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三年目の秋の話

八 チェス勝負

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 ノックをして部屋に入る。
 こちらもロイヤルスイートだ。自分たちの部屋とは趣きが違い、少し甘い雰囲気の部屋だ。
 リビングルームに、ガートルードが座っている。部屋にひとりらしい。
 ソファ席だ。間にあるテーブルには、チェスセットがある。駒は箱の中だ。
 内線で呼ばれてひとりでやってきたルイスは、向かい側のソファに掛けた。
 ガートルードは、いつまで経っても少女のように若い女性である。四十歳には見えない。白磁の肌を引き立てる、胸の開いた紺色のイブニングドレスがよく似合う。ルイスはそう思う。
 彼女は英語しか話せないので、英語で話す。

「ガーティ。久しぶり」
「ルイスも。元気そうね」
「君も」

 半年ほど前に、父が体調不良になったと言ったときに、真実か否かを確かめるために電話して以来だ。ガートルードは、ルイスの父の後妻である。ルイスの実母とも血が繋がっている。エマと同い年で、ルイスとは六歳違いだ。
 ガートルードは訊ねた。

「チェスしない?」
「んー、しない。何の用だったかな」

 ルイスは早く部屋に戻りたい。レンを部屋に残している。
 午後十一時。
 非日常に疲れ切っていたので、二人とも眠りそうになっていた。レンには寝るように言ったから、きっと先に寝ているだろうが、もし起きて待っているとしたら、可哀相だ。

「ルイスとは、五十勝、四十九敗なのよね。あと一回は、ぜひやっておきたくって。ほら、あまり会う機会がないでしょう?」
「今度でいいですか? 僕、眠くて」
「眠いなんて珍しい。あなた不眠でしょ。あ、じゃあ、今なら勝てるじゃない?」
「卑怯だな」
「コンディションも実力のうちよ」
「どうしても今ですか」
「今夜はね。ゆっくり聞いてもらいたいこともあるの」

 ルイスとしては、あまりゆっくりはしていたくない。父は出ている様子だが、その状況自体がよくない。ルイスに間違いが起こることはないのだが、疑われたくない。
 ガートルードは、父と結婚する前、将来的にルイスと結婚する話が出たことがあった。もともとの関係は、母方の遠い親戚で、幼馴染だ。
 ルイスが十歳のとき、十六歳だった彼女が父の後妻になった。女性に対する苦手意識はそのときに生じたとルイスは認識している。彼女を母と呼ぶことはできない。逃げるように家を出た。
 ガートルードは、箱から出した自分の白いチェス駒を並べていく。チェスは白が先攻であり、先攻有利だ。

「私が勝ったら、アメリカに戻るのはどう?」
「それをいうために、呼び出したんですか? そこは父と話し合いたいんですけど」
「でも、ルイスが勝ったら、ルイスのどんな望みでも、伝えてあげるわよ」

 ルイスは、ガートルードを見る。
 クリスティナの次に、父に対する発言権を持っているのは、ガートルードに違いない。ゲームはチェスだが、何事も、駒は多いほうがいい。

「……約束を守ってくれるのなら」
「もちろん」

 ルイスは身を乗り出し、黒のチェス駒を並べていく。
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