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第13章 休戦会談と蠢く策謀編

第1話 王都帰還と沸き立つ人々

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 12の月6の日
 午前10時20分
 アルネシア連合王国・王都アルネセイラ
 アルネシア・アルネセイラ駅

 無期限の停戦が始まってからもうすぐ一ヶ月が経過する十二の月上旬。王都アルネセイラはすっかり冬模様になっていたけれど、今日は澄んだ青空が広がっていた。
 先月十一の日以降、万が一の防衛以外の戦力は厳冬期を迎える前に速やかに本国へ帰還する事となった。
 既に旧東方領北部では雪が降り始めている中での帰還だから連合王国軍と協商連合軍の主要な帰還ルートは中部経由。
 僕とリイナやエイジス、それにマーチス侯爵など連合王国軍やラットン中将など協商連合軍のの面々は法国軍のマルコ大将達と次会う時は休戦会談の式典の時にと別れを告げて、それぞれの国へ戻っていった。
 様々な後処理には時間がかかりと移動距離も長い為に、ようやく今日、僕達は連合王国アルネセイラへと帰ってきたんだ。約数ヶ月振りになるかな。
 久しぶりの王都の街並みは、列車の車窓からでも賑わいがよく伝わってきていて、多くの市民は乗っている特別列車に手を振ってくれていた。
 多くの死傷者を出したブカレシタ星型要塞攻略戦があったとはいえ、ここまでの死傷者を出したのはこの戦いくらいで、約一年半の戦い全体で通じれば市民が悲観する程の被害ではないのが、彼等の反応から伝わってきていた。
 とはいえ、万単位で戦死者と負傷者が出てしまったのが戦争だ。帰ってこなかった者の家族、日常生活を送れなくなった者の家族には残酷かもしれないけれど、こればかりかは僕ではどうしようもない。
 どちらかというと、今回の顛末に僕は複雑な心境を抱きながら車窓から手を振っていた。
 それでも、帰還は帰還だ。今は笑顔でいよう。
 僕はリイナとエイジス用にあてがわれた一等車の席で比較的リラックスした姿勢でいた。


「帰ってきたわね」

「うん。帰ってきた。久しぶりの、アルネセイラだ」

「ワルシャーやノイシュランデに戻ってきた時もそうだったけれど、ほとんどの国民から歓迎されていたわね。ブカレシタの激戦の報道はある程度統制されているのかしら」

「もしかしたら勝ちには変わりないから勝利に酔いしれているのかも。何せ引き続きの好景気で、さらに停戦になったんだからさ。一時的とはいっても戦争はせずに済む。民需が活発化するし、着々と私鉄の建設も進んでいるらしいから、多くの国民にとって戦地は遠い場所の話なんだろうね」

「戦争ってそういうものよ。勝ったのなら尚更ね」

「まあね。今後について頭を悩ますのは、僕達の仕事さ」

「ええ。王都に戻ってきたとはいえ、山ほど軍務はあるものね。旦那様の立場なら、余計に」

「うん」

 特別列車に乗っている大半の軍人はやっと祖国に帰れた事を嬉しく思い、笑みがこぼれていた。家に帰ったら息子や娘の顔を見るんだ。とか、これでプロポーズが出来る。とか、単純に血と硝煙の世界から当面は無縁になれる。とか。
 その中で僕はイマイチ素直に喜べなかった。
 戦いには現状勝ったという事実は嬉しい。数ヶ月振りにアルネセイラに戻れたから、これで平時の日常を過ごせるのも喜ばしいことだ。毎日別邸の風呂で寛げるし、銃声も砲撃音も耳に入ってこない。
 それに戦地の糧食とおさらば出来るのは何よりだ。将官という立場上ある程度の質は確保されている三食が付くけれど、遠い遠征地という事で食べられないものもあった。甘味なんて特にそうだ。でも王都に戻ったことで常連と化していた洋菓子店にも顔を出せるし購入出来る。
 停戦となり本国帰還となった事で心身両面で諸々から解放される事だけ考えれば満面の笑み。
 けれど、本大戦に深く関わっている身としては、モヤモヤの残る一連の出来事にどうしても釈然としていなかった。
 車窓を眺めているとずっと手を振るハメになるから、僕は降車の準備をする事にした。外の景色からあと数分でアルネシア・アルネセイラ駅に到着する。僕とリイナは服装を整えたり、エイジスにレーダー探知――王都の厳重な警備体制からして不測の事態は起きないだろうけれど――などを頼むと、列車はホームに進入した。

