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四 ホワイトデーの話
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事の起こりは三月初めのことである。
あるニュースに、社内は水面下で騒然としていた。本店の朝礼で、新しく就任するという役員の挨拶の際は誰も口を開かずにいたが、朝礼が解散になると各々が噂話に興じたのだった。
事情を何も知らない俺は、なんとなく雰囲気が変わったことを感じつつ、そのうち分かるだろうとのんきに構えていた。
果物の下処理をしていると、小太りヒゲ面の本店店長がくねくねしながらやってきた。
「まさか輝人様が復帰するなんて……知ってたら朝シャンしたのにぃ」
店長は悔しげに爪を噛んでいる。
「どういう方なんですか?」
「狭山くん知らないわよねっ! 教えてあげるっ」
話したくてたまらないといった様子で店長はうきうき語り始めた。
「輝人様はねっ、んー、簡単にいうと分家の長男なのよ。寿人様のお兄さんね」
「あ、だから似てるんですね」
「そうなのよ! 輝人様は新卒でこの会社の役員になったの。十年前にね。当時、本家と分家の派閥があってね! 創業者の息子二人が経営権争いしてたのね。本家の後継者が手を引いたから、分家が経営権をとってそれが今のシェフパティシェ社長なのね。孫息子の輝人さんはそこに入ってきたの」
「ややこしいですね」
「顔がいい血筋が残ったのよ!」
家系図は頭がこんがらがったものの、店長の偏った説明はわかりやすかった。
「でもね。あいにく輝人様は……顔しか良くなかったの……いや、学歴も良いんだけど……ネ……」
と、そこで店長はスタッフに呼ばれて去っていった。
それからしばらく、店長と話す機会はなかったものの、厨房スタッフ同士で作業しながら情報を共有したり、お昼休憩の際にエリアマネージャーがやってきて教えてもらったところによると、長男は経営能力を始めとするあらゆる資質に欠けるため、しばらくのあいだ他所で修行することになり、この会社を辞めたらしい。
そして数年経ち、このたび、満を持して戻ってきたのだそうだ。
うわさばなしがどれほど流れようと、経営陣の変化など、下の者にはあまり関係がない。店の運営は、上の意向をマネージャーが各店舗の店長とシェフに伝え、さらに下に大勢の店舗スタッフがいる。
俺は工場出身で、工場にいったり本店にいったりと越境するので、遊軍的な扱いとして、店長ではなくマネージャーから直接指示を受けることもあるが、いずれにせよ立場としては平スタッフのひとりに過ぎない。だから俺が上のひとたちのあれこれを気にする必要はなにもない。無関係だ。
ただ気になるのが、輝人さんがやってきて、本社で姿を見るようになって以来、寿人さんの姿を本社で見なくなったことだ。めっきりと顔を見せなくなったのである。
店長も「狭山くんに会いにきてたはずなのに、どうなってるの!?」と憤っていた。それはどうかは知らないが、なんとなく日々が過ぎていく。
次に寿人さんと顔を合わせたのは、三月十四日の明け方のことだ。
一人暮らしのアパートで、俺は毎朝五時に目覚ましをかけている。
目覚ましと同時に、電話が鳴ったのだった。
事の起こりは三月初めのことである。
あるニュースに、社内は水面下で騒然としていた。本店の朝礼で、新しく就任するという役員の挨拶の際は誰も口を開かずにいたが、朝礼が解散になると各々が噂話に興じたのだった。
事情を何も知らない俺は、なんとなく雰囲気が変わったことを感じつつ、そのうち分かるだろうとのんきに構えていた。
果物の下処理をしていると、小太りヒゲ面の本店店長がくねくねしながらやってきた。
「まさか輝人様が復帰するなんて……知ってたら朝シャンしたのにぃ」
店長は悔しげに爪を噛んでいる。
「どういう方なんですか?」
「狭山くん知らないわよねっ! 教えてあげるっ」
話したくてたまらないといった様子で店長はうきうき語り始めた。
「輝人様はねっ、んー、簡単にいうと分家の長男なのよ。寿人様のお兄さんね」
「あ、だから似てるんですね」
「そうなのよ! 輝人様は新卒でこの会社の役員になったの。十年前にね。当時、本家と分家の派閥があってね! 創業者の息子二人が経営権争いしてたのね。本家の後継者が手を引いたから、分家が経営権をとってそれが今のシェフパティシェ社長なのね。孫息子の輝人さんはそこに入ってきたの」
「ややこしいですね」
「顔がいい血筋が残ったのよ!」
家系図は頭がこんがらがったものの、店長の偏った説明はわかりやすかった。
「でもね。あいにく輝人様は……顔しか良くなかったの……いや、学歴も良いんだけど……ネ……」
と、そこで店長はスタッフに呼ばれて去っていった。
それからしばらく、店長と話す機会はなかったものの、厨房スタッフ同士で作業しながら情報を共有したり、お昼休憩の際にエリアマネージャーがやってきて教えてもらったところによると、長男は経営能力を始めとするあらゆる資質に欠けるため、しばらくのあいだ他所で修行することになり、この会社を辞めたらしい。
そして数年経ち、このたび、満を持して戻ってきたのだそうだ。
うわさばなしがどれほど流れようと、経営陣の変化など、下の者にはあまり関係がない。店の運営は、上の意向をマネージャーが各店舗の店長とシェフに伝え、さらに下に大勢の店舗スタッフがいる。
俺は工場出身で、工場にいったり本店にいったりと越境するので、遊軍的な扱いとして、店長ではなくマネージャーから直接指示を受けることもあるが、いずれにせよ立場としては平スタッフのひとりに過ぎない。だから俺が上のひとたちのあれこれを気にする必要はなにもない。無関係だ。
ただ気になるのが、輝人さんがやってきて、本社で姿を見るようになって以来、寿人さんの姿を本社で見なくなったことだ。めっきりと顔を見せなくなったのである。
店長も「狭山くんに会いにきてたはずなのに、どうなってるの!?」と憤っていた。それはどうかは知らないが、なんとなく日々が過ぎていく。
次に寿人さんと顔を合わせたのは、三月十四日の明け方のことだ。
一人暮らしのアパートで、俺は毎朝五時に目覚ましをかけている。
目覚ましと同時に、電話が鳴ったのだった。
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