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二年目の夏の話

二 現恋人と、元セックスフレンド

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 午前九時。
 商店街の奥には小さな神社があり、そこで夏祭りがおこなわれる。縁日が出る。人通りが多くなり、商店街も屋台を出して活気づく。
 よぞらはメインの場所とは外れているが、駅にもっとも近いので、最初に客を出迎える店のひとつだ。日頃から人気店なので、毎年それなりに数が出る。
 屋台は午前十時ごろ開始だ。昨晩のうちに準備しておいた下味をつけた鶏肉を冷蔵庫から出し、屋台の裏のフライヤーを準備していると、二階から恭介がおりてきて、店に顔を出した。昨晩、二階に泊まらせたのだ。

「あ、おはよう。えーっと、恭介くん」
「恭介でいいです。先輩」
「俺のこともレンでいいですよ」
「レンさん。おれ、何か手伝います」
「ほんと? じゃあお願いします。あ、冷蔵庫に昨日の冷や汁あるから、朝飯に食べて。ごはんは冷凍庫にあるからレンジで――」

 と、そのとき、店の引き戸がゆっくりと開いた。誰か来たらしい。開店前だが、シャッターをあげて鍵を開けてある。
 レンは顔をあげる。

「あ、ルイスさん」

 ルイスだった。朝一で連絡があって、今どこにいるか訊ねられたので、レンは店にいると答えてあった。まさか来るとは。

「おはようございます」
「おはよう、レン」

 ルイスは涼しそうなブルーの薄手のスーツだ。ストライプの薄灰のシャツ。クールビズらしく、ネクタイをしていない。ジャケットを片手にさげている。腕まくりまでしている。荷物はビジネス用のリュックだ。
 太陽がのぼりきった今、午前中でも、外はすでに暑い。ルイスは、汗が滲むのを、扇子であおいで凌いでいる。それでも間に合わないので、時々ハンカチで拭く。
 後ろ手に引き戸を閉める。室内は冷房がきいて涼しい。
 店内が意外と涼しいため、ルイスは安堵した。日本の夏は蒸し風呂だ。

「忙しい時間に、急にすみません。帰国した足で、様子を見に来ただけです。すぐ行きます。今日、夏祭りなんですね」
「はい。毎年この時期。ルイスさん、海外に行ってたんですか。日本にいらっしゃると思ってました」
「台北に三日だけ。そちらは?」

 ルイスは恭介の姿を見て、レンに訊ねる。恭介が答えた。

「高木です。高木恭介。アーヴィンさん、ですよね」
「そうです。どこかで?」
「いえ、ホテルでお見かけしたことがあって……」
「あ、ルイスさん。恭介は、あのホテルの元従業員なんですよ」
「ああ。なるほど」

 とルイスは言った。
 あのホテルは駅直結でアクセスがいいので、会議室代わりに昔から利用している。
 もしかしたらレンともすれ違ったことがあるのかもしれないとルイスは思う。だとしたら、もったいないことをした。

「実は橋谷さんに――」

 レンが説明しようとしたときだ。ルイスの背後で、引き戸がふたたび開いた。

「レーン、いるー?」

 顔を覗かせたのは、クリーニング店の次男だ。
 本日、クリーニング店も射的の屋台を出している。淳弥は親が現役で、しかも次男なので、クリーニング店を継がない。大学を卒業してサラリーマンをしている。しかし、地域のイベントごとの際は駆り出されている。
 現恋人と、友達兼元セックスフレンドである。この組み合わせは……、とレンは内心穏やかではない。
 ルイスは横に退きつつ振り返り、淳弥を一瞥する。
 レンは、できるだけ焦りを出さないように、朗らかに言う。

「おはよ。どうした?」
「土日の商店街の割引チケットのスタンプ。まだもらってないなら二つ分もらってくるけど」

 と言いながら、淳弥はルイスを見る。

「あ、いや、いいよ。昨日、会長さんがわざわざ持ってきてくれて、持ってる」
「そっか」

 淳弥は名乗っていないものの、ルイスはなんとなく察している。とても複雑そうな表情をしている。その顔を見て、クリスティナと似ているとレンは思う。やはり親戚なだけはある。
 淳弥はルイスの姿を上から下まで舐めるように眺めたあと、唐突に言った。

「……あんたって、レンの何?」

 レンは驚く。こんなことを言う人間じゃないのに、と思う。慌てて止める。

「ちょっと待って、淳弥」

 だがルイスは挑発に乗る。

「そういう君は?」
「幼馴染で、親友」

 と答えたせいで、ルイスは理解する。幼馴染で、親友、そしてレンの初体験の相手だ。
 ルイスは微笑んだ。だが目は笑っていない。
 これ以上はやめてほしい、とレンは思う。
 傷心の恭介もいるのに、こんな朝っぱらから職場でする話じゃない。時間も迫っている。忙しい。

「なあ、レン。大丈夫なわけ?」

 淳弥の嘆きのような質問に答えたのはルイスだった。

「大丈夫って、何がですか?」
「大企業の社長さん。なんでレンに近づくの? レンと関わりなんてある? ただの客と店主じゃないよね。あんたとレンって不釣り合いなんだよ。なんかウラでもあるの? 俺、レンのこと、心配してるんだけど」

 ウラなどというものはない。邪推だ。接点が少ないからこそ積極的に近づいて関わっている。ルイスはレンとの恋愛に対して恐ろしく前向きなのである。
 レンは受け身だ。恋愛事に消極的である。だがルイスのことが好きだと思っている。
 お互いに、ただ好きというだけで付き合っている。
 だが、淳弥の弁に、レンは内心、それもそうだなと少し納得してしまう。
 ルイスの立場を考えると、レンの存在はかなり際どい。客観的に見たら、もっと相応しい人がいるとレンはいつも思うし、レンの存在が詳らかになったとき、誰に何を言われるかと思うと怖い。
 だが、ルイスはどのみち男性しか選ばない。そうすると、『客観的にみて相応しい人間』という曖昧模糊とした存在は、彼とはパートナーにならない。
 ルイスは交際相手に困ることはない。選り取り見取りだ。ちょっとしたことをきっかけに、たまたま道端でばったり出会った男とうっかり付き合うこともある。それがレンだったということだ。
 ルイスとの交際を続けるうちに、レンはそう思うようになった。
 ルイスは言った。

「二十六歳にもなった成人男性の、いったい何がそんなに心配なんですか」
「年齢関係ある? 友達だから」
「それは結構。ですが、レンの人生はレンのものですから。ただの友達が心配しても何も変わりませんよ」

 ルイスは笑顔を作ることすらできなくなりつつある。いつもならば表面を取り繕うことくらいはするが、もともと短気だ。レンはこの男とセックスしたことがあるのかと思うと、同じ空気を吸うのも我慢ならない。
 腕時計を見る。タイムリミットだ。レンと会えたものの嫌な気分になって悔しい。

「仕事があるので失礼します。レン、また連絡しますね」
「はい。いってらっしゃいませ」

 レンはそう言うのが精一杯だった。ルイスは淳弥の傍をすり抜けて店を出ていく。淳弥は引き留めず、青筋を立てている。レンは何も言えない。恭介は黙って朝食を食べている。
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