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三 バレンタインの話
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焼いたシュー皮を冷ます間に生クリームを立てて、皮を切ってクリームを絞り、プレーンには粉糖をかけ、ショコラにはココアパウダーを振って仕上げる。
シューの載ったトレイをスタッフに渡すと、冷蔵ケースに持っていった。そしてすぐ戻ってきた。
「すみませんっ、冷蔵ケースにぶつけて、角が欠けちゃって……」
見るとトレイの端のショコラシューがひとつ潰れている。それを皿にとってよけ、まだ冷蔵庫にあるからと示す。スタッフはほっと胸を撫で下ろし、謝罪して、また店に戻っていった。
試しに皿に置いたシュークリームのふたを動かしてみたものの、冷蔵ケースの開閉時にしっかり挟んでしまったのか、シュー皮は元通りになりそうにない。売り物にするのは難しそうだ。
少し考えて、一度冷蔵庫に戻し、隣接する本社の社屋のほうへ足を向けた。本社はオフィスビル風の三階建てで、一階は倉庫になっている。
二階の事務所にあがって、窓越しに覗くが、事務所の奥のデスクの席に、寿人さんはいなかった。どこかへ出ているのだろうか。
仕方ないと諦めて降りていくと、本店の裏の自販機スペースに、ひとりでコーヒーを飲んでいる寿人さんの後姿を見つけた。真冬に、寒そうに手を温めている。
俺は冷蔵庫にシュークリームを取りに戻り、寿人さんに声を掛けた。
「寿人さん」
振り返った寿人さんは、目を細めた。どういう心理が表れた表情なのかいまいち判然としないが、怒っていないとはわかっている。
「狭山さん。もう帰れそうですか」
「はい」
寿人さんは満足そうに微笑んだ。ふつうのひとよりも表情は薄い。だが、俺が帰ることを喜ばしいと感じていることはわかる。
それからホットコーヒーをもう一本買ってくれて、「おごりです」と言って俺に渡してきた。俺のほうも、シュークリームの載った皿を渡す。
「これ。潰れて売り物にできなくなっちゃって。よかったら」
「福利厚生シュークリーム」
「ここのシュー、食べたことあります?」
「いえ。ありません。甘いものを食べる習慣がなくて……」
「嫌いですか?」
「いいえ。幼少期に甘いものを与えられなかっただけです。食べられます。甘さ控えめなほうが好みなだけで」
「じゃあおひとつ。シュー皮もチョコで、上にカカオニブとココアパウダー。クリームはビターチョコ。甘さ控えめの大人の味ですよ。バレンタインにぴったりで売れ行き好調です」
「……狭山さんは食べましたか」
「いえ、一個しかないので」
「じゃあ、半分こで」
「手で千切っていいですか?」
「はい」
半分にすると、生クリームは少しゆるくなってしまっていた。
片方をもらい、片方を渡した。どちらもいびつで、大きさはそう変わらない。
「はい」
「ありがとうございます」
食べている寿人さんの様子を見ていると、まるで酔っているかのように、みるみる赤くなっていく。洋酒は入れていないはずなのに。
「……明日、バレンタインでしたね」
「そうですよ。お店大繁盛で。外まで並んでます。本店はやっぱり活気がありますね。店長も張り切ってます」
「はい」
ここから、店の前庭で、家族連れが話しているのが見える。賑やかで、楽しそうだった。この仕事の醍醐味は、受け取ったひとの笑顔だ。業界がブラックなので、もはやそれしかない。
「顔、赤いですが大丈夫ですか?」
寿人さんは赤いを超えて真っ赤になっている。熱が出ているかのように上気している。
「……バレンタインの贈り物みたいで」
寿人さんは微笑んでいる。俺は思わず目をそらした。
店長が妙なことをいうせいだ、と思いながら。
「えーと、そういう意図はないですよ」
「知ってますよ。でも、狭山さんひとりで食べたらよかったのに」
「寿人さんがいたから、半分こして共犯にしようと思ったんです」
「謀りましたねぇ」
