エリート先輩はうかつな後輩に執着する

みつきみつか

文字の大きさ
39 / 396
4 ある二月の雪の夜

七 来るらしい

しおりを挟む
 二月下旬。金曜日。午後八時。
 大阪、歓楽街。北新地。
 俺は大阪に仕事で来ているという葉子さんと二人で飲んでいた。
 個室の居酒屋で、魚と和食と酒。葉子さんに皿を勧める。

「葉子さん、これ美味しいですよ」
「えー、いただくいただく」
「そろそろ来るらしいです、西さん」

 携帯電話にメッセージが入っていて、俺はそう言った。と同時に個室の戸が開いて、寒そうに身を震わせながら西さんが入ってくる。

「おつおつ。おー、さっぶ」
「お疲れ様です。お先にいただいています」
「お疲れ、西くーん。仕事大変だった?」
「おー、ちょっと電話で捕まってさ。食うもんあるー?」
「お食べお食べ」
「注文しましょう。飲み物、ビールでいいですか?」
「うん。おおきに、ありがとぉ」

 テーブルの上の揚げ出し豆腐や、焼きおにぎり、枝豆、刺身の盛り合わせ、創作和食の皿を西さんの前に寄せていく。
 ビールを注文して乾杯をしたあと、西さんはおにぎりを頬張りながら切り出した。

「やっぱ女は難しいわ」
「突然なに、西くん。女性関係だったの?」
「女性が多い職場はひとたびトラブルが起こるとな。ねえ、相田くん」
「そうですね……縄張り意識というか、カーストというか……女性の多い職場に限った話ではないですが、傾向として……」

 うまくサポートできたらいいものの、中々思う通りにはいかないのが現状である。

「ま、仕事のことは忘れましょか。プライベートでも女は難しいけどな」
「西くんはしっかり者の奥さんにしがみついてればいいじゃん」
「しっかりしすぎててな。梃子でも動かんわ。動かざること山の如し。顔も信玄公やし」
「あんな美人捕まえてよく言うー」
「化粧は詐欺や。俺は騙されたんや」

 西さんの奥さんはやはり元々同じ職場で、しかも西さんの上司だったらしい。
 年上の女性で、尻に敷かれているとか。

「そういえば、相田くんは彼女おるんやっけ? こういうのを聞くのってきょうびセクハラなるん?」
「俺は気にしません。そして彼女はいません……」
「誰か紹介しよっか?」

 葉子さん、仕事のみならず女の子まで紹介してくれるのかよ。
 俺はジョッキのビールを飲みつつ答える。

「……今はいいかなって。仕事楽しいですし」
「えー! 仕事が充実してるんなら次は恋愛じゃない? どっちもガンガンいこうぜ!」

 葉子さんは常にボス戦並みの強力攻撃。俺は命大事にタイプ。
 西さんがドヤ顔で言う。

「俺も紹介できるで。おかんの友達とかもな。年上の女。五十過ぎの」

 ストライクゾーンってあるよね。年齢っていうか年代? 聴いているアーティストが一切かぶらなさそう。

「相田くんって年上と合いそうではあるよね。いくつくらいまでいける?」
「いまて二十四歳やっけ?」
「はい。来月、二十五歳になります」
「わたしはね、二十二歳から上は三十二歳くらいで紹介できるかな」

 うっわ、ドストライクゾーン……。

「いえいえ、ほんと。今はいいかなーって。またそのうち。もうちょっと落ち着いたらで。お気持ちだけで」
「男同士でつるんでるのってそんなに楽しいのー?」
「えっ、いいえ……!?」

 葉子さんの穿った質問に、動揺してしまう。カズ先輩のこと言ってるのに間違いないだろうし。
 別につるんでいるのが楽しいというわけではないけれど。
 なんというか。
 恋人ごっこ中というか。肉体関係というか。ただならぬ関係というか。
 ……説明できる言葉が見つからないな。

「なになに? 悪友でもおるん? 何友達?」
「相田くん、和臣と仲良しなんだよねー」
「あ、そういや小野寺に可愛がられてたな」
「いえ、それほどでもないですよ……?」
「いやいや、少なくとも小野寺のほうは可愛がってると思うで」
「和臣が後輩と仲良いなんてね。そういうの意外」

 俺は否定するけれど、ふたりとも聞いてない。
 西さんは刺身やら揚げ出し豆腐を食べながら、しみじみ言う。

「半年前さあ、面接して相田くん採用するって決まった後、小野寺に連絡したねん。採用するわーって。そしたら、次の日やわ。相田くんのこと頼みますって、大阪まで頭下げに来たもんな、小野寺」
「え……ええええ!?」

 あの人、そんなことしたの!?
 西さんに俺のことを頼みに、大阪まで?
 俺は呆然。
 西さんは笑いながら続ける。

「知らんかったやろ。内緒にしてくれ言われたし。あんときは、あのプライド振り切れてる小野寺にここまでさすなんて、相田くんってどんな子なんやろって思たもんやわ。ごめん、ごくふつうの真面目な子やった」

