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番外編4
2 船旅二日目の朝食
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午前七時。
朝食のため、ルイスとレンが着替えてラウンジに行くと、エマと南がやってきて、ルイスを連行していった。どうやら急ぎの仕事らしい。
「レン、先に食べてて」
取り残されたレンは、朝日の差し込むラウンジの朝食ビュッフェを一人で回る。人はごく僅かだ。メインダイニングの他に、いくつかレストランがあり、親族と一部の招待客だけがこのラウンジを使う。
大きな白い平皿の載ったトレーを手に、ビュッフェ台を巡っていると、隣にウォルターが立った。美少女のような少年である。
「おはようございます、ウォルターさん」
「おはようレンさん」
ウォルターは寝起きのクリスティナを連れている。どちらも起き抜けで眠そうだ。クリスティナなどは今にも寝そうで、ウォルターの腰にもたれて絡まっている。
「おはよー、レン兄」
「おはようございます、クリスさん」
他の面々もやってくる。
「Good morning」
と声を掛けられて、クリスティナやウォルターに倣って、レンも「Good morning」と答えた。それだけでも緊張する。今更だが、英語を勉強する必要があるかもしれないと気づく。
ウォルターに連れられて、昨夜の会議で使った二十人掛けのテーブルについた。全席が空いているので、ウォルターの隣、長辺の席に掛ける。クリスティナはレンの隣になった。
「レン兄、名古屋だっけ」
「あ、はい」
「そっか。一緒に神戸に行きたかったなあ」
船は名古屋と神戸に停まる。神戸の人は七泊八日だ。大半の人が名古屋でおりる。レンも、さすがにそこまで店を空けられない。少し観光して、新幹線で東京に戻る予定だ。
「いいですね。神戸。よかったらまた」
「ね。今日も楽しく過ごそうね」
レンの向かい側に、ルイスの父が座る。
『おはよう。なんだ、降りるのか』
「Good morning」
レンはこれしか言えない。クリスティナが後を引き受ける。
『おはよう、おじいさま。お仕事があるのよ。和食のお店をしているの。とっても美味しいのよ』
『彼に聞いた』
『いつの間に?』
ルイスの父が掛け、他の親族たちも続々と席につく。クリスティナの問いかけに、みなが少し苦笑する。昨夜の家族会議は秘密である。
レンは聞き取れないので、ただにこにこしている。やはりクリスティナがいると心強い。自分のことを精一杯守ろうとしてくれる雰囲気を感じる。
ルイスの父の隣に、少女のように可憐な女性が掛けた。父は彼女をレンに紹介する。
『妻だよ』
レンは笑顔で頭を下げた。昨夜はいなかった人だ。
「初めまして。おはようございます。レンといいます」
『初めまして。ガートルードよ。ガーティって呼んでね』
クリスティナが補足する。
「ガーティよ」
「はい」
ルイスとそう年が変わらないように見えた。優しそうな後妻だ。エマやルイスに少し似ているが、二人の持つ厳しさがなく、とても優しそうな雰囲気である。
クリスティナは、レンの皿をチラ見する。
「レン兄、洋食?」
「そうですね。今朝は。オムレツ、チーズとひき肉を入れて作ってもらいました」
「えっ、いいな。美味しそう。あたしも焼いてもらってこよう」
と、クリスティナは立って、ビュッフェ台へ駆けていく。
そこに、コーヒーポットの追加と、ワゴンサービスが来た。ワゴンはタルトとケーキだ。タイミングが悪い。ウォルターがワゴンを見ながら悩む。
「クリスは何が好きかな」
レンは言った。
「ベリー系ですね。あと絶対にフルーツタルト」
「そうなんだ。じゃあ一つずつもらっておこうか」
クリスティナのために皿にとる。それから自分たちの分を選ぶ。
ワゴンが行ってしまったあとになって、クリスティナがオムレツを持って戻ってきた。テーブルにタルトとケーキが並んでいるのを見る。
「あっ、タルト来たの?」
「はい。こちらでよろしいでしょうか」
クリスティナ用にもらった皿を渡す。ベリーのケーキとフルーツのタルトレットだ。
「わかってるねえ」
「長い付き合いですから」
レンのカップが空いているのを見て、ウォルターが訊ねる。
「レンさん、コーヒーはブラック?」
