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五 フルーツタルトの話
7* 最終話(※)
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7*(最終話)
俺が暮らすアパートは手狭なワンルームで、当然シングルベッドだ。
成人男性二人では耐荷重を超えているため、マットレスを引きずって床の上に敷いた。何の準備だと恥ずかしく思いながら。
上着を脱ぎ、ワイシャツやインナーをも脱ぎ始めた寿人さんに、酒でも入らないとできないかもしれないと弱音を吐いて牽制してみたものの、寿人さんは真顔で、呑む時間が惜しいと早口で言い、まったく取り合ってくれなかった。
会話の途中で勝手に明かりを常夜灯に変えられて、部屋が一面橙色になる。
抱きしめられて、貪るように深く口づけながら。体温や息遣い。これからおこなわれることを彷彿とするすべてに、心臓が壊れそうなほどの音を立てている。
額や頬を寄せていると、寿人さんが訊ねてくる。
「今夜、奏太さんって呼んでもいい?」
「……えーっと、奏太でも、べつに」
「じゃあ僕も、寿人でいきましょう」
「寿人……」
暗くても笑顔になっているのが肌の感触でわかる。
「その笑顔なんですけど」
「はい?」
「絶対バレるんで」
「……?」
「……寿人、俺のこと好きでしょ」
「それが?」
「好きって、顔に書いてある。俺を見るたびに、マジックでデカデカと書いてある」
寿人さんあらため寿人は、片手で顔を覆っている。
「……付き合ってるの、隠し通せそうにない?」
「どうも、一部にはすでにバレてる気がする」
まだ噂は広まっていなくとも、時間の問題だと思う。
そのとき、俺は一体、どう言い訳をするのだろう。
「すみません。奏太の立場が悪くなるかもしれない」
「そうなったら辞めますよ。入ったときのことを考えると、続けてるほうが想定外ですし」
「会えなくなるのは嫌だよ」
「職場以外で会えばいいでしょ。恋人同士なんだから」
あ、嬉しそう。
暗闇のなかで表情が変わって、寿人が何を考えているのか、手に取るようにわかる。
それからはお互いに黙って、仕事のことは忘れた。それどころではなくなったという状態ともいえる。愛撫されて、俺も寿人を色々触った。
無我夢中だ。寿人が入ってきたときには、何も考えられなくなっていた。アパートの壁は薄いので、へんな声が出て隣室に聞こえないように、自分で自分の口を押さえる。
寿人も、ゆっくりと動きながら、耳元で小声で話すように努めている。
「奏太、平気?」
濡れた声で問われて、俺は息も絶え絶えになりながら答えた。
「へ、平気じゃない……」
「ゆっくり動くんで」
「声、出そ、ほんと、ゆっくり」
「でも声聞きたいな……」
「む、むり。へんな声、でる」
「ごめん。可愛い……」
恥を忍んで俺が初めてだと告げると、寿人も実のところ初体験だと衝撃的な告白をしてきた。なんとなく気が抜けて、初めて同士のわりには上手くいったほうなんじゃないかと思う。
しがみついているうちにことが終わり、息を整えて、寿人が先に着替え始めた。俺は半裸のまま起き上がる。
「っ……」
「動ける? 大丈夫?」
「なんとか……」
明かりをつけて、冷蔵庫から取り出したペットボトルの水を寿人に渡した。
「半分飲む?」
「いただきます」
それから俺は、同じく冷蔵庫の中に入っていた、透明ビニール袋入りの焦げたタルト台を取り出した。
帰宅途中に立ち寄った父の店で、どんぶり勘定の父が、性懲りもなく福利厚生だといって渡してきたものだ。アーモンドパウダーを多めに配合したもので香ばしい。
職業柄、美味しいお菓子は山程食べた。そのうえで評価すると、客観的にはふつうの味だ。いつもの洗練された味とは異なり、大味で、まずくはないものの、繊細とは言い難い。
だが妙に懐かしかった。これを食べて育ったなぁという感じがする。
「これ親父が作ったのなんだけど……」
「お父さんが。会ったんですか」
「うん」
会ったとき、父は、元工場長が横領していたことを知っていた。
どうやら本人から謝罪と賠償の話があったらしく、これを男気で断ったと言っていた。
気づかなかった自分が悪い、とのたまっていたが、そのあと母に訊ねたところ、父はすでに破産手続きが終わっている身なので、債権がどうとか、面倒くさいことをしたくなかっただけだろうと切り捨てていた。
俺はタルト台を半分にする。
「寿人も食べる?」
「……半分こ」
半分のタルト台を受け取った寿人は、ふにゃっと笑っている。
やはり、俺にしか見せないこの笑顔のせいで、交際していることが露見するのは時間の問題だと思った。
<終わり>
俺が暮らすアパートは手狭なワンルームで、当然シングルベッドだ。
成人男性二人では耐荷重を超えているため、マットレスを引きずって床の上に敷いた。何の準備だと恥ずかしく思いながら。
上着を脱ぎ、ワイシャツやインナーをも脱ぎ始めた寿人さんに、酒でも入らないとできないかもしれないと弱音を吐いて牽制してみたものの、寿人さんは真顔で、呑む時間が惜しいと早口で言い、まったく取り合ってくれなかった。
