溺愛社長とおいしい夜食屋

みつきみつか

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二年目の冬の話

二 ビズ

 レンはルイスの会社の近くにやってきていた。
 ルイスが忘れ物をし、それが携帯電話だったので、これはどうしようかと考えていたら、秘書の男性から連絡があったためだ。店の忘れ物と同じ感覚で電話に出てしまい、少し失敗したと思っている。
 出掛ける準備はしていたので、すぐに自宅マンションを出た。徒歩で会社に向かったのである。
 午前十一時半。
 十二月半ばを過ぎ、年の瀬だからか、それとも一段と冷え込むからか、行き交う人々はどことなく早足である。
 ビジネス街の一角で、ルイスの会社を探す。目印だと教えてもらったコンビニを見つけて、隣のオフィスビルを見上げる。
 十五階建てかどうかは数えてみないとわからないが、十階以上はありそうだ。しかしながら、筆記体表記なので看板の会社名が読めない。情けなくて肩を落とす。
 間違っていたら謝ればいいやと思い、えいっと飛び込んだ。

「いらっしゃいませ」

 受付の女性二人が同時に立ち上がり、レンは緊張する。丁寧に挨拶をされる。やたら綺麗な人たちだし、きらびやかでなんだかおしゃれで、知らない世界だ。
 レンもホテル勤めをしていたことはあるが、表舞台と異なり、裏方は戦場で、厨房は度々怒号が飛ぶ場所だった。そして今は商店街にある定食屋の一人店長である。あらためて、ルイスとは住む世界が違うとレンは思う。

「失礼します。清水と申します。ルイスさんの携帯電話の件で、社長室秘書課の南さんにお取次ぎいただけますでしょうか」
「承知いたしました」

 受付の女性の一人が電話機を取って掛ける。そのとき、もう一人の女性がレンをまじまじと見て、「あ」と声をあげた。

「あれ? レンくん?」
「もしかして宮本さん?」

 レンも気づく。受付の女性のひとりが、中学校のときの同級生だ。学校のアイドル的存在で、綺麗な子だった。大人になっても美人だとレンは思う。受付嬢をしているのも納得がいく。まさかこんなところで同級生に会うとは思わなかったが。

「わあ、久しぶり。元気? 和食のお店してるんだったよね」
「元気元気。友達と来てくれたことあるよね。ここで働いてるんだ」
「うん。新卒でねー。レンくんってうちの社長と知り合いなの?」

 レンは、ルイスが本当にこの会社の社長なのだと、今更実感する。

「少しね」

 宮本は少し声を小さくした。

「そういえば淳弥から、うちの社長のことをしつこく聞かれたことがあるんだけど、何か関係ある感じ? レンくんと仲良かったよね」

 それを聞いて、レンは合点がいく。おそらく彼女が情報源だ。ルイスに婚約者がいるという件。
 ルイスには質問できないでいる。だが、何かの間違いだろうと思う。淳弥の言うことよりもルイスのことを信じると決めている。それが判断ミスだったとしても、信じた自分が悪いわけじゃない。

「さあ、どうだろ。最近、淳弥と連絡取ってないから……」

 と話していたら、奥のエレベーターからスーツの男性がおりてくる。目をやって、会釈する。
 眼鏡を掛けた、三十代くらいの細身の男性で、いかにも秘書だとレンは思った。あれが架電主の南だろう。挨拶をすると、ロビーにあるソファを促された。

「あ、いえ。携帯だけ置いたら出ます。ルイスさんにお渡しください」

 といって、ルイスの携帯電話を南に渡そうとする。

「どうぞ、お掛けください」

 南はルイスの携帯電話を受け取って、なお、レンにソファをすすめた。帰ろうとするレンと見合いになる。
 いったいなぜ帰れないのか、レンはわからない。何か質問でもされるのかと思うと恐ろしくて、早くこの場を離れたい。どこで携帯電話を見つけたのだとか、自分とルイスの関係だとか。
 だが、南の迫力に負けて、エレベーターを背にする形でソファに座らされる。
 南は向かい側に座った。エレベーターを見る方向だ。いかにも帰りたそうにそわそわしているこの青年を、社長がおりてくるまで引き留める必要がある。
 たしかに、引き留める必要がある、程度には帰りたがっている。
 清水何某。一重であっさりした顔立ちの、色白で痩せ型の二十代半ばの男性。背は百七十後半、全体的に線が細く、生命力が弱そうな雰囲気で、押しに弱い。
 南は人の顔や声を一度で覚えることができる。やはり初めて見る顔だ。このような平日の昼間にわざわざ携帯電話を置きに来ることができるという彼は、はたしてどういう仕事をしているのだろうかと南は観察する。
 手荒れや手の傷を見るに現業職だ。人差し指にタコがあり、手の甲に火傷の痕がある。爪を短く切り揃えている。汚れてはいない。調理関係か。
 とくに会話もせずに向かい合っていると、じきにエレベーターが開いて、人がおりてくる。ルイスの姿を見て、南は腰を浮かせた。
 近づいてきたルイスはソファに座る青年の肩に手を置き、身を屈めて、頬でわざと音を立てる。フランス式の挨拶だが、ルイスが親族以外にそうしている場面はいまだかつて誰も見たことがない。
 受付の女性が悲鳴を上げた。南は硬直する。
 レンはすかさず笑って言う。

「これはビズというんですよ、ビズ」

 ここは堂々としたほうが勝ちだ。慌ててはいけない。冷静に対処すれば切り抜けられる。
 他方、ルイスは気にしていない。エレベーターを降りて、レンの後ろ頭を見たら癖でキスしていた。悪い癖である。ビズと言い張ることもできるし、いずれ露呈する話だとも思う。
 ルイスが指輪をしはじめた頃から、ルイスに恋人がいることは知られているとルイスも知っている。別によかろうと思っている。三十代半ばの男性なら恋人の一人や二人いるだろう。相手が人工知能である説は、ルイス本人は知る由もない。
 ルイスはレンに対し、ふわりと微笑んだ。自分が一日の大半を過ごす場所に、いないはずのレンがいることが不思議で、そして嬉しい。

「携帯、ありがとうございます。わざわざすみません」
「いいえ。いきなり来てしまってすみません」
「今からお仕事ですか? 昼食に行く時間はありますか?」

 ルイスはせっかく自分の空いている時間にレンが来ているので、レンに予定をねじ込みたい。

「時間はまだありますが……」

 レンは肩身が狭い。南は信じられなさそうな面持ちでレンを見ているし、受付嬢たちはこちらを凝視している。興味津々だ。うちひとりは知人だ。ルイスが微笑んでいることさえ珍しいからだとレンは知らない。

「何が食べたいでしょうか。ご存じかもしれませんが、この辺りは、ランチをしているお店が多いらしいですよ。僕は外では食べないのですが」
「近くに知り合いのお店があるので、一緒に行きましょうか」
「もちろん行きます。南さん、今から出ます」
「はい」

 二人が去った後、南は受付の女性らに注意した。

「とりあえず、先ほど見たことは口外しないようにしてください」

 しかしながら、全社員に広まることは必定だろうと南は頭を抱えている。
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