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第23章オチャルフ要塞決戦編(前)

第1話 連合王国御前会議

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・・1・・
 2の月4の日
 午後1時過ぎ
 アルネシア連合王国臨時王都・ブレーメル
 王家離宮・ブルーメル緑水宮

 アルネセイラに『煉獄の太陽』が投下され甚大な損害を受けてから二ヶ月が経った、二の月上旬。
 アルネシア連合王国は最初の一ヶ月こそ大混乱に陥りながらも、徐々に冷静さを取り戻し国内の収拾はつきつつあった。
 まずこの月の初頭には国王のいる地として、各省庁の拠点として政治機能はブレーメルに正式移転。軍機能の中枢は大規模な通信司令部が設置可能かつ速やかに旧東部領方面に鉄道で向かえるノイシュランデに移転することになった。
 また、先月行うはずだった現国王の生前退位と現王太子の国王即位は来年に延期となった。
 王城は人工魔法障壁装置『王宮の盾』で外観が無事だったとは一部損壊を起こしていたし、何よりアルネセイラが焦土と化しただけでなく大量の死傷者を出していたのだから式典どころではないのが一番大きな理由だった。
 幸い、現国王エルフォード・アルネシアは今年で齢八〇になるにも関わらず未だ壮健であるから支障は無いが、それでも国王自身は八〇を境に譲位すべき。復興が一段落した時点で。という判断から式典を来年に延期となったのである。
 このようにようやく国家としての機能を臨時ながら回復した連合王国は、臨時王都になっているブレーメルで国王エルフォードを頂点とし、数名の大臣が参加している御前会議が開かれていた。
 参加者は以下の通りである。

 国王:エルフォード・アルネシア
 王太子:エドウィン・アルネシア
 宮内大臣:ルドガー・ロイドル(副大臣より昇進)
 外務大臣:ヴェスター・ザルトル(副大臣より昇進)
 軍部大臣:ナレフ・ヴォイド(副大臣より昇進)
 財務大臣:負傷療養中につき欠席。アレンス・バーネイ副大臣が代理として出席。
 経済産業大臣:リーデン・ノイツハルト

 アルネセイラの惨劇で死亡した大臣がいることから、宮内・外務・軍部大臣は副大臣が昇進、まもなく復帰となる財務大臣はまだ療養中の為副大臣が出席と、昨年までとは異なる面々が集まっていた。
 場の空気はやはりと言うべきか、重たかった。
 その中で、老齢ながらも威厳に満ちた雰囲気の国王エルフォードは周りより数段高い玉座から口を開いた。

「あれから二ヶ月が経ち未だ皆多忙を極めているであろうが、この会議は現状把握の為。各々、報告をしてもらいたい。まず経済産業大臣、王都の状況の報告を」

「御意に。では、皆様手元にある経済産業省王都復興局が作成した資料をご覧下さい」

 次の経済産業大臣と言われていた四十代初頭のリーデン伯爵は周りを見渡して言う。国王エルフォードも息子であるエドウィン――即位に向けてエドウィンは国王の補佐役としてこの場にいる――から資料を受け取ると早速内容を見始めた。

「王都アルネセイラでありますが、ようやく最低限の復旧が完了致しました。交通に関しては間引き運転ながら鉄道は運行再開。道路も主要の通りや街道筋もおおよその復旧が完了しました。瓦礫の撤去は王都郊外の開発予定地の空き地に仮置きをし、道路上の障害物も無くなりました。幸いな事でありますが、懸念されていた爆弾による毒魔法の定着は無く、早期に反応は大幅に低減。既に王都は無害化されております。最初の半月は地獄でしたが、これで復興の目処も経ったかと……」

「余も毒系統魔法による汚染は心憂いておったが、そうか、民が安心して暮らせるようになったか」

「はい、その通りにございます陛下。比較的損害の少なかった魔法研究所研究員達も多大な協力をして頂き、除染は早く済みました。もちろん、我々が当初の想定より拡散量が少なかった点もございますが」

「不幸の中で、唯一の幸せであるな……。しかし多くの民が死に、今も苦しんでいる者も多い。支援は惜しまぬよう。宮内大臣にも伝えてあるが、民の救済は王室予算から拠出している。足らねば申せ。さらに拠出する」