置かれたポットから、レンのカップに注ぐ。銀製品のミルクピッチャーとシュガーポットの載ったトレイを示す。
「あ、お砂糖だけいただきます」
こちらにもちょうだいという意味で他の人が手を挙げるので、レンはシュガーポットを使ったあと、そちらに回す。
ワゴンで果物が来た。葡萄の皿と、ラズベリーとブルーベリーの皿が卓に置かれる。
テーブルは二十人掛けだが、満席になった。さらにあと一人二人来て、椅子を用意して長辺に詰めて、二十二人掛けになる。
クリスティナは言った。
「お昼は好きなレストランで、夜は立食パーティーなの。他の時間は自由だから、船の催しを楽しんでね」
「はい。ありがとうございます」
ウォルターが隣のアンソニーと話しながら、日本語で言う。
「映画館があるんだよ」
「すごいですね。何がやっているんですか」
「これ、上映リスト」
映画に興味がある若い面々が、カードのようなリストをそれぞれ眺めている。レンはウォルターの手元のそれを見る。ご丁寧に日本語でも書いてある。有名どころのタイトルだ。
ワゴンで、焼きたてのクッキーなどの菓子が来た。甘い香りがテーブルに満ちる。
『美味しそうね』
『ガーティ、お菓子好きね。何にする? えーっと……』
レンはお菓子のトレーを示しつつクリスティナに説明する。
「フィナンシェ、ガトーバスク、サブレブルトン」
「レン兄。フランス菓子、詳しいの?」
「少しだけ。昔、よぞらを継ぐ前に、ホテルのフレンチレストランにいたことがあるんです」
「へえ。そうだったんだ」
ホテルのフレンチレストランにいたことを、クリスティナはガートルードに訳した。ガートルードは嬉しそうな顔をする。レンも微笑んだ。なんだかよくわからないけれど、嬉しいらしい。
「クロッカン、カトルカール、フラン、ウィークエンドシトロン」
「レン兄はどれにする?」
「そうですね。ガトーバスク一切れと、ウィークエンドシトロンを二切れいただきます」
お菓子の載った皿を給仕にもらい、テーブルに置く。
ガトーバスクは、クッキー生地に、クリームとダークチェリーを入れた焼き菓子だ。ウィークエンドシトロンは、レモンのバターケーキで、レモン風味のアイシングをしてある。
「いただきます」
そういって手を合わせ、レンは朝食に手をつける。
オムレツと、焼きたてのクロワッサンに、小さなパンオショコラ。焼き菓子。
ハッシュドポテト、刻んだ玉ねぎとチーズで焼いたミニトマト、薄切りのハム、ブリーチーズ、サラダをワンプレートに盛ってある。サラダにかかるオリーブオイルが美味しい。
「いただきます」
レンが言ったのでクリスも言い、それから、皆も手を合わせて「いただきます」とたどたどしく言った。父母も、レンに向かって微笑みつつ口にする。レンは嬉しい。なんだか楽しい。
クリスティナは、祖父に対して恐る恐る訊ねてみる。
『いつの間にレン兄と話したの? 仲良しになった?』
訊ねられた祖父は、オムレツを食べながら答える。
『クリス。お互いが自分と相手に対して誠実であれば、文化が違っても、言葉が通じなくても、いつか理解し合えるものだよ』
祖父にしては好意的な答えで、クリスティナは安心した。いつの間に話したのかは言わないようだが、大丈夫そうだ。
実はクリスティナはかなり心配していた。ルイスはあれで一応後継者なのである。
そこへ、仕事を終えたエマとルイスが遠くから歩いてくる。
「あら、みなさんお揃いねえ」
エマは近くのスタッフに椅子を二脚持ってきてもらい、一脚をルイスに渡した。エマは詰められそうな余白を探すが、ルイスはレンとウォルターの間に無理に入ろうとする。
「ウォルト。詰めて」
「はい。兄さん」
ウォルターに申し訳なく、レンは、すみませんと言って、クリスティナにも断り、クリスティナのほうへ少し詰めた。
座りながら、ルイスはレンにビズをした。レンはされるがままである。
ルイスは本来スキンシップが苦手で、そのようなことは親族間でもほとんどしない。
親族は苦笑し、ルイスの父は渋い顔をする。
「なぜレンは皆と打ち解けてるのかな」
誰にともなく言った日本語での独り言だったが、ガートルードがタイミング良く答えた。
『悪い子じゃなさそうね』
ルイスはとても不服である。
『わかりきったことを』
ルイスはレンの隣を陣取る。朝は食べない派のルイスはコーヒーポットからカップにコーヒーを注いで口をつける。
ルイスは食卓の空気を悪くする名人である。
父がたしなめる。