会話の途中で勝手に明かりを常夜灯に変えられて、部屋が一面橙色になる。
抱きしめられて、貪るように深く口づけながら。体温や息遣い。これからおこなわれることを彷彿とするすべてに、心臓が壊れそうなほどの音を立てている。
額や頬を寄せていると、寿人さんが訊ねてくる。
「今夜、奏太さんって呼んでもいい?」
「……えーっと、奏太でも、べつに」
「じゃあ僕も、寿人でいきましょう」
「寿人……」
暗くても笑顔になっているのが肌の感触でわかる。
「その笑顔なんですけど」
「はい?」
「絶対バレるんで」
「……?」
「……寿人、俺のこと好きでしょ」
「それが?」
「好きって、顔に書いてある。俺を見るたびに、マジックでデカデカと書いてある」
寿人さんあらため寿人は、片手で顔を覆っている。
「……付き合ってるの、隠し通せそうにない?」
「どうも、一部にはすでにバレてる気がする」
まだ噂は広まっていなくとも、時間の問題だと思う。
そのとき、俺は一体、どう言い訳をするのだろう。
「すみません。奏太の立場が悪くなるかもしれない」
「そうなったら辞めますよ。入ったときのことを考えると、続けてるほうが想定外ですし」
「会えなくなるのは嫌だよ」
「職場以外で会えばいいでしょ。恋人同士なんだから」
あ、嬉しそう。
暗闇のなかで表情が変わって、寿人が何を考えているのか、手に取るようにわかる。
それからはお互いに黙って、仕事のことは忘れた。それどころではなくなったという状態ともいえる。愛撫されて、俺も寿人を色々触った。
無我夢中だ。寿人が入ってきたときには、何も考えられなくなっていた。アパートの壁は薄いので、へんな声が出て隣室に聞こえないように、自分で自分の口を押さえる。
寿人も、ゆっくりと動きながら、耳元で小声で話すように努めている。
「奏太、平気?」
濡れた声で問われて、俺は息も絶え絶えになりながら答えた。
「へ、平気じゃない……」
「ゆっくり動くんで」
「声、出そ、ほんと、ゆっくり」
「でも声聞きたいな……」
「む、むり。へんな声、でる」
「ごめん。可愛い……」
恥を忍んで俺が初めてだと告げると、寿人も実のところ初体験だと衝撃的な告白をしてきた。なんとなく気が抜けて、初めて同士のわりには上手くいったほうなんじゃないかと思う。
しがみついているうちにことが終わり、息を整えて、寿人が先に着替え始めた。俺は半裸のまま起き上がる。
「っ……」
「動ける? 大丈夫?」
「なんとか……」
明かりをつけて、冷蔵庫から取り出したペットボトルの水を寿人に渡した。
「半分飲む?」
「いただきます」
それから俺は、同じく冷蔵庫の中に入っていた、透明ビニール袋入りの焦げたタルト台を取り出した。
帰宅途中に立ち寄った父の店で、どんぶり勘定の父が、性懲りもなく福利厚生だといって渡してきたものだ。アーモンドパウダーを多めに配合したもので香ばしい。
職業柄、美味しいお菓子は山程食べた。そのうえで評価すると、客観的にはふつうの味だ。いつもの洗練された味とは異なり、大味で、まずくはないものの、繊細とは言い難い。
だが妙に懐かしかった。これを食べて育ったなぁという感じがする。
「これ親父が作ったのなんだけど……」
「お父さんが。会ったんですか」
「うん」
会ったとき、父は、元工場長が横領していたことを知っていた。
どうやら本人から謝罪と賠償の話があったらしく、これを男気で断ったと言っていた。
気づかなかった自分が悪い、とのたまっていたが、そのあと母に訊ねたところ、父はすでに破産手続きが終わっている身なので、債権がどうとか、面倒くさいことをしたくなかっただけだろうと切り捨てていた。
俺はタルト台を半分にする。
「寿人も食べる?」
「……半分こ」
半分のタルト台を受け取った寿人は、ふにゃっと笑っている。
やはり、俺にしか見せないこの笑顔のせいで、交際していることが露見するのは時間の問題だと思った。
<終わり>
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クレイジーなのは、
お兄様だけじゃなくて
寿人さん以外の長男教のみなさんですね!!
こーゆーのみると
親族経営の会社って怖いな〜って思います
寿人さん、
狭山くんにたっぷり癒されますように〜
親族経営の会社はおすすめできません…笑
でも小さい会社だとかなり多いです!大企業でもふつうにあります笑
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お読みいただきありがとうございました(*´ω`*)
聞けば聞くほど、
クレイジーなお兄様、、、^^;
寿人さんの淡々と話す感じが
今までも迷惑かけられてきたんだろうなぁ
ってひしひし伝わりますね!
これはもう、狭山くんを独り占め(?)
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癒やしを得てもらわないと(^^)
こんばんはー!
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