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番外編4
3 クリスティナと恭介のただの会話
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「恭介、レン兄のこと、どう思う?」
レンが食材を取りにバックヤードに行ったのを見計らって、クリスティナはカウンターキッチン内で野菜の皮むきをしている恭介にこっそり訊ねてみた。
午後五時五十五分。
六時になると忙しいからといって、特別に五分前に入店させてもらっている。クリスティナはひとりで、他に客はいない。
恭介は答えた。
「…………店長だと思います」
「奇遇ね。あたしもそう思う。って、そうじゃなくて」
「恩人だと思ってます。拾ってもらったので」
「あ、そっか。前の職場、すぐ辞めちゃったんだっけ」
「はい。だから」
互いに読み合いのような沈黙が流れてしまう。クリスティナはもどかしい。
恭介は空気を読むのに長けている。
「あのー、旦那さんのことだったら、知ってますよ」
「旦那さんっていうのやめて! あたし、心からは認めてないの! 本当はいつだって反対派なの!」
「あ、まだ反対してるんすか」
恭介は笑った。
クリスティナは頭を抱える。
「だって、ルイスなんか絶対よくないよ。やめたほうがいいって」
「そうですか? いいと思いますけど。アーヴィンさん」
「ええええ!? 恭介!? なにそれ!!」
「んー、夏に。一度いらっしゃって、店で色々喋ってるの聞いたんですけど」
レンと友達の飲み会のことだ。
淳弥に追い詰められて、レンは困り切り、恭介はルイスを呼び出さざるをえなかった。
「とんでもない男前だし、背が高くて、色気の塊だし、落ち着いてるし、大人っぽくて、そのうえ、レンさんに一途でしょ」
恭介としては、思い出すとちょっと笑ってしまう。
今から思うと、なかなかお目にかかれない出来事だ。当時は修羅場すぎて混乱して助けを求めた。だが思い返すと、やはりルイスは存在感があって、場の流れを変えた。べた褒めにもなる。
生涯、世界で一番大切にするだなんて、一生のうちに一回言えるかどうか。しかも人前である。しかしあの切実さといったら。
「レンさんが惚れちゃうのもわかりますよねー」
クリスティナは聞いていて、ただただ不快である。
「……わかってるわよ」
ルイスから、レンが好きだと聞いている。母に聞いても、ルイスはレンを深く愛しているらしい。
だが、それを超えて、レンのほうがルイスを好きなようである。
ルイスの話題を出すと、クリスティナが嫌がるから、レンは話題に出さないように気をつけている。もし話題に出したらのろけてしまうことがわかっているからだろう、と母が言っていた。
母によれば、レンのほうがルイスにメロメロなのである。
恭介もエマと同意見だ。
そしてクリスティナも、レンがルイスを本当に好きなのだとわかっている。
彼らは、お互いの存在しか見えていない、まるで付き合いたてのようなカップルなのである。
「ほら、レンさんって、人畜無害でコミュ力高めなの、あれって、言葉悪いけど、計算ずくでしょ。親切だけど、踏み込まない、踏み込ませない」
「まあ、よくいえば、処世術ってやつ?」
「だけど、アーヴィンさんに対しては、なんだかんだ、素なんすよ。で、素顔でいられる相手って少ないじゃないですか。客商売だし、なんていうか、どうしても隠し事が多くなっちゃうし。秘密を共有すると、相手との関係って深まりますよねー」
「恭介、すごいね。レン兄のことよく見てる」
「まあ、長時間一緒なんで……。レンさんわかりやすい人ですし」
「でもルイスだって、最初はただのお客さんだったはずなのに。なんでそんな付き合っちゃうほど仲良くなるんだか」
「そうっすね。馴れ初め的なとこは、知らないっすね」
とはいえ、レンが交際の始まりについて濁していたのを、恭介は覚えている。子ども相手なのでこれ以上は口にしないが、おそらくレンの方から何か仕掛けたか、大人同士として相性がいいのだろうと恭介は理解している。
恭介はてきとうに言った。
「ま、いつかわかる日が来るんじゃないですか?」
クリスティナは、苦い思いだ。
「……あたしのほうが、先に好きになったのにな……」
「好きっていうのも、種類とか、段階があるんですよ。でも、それが恋で、本気になってしまったら、きっとすごく辛いです。手遅れにならないうちに次に行ったほうがいいですよ」
恭介がしみじみ言うので、クリスティナは恭介を見る。
何気ない言葉だったが、なんだか、物凄く実感がこもっていた気がする。
恭介は言った。
「あの二人って、きっと、ずっとあのままですし」
「はー……」
「男なんかいっぱいいますよ」
「……そのいっぱいいる人たちが、自分たち同士でくっついちゃうの、ちょっと困るんだけど」