「有り難き幸せにございます、陛下」

「陛下の仰ったように王室予算の三割を現在救済予算に組み込みました。リーデン大臣、足りそうですか」

 前宮内大臣亡き後若くして三十代後半で宮内大臣となった、丁寧な所作と言動が特徴的なルドガー伯爵がリーデン伯爵へ質問をする。

「今のところは十分に足りている。が、今後の事を考えると予算次第だろうか。戻ってくる市民の事も踏まえれば足らなくなるところが出てくるかもしれないな」

「分かりました。陛下、市民はアルネセイラから外へ避難していた者達も除染の件も広まり戻りつつあります。どうかご慈悲を頂きたく思います」

「もう二割の拠出をここで許可する。エドウィン、すぐに現金化出来そうか?」

「はい父上。貴金属類であれば今週中にでも」

「ならば宮内省を通じて現金化せよ。予算は厭わぬ。戦時中であろうと、いや、戦時中だからこそであるな」

「はっ。承知致しました、父上。宮内大臣、早急に動いてくれ」

「御意!」

「さて、話を戻すとするか。王都については復旧の目処が経ったとのことだが、国内の経済はどうか。これも経済産業大臣、話せ」

「御意。国内経済については一六ページからをご覧下さい」

 経済産業大臣が言うと、各々が該当するページに目を通し始める。

「国内経済ですが、皆様もご存知の通りアルネセイラの悲劇により大打撃を受けました。今年の経済的な成長は悲観的と言っても良いかと。従来予測はプラス七パルセントでしたが、マイナス一パルセントの成長も予想しております。何分、王都に本社を置いている企業は軒並み何らかの被害を受けております。また人的被害も凄まじいものでした。物流についても鉄道がしばらく機能を失い、早期に迂回路で再開したもののやはりこちらも被害は甚大。これはどこも共通ではありますが、建物や機械は作ればまた使えるようになりますが、人ばかりかはどうにも……。特に交通関係ではその点が顕著に表れております……」

 リーデン伯爵は深刻な面持ちで話す。
 地震災害のような広域災害では無い為国内の広い範囲に被害が及んでいないとはいえ、王都という国の中枢が潰滅に追いやられては当然ながら国内経済は一時的に機能不全を起こす。百年前に比べれば工業や産業を中心に王都に集中せず、ノイシュランデやキース、ミュルヘルに分散されているとはいえ、だ。
 となると、これまで絶好調であった連合王国の経済も屋台骨が折れたことで経済成長率はガタ落ち。少なくとも今年の経済成長率がマイナスになりかねないのも当然と言えるし、連合王国が産業機能の分散化をしていたからこそゼロないしマイナス一パルセントで抑えられているのだとも言えるだろう。

「経済産業大臣、質問をいいかい?」

「はい、王太子殿下」

「人的な意味で惨劇前の状態に戻るのに、どれくらいかかるだろうか?」

「連合王国鉄道によれば、鉄道関連だけであれば最低一年半でございます」

「一年半か……」

「専門教育が必要ですので……。一年半でも短めに見積もっております」

「深刻だな……」

「人は失えば二度と戻ってきませんから……」

 経済産業大臣の真意のこもった発言に、人的資源を膨大に消費するからこそ最もそれを実感している軍部大臣が深く頷く。

「鉄道だけでなく多くの産業で回復に多大な時間を要する点、よく分かった。まことに、頭の痛い問題であるな……」

 エルフォード国王は眉間に皺を寄せ、指で押さえる。人の面についてはどれだけ予算を投じても時間はかかってしまうもの。ここにいる全員が省庁の優秀な官僚を少なからず失っている事もあり、よく実感していた。
 だが、問題はこれだけではない。

「次の話すの移ろうぞ。財務副大臣、報告をせよ」

「御意に。財務省より、お伝えするのは二点でございます。一点は補正予算にて編成する王都復興予算。二点目は軍部省と協力し編成している軍事予算についてでございます」

「うむ。それぞれ話せ」

 財務大臣の代わりにこの場にいるのは、副大臣のアレンス伯爵だ。

「まず一点目から。王都復興予算が先日取りまとまりました。単年度ではなく、四年度を跨ぐものになりますが、必要な予算は約七五〇億ネシアとなるかと。あくまで概算ですが、およそこの辺りの予算になるかと」