「アカツキ、リイナ。降りる準備は……、流石だな。もう済ませていたか」

「はい、マーチス大将閣下。リイナと共にいつでも出られます」

「服装はバッチリよ、お父様」

「うむ。最終確認だが、降車してから駅前広場に止めてある専用の馬車まで大勢の市民達がいる。駅の出口では敬礼もする。いいか?」

「大丈夫です。これまででだいぶ慣れましたから」

 マーチス侯爵は僕の返答とリイナの頷きに、

「ははっ、お前達ならそうだろうな」

 と、明るい笑顔で答えた。
 僕もこの時には曇りのある表情は無くし、微笑んでいた。リイナには勘づかれているだろうけれど、彼女は触れないでいてくれていた。もしかしたら、マーチス侯爵もあえて何も言わないのかもしれない。

「マーチス大将閣下、アカツキ少将閣下、リイナ大佐。列車が停車致しました。これより我々が警護し、駅前広場まで移動します」

「了解した」

「分かったわ」

「よろしく頼むよ、アレン少佐」

「はっ! お任せ下さい!」

 僕達が話をしていると、列車は停車する。そのタイミングで現れたのはアレン少佐と数名の部下達だった。
 アレン少佐はこれまでの戦いの活躍が認められ、ブカレシタ星型要塞で野戦昇進をしている。野戦昇進とはいえ、勇猛果敢な戦いぶりは王都にも伝わっているから臨時的なものではなくて、この数日で正式に少佐になるだろう。他の部下達も武勲の認められた者には昇進や勲章が授与される予定だ。
 彼等は昇進が約束されているし、久しぶりの王都という事でかなり顔付きは明るかった。

「さて、行くとするかアカツキ、リイナ」

「はっ。了解しました。マーチス大将閣下」

「そう固くならんでいい。せっかくの王都帰還だ。肩の力を抜いておけ。リイナくらいでちょうどいい」

「はい。失礼しました」

「お父様、それはどういう事かしら?」

 かなり気軽な心持ちでいるリイナを見て、マーチス侯爵が言うと、彼女は冗談めいた微笑みをして返す。この辺りのやり取りはまさに父親と娘という様子だね。
 列車の出口に向かい降車すると、そこにいたのは本国にいた軍の高官や官僚達だった。いずれも戦勝を祝した表情で、英雄の帰還を待ってましたと言わんばかりに敬礼と握手を受けた。
 他にも知っている顔の人達がいた。作戦を成功させ先んじて戻っていたアルヴィンおじさんやルークス中将閣下だ。二人とも僕を見つけると褒めてくれたし、アルヴィンおじさんからはぐしゃぐしゃと手荒く頭を撫でられた。彼もまた、笑顔に満ちていた。
 特別列車が停車したホームは規制されていて一般市民はいない。ただ、隣接するホームは通常営業だからこっちに気付いた市民達からは大歓声が上がっていた。
 途中で合流したラットン中将やブリック少将と彼らに手を振り返した。
 櫛形ホームを歩いていき、空間が広くなるにつれて人の数は増えていく。改札口のあたりは警備の兵士が並んでいる向こう側は人々でぎっしりだった。
 そして駅の出口まで着くと、壮観な光景が広がっていた。

