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四 ホワイトデーの話
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午前五時。外はまだ暗い。
スマホの画面に表示されているのは、知らない番号ではなかった。登録だけしている寿人さんの電話番号に違いない。
『狭山さん。明け方に申し訳ありません』
「起きてますよ。毎朝五時です」
『七時出勤ですよね。早いですね』
「何かありました? 早めに出ましょうか」
『お願いできますか』
切羽詰まったような声音に急いで身支度をし、始発で駆けつけると、半分だけ明かりを入れた開店前の本店のバックヤードには、連絡がついたというスタッフが五人ほど集まっていた。そのなかには店長もいる。
厨房組は基本的に朝が早いし朝が得意なので元気そうだが、店長だけは物凄く眠そうにしている。
「先程ご説明したとおり、兄の結婚式が今日なのですが、手が足りません。申し訳ありませんが、スタッフの方をお借りします」
「えらく急ね。そう……輝人様の結婚式……」
呟く様子をみるに、店長はまたハートブレイクなのかもしれなかった。緊急だったはずだが、朝シャンしてきたのだろうか。髪が少し濡れている気がする。
配送に使う軽バンに荷を積み、スタッフが同乗する。俺は寿人さんの乗用車にお邪魔して、助手席に掛けた。会場だという会社が持っている別荘に二人で向かう。車で三十分ほどだそうだ。
寿人さんは前方を睨むように運転しながら言った。横顔は険しい。たぶん眠いんだな、と俺は思った。寿人さんも朝は得意ではない。
「朝早くに、すみません」
「五時ならいつも起きてるので平気ですよ。俺に手伝えることがあれば」
「おそらく、やることが非常にたくさんなので、仕事に積極的なオールラウンダー型のスタッフに集まってもらえてラッキーです」
あ、俺、この人に買われているのかな。
寿人さんは感情が顔に表れないのでわかりづらい。だがよくよく聞いてみると、言葉は本心だ。抑揚のない声で淡々という早口は、真実思ったことを口にする。
あまりに感情が込められていない早口なのでスルーしそうになってしまう。
「挙式は海外で済ませているので、今日は、複数回おこなわれる予定の、兄の個人的な披露宴のひとつなんですが」
「へぇ……」
「夫婦間の意思疎通がおこなわれておらず、兄が担当していた料理関係の事前準備がほぼノープランだったそうで、それが三日前に発覚して、そこからなんとか祖父が整えたものの、人手が壊滅的に足りず、さらに、ウェディングケーキを始め、引き出物や引き菓子の準備も怠っていたと相談を受けたのが、昨夜で」
「修羅場ですね」
寿人さんは寝ていなさそうだった。以前ふたりで三徹したときと同じ顔色をしているので、おそらく今もそうなのだろう。ずいぶんこぼしている。やりきれなさがひしひしと伝わってくる。
「ウェディングケーキは材料とスタッフさえいれば山の手店のシェフが現地で間に合わせると仰ってくれて。問題は引き出物用のお菓子と引き菓子とプチギフトで。兄はいつもおかしいのですが、寝ていないのも相まって狂っていて、朝までに焼けばいいといってクグロフを焼き始めて、パティシェでもないくせに。もう滅茶苦茶です」
深夜のテンションがうかがえた。結果は推して知るべしである。
「ああー」
「なので、実は朝から工場でパウンドケーキを焼いてもらっています。袋詰めまでしてくださるそうで、間に合わせてもらって、披露宴の終了までに取りに行って戻る予定です」
「なるほど」
「引き菓子とプチギフトは、シェフにフィナンシェを焼いてもらいました。着いたら冷めていると思います。港店と新町店にあった在庫のドラジェを分けてもらってきたので、これらをラッピング予定です。お手数ですが、給仕の手が足りないので、給仕してもらいながら、合間にラッピングをお願いします」
「了解です!」
現地の仕事について指示を受けるうちに、目的地に到着した。丘の上にある瀟洒な別荘地の裏手にまわり、すでに到着している配送車の横に停める。
