異世界妖魔大戦〜転生者は戦争に備え改革を実行し、戦勝の為に身を投ずる〜

金華高乃

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第23章オチャルフ要塞決戦編(前)

第2話 第一能力者化師団第一一連隊

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 ・・2・・
 第二次妖魔大戦において、『オチャルフ要塞防衛戦』とその前後の戦いは大戦における分水嶺と言われている。
 人類諸国統合軍は一八四六年一二月から二ヶ月以上の間に大幅な後退を強いられ、防戦一方だったのはどの文献からしても明らかである。
 だが、意図ある後退によって帝国軍はじわじわと膨大な人的資源を削られていたのもまた事実である。
 さて、『オチャルフ要塞防衛戦』を語るにあたってそこに至るまでの戦況は必要であろう。何せオチャルフ要塞での戦いも含めて戦域は広大だからである。
 まず、統合軍がムィトゥーラウを放棄したのは一の月末であるが、そこから統合軍は戦線を一挙に後退。莫大な量の魔石地雷や後退支援航空攻撃等によりこれらを成功させる。帝国軍がムィトゥーラウで被った損害によって大規模な追撃が出来なかったからである。
 これにより二の月中旬には以前より準備していたポルドブ、トルポッサ間の防衛線を構築。南部については最終防衛線としてオチャルフ要塞における防備も完了した。
 統合軍は約一二〇万の軍をポルドブとトルポッサ、オチャルフ要塞を中心に配備していた。というのも、ポルトブとオチャルフ要塞の間は森林地帯や沼沢地帯で大軍の侵攻は容易ではないからだ。無論、それぞれの出口には防衛線の部分に突破分断されない程度に適切な数の軍の配置は行っている。それでも軍勢を要衝に重点配備出来たことは統合軍にとって幸いであり、だからこそこの防衛線を構築していたとも言える。
 こうして統合軍は当初の計画通りに防衛計画を終え、北部のポルトブには寒冷地に慣れていてる新たな援軍たる連邦軍と連合王国軍が中心となり、これ以上帝国軍の西侵は許されない妖魔諸種族共和国連合軍も追加派遣。南部のトルポッサやオチャルフ要塞には連合王国軍や法国軍、本国の新しい命令に期待出来ない為に他国軍と協調し行動する協商連合軍が妖魔帝国軍を迎え撃つこととなる。
 数的優勢が続くものの質的低下を始めた帝国軍と、後がないだけにここを決戦地としている統合軍の戦いは始まろうとしていた。


 ・・Φ・・
 2の月20の日
 午前9時35分
 トルポッサ市統合軍野戦司令部


 二の月も下旬に入ると帝国本土における寒さも先々週よりも和らいでいたが、春を感じるのはまだまだ先といった様子であった。
 統合軍と帝国軍がぶつかり合う最前線になるこのトルポッサでも雪が降っているものの吹雪のようにはならず、チラつく程度の天候の中で今日も兵士達は動き回っていた。
 トルポッサに現在展開しているのは連合王国軍を中心とする一個軍と能力者化師団が一個師団の計約九〇〇〇〇。元々この地には約一一〇〇〇〇の兵力が展開されていたが、トルポッサはあくまでも一時的に侵攻を遅らせる為の拠点であることから防衛準備の為に二個師団が先んじてオチャルフ要塞方面へ後退。代わりに派遣されたのが休息と兵力補充を終えた、統合軍の最精鋭と称される連合王国軍第一能力者化師団であった。
 第一能力者化師団は一般的な師団と比較して卓越した火力を有し、一般的な師団の三個師団相当にもなると言われている。後役としては的確だろう。
 さて、その第一能力者化師団だが能力者化のみで構成されているだけあり変わり者も存在しているのだが、師団内でも一二を争う練度ながら曲者揃いの連隊がある。
 それが第一一連隊だった。

