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再会編 ある夜(和臣視点)
三 情報収集
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小料理屋の暖簾をくぐる。
来慣れているのかな。あまり入っている様子を見かけたことはないけれど。お昼で来てるのかな。
店内は半数ほど埋まっている。食事時を過ぎて落ち着いてきたという様子。
テーブル席についてメニュー表を眺める。
タキくんは何がいいのかな。ちらりと見る。目が合う。注文は決まっているらしい。
「迷ったら日替わり定食ですよ。俺は天丼にします」
食べられるようでよかった。
店員さんが水を置きに来る。ついでに注文を取ろうとする。
タキくんは天丼にするのか。同じものを食べたいな。タキくんとお揃いにしたい。同じものを味わっていたい。話題にしたい。
「天丼いいね」
「カズ先輩も天丼にしますか? 美味しいんですよ」
「うん。天丼二つお願いします。タキくん、よく来るの?」
「昼飯に何度か。取引先でもあります。俺の会社、イベントの企画とかイベント出店の手伝いとか、什器レンタルや、販促品を作ったり、フリーペーパーのデザインやら印刷をやってるんです。こういう個人飲食店がお客さんなんですよ」
「なるほど」
イベントのために地方出張に行っているのは知ってる。SNSに書いてあった。そういう仕事をしているんだ。
ホームページを閲覧したことがある。いつも求人が出ている。アットホームな会社だと。見るからに入社してはいけない会社。
タキくんは、近況や、会社の話、どこに住んでるかなどを教えてくれる。ほとんどは知っていること。だけど、タキくんの口から教えてもらえる。
「あ、そうだ。俺いま苗字変わって、相田っていいます」
知っている。誰かに聞いた。
苗字の理由も、おおむね予想がついてる。中学の卒業アルバムを、伝手を辿って入手している。中学は学ランのタキくん。
「そうなんだ」
「実は元々いまの相田姓だったんです。高校入学直前に森下に変わりまして」
「卒業して戻したの?」
「はい。あ、ちょっとややこしくてですね、両親は俺が小学生のときに離婚してまして、母についてったんです。母の再婚相手と折り合いが悪くて」
「そっか」
「なんかすみません、こんな個人的なこと」
「ううん。聞かせて」
「就職したときに親権者を父に変えてもらったんです」
「そうなんだね」
いつか、小野寺にならないかな。なれないか。なってほしいな。なるといいよ。一生そばにいる、約束するから。誓うから。
タキくん。距離が近い。ほんの一メートルほどのところ。向かい合って座っているなんて、夢みたいだ。
紺色のスーツに、淡い水色のシャツ、濃い緑色と灰色のストライプのネクタイ。さっぱりしたビジネスショート。
可愛いな。なぜこんなに可愛く見えるんだろう。顔はべつに、平凡だと思うんだけど、にこにこしてるからかな。やたら可愛く見える。癒やされる。
と、隣のテーブルにいたカップルが席を立って出ていった。付き合いたてのような、初々しい空気を醸していたふたりの出ていく様子を、なんとなしに目で追う。
タキくんは言った。
「ここ、初めてですよね? 二階に半個室もあって、デートにもおすすめです」
デートなんかしないよ。いまこうしていることがデートならいいけれど。
「タキくんは、彼女と来たことあるんだ?」
自分で口にしておいて、声が震えそうになるほど辛い。
否定してほしい。お願いだから。
「いえいえ。お恥ずかしながら、彼女いない歴年齢です」
俺は内心、胸を撫でおろす。
「会社では出会いはないの?」
知りたい。外側からでは見えない内情。タキくんの周囲にいる人たち。
「会社は女性が多いですけど、といっても全部で二十人しかいませんし。忙しくてそれどころじゃないというか、戦友って感じ……」
「そうなんだ」
「あ、社内恋愛もあるみたいです。俺だけ蚊帳の外です」
タキくんは少々自虐的な笑みを浮かべる。でも君は素敵な子だよ。わからない人はわからないままでいいよ。俺だけでいい。
戦友。吊り橋効果。長時間いられる人はいいな。俺もタキくんと長時間一緒にいたいな。
どんな子がいるんだろう。誰とも付き合わないでほしい……。
なんなんだろう。付き合わないでなんて。いつかタキくんだって誰かと付き合って結婚するだろうに。
すごく嫌だ。他の人のものにならないでほしい。俺が抱きたい。
抱きたいって、なに?