「これは凄いね。想像以上だよ」

「駅前広場は市民達でいっぱいね。人もエルフもドワーフも、沢山いるわ」

「それだけの事をオレ達は成し遂げたということだ。戦争の一区切りにおいて勝利を手にしたのだからな」

「そうですね。皆、幸せそうにしています」

 僕が周りを見回しながら言うと、マーチス侯爵は僕の肩に手を置いて微笑して返す。

「そら、すぐに軍楽隊の演奏と近衛師団の儀仗隊の声がかかるぞ。背筋を伸ばしておくか」

「はい、マーチス大将閣下」

 改めて襟を正し、リイナやエイジスも同じようにする。
 僕達が駅の改札前に広がる横に幅広い階段まで到着して並ぶと、儀仗隊が並び作られている道が広がる。軍楽隊の姿もあった。
 儀仗隊の隊長は身体の正面に剣を立てると、

「総員、敬礼! 捧げェ、剣!」

「軍楽隊演奏始めっ!」

 儀仗隊が一斉に捧げ剣をし、軍楽隊の隊長が演奏始めを告げると軍楽が流れ始める。
 すると、駅前広場だけでなく大通りの方までいる大勢の市民達からは大きな歓声が上がり賑やかさはさらに増した。数万人規模の市民達による声と降る手は圧巻の一言に尽きる。
 僕達もそれに応えるため、マーチス侯爵の号令を合図に一斉に敬礼した。
 そうしていると、現れたのは少年少女の集団だった。彼等の身体に合わせた背広やドレスを身に纏っていた。
 両腕に大切そうに抱えているのは花束。可愛らしい姿を見せて、こちらに歩いてきた。

「あらあら、可愛いわね」

「微笑ましいね、リイナ」

「ええ、幸せな景色だわ」

 この時ばかりかは僕も裏表のない笑みを見せる。
 マーチス侯爵に花束を渡したのは最年長の少年で、リイナに花束を渡したのは集団の中ではまだ小さい少年、エイジスに数輪の花を渡したのは、はにかんでいた男の子。
 そして、僕に花束を手渡してくれたのは年齢の割にはちょっと大人びた女の子だった。その子はもじもじとして、恥ずかしそうにしていた。

「アカツキ様、戦地での活躍、色々聞きました。私達の為に戦ってくれて、ありがとうございました……! これ、花束ですっ」

「ありがとう。君の名前は?」

「わたしですか……?! えっと、ラフィーナ、です」

「ラフィーナさん、綺麗な花束を本当にありがとう。とても嬉しいよ」

 僕は少しだけ屈むとラフィーナという女の子の頭を撫でる。すると、彼女は顔を赤くしていたけれどもの凄く嬉しそうにしていた。

「あら、旦那様は小さい子にも大人気なのね」

「そういうリイナも、ぎゅっとしている男の子が凄くニコニコしているよ」

「ふわぁ、アカツキ様、凄いです。リイナ様、ふかふかです……!」

「ぷふっ……! はははっ! そうだろうね。ふかふかだと思うよ」

 素直な感想を漏らす男の子に、僕は思わず吹き出して笑ってしまった。
 誰もが曇りひとつのない笑顔で、まるで戦争が終わって勝利したような雰囲気だった。
 数分ほど僕達は少年少女達と言葉を交わすと、停車している馬車の方へ向かう。途中にいる市民達には笑顔で手を振る。

