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番外編20 季節ものSS
バレンタインデーの多紀
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「これ、みんなからの義理チョコでーす」
「わーい、ありがとー!」
お昼休み、女性社員代表に義理チョコをもらった。やった。お義理でも嬉しい。
デスクで弁当を食べ終えた後、ホットコーヒーを淹れて、チョコを食べる。
隣のデスクの後輩から訊ねられた。
「奥様にバレないように食べてるんですか? たしかヤキモチ焼きなんですよね」
「まぁ、持ち帰らないほうがいいかも」
嫉妬深いんだよね……。俺のチョコなのに真顔で一人で食い尽くしそう。
「奥様からのチョコはもうもらいました?」
「え? もらってないよ。あ、まだ、まだもらってないってことね」
「? 帰ったら用意してくれてますね、きっと」
「……たぶんね」
くれるというか、いっぱいもらって帰るよって言ってたから、それをくれるんじゃないかな。他人からのもらいもの。
今朝、仮病で休もうとしていたから叱ったらしゅんとなってたな。
しかしだな、体調不良でも弔事でもないのに会社を急に休むの抵抗あるよ。有給休暇取得は労働者の権利だけど会社には時季変更権があるんだぞ。
……まぁでも、しょげてたし、帰ったらよしよししてあげるか。
むかし、まだ肉体関係がなかった頃、つまり俺とカズ先輩がただの先輩と後輩だった頃、バレンタイン後に会うとチョコレートを分けてくれたことを思い出す。よかったら食べてって。
会社だけでなく通勤途中でももらうらしい。手作りは食べられないので断りか処分。市販品に関しては問題なさそうなら食べていたそうな。
毎年百個をゆうに超えるので、一年分あるとかなんとか。実家や兄弟や友達におすそ分けしていたとか。
そういえば当時、俺もチョコもらいました! って言ったとき、どんなものをもらったのかさりげなく訊かれた気がする。会社の子からの義理チロル。
先輩みたいに本命チョコが欲しいですって言ったら控えめに笑っていたな。内心、胸を撫で下ろしていたんだろうね。今となっては信じられないほど大人びた対応。
あの頃のカズ先輩カムバック……。
「小野寺あてのチョコすんごかったでぇ」
二人になったとき、西さんが言った。
「でしょうね」
「新卒一年目やわ。多すぎて持ち帰られへんて会社から宅配出してたん。こんっなでっかいダンボールに入れて、三箱ぐらい。次の年以降のバレンタインデーは、出かけてるか休んどったな。なんせ就業時間でも呼び出されて列作って告白されるて」
似たような光景、見たことあるなぁ。
「モテますよね」
「営業部てイケメン多かったんやけど、小野寺は芸能人級よなぁ」
そりゃモテるだろとは思う。
百八十五センチの長身に、八頭身だか九頭身。
手足がすらっと長くて、肩や背中がほどよく広くて、手が大きくて、小顔で優しそうな面立ちで、色白で鼻が高くて目が大きくて超絶イケメン。オーラもすごいし色気もあり。いいにおいもする。
髪もきれいで仕立ての良いスーツがよく似合って、身につけているものは派手ではないきちんとした高級品。
見た目も所作もお上品。いいおうちのお坊ちゃまという雰囲気に溢れている。実際そうだし。
見た目だけでもとにかく目立つ。その上、高学歴で、なんと弁護士。年収数千万円の高収入。金融資産は三億を超えてるんだそうだ。俺にとっちゃとんでもない世界。
「手作りチョコを目の前で食べてくれって迫ってくる女がおって、警備に引き渡してなぁ。あやうく警察沙汰なるとこやったらしいわ」
過激派が怖いって本当だったのかも……。
「あとめちゃめちゃ美女のミスなんとか大に告白されてたな」
「ひょえ……」
今年もそんななのかな。
人生一度ももらったことのない本命の高級チョコ、いいなぁって羨んでたけど……ミスなんとか大みたいなレベルの美女に囲まれてふらっと浮気……しなさそう。そのへんは心配できないや。
女性に迫られて怖かった慰めてって言う和臣さんしか想像できない。
「相田くんと小野寺の場合、どっちがあげるん? これ聞いたらあかんやつ?」
「俺は渡す予定ないですが……」
あ、もしかして、和臣さん、俺からもらうの期待してるのかな。バレンタインって毎年どうしてたっけ? クリスマスはするけど、バレンタインはお互いに重要視してなかったな。チョコ交換したことはあったと思うけど……。
和臣さん、期待してそうだな……。他人にもらうからいいやとは思ってなさそう。俺からは確実に欲しいと思っていそう。
あげたら喜ぶんだろうなぁ。俺、もらいたいほうなんだけど。
なんというか、和臣さんとの間に、男としての魅力の歴然とした差を感じて、勝手に負けた気になってしまうんだけど、戦っても意味ないよな。
なにせ和臣さんのモテ度は超人レベルで、俺はほぼ丸腰の初期装備なんだもん。ライバル視すべき相手じゃないのはわかってるんだよ。夫だしさ。
でも俺から渡すって、和臣さんばっかり本命チョコもらうのずるくない?
