犬と子猫

良治堂 馬琴

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第53章『診察』

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第53章『診察』

「凛?顔色悪いぞ?平気か?」
「あ……はい、何だか熱っぽくて、ちょっとだるいです。風邪、ひいちゃったみたいですね」
 凛を抱き締めて眠りいつもの様に目覚めた朝、腕の中の身体が何だかいつもより熱い気がすると顔を覗き込めば頬が何だか火照っている様に見えて、その後朝食を終えて出勤しようとする自分を見送りについて来た凛の顔を 覗き込み、高根は心配そうに問い掛けた。
「何とか時間作って来るから、病院行くか?」
「病院は行きますけど、一人で行けますよ。真吾さんは忙しいんだから、こんな事で早退とか中抜けなんかしちゃ駄目ですよ」
「一人で平気か?」
「大丈夫ですよ、子供じゃないんだから」
「……出来るだけ早めに帰って来るから。夕飯も俺が買って来るから、今日は病院行って、帰って来たらゆっくり寝てろ。何もしなくて良いからな?」
「そんなにしてもらう程には辛くないですよ?」
「だってよ、お前が元気で笑っててくれねぇと、心配で仕事手につかねぇよ俺」
「もう……真吾さんってそういう事ばっかり言うんですね」
「当たり前だろ、お前が大事なんだから……無理するなよ?」
「はい、分かりました」
 高熱という程ではないが発熱している事には変わり無い、何度も何度も念を押し、風邪がうつってはいけないからと日課の口付けを拒む凛に半ば無理矢理に深く口付けると、それで漸く諦めがついたのか高根は仕事へと出て行った。
「……もう、本当に心配性なんだから……」
 そんな高根の様子に凛は困った様に笑い、午前中に病院に行ってしまおうと身支度を始めた。大事にしてくれているのはよく分かるのだが、それでも随分と過保護過ぎる、何も出来ない子供でもないのにと思いつつ玄関を出て、三十分程のところに在る駅へと向かって歩き出す。身体は多少だるいが動けない程ではない、車を呼ぶのも金が掛かる、歩いていれば多少は体調も良くなるかも知れないと商店街の店先を眺めつつ五分程歩いた時、不意に強い眩暈が身体を襲い、思わずその場へと座り込んでしまった。
(……あ……どうしよ……立て、ない)
 激しくなる動悸、だるさを増す身体、眩暈の所為か吐き気迄襲って来て、こんな事になるなら車を呼べば良かった、そんな事を考えた直後、視界が薄暗くなり、自分の前に誰かが膝を突いたのが見えた。
「大丈夫?病院行くか?」
 聞き覚えの有る女の声、カタカタと震える身体を何とか動かして顔を上げれば、そこには以前高根から紹介されたタカコの姿が在った。
「って……凛ちゃんじゃん!どうしたの!?大丈夫?真吾呼んで来ようか!?」
「……多佳子、さん……いえ、ちょっと風邪ひいちゃって陸軍病院に行こうとしてたんですけど、急に眩暈が」
「駅行こうとしてたの?何で車呼ばないの!ああもう!ちょっと待って、敦賀、乗用車一台、都合付けて持って来てくれないか?」
「ああ、ちょっと待ってろ。真吾に知らせるか?」
「いえ、お仕事も忙しいみたいですし、心配掛けるといけないので内密にお願いします、大した事は無いので……お願いします」
「でも……」
「大丈夫です、病院に行くのだけお気持ちに甘えさせて頂くので、お願いします」
 高根が今とても激務である事は一緒に暮らしている自分にもよく分かっている、そんな彼に対して余計に煩わせる事はしたくないと懇願すれば、それに折れたタカコが
「……だそうだ、私が病院連れて行って家迄送り届けるから、適当に誤魔化しておいてくれるか?」
 と、溜息を吐きながら敦賀を見上げてそう言い、敦賀も同じ様に溜息を吐くと、車をとって来るから待っていろと言って立ち去った。
「いやぁ、たまたま用事が有って買い物に来てたんだけどさ、本当に良かったよ。具合悪いなら無理しないで車呼ばないと、その様子なら真吾も朝気付いてただろうし心配してたでしょ?」
「はい……すみません」
「いや、私には謝らなくて良いけどさ」
 道の真ん中では邪魔になると端に寄って座り込む二人、タカコがあれやこれやと世話を焼いている内に敦賀が車に乗って戻って来て、タカコは凛を助手席に乗せると
「じゃ、適当に誤魔化しておいてくれ、頼むよ」
 と敦賀に告げて運転席に乗り込み陸軍病院へと向けて走り出した。
「あの、多佳子さん、多佳子さんは車で待ってて下さい。今は流感も流行ってますし、私を連れて来て頂いた事でタカコさんが流感になってしまうのも申し訳無いので」
「大丈夫?」
「はい、終わったら戻って来ますから」
 三十分程博多を走り到着した陸軍病院、その駐車場で凛がタカコに一人で行くと告げ、タカコの方もここ迄来れば大丈夫かと車に残る事に同意する。今年の流感はもう流行し始めているらしいし随分と性質が悪いと聞いている、死者も昨年の三倍程になるかも知れないという話だ、タカコは海兵隊にとって、高根にとってとても大事な人材だと高根から聞いている、そんな人間を感染の可能性の高い場所に等来させてはいけない。
 院内へと入って受付で内科への診察の申し込みを済ませ、内科の待合所の長椅子で待つ事二十分、診察室から名前を呼ばれて中へと入る。
「今日はどうしました?」
「熱が有ってだるいです、ちょっと吐き気も有って……」
 医師は初老の男性、症状を説明しながら椅子へと腰を下ろせば凛の言葉に医師の動きが一瞬止まり、
「ええっと……最後に月経が来たのはいつです?」
 唐突にそう尋ねて来る。そんな話を振られれば凛も相手の言わんとしている事は流石に察知し、
「……確か、一ヵ月半かそれ位前です」
 顔を赤くして消え入りそうな声でそう答えた。
「心当たりは?」
「……有ります……」
「このまま産婦人科に回しますから、あっちの待合所で待ってて下さいね。ああ、それと」
 座ったばかりだが立ち上がる凛、書類に何やら書き込んでいた医師が顔を上げ話し掛けて来る。何だろうかとそちらを見た凛に医師はにっこりと笑い掛け、
「おめでとう御座います。確定でもないのに自分が言うのはあれですけど、間違い無いと思いますよ、お大事に」
 とそう言って、凛はそれに頭を下げて診察室を出る。案内された通りに産婦人科の待合所へと移動すればそちらでは五分程で名前を呼ばれ、凛は再び立ち上がり室内へと入って行った。
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