異世界妖魔大戦〜転生者は戦争に備え改革を実行し、戦勝の為に身を投ずる〜

金華高乃

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第13章 休戦会談と蠢く策謀編

第20話 亡き者の側近が語る姿は、かつての自らと重なり

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 ・・20・・
 クリス大佐がいた病室は高級士官用の広い個室だった。ベッドの他にはテーブルと椅子があって広い。かつて僕がいた病室よりは狭いし質素にしても、一人でいるには十分すぎるもの。殺風景さも感じたのはクリス大佐の様子故だろうか。

「椅子を持っていくから、近くで話してもいいかい?」

「ええどうぞ」

 僕はテーブルの近くに置いてあった椅子を両手で持つと、この際警戒心は潜めておいて窓際の方まで持っていく。ちょうどクリス大佐から一メーラくらいの所だ。

「これは驚きました。俺の精神状態はお聞きになられているはずなのにそんなにも近くで話そうとしてくれるとは」

「仮にも今から貴重な話を聞くんだ。遠くからは失礼でしょ?」

「仰る通りで。ましてや俺にはこの首輪がありますからね。まるで捕虜のようですよ」

 指で首輪に触れながら皮肉るようにクリス大佐は言う。
 僕は苦笑いすると、

「事の顛末は送られてくる情報を通じて知ったよ。フィリーネ少将は結局反対派閥を暗殺しようだなんて思っていなくて、貴官の目の前で崖から飛び降りて……」

「はい……。あの日、俺はモーバル岬にフィリーネ少将閣下といました……。四日ほど前、偽装した手紙に、モーバル岬にて待つと……。俺は反対派閥共の監視の目を掻い潜って、私服で変装して向かいました……」

 クリス大佐は顔を俯かせてその日の事を語り始めた。
 手紙は全く別人を装ったものだったようで、検閲を掻い潜って彼のもとまで届いたらしい。
 中身を理解したクリス大佐は当然いてもたってもいられずフィリーネ元少将の所へ向かう。
 そしてあの日、モーバル岬で久しぶりの対面を果たした。
 けれど、それが最期の日となってしまった。
 フィリーネ元少将はクリス大佐に感謝の言葉を送ったのではなく、ひたすらにこの世への憎悪と罵詈雑言を放ち、そうしてこの世へ絶望してあの世へと旅立ってしまった。
 飛び降りた崖は海面まで高さ六十メーラ。モーバル岬は断崖絶壁が多い場所だ。だからここを選んだのだろう。
 魔法障壁を事前に発動したのならともかく、その様子は無かったらしいので、であるのならば即死もの。ましてや当日の海面は荒れていたらしいから、今も捜索は続いているけれど恐らく見つからないだろう。
 彼は敬愛する上官の最期を見てしまい発狂した――本人曰く当時の記憶がほとんどない――だろうから、尚のこと手がかりは無いのだから。

「これが、俺が覚えている限りのあの日の出来事です……」

「…………君には伝わっていないだろうけど、反対派閥のやり口が酷すぎるからと内政干渉に至らない程度で助言はしていたんだ。けれど、こんな最悪の結末を迎えてしまって、本当に心苦しく思うよ……」

「貴方が、そんなことを……。知りませんでした……」

「反対派閥に伝わらないよう機密事項にしていたからね。それでも国防大臣の取り巻く情勢があれでは漏れ出てる可能性も否定出来ないけれど……。結局僕は、止められなかった」

「いえ、いいんですよ……。連合王国の軍人である中将閣下では限界があります。行動を起こしてくださっていた事を知れただけで十分です。真に悪いのはフィリーネ少将閣下を貶めるだけに飽き足らず全てを奪い、死へと追い込んだ反対派閥の連中です。国を富ませ、戦争で戦える軍にしたにも関わらず恩を仇で返した奴らと国民が許せない。だというのに俺は貴方に、逆恨みしていましたから……」

「逆恨み……。貴官が絶大な信頼を置く英雄と共通項ばかりなのに、全く違う道へと至った僕へかい?」

「ええ。どうしてこんなにも違ってしまったのかと。何故貴方ばかりが権力と名声を得て、少将閣下は自死を選んだのかと……。貴方に恨みをぶつけるのはとんだお門違いだと自覚しています。彼女の行いが決していい事ばかりではないのも知っています……。それでも、隔絶した差を目の当たりにして、貴方に……」

「気にするな、なんて言えない。僕はそれを受け入れる。貴官は僕が味方ばかりと思うけれど、そうじゃない。若くしてこの立場になったからさ、表立って出てこないだけできっと何かは言われてる。陰口なら慣れているよ」

「器が大きいんですね、貴方は。俺は中将閣下を敵視していたんですよ?」

「だとしても僕や僕の大切な人の身に危険が及んだわけじゃない。全員が味方だなんてお花畑の思想だろう?」

「はははっ……。…………大切な人、ですか。貴方はまるで、少将閣下みたいな事を言うんですね……」

「僕はフィリーネ少将がしたとある発言には強く共感していてね、『愛国心の為ではなく、私が守るべき者達の為に私は国に尽くす』だったかな。僕も、守るべき大切な人の為に戦争に身を投じているから」

