を早く動かして刺激を強めていった。
喉奥まで挿入れ過ぎると、夾はにわかに苦しくなって『うぐっ』と唸る。
生理的な反応によってきつく閉まった喉奥は意図しての動き以上に淫らな刺激をもたらし、いよいよ璇も体の奥底から込み上げてくるものを堪えきれなくなると悟って「韶。やめろ、もういい」と途切れ途切れに口にした。
「離せ、もういい…おい、離せって、韶」
「韶、おまえっ…離せ、離せって言ってるだろ」
「おいっ!聞けよ!」
だが夾はそんな璇にかまわず、口を離すことはおろか動きを緩めることさえしない。
夾を突き放すこともできない璇はもはや苦行のようにギリギリのところまで射精感を耐え忍ぶしかなかった。
耐え忍んだところでどうしようもないということは分かりきっているのだが、それでも璇には譲れない何かがあるかのようだ。
すると夾は璇の手を握り、かたくなに射精を拒んでいる璇のことを促すようにまたさらに刺激を強めてきた。
これ以上彼には堪えることなどできなかった。
ほとんど虚ろに「あぁ…でる、でる…」と繰り返した璇は、それからまもなく夾に咥えられたまま、その喉奥に向かってびゅっびゅと白濁を吐き出したのだった。
下腹部に鼻先がつくほど璇のものを深く咥え込んでいた夾はあまりの苦しさにそのままの状態で咳き込み、すべての白濁が放たれ終えた後に肉棒の中に残っているものまで吸い出すようにしてから口を離した後も、横を向いて口元を押さえながら何度も咳き込んだ。
「はぁっ…韶……韶?」
「韶、大丈夫か?」
何度も咽ているのが心配になってそう声をかけると、なんとかといった様子で夾は呼吸を整えながら小さく頷いて応える。
よほど苦しかったに違いないと申し訳なく思いながら「それは早く吐き出した方が良いから」と彼の口元に手を添える璇。
「ここに吐いてもいいし、嫌なら洗い場に出て…」
「……」
「韶?」
だが夾は黙ったままうんともすんとも言わなかった。
何も言わずにじっと黙って、ただ黙って。
そして次に口を開いたときに彼は「…もう大丈夫です」とだけ言った。
「お気遣いありがとうございます、もう大丈夫ですから」
「な、なにがだ?」
「…?」
「なにが『もう大丈夫』なんだ?」
「……?」
「「?」」
互いに『?』を浮かべて顔を見合わせる2人。
夾がもう大丈夫だと言ったのは…咽ていたのが『もう大丈夫になった』ということなのか、それとも口内に放たれた白濁の処理に関してが『もう大丈夫になった』ということなのか。
ぱちぱちと瞬きをして璇は考えたのだが、それ以前に大きな疑問があることに気付く。
(いや、ちょっと待て。口の中にあるはずの白濁はどこ行ったんだ?)と。
吐き出した様子もないのに、彼は普通に話すことができているではないか。
まさか、と思った璇は「お、おまえっ…の、飲んだんじゃないだろうな!?」と驚きのあまり声を上げた。
「飲んだわけないよな?あんなの飲むもんじゃないだろ、吐き出せよ!」
「…なにもそこまで言わなくても」
「はっ…な、なんだと…!?」
うろたえる璇に夾は平然と「別にいいじゃないですか、俺がそうしたくてしたんですから」と言い放つ。
「俺はただもったいないと思った、というか…とにかくこうしたかったんです。何か害があるわけでもないんでしょう?」
璇のあまりにも仰天した様子に、夾は「璇さんがもう2度とするなと言うならそうしますけど…」と少し口を尖らせた。
はっきり言って、白濁などはけっしていい味のものではない。
そもそも本来食品ではないのだから飲み込むなどということはできなくて当然なのだ。
特に璇はたとえそれが誰のものであったとしてもどうにも拒否感が強く、それは吐き出すべきものだという頑固とした認識があって、それ以外は到底考えられないことだった。
しかし夾は何の躊躇もなく飲み込んだように…見える。
呆気に取られ、呆然として。
璇は「…はは」と乾いた笑いをこぼすと、夾の濡れた唇を指で拭いながら言った。
「まさかそんなことするなんてな…俺はそんなこと、教えた覚えないぞ」
散々咽たせいで若干涙目になっている夾。
璇にはそんな潤んだ瞳をした夾の姿が愛らしく可愛く思えてならず、口づけがしたくなってきてそっと唇を寄せていった。
もちろん拒まれるはずがないだろう。
だが、夾は璇の口元を手で覆って止めると「すみません、今はちょっと」とこともあろうに少し身を後ろに引いたのだった。
「まだ口をゆすいでいないので。それはまた後でにしてください」
「…俺は気にしないけど?俺だってそれがどんなものか知ってるし」
「いえ、俺が気にするんです」
そう言って夾は浴槽から上がろうとする。
璇にはまったくわけが分からなかった。
白濁は飲み込むくせに そのままの口では口づけはしたくないという夾の考えの基準は、一体どこにあるのだろうか?
