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3-3 涙の夜 ――闇の底で祈る少年
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第3章3-3 涙の夜 ――闇の底で祈る少年
森が燃えていた。
黒い煙が月を覆い、空が赤く染まる。木々が次々と崩れ、炎が唸るように枝を呑み込んでいく。
その中心で、セブンはサリーナの体を抱きしめていた。
彼女の衣は裂け、肩から胸にかけて血が滲んでいる。温かかった体温が、じわじわと失われていく。
「サリーナ、ねぇ、起きて……」
何度も呼んでも、返事はない。彼女のまぶたは閉じたまま、微かな息だけが夜気に震えていた。
セブンは唇を噛んだ。鉄の味が広がる。
「僕が……僕が、もっと強ければ……」
森の奥で、魔物の遠吠えがこだました。重い足音が土を踏みしめ、迫ってくる。
セブンの肩が震えた。怖い。心臓が破裂しそうだ。
逃げなきゃ――頭がそう命じても、足が動かない。
彼女を置いて逃げることなんて、できるはずがなかった。
「どうして、僕なんかを守ったの……」
誰に問うでもなく呟いた声は、炎にかき消されて消えた。
その瞬間、彼の脳裏に浮かぶのは王宮での光景だった。
兄たちが笑う。侍女たちが避ける。
「魔力ゼロの王子様? 飾りみたいな存在ね」
冷たい声。小馬鹿にした視線。
誰も彼を必要としていなかった。
誰も、彼を“見て”いなかった。
――それでもサリーナは違った。
彼女は笑い、手を伸ばし、花の冠を受け取ってくれた。
「あなたは優しい子ね」と、まっすぐに言ってくれた。
たったそれだけのことが、どれほど嬉しかったか。
なのに、今、その笑顔が血の中で消えようとしている。
「やめてよ……僕のせいで死なないでよ」
涙が頬を伝って落ちた。
焚き火の光が揺れて、影が二人を包む。
遠くの闇の中で、魔物の群れが唸り声を上げた。
迫り来る気配。
サリーナを抱く腕に力が入る。
「逃げろ」――理性が叫ぶ。
「守りたい」――心が叫ぶ。
セブンは彼女の手を強く握った。
小さな指が、冷たい。
「僕に……魔力さえあれば……」
爪が掌に食い込み、血が滲む。
痛みすら、どうでもよかった。
世界中のすべてが敵でも、彼女だけは失いたくなかった。
「どうして、僕は……生まれてきたんだろう」
呟く声が震える。
「何もできないなら、最初から生まれなければよかった……」
胸の奥が締めつけられる。
涙が止まらない。
その時、微かな声が聞こえた。
「……セブン……」
かすれた声。サリーナの唇が動いた。
彼は顔を近づける。
「サリーナ!」
彼女は微笑みながら、弱く首を振った。
「……泣かないで……」
その一言が、心の奥を刺した。
セブンは歯を食いしばった。
「泣かない……泣かないよ。でも……どうしたらいいんだ」
サリーナはかすかな息で囁く。
「あなたは……優しい王子……。その心が……きっと……」
言葉の続きを言い残せず、再び目を閉じた。
風が唸り、炎が吹き上がる。
黒い影が木々の間から現れ、赤い瞳が無数に光る。
魔物たちが円を描くように包囲していく。
セブンの喉が鳴った。足が震える。
逃げられない。
もう、どこにも行けない。
「僕は……どうすれば……」
涙が零れ落ち、サリーナの頬に落ちた。
それでも彼女は眠ったまま、何も答えない。
セブンは両腕で彼女を抱きしめた。
「お願いだ……もう一度だけ笑って……」
声が震え、喉が詰まる。
彼は小さな肩を抱き寄せたまま、闇の中でただ祈った。
――どうか、僕に力を。
誰かを救う力を。
もう二度と、大切な人を失わないために。
その祈りは叫びではなかった。
ただ、涙と息が混じった音だった。
空が裂け、雷鳴が遠くで鳴った。
風が灰を巻き上げ、炎を吹き消していく。
世界が闇に飲まれ、森は静まり返った。
静寂の中で、彼の心臓の鼓動だけが響いていた。
「……僕が守る」
小さく、けれど確かな声。
それは誰にも届かない誓い。
弱くても、無力でも、彼女を守りたいという想いだけが残った。
膝が震える。血の味が喉を満たす。
それでも立ち上がる。
夜風が冷たく、頬を切るように吹きつける。
遠くの闇に、再び光る赤い瞳。
それを見つめながら、セブンは静かに息を吸った。
「僕が……この手で……」
唇が震える。
「あなたを守る」
その声は小さく、けれど確かに闇を裂いた。
足元で、焚き火の灰が風に舞う。
光も魔力も何もない夜。
ただ、少年の心だけがそこにあった。
彼は倒れかけたサリーナをもう一度抱き寄せた。
その胸の鼓動を確かめるように、額を重ねる。
「大丈夫……僕がいるよ」
呟いた声が震える。
頬を伝う涙が、サリーナの唇に落ちた。
ほんの一瞬、その唇がわずかに動いたように見えた。
だが、それが夢か現か、彼には分からなかった。
闇の中で、彼は目を閉じる。
恐怖も痛みも悲しみも、すべてを抱えたまま。
そして――願う。
もし奇跡があるなら、どうか彼女を助けて。
少年の祈りが夜に溶ける。
風が止み、森が静寂に包まれた。
その静けさの中で、世界は息を潜めていた。