 あの人、俺には土下座したけれど。
 俺の前ではプライドの片鱗も見せないけれど。
 そして俺はごくふつうの子で間違いない。手前味噌だけど真面目なほう。それしか取り柄がないし。

「えー、そんな保護者みたいなことしたの!?」

 葉子さんも驚愕している。
 西さんは頷いた。

「せやでー。奥様にって菓子折り持ってさ。なかなか手に入らんとかいう東京限定の高級スイーツ。うちのおかんバチクソ喜んでたわ。大阪に来る用事でもあったんか思たらトンボ返りやて」
「わかってるなー、和臣。たしかに、ブラック勤めの相田くんを心配してたらしいのね。仕事を紹介するのもずっと考えてたんだって。でも切り出せなかったからって、わたしもお礼されたんだわ。猫缶。最初はさすがに大阪に引っ越しさせるのはって渋ってたけど、西くんとこだったら安心だってわかってるし」
「時々、相田くんの様子を教えてくれって連絡くるでー。心配してんのやろな」
「わたしも訊かれるー。何かあっても俺には遠慮して言わないだろうからってさ。こっそり教えてくれって。あはは! 言っちゃった! 先輩、過保護だねー。遠慮しなくていいんだよ、相田くん。和臣、相田くんのこと大好きみたいだし」
「あいつ人間嫌いやからなー、珍しいな」

 ……ストーカー健在だわ。
 そういう風に、ふたりを使って、情報収集してたのか。はあ。
 まあ、いいけどさ。そのくらい。
 それにしても、カズ先輩、本当に俺のこと好きなんだな……。誰が見てもわかるくらいに。そこまでするかよって感じだけど。

「こないだの飲みのとき、ちょっとぎくしゃくしてたでしょ。仲直りした?」
「え……あ……はい」

 葉子さん、気を遣って、カズ先輩の部屋に泊まらせようとしたのか……。
 まあ、結果は変わらなかったな。
 俺はあらゆる意味で言葉を失い、葉子さんは楽しそうに大声で宣言。

「よし! せっかくだから和臣呼ぶかー!」

 と、葉子さんは携帯電話を取り出す。

「え!? 今からですか!?」

 ここ、北新地なんですけど。
 彼、東京在住なんですけど。
 今、午後九時なんですけど。

「おーい、和臣? 今ひま? 西くんと相田くんと三人で北新地で飲んでるんだけどさ、今からおいでよ!」

 つながるし。無茶苦茶だよ。

「OK! じゃあお店の場所送るね!」

 来るの!?
 唖然としている俺をよそに、葉子さんはぱぱっと操作して、今いる店の位置情報を送りつけていた。

「え、カズ先輩、来るんですか!? どこにいるんですか?」
「いま、自分の家だって。仕事から帰ってきたところだって。でも行くって! まあ、東京大阪間って、のぞみで二時間二十分だし! 新大阪から北新地って十分だし!」

 そう、そういう感覚ってあるよね。そうだけどさあ。
 さすがに東京大阪は遠くない? 来るほうも来るほうだけど。

「じゃあ、和臣が来たらお祝いしてあげよっ!」
「お。小野寺、昇進でもしたん?」

 なんだか知らないけど、お祝いされるほうが二時間半かかる距離を呼びつけられるって斬新。

「まだだと思うけど、海外赴任から戻ってきたら役職つきそうだよねー」

 俺は思わず問い返した。

「カズ先輩、海外行くんですか」

 海外赴任……そんなの一言も言っていなかった。
 いつ決まったんだろう。

「そうそう。聞いてない? たぶん上海かロスのどっちかかな? インドかもだけど」
「……聞いてないです」
「水臭いやつだねー!」

 二時間半後、カズ先輩は本当にやってきた。スーツ姿のまま。コートを腕にかけて戸を開けて入ってくる。
 だけど西さんは酔っぱらって、カズ先輩が来た途端に「おう、お疲れ! おやすみ!」とか言って帰っちゃったし、葉子さんも手元のグラスだけ飲んだら実家に帰るらしい。実家は芦屋なんだって。近いな。
 あっという間に葉子さんは帰ってしまい、残されたのは俺とカズ先輩。結局二人きり。
 俺と向かい合って、カズ先輩はメニュー表を開く。二時間半かけて来て、この仕打ちはないね。ちょっと同情してしまう。

「……とりあえず、なにか飲もうかな……」
「ですね」

 そこに、店員が申し訳なさそうにやってくる。

「ラストオーダーのお時間なんですが……」
しおりを挟む
感想 341

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

寝てる間に××されてる!?

しづ未
BL
どこでも寝てしまう男子高校生が寝てる間に色々な被害に遭う話です。

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

処理中です...