犬と子猫

良治堂 馬琴

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第48章『階下』

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第48章『階下』

「……てめぇ等……絶対ぇに上に上がって来るんじゃねぇぞ……」
「下に私達がいるのにナニするつもりなのかこの変態!」
「しねぇよ!しねぇけど上がって来るんじゃねぇ!さっさと寝ろ!」
 客間に敷かれた三組の布団、その真ん中に座り込んだタカコに声を荒げた高根は結構な音を立てて襖を閉め、ドスドスと音を立てて二階へと上がって行く。
 まさか凛が悪友三人を泊まらせようと言い出すとは思わなかった。出会い方やその時に彼女が置かれていた境遇も多分に影響していたのだとは思うが、どちらかと言えば人見知りをする方だと思っていた。それなのに何やら妙にタカコと気が合った様子で、彼女ともっと話したいからと泊まらせる事を自分にねだり、それに渋々同意した後は言葉の通りにタカコと実に楽しそうに話し込んでいた。
 本当ならもっと早い時間にあの三人を追い出し、凛との時間に浸るつもりだったのに今日はどうも流れが良くない。元々会わせる事自体気が進まなかったのに押し切られ、顔を見て挨拶をするという目的は果たしたにも関わらず居座った三人を追い出す事も凛の目が有っては出なかった。挙句には客間に陣取られるとはとぶつぶつと言いながら寝室兼書斎の扉を開ければ、そこでは寝巻に着替えた凛が高根の明日の着替えを椅子の上に整えていて、高根はその彼女に歩み寄り、動きを封じ込める様に背後から抱き締める。
「真吾さん?」
「……馬鹿三人とばっかり喋ってて俺の相手全然してくれなかった」
「敦賀さんは……全然会話が成立しませんでしたよ?無口な人ですね」
「そういう事じゃねぇよ」
 年齢にも外見にもまるで似合わない幼稚で拗ねた言葉、首筋にそっと口付ければ、凛は僅かに身体を捩りつつ、ふふ、と小さく笑う。
「真吾さん、小さな子供みたいです」
「……うるせぇよ、もう寝るぞ」
「真吾さん、着替えは?」
「寝巻?あー、もうめんどいからこのままで良いや、上着は脱いだし。ほら、寝よう?」
「はい」
 抱き締める腕にそっと触れる細い指先、その優しい感触に目を細め、戒めを解いて部屋の明かりを常夜灯に落とし、寝台へと潜り込み布団を被った。
「……皆さん、とても良い方達ばかりですね」
「騒々しかったろ、ごめんな?」
「そんな事無いですよ、賑やかで楽しかったです。敦賀さんは殆ど話しませんでしたけど、黒川さんも多佳子さんも気を遣ってくれて色々話を振ってくれましたし」
「……あいつ等は気遣ったんじゃねぇ、お前に興味が有って食いついてただけだ」
「それでも、楽しかったですよ?」
「……そっか、それなら、良かった」
 腕の中に閉じ込めた凛のその言葉に、少しばかり胸が痛んだ。自らの立場を凛に知られたくないが為に外部との接触を極端に制限し、普段の彼女は他人と親しく交わるという経験が無い。タカコとの遣り取りに固執したのも、歳が近いとは流石に言わないが、女性同士の気安さというものが有ったからなのだろう。
 普段は控えめで要求を通そうという事は全く無い凛、その彼女に三人を泊まらせろと言わせたのは自分なのだと、高根は胸中で己に毒を吐く。
「あの……真吾さん?」
「ん?何だ?」
「黒川さんと敦賀さんなんですけど……多佳子さんの事が好きなんじゃないですか?多分、お二人とも」
「……鋭いな、お前」
「やっぱり。いえ、今日あの方達を見てて、お二人とも多佳子さんに対しての眼差しがとても優しいなって、そう思ったので。それに、黒川さんと敦賀さんの間は妙に緊張感が有ったと言うか、そんな感じでした」
