エリート先輩はうかつな後輩に執着する

みつきみつか

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4 ある休み明け(和臣視点)

九 ABCDEFGHI

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 金曜日。午後七時。小規模な同期会。
 飲み屋の個室。座敷。同期の中でも集まりやすいメンバー十人。男女五人ずつ。
 乾杯のあと、向かいに座った同期Aが、ビールを一気飲みしたあとに質問してくる。

「部屋は片づいた? 相田くんとルームシェアしてるんだよね」
「うん」

 同期A、つまり葉子。多紀くんとも繋がりがあるので、話しやすいし話しづらい。
 同期B、つまり野村と、以下同期Cから同期Iまで、葉子とのつながりが密で、多紀くんとも顔見知りだ。

「小野寺、相田くんと仲いいな」
「相田くんって葉子じゃなくて小野寺くんの友達だったんだ?」
「和臣の高校の後輩だよー」

 俺がバンコクに赴任していた二年の間に、どうやら全員、多紀くんを含めて何度か飲み会を開催していたらしい。
 なぜ?
 なぜそこに俺がいないのか、不可解でならない。友達の友達は友達、という感覚は俺にはない。なぜ俺の後輩と俺の同期らが仲良しなのか。その関係性は、許しがたい。
 俺こそ多紀くんと呑みたいのに。俺の後輩なのに。俺のものなのに。俺の。

「あの子、明るくて雰囲気いいよね」

 そうなんだよ。わかっているじゃないか。同期D。

「ルームシェアってどんな感じ?」
「相手による……」

 俺はそれだけ言う。ただの一般論。
 俺と多紀くんはルームシェアじゃない。同棲。恋人同士の、結婚を前提とした同棲。もうほぼ新婚。
 いまは怒らせてしまってるけれど、ちゃんと謝る。多紀くんのことになると衝動的になってしまうくせを治さないと……。
 一生一緒にいるんだ。多紀くんの全てがほしい。人生が欲しい。何もかも。もらうつもり。
 俺は勝手に盛り上がり、皆も勝手に盛り上がる。

「そこだよねー」
「他人でも友達でも、お互いの価値観が近くないとね」
「話し合いできる人っていうのも条件だよね」
「身勝手なことされてやめてって言えるかどうか」
「男女も同じだな」
「心理的上下関係があって下が我慢する、は最低だよね」
「同棲してた元カレとそれで別れたわ。我慢の限界。親しき仲にも礼儀あり」

 胸が突き刺される。
 穿った話をしてくれるじゃないか、同期EとF。
 多紀くん、謝って許してくれるかな……。
 俺の顔色が変わったのを、同期Aはサラダを頬張りながら目敏く指摘してくる。

「なに、相田くんと喧嘩でもしてるの? 案外、衝突してるね?」
「……多紀くんが悪いんだ」
「ちゃんと謝りなよ。相田くんのほうが絶対に我慢してるね。あの子って我慢するタイプでしょ。和臣に気を遣ってるみたいだし」
「えー、なに小野寺。相田くん、女でも連れ込んでんの?」
「多紀くんはそんなことしない」
「あ、女といえば、和臣、紗英さんから連絡あるんでしょ?」

 さすが情報通。俺は話したことがない。彼女から漏れてるのか。カマをかけられているのか。

「まあ」
「紗英さん、今度のパーティーも来るよね」
「あ、慰労会?」
「前のときみたいに小野寺にベッタリなんだろうなあ」

 若手が集まる、社内と社外の交流を目的とした百人規模の慰労パーティー。バンコクに赴任する前のパーティーは、見合いの直前だった。

「和臣の動向、訊かれるんだよね。さいきん忙しいんだって?」
「忙しいの? 同期会は来るんだ?」
「同期会だけは欠かさず来てるよね」

 お前たちの中で、同期Aに呼ばれて断ることのできる者だけが俺に石を投げるように。

「紗英さん諦めてくれないねー」

 そうなんだよ、同期I。
 見合いを断ったときはこれで終わりだと思っていた。俺の会社員人生も。
 だがそれ以降もやはり声を掛けられる。
 一目惚れだと言っていたっけ。孫娘S。

「よっぽど好きなんじゃない?」

 同期Fが言うので、俺も言う。

「自分が手に入れられないものがあるという事実が受け入れられないんじゃないかな……」

 全員が意外そうにしつつ笑う。俺が孫娘Sについて述べることはこれまでになかったからだ。常務の親族の悪口なんて、口に出せない。
 そこへ同期F。

「小野寺くん、紗英さんのこと苦手? いい子よね? 女には嫌われるタイプだけど、男ってああいう子すごく好きだよね?」

 主語が大きいけれど、言わんとすることはわかる。孫娘Sは、男ウケする女子の条件のみで、できている。
 同期Bが言う。

「小野寺には天使がいるから」
「天使?」

 多紀くん。

「小野寺の好きな人。高校のときからその子一筋」
「えー!」
「あ、そういうこと。好きな子いるんだ。誰とも付き合わないって聞いてたけど」
「すごいね。十二年以上?」
「……」

 受験直前の月曜日。夕方の水やり当番。
 別れ際、今週がんばってくださいね、と言われて、その手を引き留めた。
 落ちたらどうしようと弱音を吐いた俺に、「そのときは一緒に旅にでも出ましょ」などと軽く返事をした、あの何も考えていなさそうな笑顔。
 多紀くんがそういうなら、受かっても落ちてもどちらでもいいんだと思って臨んだら、全て合格した。
 だけど俺は後悔している。
 浪人生の俺と、高校二年生の多紀くん。
 たとえば春休みや夏休みを使って、自転車で日本列島を縦断してみたり、普通電車に揺られて見知らぬ土地に思いつきで降りてみたり、海に行ったり、山に行ったり、キャンプしたり、満天の星を眺めたりする。
 バスに乗って、汽車に乗って、船に乗って、あちこちを見て回る。隣には多紀くんがいて、明るく笑っていて、きっとすごく楽しい。
 第一志望の大学の合格通知と多紀くんがいない四年間よりも、ただの想像に過ぎない、多紀くんが何気なく持ちかけたあの提案の向こう側のほうが、きらきらと輝いて眩しい。
 時間を巻き戻せるならば、俺はかならず多紀くんと旅に出るのに。

「その天使と紗英さんだとどっちが美少女?」
「いや……顔は別に……」

 外側じゃない。外見じゃない。
 多紀くんは、水やり当番のために、月曜日の早朝に頑張って起きてきた。ただそれだけだった。
 俺じゃなくてもいいという態度が、当時の俺にとって楽だった。選ばれることにも、選ばれないことにも疲れていたから。
 ごく自然にできた関係に、彼の明るさに、ドン底にいた俺は、いつの間にかすくい上げられていた。
 俺は、多紀くんの空気、何のてらいもなく口にする優しい言葉を愛している。

「あ、逃げてる。いまも連絡とってたりするの? 成績が悪かったときに助けてくれたんだっけ。勉強教えてもらった系?」

 掘り下げられると困る。同期Aから同期Iまで全員が俺に注目している。

「別に……何も……ただの片想い……」
「同級生? 先輩?」

 言えない。言わない。

「新しい女に興味ないんだっけ」
「ない。一生あの子だけ」

 同期たちがざわめく。

「重っ」
「同じクラス? 部活? 小野寺くん、何部だった?」
「帰宅部……」
「そんなに想われるって、どんな子なのか気になるー」
「どういう繋がり?」
「……委員会が一緒だった」

 俺が答えると、同期Aと同期Bは、なんとなく不思議そうに首を傾けた。
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