「約七五〇億……。国家予算の約二四パルセントとは……」

「王都の復興だ。これくらいはかかるがしかし……」

 約七五〇億ネシア(日本円換算で約八兆円。ただし現代換算すると約二〇兆円)という金額に、荘厳な雰囲気の御前会議とはいえどよめきが起きる。エルフォード国王も目を少し見開いていた。
 最初に口を開いたのはエドウィン王太子だった。

「一年度あたりで約一九〇億ネシアとなるが、これは国家予算の約六パルセントだ。今は戦時、どこから予算を捻出する?」

「国庫の貯蓄金から幸い賄いきれる金額ではあります。ただし全額となると戦費に影響が出かねませんので、一部は特別国債で賄う予定でございます」

「特別国債とは?」

「今回被災したのは王都であり、各地方は無事でございます。故に、全国的に寄付に近い形で募集します」

「特別税ではなくか?」

「はい、王太子殿下。戦時で以前より税金がやや高くなりましたので庶民生活を圧迫しない為にも特別国債の形にしました。そもそも既に戦時国債を広く求めましたので」

「なるほど。説明感謝する。話を続けてくれ」

 エドウィン王太子は財務省が戦時の中で如何に費用捻出するのかに一定の理解を示した。ただ、戦争の終わりが見えない中で復興費用が重くのしかかるだろうと思っているのも事実だった。

「御意に。特別国債についてはなるべく庶民の生活負担にならないよう工夫し、また復興予算そのものも確定時点までに圧縮可能かどうか進めて参ります。――二点目ですが、戦費含む全体についてでございます。再戦から約八ヶ月が経過致しましたが、戦費については当初想定から修正した数値を参謀本部協力のもと割り出した戦費の約一一〇パルセントで抑えられております」

「修正してもなお約一一〇パルセントとなったか……。致し方ないとはいえ、やはり十年前とは戦争の姿は変わったのであるな……」

「はい、陛下。ただ、A号改革以降連合王国も飛躍的に発展しておりますので、今はまだ戦争に耐えられる状態ではあります」

「まだ、であるか……。率直に聞こう、アレンス財務副大臣。財務省の観点から我が国はあと何年戦争を行えるか?」

「現状の戦費支出が続くのであれば、三年は。それ以降は財政面において深刻な事態になります」

「と、いうと?」

「破綻、でございます」

 破綻という二文字がこの場にいる全員に重くのしかかる。戦争には常に戦費がついてまわる。連合王国はこれまでの国庫貯蓄金や二回目の産業革命による好景気で継戦可能な体制を構築していたが、いくら産業機能がかつてより分散化されていたとはいえアルネセイラの惨劇で経済成長が挫かれている。
 それだけではない。戦費の消費も激しいが、人的資源の消耗も無視は出来なくなってきているのだ。
 連合王国ですらこれなのだ。今から三年後となれば、法国や連邦も持たないだろう。
 つまり人類諸国に残された終戦のタイムリミットは長くても三年ということになるわけなのだ。

「破綻、か……。それだけは避けねばならぬ。たとえ戦争に勝ったとて、国が崩れては意味がない」

「仰る通りにございます、陛下」

「しかし、三年とな……。余は日々戦況を耳にしておるが、この二ヶ月で大きく戦線は後退をしておる。軍部大臣、違いないな?」

「はっ。相違ございません」

「軍部省から上がる報告には、戦線大きく後退するも各所作戦にて妖魔帝国軍に大きな損害を与えている。とあるが、素人目には負けているように思えるが。いや、余は軍を疑っているわけではないぞ。統率を保ち損耗を抑えた上での後退、さらには帝国軍へ大きな損害を与えているのであるから、よくやってくれているとは思うておる。だが、勝てるか?」

 エルフォード国王の懸念は最もであった。
 何せ、再戦から半年かけて占領した地帯の半数以上を僅か二ヶ月で失っているからである。これがもし秩序なき後退で現実よりさらに大きな物的及び人的資源の損耗をしていた場合は、敗戦がいつになるかは別として確定しているようなものだからである。
 だが、軍部省からの報告が事実ならば――実際にほぼ間違いない事実だが――、まだ勝機が失せたわけではない。
 とはいえ、勝てるかどうかと言われればこの場にいる誰もが確信を持てるはずがないのである。
 しかし一人だけ、軍部大臣は現場にいる将兵を、マーチスを信じていた。