俺にくれてもよくない?
「小野寺、相田くんのこと大好きやからなー。なにかあげたら喜ぶんやろなぁ」
「そうですね……」
たしかにそうだな。喜ぶはずだ。喜ばせてあげよう。帰りに買い物して帰るか。
なににしよう。売り場を見て、美味しそうなのを見繕うか。うーん、あの女性だらけの売り場、行くの勇気いるなぁ。恥ずかしい。
男の人いるといいな。
和臣さんに、本命だよって言って、ちゅーもしてあげるか。
※
『相田くんそれとなーく促しておいたで』
『ありがとうございます! 助かります!』
『こんな回りくどいことせんでも、チョコ欲しいて言えばええやん』
『彼鈍感で……男が渡すものって認識無いんで……』
『そりゃそやろ……てかお前が渡せば?』
『当然用意してます! 今日はチョコパーティーです! あっ! 裸エプロンで出迎えて『俺を食べて』って言うように仕向けてください!』
『な……なんぼなんでも無茶ぶりやん……』
〈バレンタインデーの多紀 終わり。おまけに続く〉
「わーい、ありがとー!」
お昼休み、女性社員代表に義理チョコをもらった。やった。お義理でも嬉しい。
デスクで弁当を食べ終えた後、ホットコーヒーを淹れて、チョコを食べる。
隣のデスクの後輩から訊ねられた。
「奥様にバレないように食べてるんですか? たしかヤキモチ焼きなんですよね」
「まぁ、持ち帰らないほうがいいかも」
嫉妬深いんだよね……。俺のチョコなのに真顔で一人で食い尽くしそう。
「奥様からのチョコはもうもらいました?」
「え? もらってないよ。あ、まだ、まだもらってないってことね」
「? 帰ったら用意してくれてますね、きっと」
「……たぶんね」
くれるというか、いっぱいもらって帰るよって言ってたから、それをくれるんじゃないかな。他人からのもらいもの。
今朝、仮病で休もうとしていたから叱ったらしゅんとなってたな。
しかしだな、体調不良でも弔事でもないのに会社を急に休むの抵抗あるよ。有給休暇取得は労働者の権利だけど会社には時季変更権があるんだぞ。
……まぁでも、しょげてたし、帰ったらよしよししてあげるか。
むかし、まだ肉体関係がなかった頃、つまり俺とカズ先輩がただの先輩と後輩だった頃、バレンタイン後に会うとチョコレートを分けてくれたことを思い出す。よかったら食べてって。
会社だけでなく通勤途中でももらうらしい。手作りは食べられないので断りか処分。市販品に関しては問題なさそうなら食べていたそうな。
毎年百個をゆうに超えるので、一年分あるとかなんとか。実家や兄弟や友達におすそ分けしていたとか。
そういえば当時、俺もチョコもらいました! って言ったとき、どんなものをもらったのかさりげなく訊かれた気がする。会社の子からの義理チロル。
先輩みたいに本命チョコが欲しいですって言ったら控えめに笑っていたな。内心、胸を撫で下ろしていたんだろうね。今となっては信じられないほど大人びた対応。
あの頃のカズ先輩カムバック……。
「小野寺あてのチョコすんごかったでぇ」
二人になったとき、西さんが言った。
「でしょうね」
「新卒一年目やわ。多すぎて持ち帰られへんて会社から宅配出してたん。こんっなでっかいダンボールに入れて、三箱ぐらい。次の年以降のバレンタインデーは、出かけてるか休んどったな。なんせ就業時間でも呼び出されて列作って告白されるて」
似たような光景、見たことあるなぁ。
「モテますよね」
「営業部てイケメン多かったんやけど、小野寺は芸能人級よなぁ」
