エリート先輩はうかつな後輩に執着する

みつきみつか

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4 ある夏のふたり

一 ひとりで考える

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 七月中旬。夏真っ盛り。
 午後一時。
 外回りと昼食から戻ってきて、給湯室の冷蔵庫に入れておいたスポーツドリンクをマイコップに注いで水分補給をしていると、西さんがオフィスに入ってきて、給湯スペースに駆け込んできた。
 昨日、あした東京に行くわーと連絡があった。遅かったな。
 水でもかぶったかのように汗だく。全身から汗が吹き出して茹でられてる。

「水をくれ……!」
「お疲れ様です! ここにスポドリが」
「スポドリィイイイイ!!」

 紙コップに注いで渡す。けっこう量があるのに一瞬にして飲んでしまうので、俺はふたたびささっと注ぐ。わんこそばの給仕か、もちつき大会の返し手をしている気分。
 五杯目でやっと落ち着いてきて、西さんは言った。

「相田くん頼みがあるんやけど」

 急にめちゃくちゃ落ち着いたな。

「はい」
「行きしなに真鍋ちゃんに辞令を作ってもろといたから、相田くんそれ掲示しといて。新入社員の配属と、相田くんの昇進」
「はい! って、え!? 昇進するんですか!?」

 俺!?

「新しい子いてるし、管理してもらわなあかん。相田くんしかおらへん。あとなにか資格とっといて。なんでもええわ」
「行政書士……落ちました」
「………………まあ、範囲広いしな。じゃあ通教でいいから大卒になってきて。そしたら社労士受けれるし。てか別に資格もなんでもええねんけどさぁ。第二種電気工事士でも、ねこ検定でも」

 ねこ検定。そんなのあるんだ。いぬ検定もあるのかな。

「? はい。わかりました」
「………………仕事しながらやと大変やろうけど、ま、ロールモデルおったから参考に」

 小野寺のことだな。普段あまり話題にのぼることはないんだけど。
 以前、西さんに、交際相手が和臣さんであることを明かした。大騒ぎになったことが耳に入る前に報告しようと思って。あと、入社当時に付き合っていたと誤解されたくもなくて、付き合いはじめたのは、和臣さんがバンコクに行った頃だとも。
 西さんは特にコメントせず、「そっか」と言っただけで、何も変化なかった。
 と思っていたのは俺だけで、大阪の甘えたがりの年上すっぴん美人に期待を寄せすぎていた西さんは、その美女が架空の存在と知り、しばらくのあいだ、途方もなく落ち込んでいたらしい。葉子さんが爆笑しながら教えてくれた。
 葉子さんは人が悪い。葉子さんは、俺と和臣さんの間に高校の先輩と後輩以上の何かがあることを、初対面の時点で見抜いていたそうだ。
 相田くんはさておき、和臣の目の動きを見れば誰でもわかるよ、と言っていた。
 俺も、今となっては超同意。バレバレ。あの人、俺のこと見すぎ。
 葉子さんは笑いながら言っていた。

「あのときさ、相田くん、和臣と離れたがってたじゃん?」

 そのとおりです、はい。

「だから東京にも伝手はあったんだけど、大阪のほう推したの。揉めた? ごめんね」

 俺はおそらく一生、葉子さんの手のひらの上で転がされる。そんな気がする。
 俺は西さんに対し、しみじみ言った。

「えー、かなり大変そうでした」

 予備試験と司法試験。約二年、和臣さんは、仕事をしながらもしっかりやり遂げていたから、すごいなぁって。仕事と勉強でへとへとになって、一日が二十四時間では到底足りないとぼやいていたけれど。

「小野寺、来年就職やろ。どうするんか知らんけど。今度は忙しい相田くんを支える番ってことで」
「あー……はい」

 歯切れの悪い返事をしてしまった。だが西さんは何も訊いてこなかった。優しいな。
 今年の一月から甲府で司法修習をしていた和臣さんは今現在、関東に戻ってきている。だけど、和光で寮生活を送っている。
 つまり、別居継続中。
 今年の三月末、俺の誕生日に帰ってきて、二人分の誕生日を祝って、翌日帰っていった以来、実は会っていない。
 連絡は時々してる。お互いに用事らしい用事はなくて、近況報告みたいなメッセージを送り合うだけ。
 和臣さんの誕生日の後に、少しひとりで考えさせてほしいとお願いしたところ、号泣しながらも、いつまでも待つからといってくれた。
 あれからすでに三ヶ月以上も経ってる。一人暮らしもずいぶん慣れてきたよ。仕事は忙しいし、寝に帰ってるだけ。あっという間に朝が来る。
 ひとりで考えるといったのにもかかわらず、ろくすっぽまとまらないままだ。俺、いったい何考えてるんだろ。時間だけが過ぎていく。
 季節は移り変わって、また夏が訪れている。去年よりも暑い。
 今度の花火大会、ひとりで観るのか。
 今年はやめておこうかな……。

「こないだの新システムの不具合はないな」
「とくに報告はありません」
「派遣先のフィードバックある? あと契約スタッフ人数のほうも。進捗みせて。先月の売上と前年比と。資料ある?」
「あります!」
「人増えてきたから社内のあれこれ整備せなあかんなー。なんか案あったら叩き台だして」
「あっ、少しですがまとめてます」
「ほな後日にして。精度上げて出して」
「はい」
「ウェブサービスの企画書案」
「はいっ」

 西さんと話しながら、俺はデスクに向かう。
 西さん、仕事に集中しはじめると会話が矢継ぎ早でついていくのに必死。

「三分で手持ちの資料まとめて会議室来て」
「はい!」

 と元気に答えて、俺は自分の頬を両手で叩く。
 うじうじ考えていてもどうしようもない。とりあえず、目の前の仕事をしよう。仕事。
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