裏方は、「さぁ! ばりばりいくわよ!」と、店長が空元気のハイテンションで采配を振るっていた。
午前五時。外はまだ暗い。
スマホの画面に表示されているのは、知らない番号ではなかった。登録だけしている寿人さんの電話番号に違いない。
『狭山さん。明け方に申し訳ありません』
「起きてますよ。毎朝五時です」
『七時出勤ですよね。早いですね』
「何かありました? 早めに出ましょうか」
『お願いできますか』
切羽詰まったような声音に急いで身支度をし、始発で駆けつけると、半分だけ明かりを入れた開店前の本店のバックヤードには、連絡がついたというスタッフが五人ほど集まっていた。そのなかには店長もいる。
厨房組は基本的に朝が早いし朝が得意なので元気そうだが、店長だけは物凄く眠そうにしている。
「先程ご説明したとおり、兄の結婚式が今日なのですが、手が足りません。申し訳ありませんが、スタッフの方をお借りします」
「えらく急ね。そう……輝人様の結婚式……」
呟く様子をみるに、店長はまたハートブレイクなのかもしれなかった。緊急だったはずだが、朝シャンしてきたのだろうか。髪が少し濡れている気がする。
配送に使う軽バンに荷を積み、スタッフが同乗する。俺は寿人さんの乗用車にお邪魔して、助手席に掛けた。会場だという会社が持っている別荘に二人で向かう。車で三十分ほどだそうだ。
寿人さんは前方を睨むように運転しながら言った。横顔は険しい。たぶん眠いんだな、と俺は思った。寿人さんも朝は得意ではない。
「朝早くに、すみません」
「五時ならいつも起きてるので平気ですよ。俺に手伝えることがあれば」
「おそらく、やることが非常にたくさんなので、仕事に積極的なオールラウンダー型のスタッフに集まってもらえてラッキーです」
あ、俺、この人に買われているのかな。
寿人さんは感情が顔に表れないのでわかりづらい。だがよくよく聞いてみると、言葉は本心だ。抑揚のない声で淡々という早口は、真実思ったことを口にする。
あまりに感情が込められていない早口なのでスルーしそうになってしまう。
「挙式は海外で済ませているので、今日は、複数回おこなわれる予定の、兄の個人的な披露宴のひとつなんですが」
「へぇ……」
「夫婦間の意思疎通がおこなわれておらず、兄が担当していた料理関係の事前準備がほぼノープランだったそうで、それが三日前に発覚して、そこからなんとか祖父が整えたものの、人手が壊滅的に足りず、さらに、ウェディングケーキを始め、引き出物や引き菓子の準備も怠っていたと相談を受けたのが、昨夜で」
「修羅場ですね」
寿人さんは寝ていなさそうだった。以前ふたりで三徹したときと同じ顔色をしているので、おそらく今もそうなのだろう。ずいぶんこぼしている。やりきれなさがひしひしと伝わってくる。
「ウェディングケーキは材料とスタッフさえいれば山の手店のシェフが現地で間に合わせると仰ってくれて。問題は引き出物用のお菓子と引き菓子とプチギフトで。兄はいつもおかしいのですが、寝ていないのも相まって狂っていて、朝までに焼けばいいといってクグロフを焼き始めて、パティシェでもないくせに。もう滅茶苦茶です」
深夜のテンションがうかがえた。結果は推して知るべしである。
「ああー」
「なので、実は朝から工場でパウンドケーキを焼いてもらっています。袋詰めまでしてくださるそうで、間に合わせてもらって、披露宴の終了までに取りに行って戻る予定です」
「なるほど」
「引き菓子とプチギフトは、シェフにフィナンシェを焼いてもらいました。着いたら冷めていると思います。港店と新町店にあった在庫のドラジェを分けてもらってきたので、これらをラッピング予定です。お手数ですが、給仕の手が足りないので、給仕してもらいながら、合間にラッピングをお願いします」
「了解です!」
現地の仕事について指示を受けるうちに、目的地に到着した。丘の上にある瀟洒な別荘地の裏手にまわり、すでに到着している配送車の横に停める。
裏方は、「さぁ! ばりばりいくわよ!」と、店長が空元気のハイテンションで采配を振るっていた。
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