クリスティナは肩を落とし、恭介は笑った。
<番外編4 クリスティナと恭介のただの会話 終わり。他の話に続く>
レンが食材を取りにバックヤードに行ったのを見計らって、クリスティナはカウンターキッチン内で野菜の皮むきをしている恭介にこっそり訊ねてみた。
午後五時五十五分。
六時になると忙しいからといって、特別に五分前に入店させてもらっている。クリスティナはひとりで、他に客はいない。
恭介は答えた。
「…………店長だと思います」
「奇遇ね。あたしもそう思う。って、そうじゃなくて」
「恩人だと思ってます。拾ってもらったので」
「あ、そっか。前の職場、すぐ辞めちゃったんだっけ」
「はい。だから」
互いに読み合いのような沈黙が流れてしまう。クリスティナはもどかしい。
恭介は空気を読むのに長けている。
「あのー、旦那さんのことだったら、知ってますよ」
「旦那さんっていうのやめて! あたし、心からは認めてないの! 本当はいつだって反対派なの!」
「あ、まだ反対してるんすか」
恭介は笑った。
クリスティナは頭を抱える。
「だって、ルイスなんか絶対よくないよ。やめたほうがいいって」
「そうですか? いいと思いますけど。アーヴィンさん」
「ええええ!? 恭介!? なにそれ!!」
「んー、夏に。一度いらっしゃって、店で色々喋ってるの聞いたんですけど」
レンと友達の飲み会のことだ。
淳弥に追い詰められて、レンは困り切り、恭介はルイスを呼び出さざるをえなかった。
「とんでもない男前だし、背が高くて、色気の塊だし、落ち着いてるし、大人っぽくて、そのうえ、レンさんに一途でしょ」
恭介としては、思い出すとちょっと笑ってしまう。
今から思うと、なかなかお目にかかれない出来事だ。当時は修羅場すぎて混乱して助けを求めた。だが思い返すと、やはりルイスは存在感があって、場の流れを変えた。べた褒めにもなる。
生涯、世界で一番大切にするだなんて、一生のうちに一回言えるかどうか。しかも人前である。しかしあの切実さといったら。
「レンさんが惚れちゃうのもわかりますよねー」
クリスティナは聞いていて、ただただ不快である。
「……わかってるわよ」
ルイスから、レンが好きだと聞いている。母に聞いても、ルイスはレンを深く愛しているらしい。
だが、それを超えて、レンのほうがルイスを好きなようである。
ルイスの話題を出すと、クリスティナが嫌がるから、レンは話題に出さないように気をつけている。もし話題に出したらのろけてしまうことがわかっているからだろう、と母が言っていた。
母によれば、レンのほうがルイスにメロメロなのである。
恭介もエマと同意見だ。
そしてクリスティナも、レンがルイスを本当に好きなのだとわかっている。
彼らは、お互いの存在しか見えていない、まるで付き合いたてのようなカップルなのである。
「ほら、レンさんって、人畜無害でコミュ力高めなの、あれって、言葉悪いけど、計算ずくでしょ。親切だけど、踏み込まない、踏み込ませない」
「まあ、よくいえば、処世術ってやつ?」
「だけど、アーヴィンさんに対しては、なんだかんだ、素なんすよ。で、素顔でいられる相手って少ないじゃないですか。客商売だし、なんていうか、どうしても隠し事が多くなっちゃうし。秘密を共有すると、相手との関係って深まりますよねー」
「恭介、すごいね。レン兄のことよく見てる」
「まあ、長時間一緒なんで……。レンさんわかりやすい人ですし」
「でもルイスだって、最初はただのお客さんだったはずなのに。なんでそんな付き合っちゃうほど仲良くなるんだか」
「そうっすね。馴れ初め的なとこは、知らないっすね」
とはいえ、レンが交際の始まりについて濁していたのを、恭介は覚えている。子ども相手なのでこれ以上は口にしないが、おそらくレンの方から何か仕掛けたか、大人同士として相性がいいのだろうと恭介は理解している。
恭介はてきとうに言った。
「ま、いつかわかる日が来るんじゃないですか?」
クリスティナは、苦い思いだ。
「……あたしのほうが、先に好きになったのにな……」
「好きっていうのも、種類とか、段階があるんですよ。でも、それが恋で、本気になってしまったら、きっとすごく辛いです。手遅れにならないうちに次に行ったほうがいいですよ」
恭介がしみじみ言うので、クリスティナは恭介を見る。
何気ない言葉だったが、なんだか、物凄く実感がこもっていた気がする。
恭介は言った。
「あの二人って、きっと、ずっとあのままですし」
「はー……」
「男なんかいっぱいいますよ」
「……そのいっぱいいる人たちが、自分たち同士でくっついちゃうの、ちょっと困るんだけど」
クリスティナは肩を落とし、恭介は笑った。
<番外編4 クリスティナと恭介のただの会話 終わり。他の話に続く>
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