そりゃモテるだろとは思う。
百八十五センチの長身に、八頭身だか九頭身。
手足がすらっと長くて、肩や背中がほどよく広くて、手が大きくて、小顔で優しそうな面立ちで、色白で鼻が高くて目が大きくて超絶イケメン。オーラもすごいし色気もあり。いいにおいもする。
髪もきれいで仕立ての良いスーツがよく似合って、身につけているものは派手ではないきちんとした高級品。
見た目も所作もお上品。いいおうちのお坊ちゃまという雰囲気に溢れている。実際そうだし。
見た目だけでもとにかく目立つ。その上、高学歴で、なんと弁護士。年収数千万円の高収入。金融資産は三億を超えてるんだそうだ。俺にとっちゃとんでもない世界。
「手作りチョコを目の前で食べてくれって迫ってくる女がおって、警備に引き渡してなぁ。あやうく警察沙汰なるとこやったらしいわ」
過激派が怖いって本当だったのかも……。
「あとめちゃめちゃ美女のミスなんとか大に告白されてたな」
「ひょえ……」
今年もそんななのかな。
人生一度ももらったことのない本命の高級チョコ、いいなぁって羨んでたけど……ミスなんとか大みたいなレベルの美女に囲まれてふらっと浮気……しなさそう。そのへんは心配できないや。
女性に迫られて怖かった慰めてって言う和臣さんしか想像できない。
「相田くんと小野寺の場合、どっちがあげるん? これ聞いたらあかんやつ?」
「俺は渡す予定ないですが……」
あ、もしかして、和臣さん、俺からもらうの期待してるのかな。バレンタインって毎年どうしてたっけ? クリスマスはするけど、バレンタインはお互いに重要視してなかったな。チョコ交換したことはあったと思うけど……。
和臣さん、期待してそうだな……。他人にもらうからいいやとは思ってなさそう。俺からは確実に欲しいと思っていそう。
あげたら喜ぶんだろうなぁ。俺、もらいたいほうなんだけど。
なんというか、和臣さんとの間に、男としての魅力の歴然とした差を感じて、勝手に負けた気になってしまうんだけど、戦っても意味ないよな。
なにせ和臣さんのモテ度は超人レベルで、俺はほぼ丸腰の初期装備なんだもん。ライバル視すべき相手じゃないのはわかってるんだよ。夫だしさ。
でも俺から渡すって、和臣さんばっかり本命チョコもらうのずるくない?
俺にくれてもよくない?
「小野寺、相田くんのこと大好きやからなー。なにかあげたら喜ぶんやろなぁ」
「そうですね……」
たしかにそうだな。喜ぶはずだ。喜ばせてあげよう。帰りに買い物して帰るか。
なににしよう。売り場を見て、美味しそうなのを見繕うか。うーん、あの女性だらけの売り場、行くの勇気いるなぁ。恥ずかしい。
男の人いるといいな。
和臣さんに、本命だよって言って、ちゅーもしてあげるか。
※
『相田くんそれとなーく促しておいたで』
『ありがとうございます! 助かります!』
『こんな回りくどいことせんでも、チョコ欲しいて言えばええやん』
『彼鈍感で……男が渡すものって認識無いんで……』
『そりゃそやろ……てかお前が渡せば?』
『当然用意してます! 今日はチョコパーティーです! あっ! 裸エプロンで出迎えて『俺を食べて』って言うように仕向けてください!』
『な……なんぼなんでも無茶ぶりやん……』
〈バレンタインデーの多紀 終わり。おまけに続く〉
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