ザ・ラスト・ヒリア

野川太郎

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期末テストまで

毎日が最後の晩餐

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 昼食の時間になった。
 長岡良助こと俺はもう、限界なのかもしれない。あらゆる意味で・・・・
 他の生徒たちは自由に席を離れていく。仲良しグループで固まる者。部活動で知り合った仲間たちと食事を共にする者。男女混合で食事を楽しむ中村たち。そして、非リア充でモテないオーラを最大限に放出する俺たち。
 チャイムが鳴った瞬間、俺はすぐに弁当を片手に、波川たちの席へと向かった。
 そして、俺が最初に口を開いた。
「誰か! 助けてください! 俺を青春菌から救ってください!」
 すると、すぐに波川からの返答がやってきた。
「全力で諦めろ! 長岡、それがお前の運命だ!」
 波川の顔は笑っていた。惨めな俺を楽しんでいる。なんて奴だ! 畜生が!
 そして、生沼の痛い発言が飛んでくる。
「長岡よ、3次元を捨てろ! そして、俺の境地へ来るのだ! 平面の世界へ! 勇気を出して一歩踏み出すんだ! 明るい未来がお前を待っている!」
 ああ、ダメだこいつは本当に! 俺をダークサイド(2次元)へ堕とそうとしている。
「一体、どこの新興宗教の勧誘だよ! あぶねぇ野郎だお前は!」
 しかし、その程度で2次元戦士が屈することはない。生沼のダークサイド(2次元)は誘惑を止めない。
「これだから、3次元は! 本当に素直じゃないんだからさ。一度体験してほしいんだよ。青春を。本当の意味での青春を。特に長岡。平面の世界なら必ず、リア充になれる。彼女たちはきっと、お前を受け入れるだろう・・・・まあ、たぶん」
「おい! たぶんって何だよ。朝も同じノリだったじゃねーか!」
「いや、長岡が本当にこっちの世界に来た場合さ、妄想すると2次元の女の子たちからも嫌われるイメージが浮かんだんだよ。無意識に」
 無意識という言葉が、これほど人を傷つけるとは思っていなかった。何と恐ろしい言葉だ。俺の空気メンタルがまた汚染され始めた。
「やめろ、生沼! 俺をその道に引きずり降ろそうとするのは。俺はその世界に興味はない。ダークサイド(2次元)に堕ちたら人として終わりだよ」
 かなりの正論を言ってしまった。俺は恐る恐る生沼の顔をみた。
「本当に、愚かな存在だ。長岡、目の前にある幸せ(2次元)をなぜ捨てようとする。僕には理解できないよ。周りを見ろ! 現実を見るんだよ。左右非対称な顔。傲慢で醜い性格。それがリアルな女子の実態だ。こんな残酷な現実を僕は否定する。俺は今、幸せなんだ。それを君たちにも理解してもらいたいだけなんだよ!」
 痛すぎる。辛すぎる。
 生沼の言動には『歪んだ信念』が存在する。その屈強なダイヤモンドメンタルを破壊することはできない。こいつはきっと、変わらないのだろう。成長しないとは違う。言葉で言い表せない何か。個人的に、生沼はこのままでいて欲しいと思う。だが、同時にダークサイド(2次元)を俺に推奨しないでほしい。
「いいよな・・・・毛のあるやつはさ」
 やばい! 大久保から『毛』の話が出たぁ! これはこれできついな・・・
「俺の毛根消滅まで、あまり時間がない。ああ、もうー 年齢制限なんてどうでもいい! こうなったら幼女でもいいから誰が俺と結婚してほしい!」
 幼女発言はまずいだろう・・・・俺たち非リア充グループはある意味『あぶない』人間の集まりなんだからさ。
「いや、幼女はまずいだろう・・・せめて十六歳くらいにしとけよ・・・・」
 俺は大久保をなだめた。
「これだから、長岡は! 幼女に理解があるなんて、大久保見直したぞ!」
 生沼が『幼女』に食いついてきたぁ! ああ、まずいよ。これは・・・・変態二次元ロリコン魂に火がついてしまったぁ!
「幼女はいいぞ。大久保。幼女かつ妹なら文句の付け所がないな」
「それは2次元の話だろ! 危険な会話をするんじゃない!」
 周りの人間に聞かれたらアウトだ。非リア充ロリコン集団にされてしまう。俺は必死にその会話を止めようとした。
「邪魔をするな。幼女に理解のない野郎は虚勢されてしまえ!」
 生沼の危ないスイッチが入ってしまった。もう、誰にも止められないよ。しかし、そこに波川が助け船を出した。
「まったく、これだから2次元野郎は。そんなことよりも、未来に目を向けようぜ! もうすぐテストだ。内申点を良くして推薦で大学を狙おうぜ! こんな高校とは早くおさらばしたいもんだ!」
 波川は現実を見ている。それ以上に、この高校を嫌っている。クラスの生徒を見下している。それが時々、寂しく感じるときがある。せっかくの高校生活を最初から捨てている。その姿勢を見るのが辛い。
「テストねぇ・・・・もう義務教育じゃないから赤点取るとマジでやばいんだろうな」
 俺は当たり前の『恐怖』を口にした。
「そうだぜ、リア充に嫉妬する時間があるなら、勉強で見返せよ。嫉妬を力に変えろ」
「なんか・・・・中二くせぇな、お前」
