甘くないケーキを半分こ

みつきみつか

文字の大きさ
12 / 28
三 バレンタインの話

しおりを挟む
 第三章

   1

「狭山くーん。五時だけど、あがりー?」

 俺は作業台を拭き、顔を上げる。

「あ、はい」

 小太りヒゲ面の店長が厨房に入ってくる。冷蔵庫の中身をボードに書いて引継ぎをし、本日の業務は終了だ。

「タルトは、いちご、いちじく、チョコ、クリーム、レアチーズ。生ケーキ各種、シュークリームはプレーンとショコラ。予約はいつもどおり下です」
「了解!」
「お店どうですか?」
「バレンタイン商戦は今がピークよ!」

 本店の店長はコマーシャルのような決め台詞で気合をいれ、スタッフに呼ばれてレジに飛んでいった。
 本店の厨房から、小窓を介して店舗が眺められる。バレンタインの装飾がふんだんにあしらわれ、全体的に赤とピンク。女性客でごった返している。おじさんは店長だけだ。
 俺は厨房の裏に向かい、更衣室をノックする。返事がないので開けて着替える。
 着替え終わった頃、ノックされた。

「はい」
「狭山さん」
「寿人さん」

 慌てて着替えを終え、ドアを開ける。
 そこにはスーツ姿の寿人さんが立っていた。

「寿人さん、こっちに来てたんですか。お疲れ様です。ここで着替えですか? あ、俺終わったんで」
「いえ、着替えではないです。狭山さんがまだ残っていると店長に聞いて。お疲れ様です。すみません、お着替え中に」
「もう帰りますよ! ほら、五時ですし」

 遅番の朝七時出勤なので多少は残業しているが、工場に勤めていた頃よりはるかに改善している。いまでは休日も週二で、正直いって家にいてもやることがないが、職場にいると寿人さんの視線が厳しいので、きちんと休んでいる。
 本店に異動となったのは一月末のことだった。本店スタッフの穴埋めのために応援派遣され、シェフパティシェに、そのまま本店にいないかと打診され、正式に異動となったのだ。
 寿人さんはふだんは工場長として工場にいる。だが本店のすぐそばにある本社でも仕事があるため、思いの外、ここで会うことが多い。俺の姿を見かけると、働きすぎてやいないか、辞めるつもりではないか、と声を掛けてくる。
 つまり、目をつけられている。

「早く帰れといいにきたのではなくて。もちろんそれもありますが……」
「帰ります! お疲れ様でした!」

 俺は勢いよく言った。
 寿人さんは背も高くて大きいので見下されるし、きれいな目でじっと見つめられると緊張するのだ。時々相好を崩すこともあるが基本的には無表情なので怒っているように見えるのがデフォルトである。怒っていないとはわかっているけれど。

「いえ、待って。狭山さんが、本店で、その、なにか不自由してないかを聞こうと」
「え……あぁ、みなさんにはよくしてもらってます」
「えーっと、工場の後工程という視点で、何か言いたいこととか」
「あー」

 工場で作られる大量生産可能な製品は、その後、各店舗に送られる。後工程である本店に勤務して半月が経ち、目まぐるしく作業をこなすうち、工場では見えなかったものがたしかにみえてきた。
 寿人さんは言った。

「改善というと角が立つのはわかります。自分が工場に戻ったらこう変えようと思うという点があれば、遠慮なく」
「……工場にどう伝えるかは、ちょっと配慮してほしいんですけど」
「それとなく」
「俺が戻ったら、天板の掃除は丁寧にします。古くて曲がった天板は捨てて、厚さ……品質が均一になるようにしようかな……へへ」
「ふふ。そういうの」

 寿人さんは笑った。

「伝え方、おねがいしますよ」
「僕の意見として言います。他には?」
「今はこんなところです。まだ仕事についていくので精一杯です。製菓学校出てますけど、コンクールに出るような精鋭じゃなかったですし、技術不足で。やっぱりこっちは違いますね。まだまだ、俺なんて頭数って感じ。いろんなことをしないといけなくて」
「がんばりすぎないようにしてください。あなたはいつもそうなので、少し心配……」
「今のところ、辞めるつもりは……」
「あっ! まだいた! 狭山くーん!」

 と、そこに店長がやってきた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。 死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!? 「こんなところで寝られるか!」 極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く! ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。 すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……? 「……貴様、私を堕落させる気か」 (※いいえ、ただ快適に寝たいだけです) 殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。 捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!

ビジネス婚は甘い、甘い、甘い!

ユーリ
BL
幼馴染のモデル兼俳優にビジネス婚を申し込まれた湊は承諾するけれど、結婚生活は思ったより甘くて…しかもなぜか同僚にも迫られて!? 「お前はいい加減俺に興味を持て」イケメン芸能人×ただの一般人「だって興味ないもん」ーー自分の旦那に全く興味のない湊に嫁としての自覚は芽生えるか??

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

若頭の溺愛は、今日も平常運転です

なの
BL
『ヤクザの恋は重すぎて甘すぎる』続編! 過保護すぎる若頭・鷹臣との同棲生活にツッコミが追いつかない毎日を送る幼なじみの相良悠真。 ホットミルクに外出禁止、舎弟たちのニヤニヤ見守り付き(?)ラブコメ生活はいつだって騒がしく、でもどこかあったかい。 だけどそんな日常の中で、鷹臣の覚悟に触れ、悠真は気づく。 ……俺も、ちゃんと応えたい。 笑って泣けて、めいっぱい甘い! 騒がしくて幸せすぎる、ヤクザとツッコミ男子の結婚一直線ラブストーリー! ※前作『ヤクザの恋は重すぎて甘すぎる』を読んでからの方が、より深く楽しめます。

【本編完結】才色兼備の幼馴染♂に振り回されるくらいなら、いっそ赤い糸で縛って欲しい。

誉コウ
BL
才色兼備で『氷の王子』と呼ばれる幼なじみ、藍と俺は気づけばいつも一緒にいた。 その関係が当たり前すぎて、壊れるなんて思ってなかった——藍が「彼女作ってもいい?」なんて言い出すまでは。 胸の奥がざわつき、藍が他の誰かに取られる想像だけで苦しくなる。 それでも「友達」のままでいられるならと思っていたのに、藍の言葉に行動に振り回されていく。 運命の赤い糸が見えていれば、この関係を紐解けるのに。

思ってたんと違うのがきた

桜まい
BL
実家を継ぐ為に脱サラして東京から田舎に帰ってきたイチゴ農家の藤堂樹(タツキ)。 1人ではキツく大学生の姫川瑠依をアルバイトとして雇うことになった。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(2024.10.21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

可愛いがすぎる

たかさき
BL
会長×会計(平凡)。

処理中です...