「…………フィリーネ少将閣下。あぁ、ああぁ、ああぁぁああぁ……」

 クリス大佐は僕の瞳をじっと見ると、死んだ上官の名を口にした。性別も違えば容姿も違う。けれど、一つだけ重なる僕と彼女の思想に彼は面影を感じたのだろう。
 けれど、もう彼女はいない。フィリーネ元少将は死んだんだ。受け入れ難い現実を、残酷な現実をクリス大佐は受け入れなければならない。でも、今はまだ早すぎる。
 彼はそのまま泣き崩れてしまった。僕はただそれを見守ることしか出来ないし、支えてあげる事も出来ない。
 クリス大佐が泣き止んだのは十数分経ってからようやくだった。
 すると彼は、涙声でぽつりと漏らす。

「…………白い棚の中、一番上に、フィリーネ少将閣下の手紙が、あります……。貴方、宛の……。最期の日に、託されて……」

「僕への……?」

「中身は、分かりません……。ですが、渡してほしいと……」

「そう……」

 白い棚はテーブルが置かれている後ろにあった。
 開けると、そこには殆ど物が置かれていない中でぽつりと白色の横長の封筒があった。丁寧に、「アカツキ・ノースロード中将閣下へ。フィリーネより」と署名がなされていた。
 中身を読まずとも感じる。根拠の無い勘だけど確かにそう思ったんだ。
 これは、ここで読んではいけないと。
 僕はしばらく小さい封筒を見つめると、持ってきていた鞄の中にそっと仕舞う。

「後でゆっくり読まさせてもらうよ」

「そうしてください。託された時、あの方の瞳には様々な感情が篭っていました。絶望、羨望、嫉妬、憎悪……。どれを貴方に向けられていたのか、全部なのかは分かりませんが、数枚ほどあると思います」

「分かった。ありがとう。…………僕からは慰めの言葉なんてかけられない。ただただ、残念だよ……」

「いえ……、下手な慰めよりずっとマシです……」

「貴官の復帰を願ってる。退役してもいい。けれど、後追いだけは決して考えないで」

「…………はっ。心に、受け止めておきます」

 僕は彼に言うと、防音魔法を解除してから扉を開ける。部屋の中からは、嗚咽が聞こえてきていた。

「どうだったかな……」

「反対派閥にその光景を見せてやりたいとだけ。フィリーネ元少将の所業がどうであれ、彼等がしたのは多くの者達を悲しみのドン底へ叩き落としそして、自国の国益を大きく損なわせた犯罪人でしかないでしょう。それだけです」

「何も言い返せないね……」

「今回の滞在は明後日までになっております。お話は明日でもよろしいですか?」

「あ、ああ構わないよ。明日ならば今日よりも時間は取れるはずだからね。夕方からならば問題ないよ」

「ありがとうございます。それではこれにて。リイナ、エイジス。行くよ」

「ええ」

「サー、マスター」

 僕は足早に立ち去り、エリアス国防大臣との私的対談のアポだけを口頭で取ると病院を後にした。
 ただただ、耐えられなかった。彼の様子が前世の自分と重なったからだ。
 前世、三三三号作戦以来僕のいた部隊の扱いは不自然な程に変わってしまった。僕は中佐と離されて運用されるようになったし、任務が無くなり待機かと思いきや、僕が死んだあの作戦だ。もし当時、今程の権力を持ち合わせていればあんな事にはならなかっただろうけどもう終わってしまったことだ。どうにもならない。
 けれど、敬愛していた上官と隔離されてしまったのは末路に違いがあれど同じ。同情しないわけがなかった。
 となると、やはり彼もまた僕と同じ道を辿ってしまうのだろうか。それだけは避けてほしい。
 ともあれ、僕は病院を後にした。その後は外に出る気は起きず、宿泊先になっているホテルへと直で向かった。
 夕飯はとりあえず食べ、けれどもクリス大佐が亡くなった者へ向けた絶望的な悲しみと涙と嗚咽が頭から離れなくて、ホテルにあるバーでいつもはしない飲み方をした。
 リイナには、

「旦那様、そろそろ控えた方がいいわよ……?」

 と何杯目かで止められようやく飲むのを止めたくらいだった。当然足下はふらつき、エイジスも人間大のままだから二人に肩を貸してもらって自室のスィートルームまで辿り着いた。
 そこからの記憶はやや怪しい。どうやらいつの間にか寝ていたらしく、再び起きたのは深夜も二時半頃だった。髪の毛はまだ少し湿っているし、寝間着に変わっているからリイナがしてくれたんだろう。エイジスはいない。人間大の姿で行動するのは問題ないにしてもどこにいるのかが不思議だったけれど、酒に酔った思考回路ではとても思いつかなかった。

「そうだ……、手紙……」

 リビングのテーブルに据え付けてある照明の魔導具に灯りをつけて、水差しにあった水をコップに注いで飲み干してから思い出す。
 鞄から仕舞っておいた今はこの世に存在しないフィリーネ元少将が遺した手紙を取り出した。
 あの時、誰もいない時に読んだ方がいいと感じた手紙の入った小さな封筒を開き、中の便箋を手に取る。入っていたのは数枚の上質な紙。
 枚数からかなりの長さになるであろうそれを、僕は開いた。
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