エリート先輩はうかつな後輩に執着する

みつきみつか

文字の大きさ
19 / 396
3 ある八月の熱帯夜

一 ストーカー野郎

しおりを挟む
 八月下旬。金曜日。午後五時。
 俺は、駅の近くにある居酒屋の前のベンチでひとり、スーツ姿のままカバンを小脇に抱え、営業所の人たちがやってくるのを待ちながら、携帯電話に次々と入ってくるメッセージに返信している。
 相手は暇人なのか、すぐに既読になって返事が来る。ほぼチャットになる。

『仕事やめた?』
『まだです』
『いつやめるの?』
『まだやめられません』
『約束したのに?』
『カズ先輩も約束守らなかったじゃないですか?』

 おたくのほうこそ、俺との約束、ひとつでも守ってくれたの?

『タキくんの嘘つき』
『カズ先輩のほうが圧倒的に嘘つきですし』

 カズ先輩の言うことってぜんぶ嘘。

『いつまで名古屋にいるの? 長期間だね?』
『ちょっと待ってください。なぜ俺が名古屋にいるって知ってるんですか?』

 まさか尾行とか。GPSでもつけられているのか。

『どう思う?』

 俺は夕暮れの空を仰ぐ。ふざけるなよ、犯罪だろ。

『冗談でしょ』
『会いにいってもいい? 近くにいるんだけど』

 メリーさんかよ。

『怖いからやめてください!』

 そこで俺は返信を放置することにした。
 はあ、もうやってらんない。名古屋に来てるなんて俺は一言も報告していない。絶対にGPSついてる。嘘であってほしい。嘘だといってくれよ。嘘は大得意っしょ。
 うわ、GPS……。どこにどうやってつけられてるのかわからない。そんな機械、見当たらないもん。いったい、いつからついてんの。
 と、道の向こうのほうから営業所のメンバーが歩いてくる。四人。俺と合わせて五人。今日は飲み会。物凄く心細かったので、ほっとする。
 俺が立ち上がると向こうが気づいて手を振ってくれる。

「おーい、相田くーん。お疲れー。待たせたねー」
「所長! 皆さん、お疲れさまです!」
「さっそく入ろうか。相田くんは飲めるの?」
「はい! 飲みます! 楽しみです!」

 俺は三週間ほど前から、名古屋にある営業所に応援に来ている。
 こちらの主力だったスタッフが長期入院することになって、しかも産休予定だった人がいて、人手が足りないので行けといわれたからだ。
 営業所はもともと六人のところ、四人になって、俺が一人追加。正直忙しいけれど、所長がいい人なのと、午後八時には必ず皆で帰るのと、仕事をポジティブにしようという風潮があって、とても楽しい。充実とはこういうことだと実感している。
 後ろのポケットに突っ込んだ携帯電話に、メッセージが入ってくる振動が何度もする。
 しつこいな。全部無視だわ。
 と、別のSNSの通知がある。これは本社だ。振動の種類を変えているからわかる。短くて小刻みなバイブレーション。俺は携帯電話を取り出す。
 営業事務から、俺宛てのコール通知のメッセージが入っている。

『非通知、会社不明、オノデラ様(男性)、相田さんいますか。長期不在回答済。折返し不要とのこと』

 おい! 小野寺和臣!
 カズ先輩、東京の本社に電話を掛けたのかよ。ふざけんなよ。ストーカー野郎。俺が名古屋にいるってわかってるだろ。嫌がらせだろ。いたずら電話だろ。
 俺は携帯電話をふたたび後ろポケットに突っ込む。
 テーブル席について、五人で乾杯する。嫌なことは忘れて、楽しく会話したい。ほんっとに、嫌なことを今すぐ忘れたい。