『少しは配慮しろ。ルイス』
『お父さん、僕は怒っているんですよ。あんな夜中に、ガーティまで使って僕をのけ者にして、彼を一人呼び出して。彼が大人しいのをいいことに、どうせ皆で寄って集って詰問したんでしょう。彼のこと、もう絶対に一人にしませんからね』
『仕方ないだろう』
『許しがたいです。ちなみにお父さん、結婚式には呼んでほしいですか?』
文句の多いお前は抜きでいい、と父は思う。早口でうるさい。
エマがのんびり言った。
『また船でパーティーでもいいわねえ。皆で集まりましょうか』
親族たちも皆して頷く。
ルイスは辺りを見回しつつ言った。
「なんだか、いつもと違って、温かいな」
不機嫌な自分がいるのに、食卓の雰囲気が良いままだ。
基本的に、ルイスに対して、親族たちはあまり口を聞いてくれないのである。
皿に乗っているウィークエンドシトロンを、レンは小皿をとって一切れ取り分けた。
「ジェイミー」
「うん?」
「レモンのバターケーキ。好きでしょ。せっかくだから食べたら?」
ルイスは柑橘系の食べ物が好きだ。そしてレンはできればルイスに朝ごはんを食べてほしい。
「ちょうだい」
「二切れあるよ」
「一切れで大丈夫。もう一切れはレンが食べて」
「うん」
レンは小皿に小さなフォークをのせ、ルイスの前に小皿を寄せる。ルイスはフォークを取って大人しく食べ始める。
何気ないやり取りだったが、クリスティナは恥ずかしくて死にそうになる。
『ミドルネームの愛称……』
叔父のことをルイスというファーストネーム以外で呼ぶ習慣は、家族にも親族にもない。そんな風に呼ぶのか。そんな、誰も呼ばない名前で。
これまでクリスティナは、ルイスとレンが話している様子をほとんど見たことがなかった。聞いているこちらが恥ずかしいとクリスティナは思う。
クリスティナの呟きに、必死にスルーしようとしていたエマは肩を震わせているし、ウォルターは長兄に憧れているので困り、親族たちはなんだか聞いてはいけないことを聞いてしまって目をそらし、ガートルードはけらけらと笑い、ルイスの父は呆れている。
クリスティナは頬を紅潮させて、怒った。
「ちょっとルイス! 朝っぱらからイチャイチャしないで!」
「え? 僕?」
ルイスはなぜ怒られているのかわからない。
<番外編4 船旅二日目の朝食 終わり。他の話に続く>
朝食のため、ルイスとレンが着替えてラウンジに行くと、エマと南がやってきて、ルイスを連行していった。どうやら急ぎの仕事らしい。
「レン、先に食べてて」
取り残されたレンは、朝日の差し込むラウンジの朝食ビュッフェを一人で回る。人はごく僅かだ。メインダイニングの他に、いくつかレストランがあり、親族と一部の招待客だけがこのラウンジを使う。
大きな白い平皿の載ったトレーを手に、ビュッフェ台を巡っていると、隣にウォルターが立った。美少女のような少年である。
「おはようございます、ウォルターさん」
「おはようレンさん」
ウォルターは寝起きのクリスティナを連れている。どちらも起き抜けで眠そうだ。クリスティナなどは今にも寝そうで、ウォルターの腰にもたれて絡まっている。
「おはよー、レン兄」
「おはようございます、クリスさん」
他の面々もやってくる。
「Good morning」
と声を掛けられて、クリスティナやウォルターに倣って、レンも「Good morning」と答えた。それだけでも緊張する。今更だが、英語を勉強する必要があるかもしれないと気づく。
ウォルターに連れられて、昨夜の会議で使った二十人掛けのテーブルについた。全席が空いているので、ウォルターの隣、長辺の席に掛ける。クリスティナはレンの隣になった。
「レン兄、名古屋だっけ」
「あ、はい」
「そっか。一緒に神戸に行きたかったなあ」
船は名古屋と神戸に停まる。神戸の人は七泊八日だ。大半の人が名古屋でおりる。レンも、さすがにそこまで店を空けられない。少し観光して、新幹線で東京に戻る予定だ。
「いいですね。神戸。よかったらまた」
「ね。今日も楽しく過ごそうね」
レンの向かい側に、ルイスの父が座る。
『おはよう。なんだ、降りるのか』
「Good morning」
レンはこれしか言えない。クリスティナが後を引き受ける。
『おはよう、おじいさま。お仕事があるのよ。和食のお店をしているの。とっても美味しいのよ』
『彼に聞いた』
『いつの間に?』
