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五 フルーツタルトの話
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遅出だった俺は、出勤してからその話を聞かされた。
いつものように果物やナッツの下処理をしていると、ヒゲ店長がふらふらとやってきて、憔悴しきっていて、事情を訊ねようか迷っていたら、店長が勝手に喋り始めたのだ。
「どうしよう。アタシのせいよ」
「どうしたんです」
俺は手を止めずに訊ねた。
「寿人様、クビにされちゃうかもしれない」
「えっ」
俺は手を止めた。あやうく手元が狂い、ナイフで手を切るところだった。
寿人さんがクビになったら、工場も、新店舗も立ち行かなくなる気がする。
他のスタッフの顔を伺うと、みな一様に暗く、店長の話に訂正は入らない。
寿人さんがクビ?
「一体どうして」
「今朝、ハロウィンのディスプレイ用に開けていたスペースを、輝人様が使い始めて……それがあまりにもセンスがなくて……あぁ、思い出すと、どうしてアタシ、あんなつまらないことで食ってかかっちゃったのかしら……」
マネージャーがやってきて、すんすん泣きそうな店長を店に追いやった。小窓を覗くと、店に立つ店長はしゃんとしている。
「まだ本決まりじゃないよ」
「それでなんで店長じゃなくて寿人さんが」
「寿人さんが、輝人さんに怒った店長を庇ったんだよ。現場を尊重しろと」
「それでクビですか?」
「この会社は長男教だからな。社長が激怒して寿人さんを呼び出した」
マネージャーが以前も言っていた、謎の宗教だ。
「正直、店長も鬱憤たまってたんだ。あの人はデザインとブランド戦略を学んで大手アパレルから社長に引き抜かれて入ってきたその道のプロだし、輝人さんは思いつきだし、社長は輝人さんに手を焼いてるくせにこっちに押し付けるから」
思いがけず店長は本店店長らしい経歴だった。
たしかに、商品開発は、社長を中心にシェフ陣がレシピを考案し、パッケージや販売戦略に関しては店長を通る。店長は、あまり分業化が進んでいないこの小企業で、横断的に仕事をしているうちのひとりだ。
「寿人さんがいなければ成り立たないのに、残念だな……」
「寿人さんがやめたら、工場も、新しい店も、どうなるんです。明後日がオープンなのに」
「せめてオープンだけはと食い下がってたよ」
本決まりではないと言いながらも、マネージャーは諦めの境地に至っている。
店長はまた戻って来て「あたしのせいで……」としくしく泣いている。
遅出だった俺は、出勤してからその話を聞かされた。
いつものように果物やナッツの下処理をしていると、ヒゲ店長がふらふらとやってきて、憔悴しきっていて、事情を訊ねようか迷っていたら、店長が勝手に喋り始めたのだ。
「どうしよう。アタシのせいよ」
「どうしたんです」
俺は手を止めずに訊ねた。
「寿人様、クビにされちゃうかもしれない」
「えっ」
俺は手を止めた。あやうく手元が狂い、ナイフで手を切るところだった。
寿人さんがクビになったら、工場も、新店舗も立ち行かなくなる気がする。
他のスタッフの顔を伺うと、みな一様に暗く、店長の話に訂正は入らない。
寿人さんがクビ?
「一体どうして」
「今朝、ハロウィンのディスプレイ用に開けていたスペースを、輝人様が使い始めて……それがあまりにもセンスがなくて……あぁ、思い出すと、どうしてアタシ、あんなつまらないことで食ってかかっちゃったのかしら……」
マネージャーがやってきて、すんすん泣きそうな店長を店に追いやった。小窓を覗くと、店に立つ店長はしゃんとしている。
「まだ本決まりじゃないよ」
「それでなんで店長じゃなくて寿人さんが」
「寿人さんが、輝人さんに怒った店長を庇ったんだよ。現場を尊重しろと」
「それでクビですか?」
「この会社は長男教だからな。社長が激怒して寿人さんを呼び出した」
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「正直、店長も鬱憤たまってたんだ。あの人はデザインとブランド戦略を学んで大手アパレルから社長に引き抜かれて入ってきたその道のプロだし、輝人さんは思いつきだし、社長は輝人さんに手を焼いてるくせにこっちに押し付けるから」
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たしかに、商品開発は、社長を中心にシェフ陣がレシピを考案し、パッケージや販売戦略に関しては店長を通る。店長は、あまり分業化が進んでいないこの小企業で、横断的に仕事をしているうちのひとりだ。
「寿人さんがいなければ成り立たないのに、残念だな……」
「寿人さんがやめたら、工場も、新しい店も、どうなるんです。明後日がオープンなのに」
「せめてオープンだけはと食い下がってたよ」
本決まりではないと言いながらも、マネージャーは諦めの境地に至っている。
店長はまた戻って来て「あたしのせいで……」としくしく泣いている。
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