自分の中に現れた感覚に驚く。
タキくんは正真正銘、男の子なのに。
タキくんの首筋をつい見る。妙にピンク色に見える。暑いせいか。火照っているのか。
よがるところを見てみたい。その喉をそらせてみてほしい。
コップの水を飲む、指先、唇。喉仏。触れてみたい。絡めたい。奪いたい。撫でてみたい。
タキくんを相手にこんな不埒なことを考えているだなんて、後ろめたい。
「カズ先輩?」
「えっ、あっ、あっ、ごめん、なんだった?」
「カズ先輩は商社ですっけ?」
「知ってるの?」
「あ、風のうわさで。はい。いやですよね、すみません」
人にうわさされるのは苦手だけれど、タキくんにまで届くのなら、悪くないな。
「ううん。大丈夫。商社。配属はまだ。たぶん営業。ケミカル系」
「かっこいいですね。さすがカズ先輩」
君の会社にいちばん近いところにしたんだ、なんて言えないけれど。
来慣れているのかな。あまり入っている様子を見かけたことはないけれど。お昼で来てるのかな。
店内は半数ほど埋まっている。食事時を過ぎて落ち着いてきたという様子。
テーブル席についてメニュー表を眺める。
タキくんは何がいいのかな。ちらりと見る。目が合う。注文は決まっているらしい。
「迷ったら日替わり定食ですよ。俺は天丼にします」
食べられるようでよかった。
店員さんが水を置きに来る。ついでに注文を取ろうとする。
タキくんは天丼にするのか。同じものを食べたいな。タキくんとお揃いにしたい。同じものを味わっていたい。話題にしたい。
「天丼いいね」
「カズ先輩も天丼にしますか? 美味しいんですよ」
「うん。天丼二つお願いします。タキくん、よく来るの?」
「昼飯に何度か。取引先でもあります。俺の会社、イベントの企画とかイベント出店の手伝いとか、什器レンタルや、販促品を作ったり、フリーペーパーのデザインやら印刷をやってるんです。こういう個人飲食店がお客さんなんですよ」
「なるほど」
イベントのために地方出張に行っているのは知ってる。SNSに書いてあった。そういう仕事をしているんだ。
ホームページを閲覧したことがある。いつも求人が出ている。アットホームな会社だと。見るからに入社してはいけない会社。
タキくんは、近況や、会社の話、どこに住んでるかなどを教えてくれる。ほとんどは知っていること。だけど、タキくんの口から教えてもらえる。
「あ、そうだ。俺いま苗字変わって、相田っていいます」
知っている。誰かに聞いた。
苗字の理由も、おおむね予想がついてる。中学の卒業アルバムを、伝手を辿って入手している。中学は学ランのタキくん。
「そうなんだ」
「実は元々いまの相田姓だったんです。高校入学直前に森下に変わりまして」
「卒業して戻したの?」
「はい。あ、ちょっとややこしくてですね、両親は俺が小学生のときに離婚してまして、母についてったんです。母の再婚相手と折り合いが悪くて」
「そっか」
「なんかすみません、こんな個人的なこと」
「ううん。聞かせて」
「就職したときに親権者を父に変えてもらったんです」
「そうなんだね」
いつか、小野寺にならないかな。なれないか。なってほしいな。なるといいよ。一生そばにいる、約束するから。誓うから。
タキくん。距離が近い。ほんの一メートルほどのところ。向かい合って座っているなんて、夢みたいだ。
紺色のスーツに、淡い水色のシャツ、濃い緑色と灰色のストライプのネクタイ。さっぱりしたビジネスショート。
可愛いな。なぜこんなに可愛く見えるんだろう。顔はべつに、平凡だと思うんだけど、にこにこしてるからかな。やたら可愛く見える。癒やされる。
と、隣のテーブルにいたカップルが席を立って出ていった。付き合いたてのような、初々しい空気を醸していたふたりの出ていく様子を、なんとなしに目で追う。
タキくんは言った。
「ここ、初めてですよね? 二階に半個室もあって、デートにもおすすめです」
デートなんかしないよ。いまこうしていることがデートならいいけれど。
「タキくんは、彼女と来たことあるんだ?」
自分で口にしておいて、声が震えそうになるほど辛い。
否定してほしい。お願いだから。
「いえいえ。お恥ずかしながら、彼女いない歴年齢です」
俺は内心、胸を撫でおろす。
「会社では出会いはないの?」
知りたい。外側からでは見えない内情。タキくんの周囲にいる人たち。
「会社は女性が多いですけど、といっても全部で二十人しかいませんし。忙しくてそれどころじゃないというか、戦友って感じ……」
「そうなんだ」
「あ、社内恋愛もあるみたいです。俺だけ蚊帳の外です」
タキくんは少々自虐的な笑みを浮かべる。でも君は素敵な子だよ。わからない人はわからないままでいいよ。俺だけでいい。
戦友。吊り橋効果。長時間いられる人はいいな。俺もタキくんと長時間一緒にいたいな。
どんな子がいるんだろう。誰とも付き合わないでほしい……。
なんなんだろう。付き合わないでなんて。いつかタキくんだって誰かと付き合って結婚するだろうに。
すごく嫌だ。他の人のものにならないでほしい。俺が抱きたい。
抱きたいって、なに?
自分の中に現れた感覚に驚く。
タキくんは正真正銘、男の子なのに。
タキくんの首筋をつい見る。妙にピンク色に見える。暑いせいか。火照っているのか。
よがるところを見てみたい。その喉をそらせてみてほしい。
コップの水を飲む、指先、唇。喉仏。触れてみたい。絡めたい。奪いたい。撫でてみたい。
タキくんを相手にこんな不埒なことを考えているだなんて、後ろめたい。
「カズ先輩?」
「えっ、あっ、あっ、ごめん、なんだった?」
「カズ先輩は商社ですっけ?」
「知ってるの?」
「あ、風のうわさで。はい。いやですよね、すみません」
人にうわさされるのは苦手だけれど、タキくんにまで届くのなら、悪くないな。
「ううん。大丈夫。商社。配属はまだ。たぶん営業。ケミカル系」
「かっこいいですね。さすがカズ先輩」
君の会社にいちばん近いところにしたんだ、なんて言えないけれど。
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