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番外編
お買い物してる二人
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お買い物してる二人
※未来が生まれる前の出来事です
「尚くん、お買い物はこれで全部?」
買い物リストを片手に持つ文弥さんに問われ、俺は頷いた。
「はい。今日のところは……」
本日、日曜日。
文弥さんの付き合いのある百貨店に来ていて、店頭であれこれと買い物中。
安定期に入ってから、体重に気をつけながらできるだけ動くようにしている俺は、買い物も自分ひとりで少しずつ行こうとしたのだけど、文弥さんに止められたのである。
文弥さんは、必要なものはネット通販か、外商で頼むよ、荷物は持たないで、歩くだけにして、などと言ったけれど、買い物は見て決めたいといったら納得してくれた。が、ついてくるといって聞かなかった。
百貨店では、買い物をするときは外商回しでというと、あとで自宅に届けてくれるらしい。
百貨店に入ることも、買い物することもほとんどなかった俺にとって未知の世界。
なんと、外商の担当の人を呼べば自宅に来て、商品の説明もしてくれるらしい。
しかも、時折、担当の男性がそばに来て、お困りのことはありませんかと訊ねてくる。
なんだか恐ろしい世界に踏み入れてしまった。くらくらする。
文弥さんは、ふらつく俺の背を支えてくれた。
「尚くん、大丈夫? 疲れた?」
「あ、少しだけ」
「休憩しよう。サロン近いかな」
答えたのは黒服よろしく三歩後ろに佇む外商の担当の人。
「ひとつ上の階にVIPルームがございます。エレベーターへご案内いたします」
VIPルーム!?
エレベーター、ご案内されなくても、五メートル先に見えてるのに。
「いえ、ちょっと座れる椅子さえあれば」
「あ、いい時間だし、このフロアのカフェか、上で休憩がてら何か食べようか」
「直進二十メートル先でございます」
「あっすぐそこだね、入れるかな?」
すぐそこの英国風カフェは、落ち着いた雰囲気の店で、客はいるものの、さほど混雑はしていなかった。
窓際のソファ席に通してもらった。眺めがいい。
文弥さんと向かい合って座り、メニュー表を開いて、混雑していない謎が解ける。
コーヒー1杯三千円の高級店だ。アフタヌーンティーともなると六千円と書いてある。
「からだはどう? 苦しくない?」
「はい! 大丈夫です!」
足が疲れて少し痛かったけれど、休めば大丈夫って程度だ。文弥さんは心配性。
「よかった。遠慮せずに、何でも頼んでね。お医者さんに叱られない程度に」
「えっと、はい」
「尚くん、美味しそうなもの見つけたんだね。どれかな?」
「え?」
「尚くん、とっても嬉しそうだから」
「……」
俺、嬉しそうな顔してたのか。自覚なかった。
メニュー表の値段はぜんぜん嬉しくなくて、自分ひとりでは絶対に来られないカフェなんだけど、窓からの眺めや、コーヒーの値段が、なんだか懐かしいんだ。
文弥さんとはじめて契約をしたときも、高層階の窓際の席で、コーヒーが1杯三千円だった。
そのことに気づいたんだ。
そうしたら、無意識に笑ってたみたい。
あれからまだ一年も経っていない。
なのに、俺を取り巻く状況は目まぐるしく変わり、向かい側の文弥さんの様子も、俺の心も、あのときとは大きく変わっていて、そういうひとつひとつを思い出してくすぐったい。
文弥さんにとってはどういうものなのかわからないけれど、俺にとっては、文弥さんとのすべてのはじまりみたいに思えるんだ。
文弥さんとの思い出が増えれば、些細なことには鈍感になってしまうかもしれない。
でもまだ少ないから、だからこそ、ほんの小さな出来事に喜ぶ余裕があって……。
「ところで尚くんの好きなものってなぁに? 僕もそれにするよ。ぜひ教えてね」
文弥さんは、メニュー表を目で追っている。俺たちは、お互いの好物だってまだよくわかってない関係なんだ。
だけどそれは、ちっとも、悪くなかった。
俺は呟いた。
「文弥さん」
「ん?」
「文弥さん」
「どうしたの?」
目を上げた文弥さん。俺がへらっと笑うと文弥さんも反射的にふにゃふにゃ笑ってる。