「あー……あの二人、ガキだしな。そう、男二人でタカコの取り合いだよ」
「多佳子さんはどちらの方が好きなんでしょうね?お二人に対しての態度は違いが無い様に見えました。それとも、他に好きな人がいるんでしょうか」
「それは……これから、だなぁ。俺としてはどっちとくっついても良いんだけどな、もう二年近くあんな微妙な感じだよ」
「そうなんですか」
「ああ」
 温かさと柔らかさ、その心地良さに目を細めつつ凛の頬へ髪へと口付けを落としつつの会話。凛が他人に対しこんなにも興味を持つというのは以外ではあったものの、その相手があの三人、特にタカコなのであれば、心配も警戒もする必要はそう無いのだろう。
「タカコの事……良い友達になれそうか?」
「はい」
「そっか……良かった」
 自分の臆病さ卑怯さ故に凛を他者と遠ざけ続けていたが、事情を知っているタカコであれば安心だろう。要らん事ばかりする人間ではあるが、事情を知って尚土足で踏み込んで来るにんげんでもない事はよく知っている。
 そろそろ眠ろう、そう思いつつもゆっくりと凛に覆い被さり口付けを落とし、更に舌で割って入り中をゆるゆると犯せば、その感触に凛は身体を震わせ鼻から抜けた高く甘い声が高根の肌を粟立たせ、身体の中心に熱を生じさせた。
 唇を離れた後は額、頬、首筋へと場所を変え、舌を這わせ時折緩く歯を立て吸い上げれば、艶の有る声音は益々その色を深め、それに気を良くした高根は凛の色香に煽られつつ彼女の身体を乱していく。
「っ……しん、ご、さん……下に人が……!」
 腕の中で震え小さく喘いでいた凛、その彼女の腕に力が籠もり、高根の身体を、ぐ、と押し遣る。何だと思って顔を覗き込んでみれば潤んだ眼差しがこちらへと向けられて、下に人が、と、小さな声でもうこれ以上はするなと抗議された。
 常夜灯にしている所為で顔色迄は分からないが、きっと真っ赤になっているのだろう。潤んだ眼差しは拒否しつつも情欲にも濡れていて、その様子に、ぞくり、と、身体の中を何かが走り抜けるのを感じた。
「じゃあさ……お願いして?『真吾、お願い』って。してくれたら、今日は我慢する」
 二階に上がって来る前にタカコに『今日はしない』と言った様な気もするが、そんな事は遥か彼方に消え去った。凛が言ってくれればまだ踏み止まれるだろうか、そんな事をぼんやりと考えつつ、呼び捨てを恥ずかしがる彼女の首筋を少し強く吸い上げ耳朶に緩く歯を立てながら
「凛……ほら、言ってみな?」
 低くそう囁いてねだってから上半身を腕で支え若干の距離をとり、彼女の顔を覗き込む。
「……ほら、な?」
 逃がさないという言外の宣告、凛は随分と躊躇ってはいたものの、最終的に根負けし、先程よりも更に潤んだ眼差しを高根へと向け、小さな声で高根の望みを口にした。

「……真吾、お願い」

「……なぁ」
「……ああ、気配が垂れ流しになってるな」
「俺等がいるってのに何盛ってやがんだあの馬鹿」
「タカコが気持ち良さそうに鼾掻いてるのが救いだな」
「全くだ」
 静まり返った客間の空気、タカコの掻く軽い鼾だけが時折空気を震わせる中、彼女を挟んで寝転がる男二人は妙に険しい面持ちで天井を見詰めている。音は聞こえないが、何とも覚えの有る『気配』は天井を通り抜け二階からこの客間へと染み出して来て、二階の高根の寝室の中がどんな状況になっているのか大体のところを察した二人は数度言葉を交わす。その後は無言で布団を頭迄すっぽり被り、無理やり眠る事にした。

 妙に艶々とした高根の笑顔、それを見てげんなりとした面持ちになる敦賀と黒川、その様子を見て事情を察し高根を罵るタカコ、深く寝入り騒ぎに気付きもしなかった凛――、翌日の高根宅の朝は、そんな風にして始まった。
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