 波川の発言に俺は突っ込んだ。時々、波川は中二病なんじゃねぇかと疑う時がある。自分のキャラクターを作っている感じもする。まあ、俺たち非リア充は互いの個性で成り立っている存在だ。波川が何を考えていようと、この非リア充グループの痛い結束力は続いていく。この理不尽な教育現場で生きていく。そのために必要な仲間たちなのだ。
「俺、生物基礎は頑張るよ。将来のために!」
 これは大久保の発言だった。
「将来、マジで研究者になって万能細胞を作って、毛根を再生させるんだ! 内蔵とかそういうのはどうでもいい。まずは髪だ! 全世界の男性を救う方法はそれしかない!」
「いやさ・・・・まず、臓器とか、生命を救う方を考えようぜ・・・」
 俺は呆れてしまった。確かに、夢を持つことは素晴らしい。だが、大久保の浅い考えに落胆してしまった。サラブレット禿は所詮、こんなものかと。
 しかし、波川は現実的な回答をした。
「大久保、生物基礎だけできてもしょうがねーぜ。研究者ってのは論文を読んだり書いたいりするもんだ。しかも、英語とかでさ。英・数・生基礎はガチで頑張れよ。受験を意識した勉強をしたりもしてさ」
 こういう時、波川が少しかっこいいと思ってしまう。波川は基本的には真面目だ。夏休みの宿題とか絶対やらなかった俺とは違う。しかし、場の雰囲気を180度変える発言が飛んできた。
「これだから、三次元は! そうやって、辛い現実を受け入れようとする! 現実から目をそらせ! 画面の世界は幸福に満ちている! さあ、いっしょに行こう! 永遠のパラダイス(2次元)へ」
 生沼の危ない勧誘を俺は振り切る。
「そういうのやめろよ! 危ない勧誘にしか見えないし、かなり痛すぎるだろ! 現実に戻ってこい! 目を覚ますんだ!」
 俺は生沼の両肩を掴み、揺さぶった。しかし、生沼のダイヤモンドメンタルを崩すことはできなかった。
「君たち、なぜロリコンが犯罪者になる法律を作ったか知っているか?」
 急に真面目になる生沼の顔に俺たちは一瞬怯んだ。
「それはね。昔の人はお見合いして結婚したり、政略結婚したりで、本当に好きな人と結ばれなかったんだよ。男の9割はロリコンだ。若い女性が大好きに決まっている。しかし、そうした隠れロリコンたる政治家は嫉妬したんだ。若い子を手に入れた一般市民たちに。だから、青少年保護法という法律を作ったんだよ。自分が若い子に手を出せない。だったら、一般市民も同じ苦しみを味合わせてやると!」
「・・・・・・・・」
 誰も言葉を発することはできなかった。生沼の狂った妄言が俺たちを愕然とさせる。この男がここまで終わっているとは思っていなかった。辛かったとは違う。悲しいとも違う。これはそう・・・「痛い」だ。
「生沼! 痛すぎるよ! ここまで堕ちたのか? 何馬鹿なことを言っているんだ!」
 俺の叫びに波川が参戦する。
「一体何があったんだ? 道徳心はどこへ行っちまったんだよ! 正気を取り戻せ! とりあえず、飯食おう。弁当食おうぜ!」
 俺たちは会話に熱中していて、昼食を食べることを忘れていた。俺たちは急いでそれをほおばった。互いに被らない色の弁当箱を片手にもち、白米に視点を合わせる。
 こんなに緊張した食事は初めてだった。張り詰めた食事はおいしくない。空腹を満たすことしかできない。味覚がマヒしている。また、生沼という、ある種の病気(二次元)持ちと一緒にいる不快感。自分まで病原体に感染する。そのような恐怖感が周囲を満たしている。
 しかしだ。ダークサイド(2次元)にも世界は広がっている。平面の世界に命を吹き込む。それが漫画やアニメの世界で生き物として栄える。だから、その新世界に恋をしてもある種、自然なことなのかもしれない。限りなく人間に近いそのキャラクターたちに恋する。それもまた、異文化交流に近い発想である。
 それでも・・・・・・ダークサイド(2次元)はないわ・・・・
 俺にはその選択肢はないのだ。ダークサイド(2次元)は所詮、人ではない、作り物だ。
けれど、最近はアニオタ同士の結婚が増加しているとか・・・世間ではこれを「アニ婚」と呼んでいる。単純にアニメが好きな男女、どっぷりハマっているガチ勢同士の結婚と様々である。少し前にテレビで放送されていたのを思い出した。
もしかしらた、今俺の目の前に映る「変態二次元野郎」も将来は「アニ婚」するのだろう。2次元(ダークサイド)を共有した、理解ある女性と出会い、家庭を築く。
 ・・・・なんだろう? やっぱり矛盾するよな? 2次元しか愛せない者同士が結婚?意味が分かるん! やっぱり、俺には理解できない。けれど、否定する権利もない。チャンスが与えられた、残酷なこの世界の中で、俺は「孤独者」として生を全うす未来しか見えないのだ。
 俺たち4人は互いに食事を貪る。その間会話はなかった。けれど、その優しい沈黙世界を邪魔する者は他にはいない。俺たちはクラスにいないようなものだ。リア充になれない。この現実を受け入れてこの残酷な高校生活を生きていくしかないのだ。
 

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