璇としても味わうことになるのは自分の白濁だと理解しているため、思うところがないわけではないのだが、しかし飲むのとはわけが違うのでこれに関してはそこまで抵抗はなく、むしろ『口づけをしたい』という今のこの感情の方を大切にしたいのだ。
分かりそうで分からない夾のこと。
璇は夾の頬を両手で包み込み、まじまじと瞳を見つめながら困ったように笑った。
「本っ当に、韶の諸々の判断基準がどこにあるんだか俺にはさっぱり分からないよ」
璇は目を瞬かせる夾の額にそっと口づけた。
ーーーーー
もうだいぶ夜も更けた。
時刻も真夜中過ぎになっている。
体を綺麗にし終えてから寝台に戻ってくると途端に疲れがどっと押し寄せてきて、2人は向かい合って横になり、寝具に包まれながらウトウトと微睡みつつ言葉を交わす。
なんとなくこの夜を終えてしまうことが惜しいようで、細々と言葉を紡いでいるのだ。
「外…いつの間にあんな大雨に、なってたんですね」
「…そうだな」
「日中はよく晴れてたのに、いつの間に…」
「でも雨が降ってよかったな」
「?」
「おまえの色っぽい姿、月にも見せたくない」
璇の吐いた台詞に夾が「璇さんって…そういうことも言うんですね」と呟くと、璇も「俺も何でこんなこと言ったのかよく分からないな…」と呟きで返す。
「…なぁ、韶」
「はい」
「今度もし良かったら…なんだけどさ。俺、韶のご両親のところへ挨拶しに行きたいんだ…行ってもいいか?」
夾の両親には謝らないといけないこともあるから、と言う璇に、夾は「ありがとうございます…両親もきっと喜んでくれます」と微笑む。
「でもそうしたら、俺も璇さんのご両親にご挨拶を…璇さんのご両親の墓碑はどこの地域にあるんですか?同じ酪農地域ですか」
「うん…?いや、俺の両親は今も元気にしてるよ」
「えっ?でも前に…両親はいなくておじい様に育てられたようなものだと、聞いたような気が…」
「いや、その通りなんだけど。俺の父親と母親は…まぁ自由な人でさ、俺が13歳になったくらいのときに『農業地域でやりたいことがある』って言って2人で農業地域に行っちゃったんだ。当時俺と兄さんもついていくかどうかって話になったけど、中央広場に近い方がなにかと便利だろって思ったし、なによりめんどくさがりだったから…両親にくっついてってまで暮らしを変えることはないなと思ってそのまま酪農地域にいることにしたんだ。こっちのほうが親戚も多いし。両親がいるのは農業地域でもちょっと奥の方だから」
「そ、そうだったんですか…すみません、俺はてっきり…その…」
「あはは、いいって。そんな気にするなよ」
申し訳なさそうにしょげる夾を見て、璇は「…実はさ」と続けて話した。
「俺の両親が農業地域でやりたかったことってのが、母さんの叔父さん夫婦がやってた畑と醸造所の手伝い、引継ぎだったんだ。小さなところだけど葡萄を栽培して…それでそれを酒にしてる」
「葡萄を?」
「…韶が気に入ってるあの葡萄酒。あれ、俺の両親が作ったやつなんだよ」
「父さん達が作った葡萄酒はクセがなくて呑みやすいんだ、 白いのは特に。だから韶が俺に告白をしてくれたあの秋の儀礼の日、酒を勧めるならあれがいいと思ったんだけど…でもやっぱり1番は俺の両親が作ったやつを韶に呑んでみてほしいってのが頭のどっかにあったのかもしれないな」
璇が秋の儀礼の日に、普段 酒を呑まない夾のためにと選んで勧めた白の葡萄酒。
それは今では夾のお気に入りとなっていて、相変わらず酒自体あまり飲まない彼でもその1本だけは好むようになっているほどだ。
それは璇の両親が手掛けたもので…。
自分の好んでいた酒が恋人の両親によって作られたものであると知った夾は「あの美味しいお酒は…璇さんのご両親の…」と少し恥ずかしそうにしながら呟く。
「…いつか直接お伝えしたいです、璇さんのご両親に。お2人が造る葡萄酒が…俺の1番好きなお酒なんだってことを…」
「あぁ…父さんと母さんが喜ぶよ。っていうか今度俺が韶を連れてってやる、農業地域の…父さん達がいる醸造所に」
「はい…ぜひ……」
もう、瞼を開けていることすら大変になってきた2人。
夾はとろりとした目になりながら、寝具の中で少し伸び上がって璇の額に口づけると、璇のことをそっと胸に抱き寄せた。
ちょうど夾の胸元に頬を寄せる格好になった璇が「こういうのは…年上の俺がやるべきことなんじゃないのか……」とぼやくと、夾はどこか嬉しそうな声で「…嫌ですか?」と訊ねてくる。
璇は誰かにこんな風にされたのは初めてのことだった。
しかし不思議と気まずさや恥ずかしさといったものはなく、むしろ嬉しさや安心感で胸がいっぱいになっている。
「いや…そうじゃない……」と小さく首を横に振ると、彼は離れることがないようにと夾を抱きしめる力を強くして言った。
「むしろなんていうか…すごく…いいな……」
少し勢いが落ち着いた雨のしとしと という音が聞こえる真夜中のこと。
『おやすみ』と言い合ってきちんと1日の終わりに区切りをつけることすら惜しいようで黙り込んでしまった2人は、そうしていつの間にか気づかぬうちに眠りに落ちていったのだった。
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