ルイスの父が掛け、他の親族たちも続々と席につく。クリスティナの問いかけに、みなが少し苦笑する。昨夜の家族会議は秘密である。
レンは聞き取れないので、ただにこにこしている。やはりクリスティナがいると心強い。自分のことを精一杯守ろうとしてくれる雰囲気を感じる。
ルイスの父の隣に、少女のように可憐な女性が掛けた。父は彼女をレンに紹介する。
『妻だよ』
レンは笑顔で頭を下げた。昨夜はいなかった人だ。
「初めまして。おはようございます。レンといいます」
『初めまして。ガートルードよ。ガーティって呼んでね』
クリスティナが補足する。
「ガーティよ」
「はい」
ルイスとそう年が変わらないように見えた。優しそうな後妻だ。エマやルイスに少し似ているが、二人の持つ厳しさがなく、とても優しそうな雰囲気である。
クリスティナは、レンの皿をチラ見する。
「レン兄、洋食?」
「そうですね。今朝は。オムレツ、チーズとひき肉を入れて作ってもらいました」
「えっ、いいな。美味しそう。あたしも焼いてもらってこよう」
と、クリスティナは立って、ビュッフェ台へ駆けていく。
そこに、コーヒーポットの追加と、ワゴンサービスが来た。ワゴンはタルトとケーキだ。タイミングが悪い。ウォルターがワゴンを見ながら悩む。
「クリスは何が好きかな」
レンは言った。
「ベリー系ですね。あと絶対にフルーツタルト」
「そうなんだ。じゃあ一つずつもらっておこうか」
クリスティナのために皿にとる。それから自分たちの分を選ぶ。
ワゴンが行ってしまったあとになって、クリスティナがオムレツを持って戻ってきた。テーブルにタルトとケーキが並んでいるのを見る。
「あっ、タルト来たの?」
「はい。こちらでよろしいでしょうか」
クリスティナ用にもらった皿を渡す。ベリーのケーキとフルーツのタルトレットだ。
「わかってるねえ」
「長い付き合いですから」
レンのカップが空いているのを見て、ウォルターが訊ねる。
「レンさん、コーヒーはブラック?」
置かれたポットから、レンのカップに注ぐ。銀製品のミルクピッチャーとシュガーポットの載ったトレイを示す。
「あ、お砂糖だけいただきます」
こちらにもちょうだいという意味で他の人が手を挙げるので、レンはシュガーポットを使ったあと、そちらに回す。
ワゴンで果物が来た。葡萄の皿と、ラズベリーとブルーベリーの皿が卓に置かれる。
テーブルは二十人掛けだが、満席になった。さらにあと一人二人来て、椅子を用意して長辺に詰めて、二十二人掛けになる。
クリスティナは言った。
「お昼は好きなレストランで、夜は立食パーティーなの。他の時間は自由だから、船の催しを楽しんでね」
「はい。ありがとうございます」
ウォルターが隣のアンソニーと話しながら、日本語で言う。
「映画館があるんだよ」
「すごいですね。何がやっているんですか」
「これ、上映リスト」
映画に興味がある若い面々が、カードのようなリストをそれぞれ眺めている。レンはウォルターの手元のそれを見る。ご丁寧に日本語でも書いてある。有名どころのタイトルだ。
ワゴンで、焼きたてのクッキーなどの菓子が来た。甘い香りがテーブルに満ちる。
『美味しそうね』
『ガーティ、お菓子好きね。何にする? えーっと……』
レンはお菓子のトレーを示しつつクリスティナに説明する。
「フィナンシェ、ガトーバスク、サブレブルトン」
「レン兄。フランス菓子、詳しいの?」
「少しだけ。昔、よぞらを継ぐ前に、ホテルのフレンチレストランにいたことがあるんです」
「へえ。そうだったんだ」
ホテルのフレンチレストランにいたことを、クリスティナはガートルードに訳した。ガートルードは嬉しそうな顔をする。レンも微笑んだ。なんだかよくわからないけれど、嬉しいらしい。
「クロッカン、カトルカール、フラン、ウィークエンドシトロン」
「レン兄はどれにする?」
「そうですね。ガトーバスク一切れと、ウィークエンドシトロンを二切れいただきます」
お菓子の載った皿を給仕にもらい、テーブルに置く。
ガトーバスクは、クッキー生地に、クリームとダークチェリーを入れた焼き菓子だ。ウィークエンドシトロンは、レモンのバターケーキで、レモン風味のアイシングをしてある。
「いただきます」
そういって手を合わせ、レンは朝食に手をつける。
オムレツと、焼きたてのクロワッサンに、小さなパンオショコラ。焼き菓子。
