甘くないケーキを半分こ

みつきみつか

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二 年末年始の誕生日ケーキ

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 クリスマス前の一週間は、無になってジェノワーズを焼き続けた。あの地獄の一週間が、寿人さんの脳内で美化されてしまったのだろうか。俺は思い出すのも嫌なのに。
 寿人さんは、まったく楽しそうでもなく真顔で言った。

「案外、楽しかったです」

 俺はブッシュドノエルのなりそこないを取る。
 寿人さんがブッシュドノエルをぶつけてくる。

「修羅場明けはコレに限りますね」
「たしかに俺的に、さっき寿人さんに見つかったときは、かなり修羅場でしたけど」
「でしょう。狭山さんの目的がわかってからは、真実を話したいとは思っていたんです。なかなか伝える機会がなく、今朝、とうとう狭山さんに言うチャンスが訪れたと思って、内心ドキドキしていました」
「絶対嘘でしょソレ」
「顔に出ないだけです」
「あいにく乾杯する気になれないですよ」

 人生で一二を争う最低な気分の日だ。
 横領の犯人が、長年父が信頼をおいていた工場長だった。それがわかった日だ。そして彼を追及することはもうできない。連絡先を知らないのは、彼が、もう復帰することはないからといって固辞したからだ。そのとき、彼の説明に納得した。
 俺の負けだ。工場を潰され、逃げられた。許しがたい。
 だがもう遅い。
 寿人さんは言った。

「じゃあ、僕の誕生日をお祝いしてくれませんか。今日なんです」
「あー、なるほど。寿って正月ってことなんですね」
「ハッピーバースデー、僕」

 寿人さんが常に真顔なので、シュールで笑えてくる。

「ハッピーバースデー」

 と言うと、寿人さんは何も言わず、少し俯いて、微笑んでいた。ケーキは美味しいそうだ。そういや、前のときも甘くないと呟いていた。あれは彼なりの褒め言葉だったらしい。
 わかりづらいひとだな……。
 俺は訊ねた。

「……横領のこと、どうするんですか」
「上に報告済みです。ここだけの話、会社がどうするのかはまだ決まっていませんが、取り返せるものがなさそうなら諦める方針です。費用倒れになる可能性が高いので」
「そうですか……」
「業界がブラックで、金払いが悪いですからね。従業員の生活をないがしろにしてきたツケかもしれません」

 そして寿人さんは肩を落とした。

「……狭山さん。辞めないでください」
「……」

 俺は、なぜ父が大切にしていた事業が、わけもなく傾いていったのか。買収されて新しくなった工場に、その結論を見つけようとした。
 ここにあったはずのマロンペースト缶、誰か使ったかな、という職人のふとした言葉に、誰かが材料を横流ししているのではと疑うようになった。
 それからは、スタッフの動向をチェックしながら、俺は発注を担当するまでになった。
 シンプルな犯行だ。材料を多めに発注して、納品の際に抜き取る。この会社のチェック体勢は機能しておらず、発注と検品の両方を担えば、横領し放題だ。
 ならば、過去の発注者と検品者を調べたらわかるかもしれない。スタッフの筆跡を調べ、過去の発注書を探す機会をうかがっていた。

「俺の存在って、会社に実害はないとはいえ、勝手なことをして、スパイみたいでしょ。むしろいま辞めさせたほうがよくないですか? 悪事じゃないから結果的に問題ないとはいえ、オフィスを家探ししたりするし」

 寿人さんは持ち前の早口で言った。

「見られて困るものなんてありませんよ。むしろ、あなたみたいな人は、常に会社に、疑いの目を向けていてください。それで、誰が担当したって不正が起こらないシステム作りをしましょう。それがいい。魔が差すという言葉があるとおり、横領というのは、できる隙があると起こるものなんです。以前勤めた会社でも起こりました。大企業なんですが。そうなると、こんな発展途上の、吹けば飛ぶような零細企業では、まだまだやることは山積みで、今日だって正月に出勤ですし、僕ひとりの手には余るわけで。だったら狭山さんと僕がいれば安泰だといえます」

 寿人さんは言葉を切る。

「まー、安月給ですし、将来性も怪しいですし、おすすめはしませんけど」

 俺を育ててくれた工場が買収されてよかったとなんて思いたくない。だが、上に立つ人が変わっても、なかにいる人が変わっても、ここがずっと続いていってほしい。そういう想いを見透かされているみたいだった。
 寿人さんは本心からのように微笑んだ。
 早口ではなく、ゆっくり、落ち着いた声音で言った。

「単に、僕が、これからもあなたと一緒に働きたいんです。でも、どうしてもというなら辞めてもいいですよ。でも辞めないでほしいと思っていることを覚えておいてほしいです」
「……わかりました」




<続く>
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