「マーチス大将閣下、万歳!」

「アカツキ少将閣下、万歳!」

「協商連合軍万歳! 連合王国軍万歳!」

「ロイヤル・アルネシアにさらなる栄光と反映を!」

「停戦の先には休戦が待っているんだ! これ程幸せなことはない!」

「明日には旦那が戻ってくるんですって!」

「ウチは息子が戻ってくるのよ! やっと顔を見られるわ!」

 馬車に乗るまで、市民達からはそれぞれ明るい反応ばかりが見受けられたし耳に入ってきた。
 中には休戦がどうなるかとか、もしかしたら終戦になったりするかもなんて楽観論まで出ていた。
 それぞれの馬車にまで辿り着くと、ここからは行き先が変わる。
 ラットン中将は一度協商連合大使館に顔を出した後に夕方前に陛下へ謁見。
 アルヴィンおじさんやルークス中将閣下は既に謁見しているから、軍本部に戻るらしい。
 僕はアレン少佐とはここでお別れとなりリイナとエイジス、それにマーチス侯爵と同じ馬車に乗った。行き先は王宮。僕達がまず先に陛下と謁見することになっているんだ。
 僕は豪奢な馬車の席に座ると、隣にはリイナが座り間にはエイジスが。向かい側にはマーチス侯爵とブリック少将が座った。
 ゆっくりと馬車は動き出すと、窓を開けて改めて手を振る。王宮までの大通りにも市民達がいるからだ。前後にも十数台いる馬車の一団はさながらパレードのようだった。
 いつもよりゆっくり馬車は進み、一時間半をかけて王宮に到着した。
 再び馬車から降りると、正面玄関で待っていたのは宮内大臣と宮内の官僚達だった。

「おお、待ちわびていましたぞマーチス侯爵! よもや停戦などとは思わなかったですが、戦勝はめでたきこと!」

 宮内大臣のマーシャル伯爵は、普段のような冷静沈着な官僚然とした様子とはうってかわって、珍しく喜色の笑みを浮かべていた。

「出迎え感謝する、マーシャル伯爵。オレもまさかこのような形で戦争に区切りがつくとは思わなかったが、アレ以上の犠牲が出ることなく終えられた上に無期限停戦となったのは良いことだった」

「まったくもってその通りですな。想定を上回る犠牲者には陛下も頭を悩ませられておられた。財務大臣が渡す戦費についても、これほどまでに金がかかるのかと愕然とされておられたのです」

「全ては勝つ為だから戦費ばかりは仕方ない。戦死者を減らす為でもある。だが、それもあの日を境にひとまずは終わりを迎えた。だからこうして、オレもアカツキ達も戻ってこれたわけだ」

「誠にめでたきこと。アカツキ王宮伯爵、戦地での大活躍は王宮でも話題になっていた。貴君が怪我をしたと耳にした時は気が気で無かったが、無事そうで何よりだった!」

「ご心配をお掛けしました。ですが、リイナとエイジスのお陰でこうして五体満足で帰還しました」

「旦那様のお傍で守るは、私の勤めですものマーシャル伯爵閣下」

「うむうむ! リイナ王宮伯爵夫人やエイジスの話も王宮では持ち切りであったぞ! 陛下も貴君の身を案じておられた。早く姿を見せてやってほしい」

「はい。かしこまりました、マーシャル伯爵」

 マーシャル伯爵の初めて目撃するハイテンションっぷりには少し驚いたけれど無理もない。延々と続くと思われていた大戦は、完全な終戦にはならないにしても限定的に数年間は休戦となる可能性が高いと王宮内や貴族達の間でも噂されている点は僕達にも伝わってきている。
 だから僕も表面上では喜びを共有している姿を見せていた。
 謁見の間に続く大廊下には爵位の上下関係なく沢山の貴族がいた。丁寧な礼をしつつも、みんなプラスの感情が滲み出ていたし、僕に握手を求めてくる人もいた。
 意外だったのは、対立派閥の西方貴族達の反応だった。特にそのトップであるアーネスト・マンスフィールド中将と会った時に、

「アカツキ少将、戦地ではまさに英雄に相応しい動きを見せたらしいな。ご苦労だった」

 と、素直に僕を認める発言をしたんだ。
 これには周りにいた貴族達も、ついに対立など無くなったんじゃないかという反応をしていて、僕もびっくりはしたけれど感謝の意を伝えた。
 そうして色んな人と話して謁見の前まで着いた。

「陛下! マーチス侯爵、アカツキ王宮伯爵、リイナ王宮伯爵夫人、エイジスが到着されました!」

「あいわかった! 余も待ちわびておったのだすぐ通せ!」

 宮内大臣はいつもより明るい声音で大扉の前で言うと、扉の向こうから陛下の声が聞こえる。
 大扉は、ゆっくりと開かれた。
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