「相田くん、助かってるよ。ありがとうね」
「なんでもしてくれてほんと助かる。相田くん」
「いえいえ! なんでも言ってくださいね!」

 俺、こっちのスタッフになりたいなぁ。
 夏だからっていうのはあるけど、仕事終わったらまだ外が明るいなんて何年ぶりって感じ。一周回って明るいことはあるけど。
 残業代も固定残業代の範囲内で、せいぜい一日二時間。ウィークリーマンションだって、築四十年のアパートとは比べ物にならないくらい綺麗だし。

「東京に帰りたくないくらい、こっちがいいです」

 あらゆる意味でね。
 所長が言った。

「えー、じゃあ社長に言ってさ、こっち来ない? うちは人手不足だから大歓迎」
「本当ですか? アリですか? スーツケース一個なんで身軽ですよ!」

 大宮のアパートをスーツケース一個で追い出されそうになった話をしたら、爆笑されたので嬉しい。本社ではこの話題、NGなんだよ。もう笑ってよ。笑い話でしょ。
 楽しい時間というのは早く過ぎ去るもので、気づいたら午後九時を回っていた。話も尽きてきて、そろそろお開きにしようかという流れになってくる。
 立ち上がって足元を探る。あれ、俺、カバンどこやったっけ。椅子の足元に置いておいた気がするんだけど。

「どうした?」
「いえ……、カバンが見当たらなくて」

 テーブルの下には何もない。蹴飛ばしたのかと思って周辺を見るけれど、混雑している店内の足元の、どこにも見当たらない。
 焦る。目を見合わせて、少し空気が変わる。

「まさか盗まれたとか」
「も、もっかい探します。嘘でしょ」

 だけど、全員でどれほど探してもカバンは見当たらなかった。店員に聞いてもわからず、本当に盗まれたようで、どこにも見つからない……。
 俺は頭を抱えた。

「どうしよう……」
「困ったね。カバン、何が入ってた?」
「財布と、販促チラシの試し刷りと、マンションの鍵と、筆記用具と、身だしなみ用品と……あ、ノートPCは会社に置きっぱなしで……」
「とりあえず警察行こうか」
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません……!」

 俺は必死になって頭を下げる。
 せっかく楽しく飲んでいたのに、なんてこと。めちゃくちゃ嫌……。
 少し前にトイレ行ったときにはちゃんとあった。そういえば、トイレから戻ってきた直後に、奥のほうのグループが出て行って、そのときにテーブルのギリギリを通り過ぎたんだよな。
 盗まれたとしたら、あのときだ。人数がやたら多くて、テーブルの足に当たってくるくらい近づかれて、なんとなく避けた記憶がある。あのとき。
 普通の大学生っぽい団体に見えた。でも犯罪者って、犯罪者ヅラしてないしなあ。どんな人がどんなこと考えてるかなんて、ぱっと見ではわからないものだから。
 所長はしょぼくれる俺の肩に、そっと手を置く。

「相田くん。こういうのは盗まれた人じゃなくて、盗んだ人が悪いんだよ。だから気にしないで。もしかしたら間違えて持っていかれたのかもしれないけど」

 他の人も励ましてくれる。

「そうそう。落ち込まないで」
「うちらは大丈夫だから。相田くんが被害者だからさ」
「警察付き合うよ」

 みんな、いい人すぎだよ。感動してしまう。人って優しいんだ……。

「所長……! みなさん……!」

 とそのときだ。後ろのポケットが、短く小刻みに振動したのは。
 本社の営業事務からコール通知が入ってくる。
 でも、きっとまたあの人だよ。今、仲間同士の絆に感動してて超忙しいんですけど。ストーカーを相手にしてる暇ない。でも念のため見ておく。

『非通知、会社不明、オノデラ様(男性)、相田さん。折り返し希望。電話番号は知っているとのこと。『カバン落ちてる、といえばわかる』とのこと』

 うわ、GPS……。
 カバンにつけられてたんだー……。
しおりを挟む
感想 341

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

寝てる間に××されてる!?

しづ未
BL
どこでも寝てしまう男子高校生が寝てる間に色々な被害に遭う話です。

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

処理中です...