 「こうも殿役じみた戦闘ばかりしていると、感覚が麻痺してくるってーのー。コルト少佐、あんたもそう思わない?」

 そう愚痴るように言うのは、一一連隊を率いる連隊長のウェルティア・ハウンド大佐。三十代初頭で身長は約一六五シーラと女性としてはやや長身。珍しい青色の髪を束ねてポニーテールにしている彼女は美女と言っても差し支えない。
 彼女は数少ない能力者ランクA+の一人で、得意属性が雷であることから、『雷音の女帝』の二つ名で味方からも畏敬の念を向けられている凄腕の能力者だ。一癖も二癖もある一一連隊を率いている長でいることからも、その能力の高さが伺える。

 「まあまあ。落ち着いてくださいよウェルティア連隊長。上からは無理なら下がってよしと言われているんです。後があるなら、十二の月のアレに比べればよっぽどマシです」

 上官を宥めているのは、コルト・レインフォード少佐。三十代手前の長身の男性でプラチナブロンドの短髪。冷静沈着な性格と端正な目鼻立ちから部隊の内外問わず女性からの人気が高い。
 能力面も申し分なく、ランクはA+。得意属性は氷で、二つ名は『凍土の支配者』だ。連隊麾下の第二〇一大隊大隊長でもある。
 彼は子爵家の生まれで比較的穏やかな人生を送っていたが、昨年末を境に大きく変わってしまう。アルネセイラの惨劇で両親や親戚を亡くしたのだ。今では同じ戦場にいる妹が唯一の肉親になってしまっている。だからであろうか、帝国軍に対する敵愾心は人一倍強かった。

 「あのちびっこ中将閣下があたし達に最大限配慮してくれてるのは知ってるさ。とはいえ、ね」

 「今後の心配ですか」

 「当然よ。この二ヶ月であたし達は何度撤退を支援した? その度にどれだけの部下が死んだか。あたしが鍛えたんだから、他に比べれば損害は抑えられているけれどそれでも多くの部下が死んだのは間違いない。とはいえ、もしあたし達の上官があのちびっこ中将閣下じゃなければもっと悲惨だったと思うとゾッとするけれどもね」

 「連隊長は随分とアカツキ中将閣下を評価されておりますね。まあでも、俺もあの中将閣下で良かったとは思いますよ」

 「アルネセイラの件ね。ノースロード家から支援金が出たんでしょう?」

 「ええ、家を建て直すには十分なくらいには。僕に出来ることはこれくらいしかない。失った者は戻ってこない。けれど、何かあったらいつでも言ってくれ。それと、復讐には決して呑まれるな。とも仰ってくれました」

 コルトが顔を伏せるのも無理はない。アカツキが送金した金額は貴族家の建て直しを行うにしても過剰なものだったが、アカツキの言うように、だからと言って家族は戻ってこない。心境を慮ってくれていたとしても、コルトの心には事実が重くのしかかっていた。

 「相変わらず優しい閣下だことだね。出す命令は中々にえげつない割にはさ」

 「閣下自身も戦場に立ちますし、いい人だとは思いますよ。何せ撤退からここまでベターな選択肢をずっと取り続けてきたのですから」

 二人がブリーフィングからの帰り道で雑談を交わしている内に、連隊司令部になっている建物へと到着する。
 すると入口で待っていた一人の女性が声を二人に声をかけてきた。

 「ウェルティア大佐、コルト兄さん疲れ様でーす! 寒かったよー」

 軍用コートを羽織って寒さに身体を震わせているのは、レイリア・レインフォード少佐。コルトの妹で、兄が指揮する大隊の副大隊長だ。
 薄い桃色の髪色を持ち、長さは肩より少し下くらい。年齢は三十代手前なのだがそれより若く見えるのは顔の輪郭が童顔寄りだからなのかもしれない。
 ぽやぽやとした性格でどこか抜けているような様子のあるレイリアだが、魔法の能力は一流である。
 彼女もまた能力者ランクA+であり、得意属性は風。二つ名は『狂騒の乱舞者』で、由来は戦闘になると性格が変わると言えるくらいに激しく戦うことに由来する。