クリスマスイブのあれを擦ると、寿人さんは声をあげて笑った。
焼いたシュー皮を冷ます間に生クリームを立てて、皮を切ってクリームを絞り、プレーンには粉糖をかけ、ショコラにはココアパウダーを振って仕上げる。
シューの載ったトレイをスタッフに渡すと、冷蔵ケースに持っていった。そしてすぐ戻ってきた。
「すみませんっ、冷蔵ケースにぶつけて、角が欠けちゃって……」
見るとトレイの端のショコラシューがひとつ潰れている。それを皿にとってよけ、まだ冷蔵庫にあるからと示す。スタッフはほっと胸を撫で下ろし、謝罪して、また店に戻っていった。
試しに皿に置いたシュークリームのふたを動かしてみたものの、冷蔵ケースの開閉時にしっかり挟んでしまったのか、シュー皮は元通りになりそうにない。売り物にするのは難しそうだ。
少し考えて、一度冷蔵庫に戻し、隣接する本社の社屋のほうへ足を向けた。本社はオフィスビル風の三階建てで、一階は倉庫になっている。
二階の事務所にあがって、窓越しに覗くが、事務所の奥のデスクの席に、寿人さんはいなかった。どこかへ出ているのだろうか。
仕方ないと諦めて降りていくと、本店の裏の自販機スペースに、ひとりでコーヒーを飲んでいる寿人さんの後姿を見つけた。真冬に、寒そうに手を温めている。
俺は冷蔵庫にシュークリームを取りに戻り、寿人さんに声を掛けた。
「寿人さん」
振り返った寿人さんは、目を細めた。どういう心理が表れた表情なのかいまいち判然としないが、怒っていないとはわかっている。
「狭山さん。もう帰れそうですか」
「はい」
寿人さんは満足そうに微笑んだ。ふつうのひとよりも表情は薄い。だが、俺が帰ることを喜ばしいと感じていることはわかる。
それからホットコーヒーをもう一本買ってくれて、「おごりです」と言って俺に渡してきた。俺のほうも、シュークリームの載った皿を渡す。
「これ。潰れて売り物にできなくなっちゃって。よかったら」
「福利厚生シュークリーム」
「ここのシュー、食べたことあります?」
「いえ。ありません。甘いものを食べる習慣がなくて……」
「嫌いですか?」
「いいえ。幼少期に甘いものを与えられなかっただけです。食べられます。甘さ控えめなほうが好みなだけで」
「じゃあおひとつ。シュー皮もチョコで、上にカカオニブとココアパウダー。クリームはビターチョコ。甘さ控えめの大人の味ですよ。バレンタインにぴったりで売れ行き好調です」
「……狭山さんは食べましたか」
「いえ、一個しかないので」
「じゃあ、半分こで」
「手で千切っていいですか?」
「はい」
半分にすると、生クリームは少しゆるくなってしまっていた。
片方をもらい、片方を渡した。どちらもいびつで、大きさはそう変わらない。
「はい」
「ありがとうございます」
食べている寿人さんの様子を見ていると、まるで酔っているかのように、みるみる赤くなっていく。洋酒は入れていないはずなのに。
「……明日、バレンタインでしたね」
「そうですよ。お店大繁盛で。外まで並んでます。本店はやっぱり活気がありますね。店長も張り切ってます」
「はい」
ここから、店の前庭で、家族連れが話しているのが見える。賑やかで、楽しそうだった。この仕事の醍醐味は、受け取ったひとの笑顔だ。業界がブラックなので、もはやそれしかない。
「顔、赤いですが大丈夫ですか?」
寿人さんは赤いを超えて真っ赤になっている。熱が出ているかのように上気している。
「……バレンタインの贈り物みたいで」
寿人さんは微笑んでいる。俺は思わず目をそらした。
店長が妙なことをいうせいだ、と思いながら。
「えーと、そういう意図はないですよ」
「知ってますよ。でも、狭山さんひとりで食べたらよかったのに」
「寿人さんがいたから、半分こして共犯にしようと思ったんです」
「謀りましたねぇ」
クリスマスイブのあれを擦ると、寿人さんは声をあげて笑った。
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