甘くないケーキを半分こ

みつきみつか

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一 クリスマスケーキの話

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 このひと、笑うんだ。
 俺は、本日この時まで、ただの一度たりとも寿人さんの笑顔を見たことがなかった。きれいな顔なのに仏頂面をしていて、感情がないという印象だったのだ。
 この一ヶ月間、他に適任者がいないという理由で、俺は彼の側仕えになっていた。ふだんの業務にくわえ、工場の現状、物の位置、厨房の状況、受発注の流れなどをすべて寿人さんに引き継いできた。それほど長時間一緒に過ごしていても笑顔を見たことがなかったのだから、たぶん、実際に一度も笑わなかったと思う。
 寿人さんは粛々と仕事をしていた。従兄前工場長の粗雑さに比べると何もかもがきっちりしすぎていてやりづらい部分もあり、抑揚のない喋り方も、早口も、なんだか不気味だった。一回教えたら何でも記憶しているので、やはりロボットなのだろうと納得することにしていたのだった。
 前前任の工場長は長いこと勤めた雇われおじいちゃんで、彼はとても慕われていた。一年前、俺が入社した直後に彼が引退して職を辞し、代わりにやってきたのが前任の工場長で、寿人さんの従兄である。
 とにかく前工場長はサボり魔で、現場は必死に働いた。その彼が、秘書を雇うといいだしたところからさらに何かがおかしくなった。秘書というのが従兄が通うキャバクラの女性で、仕事には一度か二度来ただろうか。
 香水臭いと呟いたアルバイトが彼の逆鱗に触れてクビになり、他の従業員も、鬱積していたものが爆発した。十四通の退職届が同日に出され、社長がとりなし、最終的に、従兄のほうをクビにした。
 だがその時にはすでに、自分たちをとるか、従兄をとるかを選んでくれ、という段階ではなく、退職届を撤回するひとはいなかった。入れ替わりにやってきた寿人さんのルックスを見て迷っている女性もいたが、やはり退職届の取下げはしなかった。
 だが寿人さんは遠方の大学を卒業してまったく異業種、かつ異職種にいた人で、経理畑だ。従兄に比べると誠実そうな人柄だったが、右も左もわからない様子だった。
 なんだかやってられないんだ。厨房が回らなくても構わないと軽んじられてる気がしてさ、と口々にいい、職人たちはそのまま、一人二人といなくなった。クリスマスの直前に。
 ひとりずつ減っていく厨房は、クリスマスシーズン用の焼き菓子の生産こそなんとか終えたが、クリスマスケーキを筆頭とする生ケーキに使うスポンジであるジェノワーズを焼く馬力はなかった。そこへ、応援の人員が来ないと聞き、ひとり残ることになった俺は絶望した。さすがに無理だ。何もできない。
 増員なしを告げた口で、寿人さんは「僕が厨房に入ります。作業工程をご教授ください」と言った。最後の職人は絶句し、それが最後の勤務日だった。
 その日から寿人さんは自ら厨房に立ち、二人で泊まり込みで乗り越えたのだ。それが、今日までのこの一年、とりわけこの一ヶ月間に起きた出来事だった。
 乗り越えた! 本当に!
 自分がまだ信じられない。あれだけの量を、たったふたりで。一分一秒を争うぎりぎりの戦いだった。
 寿人さんは立ち上がりながら言った。

「念のため、売り上げの多い店舗に確認しましたが、現時点で追加はありません」
「あ、はい」
「僕も休憩スペースで寝てもいいですか?」
「どうぞ……」
「何かあったら遠慮なく起こしてください」
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