 「ご苦労様レイリア少佐。ところでいつからいたの?」

 「んー、三十分くらい前から?」

 「お前何やってんだよ……。いくらなんでもその時間にブリーフィングは終わらないぞ……」

 「いやー、二人が待ち遠しくってー」

 へへへ、とおどけたように笑うレイリアだが三十分前から二の月の帝国の寒空にいればコートを羽織っていたとしても寒くないわけがない。
 コルトは呆れた様子でため息をつくと、連隊司令部の中で早く身体を暖めておけ。風邪を引くぞ。と言ってレイリアの頭を小突いた。

 「あてっ。痛いよコルト兄さーん」

 「小突いたからな」

 「むう」

 「はははっ、相変わらずお前達は仲がいいねえ」

 「こんなんでも妹ですから」

 「こんなんってなによー」

 厳しい戦場だが、レインフォード兄妹の面白おかしいやりとりは連隊の和ませ要素だ。二人の会話を見聞きして微笑む者も多い。ウェルティア大佐もその一人だった。
 三人が司令部の中に入ると、司令部要員は今日も慌ただしそうに動き回っていた。彼女等が二階に上がると大きな部屋がある。ここが連隊司令部の中枢になっていた。
 部屋には真新しいある通信装置を使う通信要員の他に、部屋の中央にある大きなテーブルには佐官級の士官が三人いた。一人は女性で、二人は男性だった。
 彼等はウェルティア大佐達が現れた事に気付き、すぐに敬礼をする。

 「ウェルティア大佐、お疲れ様です」

 最初に発言したのは寡黙な印象があり、大柄な体格を持つウェルダー・オーデル少佐。第四〇一大隊大隊長で能力者ランクはA+。得意属性は土で、二つ名は『不動の魔術師』だ。ちなみに彼には意外な特技があり、連合王国内の美術大学に通っていてもおかしくないほどに絵画が上手い。戦争が終わったら本人は絵を描いて暮らしたいというほどだ。

 「ブリーフィングはだいぶ時間がかかったみたいですね。ふぁぁ、ねむ……」

 次に寝ぼけ眼で喋ったのは、鈍い銀色のショートカットの髪を持つ、チェスティー・ギルバート。コルトより一つ歳上の三十歳だ。
 第三〇一大隊大隊長で、能力者ランクA+。得意属性は闇属性で、二つ名は『黒き獄炎』の通り、闇属性に火属性を付与する魔法をよく行使する。

 「お疲れ様ですー、ウェルティア大佐ぁ。トゥディア中佐からお手紙って届いてましたかぁ?」

 最後に発言したのはミントグリーン色で腰くらいまで伸びている長髪の、メイリー・ヒーラッテン少佐。連隊大隊長のメンバーの中で最も最年少で二十代後半だ。
 第五〇一大隊大隊長で、能力者ランクはA+。得意属性は光属性で、防御力の高い魔法障壁を展開可能な他に前線戦闘を行う佐官では珍しく本格的な回復魔法や手術を行える魔法軍医の資格を持つことから、二つ名は『慈愛の魔術師』だ。
 ただし、この慈愛というべきか愛情というべきか、それは一人の女性に主に向けられており、それが彼女の発言にあったトゥディア中佐だった。
 ちなみにトゥディア中佐は現在オディッサにいる為離れ離れになっている。

 「トゥディア中佐からの手紙ならここにあるよ。あんた待望のね」

 「本当ですかぁ?! ふふふ、ふふふふ、早くくださぁい」

 「はいよ」

 ウェルティアはメイリーに手紙を渡すと、彼女は喜色満面の笑みで読み始め、悦に浸っていた。

 「堪能したかい?」

 「ええ、ええ。はい! ふふふふ、これでまだまだ戦えますよぉ」

 「それは良いことだね。ささ、あんた達。連隊作戦会議を始めるよ」

 ウェルティア大佐が声をかけると、連隊の主要メンバーが集まったこの場で作戦会議が始まった。
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