ハッシュドポテト、刻んだ玉ねぎとチーズで焼いたミニトマト、薄切りのハム、ブリーチーズ、サラダをワンプレートに盛ってある。サラダにかかるオリーブオイルが美味しい。
「いただきます」
レンが言ったのでクリスも言い、それから、皆も手を合わせて「いただきます」とたどたどしく言った。父母も、レンに向かって微笑みつつ口にする。レンは嬉しい。なんだか楽しい。
クリスティナは、祖父に対して恐る恐る訊ねてみる。
『いつの間にレン兄と話したの? 仲良しになった?』
訊ねられた祖父は、オムレツを食べながら答える。
『クリス。お互いが自分と相手に対して誠実であれば、文化が違っても、言葉が通じなくても、いつか理解し合えるものだよ』
祖父にしては好意的な答えで、クリスティナは安心した。いつの間に話したのかは言わないようだが、大丈夫そうだ。
実はクリスティナはかなり心配していた。ルイスはあれで一応後継者なのである。
そこへ、仕事を終えたエマとルイスが遠くから歩いてくる。
「あら、みなさんお揃いねえ」
エマは近くのスタッフに椅子を二脚持ってきてもらい、一脚をルイスに渡した。エマは詰められそうな余白を探すが、ルイスはレンとウォルターの間に無理に入ろうとする。
「ウォルト。詰めて」
「はい。兄さん」
ウォルターに申し訳なく、レンは、すみませんと言って、クリスティナにも断り、クリスティナのほうへ少し詰めた。
座りながら、ルイスはレンにビズをした。レンはされるがままである。
ルイスは本来スキンシップが苦手で、そのようなことは親族間でもほとんどしない。
親族は苦笑し、ルイスの父は渋い顔をする。
「なぜレンは皆と打ち解けてるのかな」
誰にともなく言った日本語での独り言だったが、ガートルードがタイミング良く答えた。
『悪い子じゃなさそうね』
ルイスはとても不服である。
『わかりきったことを』
ルイスはレンの隣を陣取る。朝は食べない派のルイスはコーヒーポットからカップにコーヒーを注いで口をつける。
ルイスは食卓の空気を悪くする名人である。
父がたしなめる。
『少しは配慮しろ。ルイス』
『お父さん、僕は怒っているんですよ。あんな夜中に、ガーティまで使って僕をのけ者にして、彼を一人呼び出して。彼が大人しいのをいいことに、どうせ皆で寄って集って詰問したんでしょう。彼のこと、もう絶対に一人にしませんからね』
『仕方ないだろう』
『許しがたいです。ちなみにお父さん、結婚式には呼んでほしいですか?』
文句の多いお前は抜きでいい、と父は思う。早口でうるさい。
エマがのんびり言った。
『また船でパーティーでもいいわねえ。皆で集まりましょうか』
親族たちも皆して頷く。
ルイスは辺りを見回しつつ言った。
「なんだか、いつもと違って、温かいな」
不機嫌な自分がいるのに、食卓の雰囲気が良いままだ。
基本的に、ルイスに対して、親族たちはあまり口を聞いてくれないのである。
皿に乗っているウィークエンドシトロンを、レンは小皿をとって一切れ取り分けた。
「ジェイミー」
「うん?」
「レモンのバターケーキ。好きでしょ。せっかくだから食べたら?」
ルイスは柑橘系の食べ物が好きだ。そしてレンはできればルイスに朝ごはんを食べてほしい。
「ちょうだい」
「二切れあるよ」
「一切れで大丈夫。もう一切れはレンが食べて」
「うん」
レンは小皿に小さなフォークをのせ、ルイスの前に小皿を寄せる。ルイスはフォークを取って大人しく食べ始める。
何気ないやり取りだったが、クリスティナは恥ずかしくて死にそうになる。
『ミドルネームの愛称……』
叔父のことをルイスというファーストネーム以外で呼ぶ習慣は、家族にも親族にもない。そんな風に呼ぶのか。そんな、誰も呼ばない名前で。
これまでクリスティナは、ルイスとレンが話している様子をほとんど見たことがなかった。聞いているこちらが恥ずかしいとクリスティナは思う。
クリスティナの呟きに、必死にスルーしようとしていたエマは肩を震わせているし、ウォルターは長兄に憧れているので困り、親族たちはなんだか聞いてはいけないことを聞いてしまって目をそらし、ガートルードはけらけらと笑い、ルイスの父は呆れている。
クリスティナは頬を紅潮させて、怒った。
「ちょっとルイス! 朝っぱらからイチャイチャしないで!」
「え? 僕?」
ルイスはなぜ怒られているのかわからない。
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