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五 フルーツタルトの話
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仕事は午後七時に終わった。父親の店に立ち寄り、アパートに帰って、明日は休みだと思いながら、時間を過ごしていた。夜中の十二時近くになって、電話がかかってきた。寿人さんだ。
「はい」
『お疲れ様です。今、いいですか?』
「はい」
『近くにいまして……遅くにごめんなさい。会いたいです』
一度電話を切って、俺は外に出た。寿人さんの車は、アパートの駐車場の隅に停まっている。助手席に乗り込み、近くの公園の駐車場に停める。
寿人さんは俺の手を握って、俺のシートを倒し、黙って胸に縋りついてきた。
「僕のこと、聞きました?」
「……聞きました。でも、あれって寿人さんに責任あります? 輝人さん激ヤバじゃないですか。言っちゃあなんですが、戻ってくるときからかなり戦々恐々とされてましたよ」
「うちは長男教なんです」
「その長男教っていったい何なんですか? みんな口揃えて言うけど、さっぱり理解できないんで」
「つまり長男が絶対なんです。欲しいものも、行きたい場所も、なにもかもが長男中心。教育格差はなかったですが、僕は空気のような存在です」
「そんな扱いで、ずっと我慢してたんですか?」
だから、と寿人さんは俺の手を自分の頬に持っていって当てた。
怒っているみたいに表情を歪めている。
「だから狭山さんが、福利厚生だって、ケーキを半分にしてくれたことも、リクエストして作ってくれた僕の誕生日ケーキも、嬉しかった。あの場所で僕が祝われたことは、一度もなかったから」
地獄のような修羅場をふたりで乗り越えた記憶など俺は思い出したくもないのに、寿人さんは涙をこぼしながら絞り出すように言って、涙をこぼして目を閉じる。
嗚咽を漏らす頭を撫でて宥め、しばらく経ってから俺は言った。
「……こんな会社、寿人さんがいなきゃ、どこも回らないですよ。工場はさておき、新店舗なんてとくにどうするんです。これからってときに」
「ああ、あそこは大丈夫ですよ。一応僕もオープンを見届けるんですが、新店舗自体は別の店長に任せることが最初から決まっているんです。だから問題ありません」
「でも、辞めるなんて」
「いえ。……辞めずに、次の店の立ち上げに行くことになりました」
「あ、そうなんですか……」
首の皮一枚つながったということか。
しかし、あの理不尽な会社にまだ残るのだろうか。
「今度はさらに遠いんですよ。プレオープンで招待した系列百貨店の引き合いがあって、通いだと往復四時間はかかりそうです。社内の誰かがやらないといけないとはいえ、仕事量が多すぎて体が足りません。懲罰的な人事だから人を入れてもくれないし」
「……前の会社にずっといたらよかったのに」
「祖父のいうことは絶対です。だから縁を切るか、会社に入るかを選ぶことになりました。正直、縁を切りたかった。だけど、会社に入って……今となっては、狭山さんとこうしていることでお釣りが来ます」
「でも俺としては、寿人さんが、社内で冷遇されてるの聞くの、結構つらいんですよ。勝手に戦友だと思ってるんで」
「とりあえず、仕事の話はやめましょう」
寿人さんは俺の指に指を絡ませる。すると、仕事の話のときのぎすぎすした雰囲気は和らいだ。
俺はその指を握りながら言った。
「疲れてるでしょ?」
「ぜんぜん」
「俺は明日休みなんで、まだ起きていられますけど」
「さっき本店のシフト表を確認して、狭山さん明日休みだなって」
「あは、そういう公私混同? 職権乱用? はアリなんだ」
「どうする?」
寿人さんは起き上がり、俺の指をとって指先に口付けた。
仕事は午後七時に終わった。父親の店に立ち寄り、アパートに帰って、明日は休みだと思いながら、時間を過ごしていた。夜中の十二時近くになって、電話がかかってきた。寿人さんだ。
「はい」
『お疲れ様です。今、いいですか?』
「はい」
『近くにいまして……遅くにごめんなさい。会いたいです』
一度電話を切って、俺は外に出た。寿人さんの車は、アパートの駐車場の隅に停まっている。助手席に乗り込み、近くの公園の駐車場に停める。
寿人さんは俺の手を握って、俺のシートを倒し、黙って胸に縋りついてきた。
「僕のこと、聞きました?」
「……聞きました。でも、あれって寿人さんに責任あります? 輝人さん激ヤバじゃないですか。言っちゃあなんですが、戻ってくるときからかなり戦々恐々とされてましたよ」
「うちは長男教なんです」
「その長男教っていったい何なんですか? みんな口揃えて言うけど、さっぱり理解できないんで」
「つまり長男が絶対なんです。欲しいものも、行きたい場所も、なにもかもが長男中心。教育格差はなかったですが、僕は空気のような存在です」
「そんな扱いで、ずっと我慢してたんですか?」
だから、と寿人さんは俺の手を自分の頬に持っていって当てた。
怒っているみたいに表情を歪めている。
「だから狭山さんが、福利厚生だって、ケーキを半分にしてくれたことも、リクエストして作ってくれた僕の誕生日ケーキも、嬉しかった。あの場所で僕が祝われたことは、一度もなかったから」
地獄のような修羅場をふたりで乗り越えた記憶など俺は思い出したくもないのに、寿人さんは涙をこぼしながら絞り出すように言って、涙をこぼして目を閉じる。
嗚咽を漏らす頭を撫でて宥め、しばらく経ってから俺は言った。
「……こんな会社、寿人さんがいなきゃ、どこも回らないですよ。工場はさておき、新店舗なんてとくにどうするんです。これからってときに」
「ああ、あそこは大丈夫ですよ。一応僕もオープンを見届けるんですが、新店舗自体は別の店長に任せることが最初から決まっているんです。だから問題ありません」
「でも、辞めるなんて」
「いえ。……辞めずに、次の店の立ち上げに行くことになりました」
「あ、そうなんですか……」
首の皮一枚つながったということか。
しかし、あの理不尽な会社にまだ残るのだろうか。
「今度はさらに遠いんですよ。プレオープンで招待した系列百貨店の引き合いがあって、通いだと往復四時間はかかりそうです。社内の誰かがやらないといけないとはいえ、仕事量が多すぎて体が足りません。懲罰的な人事だから人を入れてもくれないし」
「……前の会社にずっといたらよかったのに」
「祖父のいうことは絶対です。だから縁を切るか、会社に入るかを選ぶことになりました。正直、縁を切りたかった。だけど、会社に入って……今となっては、狭山さんとこうしていることでお釣りが来ます」
「でも俺としては、寿人さんが、社内で冷遇されてるの聞くの、結構つらいんですよ。勝手に戦友だと思ってるんで」
「とりあえず、仕事の話はやめましょう」
寿人さんは俺の指に指を絡ませる。すると、仕事の話のときのぎすぎすした雰囲気は和らいだ。
俺はその指を握りながら言った。
「疲れてるでしょ?」
「ぜんぜん」
「俺は明日休みなんで、まだ起きていられますけど」
「さっき本店のシフト表を確認して、狭山さん明日休みだなって」
「あは、そういう公私混同? 職権乱用? はアリなんだ」
「どうする?」
寿人さんは起き上がり、俺の指をとって指先に口付けた。
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