それから、文弥さんは、やっと意味を理解して、顔を赤くして、「尚くんったら」と照れている。
〈お買い物してる二人 終わり〉
※未来が生まれる前の出来事です
「尚くん、お買い物はこれで全部?」
買い物リストを片手に持つ文弥さんに問われ、俺は頷いた。
「はい。今日のところは……」
本日、日曜日。
文弥さんの付き合いのある百貨店に来ていて、店頭であれこれと買い物中。
安定期に入ってから、体重に気をつけながらできるだけ動くようにしている俺は、買い物も自分ひとりで少しずつ行こうとしたのだけど、文弥さんに止められたのである。
文弥さんは、必要なものはネット通販か、外商で頼むよ、荷物は持たないで、歩くだけにして、などと言ったけれど、買い物は見て決めたいといったら納得してくれた。が、ついてくるといって聞かなかった。
百貨店では、買い物をするときは外商回しでというと、あとで自宅に届けてくれるらしい。
百貨店に入ることも、買い物することもほとんどなかった俺にとって未知の世界。
なんと、外商の担当の人を呼べば自宅に来て、商品の説明もしてくれるらしい。
しかも、時折、担当の男性がそばに来て、お困りのことはありませんかと訊ねてくる。
なんだか恐ろしい世界に踏み入れてしまった。くらくらする。
文弥さんは、ふらつく俺の背を支えてくれた。
「尚くん、大丈夫? 疲れた?」
「あ、少しだけ」
「休憩しよう。サロン近いかな」
答えたのは黒服よろしく三歩後ろに佇む外商の担当の人。
「ひとつ上の階にVIPルームがございます。エレベーターへご案内いたします」
VIPルーム!?
エレベーター、ご案内されなくても、五メートル先に見えてるのに。
「いえ、ちょっと座れる椅子さえあれば」
「あ、いい時間だし、このフロアのカフェか、上で休憩がてら何か食べようか」
「直進二十メートル先でございます」
「あっすぐそこだね、入れるかな?」
すぐそこの英国風カフェは、落ち着いた雰囲気の店で、客はいるものの、さほど混雑はしていなかった。
窓際のソファ席に通してもらった。眺めがいい。
文弥さんと向かい合って座り、メニュー表を開いて、混雑していない謎が解ける。
コーヒー1杯三千円の高級店だ。アフタヌーンティーともなると六千円と書いてある。
「からだはどう? 苦しくない?」
「はい! 大丈夫です!」
足が疲れて少し痛かったけれど、休めば大丈夫って程度だ。文弥さんは心配性。
「よかった。遠慮せずに、何でも頼んでね。お医者さんに叱られない程度に」
「えっと、はい」
「尚くん、美味しそうなもの見つけたんだね。どれかな?」
「え?」
「尚くん、とっても嬉しそうだから」
「……」
俺、嬉しそうな顔してたのか。自覚なかった。
メニュー表の値段はぜんぜん嬉しくなくて、自分ひとりでは絶対に来られないカフェなんだけど、窓からの眺めや、コーヒーの値段が、なんだか懐かしいんだ。
文弥さんとはじめて契約をしたときも、高層階の窓際の席で、コーヒーが1杯三千円だった。
そのことに気づいたんだ。
そうしたら、無意識に笑ってたみたい。
あれからまだ一年も経っていない。
なのに、俺を取り巻く状況は目まぐるしく変わり、向かい側の文弥さんの様子も、俺の心も、あのときとは大きく変わっていて、そういうひとつひとつを思い出してくすぐったい。
文弥さんにとってはどういうものなのかわからないけれど、俺にとっては、文弥さんとのすべてのはじまりみたいに思えるんだ。
文弥さんとの思い出が増えれば、些細なことには鈍感になってしまうかもしれない。
でもまだ少ないから、だからこそ、ほんの小さな出来事に喜ぶ余裕があって……。
「ところで尚くんの好きなものってなぁに? 僕もそれにするよ。ぜひ教えてね」
文弥さんは、メニュー表を目で追っている。俺たちは、お互いの好物だってまだよくわかってない関係なんだ。
だけどそれは、ちっとも、悪くなかった。
俺は呟いた。
「文弥さん」
「ん?」
「文弥さん」
「どうしたの?」
目を上げた文弥さん。俺がへらっと笑うと文弥さんも反射的にふにゃふにゃ笑ってる。
それから、文弥さんは、やっと意味を理解して、顔を赤くして、「尚くんったら」と照れている。
〈お買い物してる二人 終わり〉
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