「陛下、先日ご報告致しました『ムィトゥーラウの棺桶作戦』は成功致しました。これにより帝国軍は大打撃を受け、我々はそれから損害皆無の状態で所定の作戦行動を取っております」

「知っておる。次のオチャルフ要塞が決戦場になるともな。彼処がこれまでの要塞施設と違い、新技術を用いていることもの。しかし、それだけで勝てるとは思えぬが」

「陛下のご憂慮、最もにございます。しかし、『棺桶作戦』も含め時間を稼いだ結果、連合王国軍の追加派遣だけでなく、法国、連邦からの派遣軍も到着致しました。一時は一〇〇万を割り込んでいた遠征軍も現在は約一二〇万近くまで増強致しました。それだけではありません。アカツキ中将より、とある報告が入りました。これは今日の午前に暗号化秘匿通信で届いたものになります」

「ほう、アカツキが。あやつの報告はいつも我等の力になってくれておる。話せ」

 アカツキの名前が出ると、会議上の空気は重々しさが和らぎ期待の眼差しを軍部大臣に送る者もいた。軍部大臣の表情が暗いものではなかったからである。

「御意。アカツキ中将からの報告はこのようなものになります」

 軍部大臣が話したアカツキの報告は以下の通りだった。

『妖魔帝国軍と再戦し約八ヶ月が経過した今日、帝国軍兵士の年齢が低年齢化及び高年齢化の両面が見受けられるようになった。これまでは見られなかった傾向である。それに伴い、相変わらず兵力は我々を凌駕するも一部では質的低下が伺える報告も上がっている。統合軍も平時と比して即席教育を行っているが、それよりも即席で仕上げているか、末端に至っては訓練をしているかどうかも怪しい部分がある。また、鹵獲兵器の作りが若干だが雑になっていた。推測するに、帝国軍も度重なる損害で人的資源が枯渇に近づきつつあるのではないだろうかと思われる』

 この報告に対して、素早く反応したのは経済産業大臣だった。

「軍部大臣、まさか帝国軍は工員からも徴兵しているのでは?」

「ありうると思われます。我々は常に帝国軍の推定死傷者を計算しておりますが、もし統合軍がこれだかの損害を受けた場合、戦線は崩壊寸前の水準です」

「まことに興味深い報告であるな。つまり、だ。軍部大臣、帝国軍は継戦能力が低下していると?」

「はっ。はい、陛下。兵士の低年齢化及び高年齢化は、徴兵年齢の引き上げと引き下げを行っている証拠に他なりません。このままのペースで帝国軍が人的損害を出し続けた場合、帝国軍の状況はより悪化するでしょう」

「ふむ……。では、まだ我々には勝利の道筋が残されているということであるな?」

「我慢比べが続くことに変わりはありませんが、次のオチャルフの結果次第では戦線を押し返す事も可能かと思われます」

 エルフォード国王は軍部大臣からの報告を聞いてから、何かを決心した様子だった。
 次に続く言葉は軍にとって、名君が名君たる所以と思わせるものであった。

「あいわかった。であるのならば、連合王国としてはオチャルフでの戦いに惜しみなく戦力を投入せよ。物資弾薬の消耗に躊躇せず戦えと伝えよ。戦力の逐次投入と火力投射の躊躇は愚策と聞く。全力で戦え、後を心配するな。と伝えるのだ」

「はっ。遠征軍にお伝え致します」

「うむ。さて、皆の者。戦争は苦しい展開が続き、アルネセイラは灰燼と化してしまった。だがしかし、アルネセイラの復興は必ず果たせるであろう。戦争も、勝てぬと決まったわけではない。であるのならば、後方にいる我々は、前線にいる将兵がいらぬ心配をせず戦えるようにせねばならん。挙国一致、団結して苦難を乗り切ろうではないか。そして、勝利を掴もうではないか。諸君等の行動に、余は期待する」

『御意!!』

 全員が立ち上がり最敬礼をする。
 連合王国の面々は、まだ戦争の勝利を誰一人として諦めてなどいなかった。
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