夜明けを待つように。
この夜の終わりに、誰も知らない奇跡が始まろうとしていた。
森が燃えていた。
黒い煙が月を覆い、空が赤く染まる。木々が次々と崩れ、炎が唸るように枝を呑み込んでいく。
その中心で、セブンはサリーナの体を抱きしめていた。
彼女の衣は裂け、肩から胸にかけて血が滲んでいる。温かかった体温が、じわじわと失われていく。
「サリーナ、ねぇ、起きて……」
何度も呼んでも、返事はない。彼女のまぶたは閉じたまま、微かな息だけが夜気に震えていた。
セブンは唇を噛んだ。鉄の味が広がる。
「僕が……僕が、もっと強ければ……」
森の奥で、魔物の遠吠えがこだました。重い足音が土を踏みしめ、迫ってくる。
セブンの肩が震えた。怖い。心臓が破裂しそうだ。
逃げなきゃ――頭がそう命じても、足が動かない。
彼女を置いて逃げることなんて、できるはずがなかった。
「どうして、僕なんかを守ったの……」
誰に問うでもなく呟いた声は、炎にかき消されて消えた。
その瞬間、彼の脳裏に浮かぶのは王宮での光景だった。
兄たちが笑う。侍女たちが避ける。
「魔力ゼロの王子様? 飾りみたいな存在ね」
冷たい声。小馬鹿にした視線。
誰も彼を必要としていなかった。
誰も、彼を“見て”いなかった。
――それでもサリーナは違った。
彼女は笑い、手を伸ばし、花の冠を受け取ってくれた。
「あなたは優しい子ね」と、まっすぐに言ってくれた。
たったそれだけのことが、どれほど嬉しかったか。
なのに、今、その笑顔が血の中で消えようとしている。
「やめてよ……僕のせいで死なないでよ」
涙が頬を伝って落ちた。
焚き火の光が揺れて、影が二人を包む。
遠くの闇の中で、魔物の群れが唸り声を上げた。
迫り来る気配。
サリーナを抱く腕に力が入る。
「逃げろ」――理性が叫ぶ。
「守りたい」――心が叫ぶ。
セブンは彼女の手を強く握った。
小さな指が、冷たい。
「僕に……魔力さえあれば……」
爪が掌に食い込み、血が滲む。
痛みすら、どうでもよかった。
世界中のすべてが敵でも、彼女だけは失いたくなかった。
「どうして、僕は……生まれてきたんだろう」
呟く声が震える。
「何もできないなら、最初から生まれなければよかった……」
胸の奥が締めつけられる。
涙が止まらない。
その時、微かな声が聞こえた。
「……セブン……」
かすれた声。サリーナの唇が動いた。
彼は顔を近づける。
「サリーナ!」
彼女は微笑みながら、弱く首を振った。
「……泣かないで……」
その一言が、心の奥を刺した。
セブンは歯を食いしばった。
「泣かない……泣かないよ。でも……どうしたらいいんだ」
サリーナはかすかな息で囁く。
「あなたは……優しい王子……。その心が……きっと……」
言葉の続きを言い残せず、再び目を閉じた。
風が唸り、炎が吹き上がる。
黒い影が木々の間から現れ、赤い瞳が無数に光る。
魔物たちが円を描くように包囲していく。
セブンの喉が鳴った。足が震える。
逃げられない。
もう、どこにも行けない。
「僕は……どうすれば……」
涙が零れ落ち、サリーナの頬に落ちた。
それでも彼女は眠ったまま、何も答えない。
セブンは両腕で彼女を抱きしめた。
「お願いだ……もう一度だけ笑って……」
声が震え、喉が詰まる。
彼は小さな肩を抱き寄せたまま、闇の中でただ祈った。
――どうか、僕に力を。
誰かを救う力を。
もう二度と、大切な人を失わないために。
その祈りは叫びではなかった。
ただ、涙と息が混じった音だった。
空が裂け、雷鳴が遠くで鳴った。
風が灰を巻き上げ、炎を吹き消していく。
世界が闇に飲まれ、森は静まり返った。
静寂の中で、彼の心臓の鼓動だけが響いていた。
「……僕が守る」
小さく、けれど確かな声。
それは誰にも届かない誓い。
弱くても、無力でも、彼女を守りたいという想いだけが残った。
膝が震える。血の味が喉を満たす。
それでも立ち上がる。
夜風が冷たく、頬を切るように吹きつける。
遠くの闇に、再び光る赤い瞳。
それを見つめながら、セブンは静かに息を吸った。
「僕が……この手で……」
唇が震える。
「あなたを守る」
その声は小さく、けれど確かに闇を裂いた。
足元で、焚き火の灰が風に舞う。
光も魔力も何もない夜。
ただ、少年の心だけがそこにあった。
彼は倒れかけたサリーナをもう一度抱き寄せた。
その胸の鼓動を確かめるように、額を重ねる。
「大丈夫……僕がいるよ」
呟いた声が震える。
頬を伝う涙が、サリーナの唇に落ちた。
ほんの一瞬、その唇がわずかに動いたように見えた。
だが、それが夢か現か、彼には分からなかった。
闇の中で、彼は目を閉じる。
恐怖も痛みも悲しみも、すべてを抱えたまま。
そして――願う。
もし奇跡があるなら、どうか彼女を助けて。
少年の祈りが夜に溶ける。
風が止み、森が静寂に包まれた。
その静けさの中で、世界は息を潜めていた。
夜明けを待つように。
この夜の終わりに、誰も知らない奇跡が始まろうとしていた。
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