アレな社長の(他社の)環境改善計画

良治堂 馬琴

文字の大きさ
4 / 7

『勤務初日・課業明け』

しおりを挟む
「お疲れー、どうだった?」
「監査は何やってんだお前の会社、XPとかもう数年お目にかかってなかったのに現役じゃねぇか、しかもオンライン。全裸でエボラのホットスポットにダイビングが二十四時間三百六十五日とか何の罰ゲームだ。事前に聞いてた社内システムのログインIDとパスワードは一番使うやつはモニターのフレームにセロハンテープでガッツリ貼り付けてあるし、それ以外のも仕事の合間に全部ログインしてみたけど顧客情報ぜーんぶ見放題だったぞ、アマプラだってネトフリだってもう少し見られるものに制限有るぞ頭おかしいのかあの営業所は。全国区の会社なのにアレじゃ、万が一事が露見したらとんでもねぇ騒ぎになるぞ」
「……そんなに酷かったの?」
「酷いなんてもんじゃねぇ、情報セキュリティの観点からだけでも即日閉鎖レベルだ」
 そこそこの値段の居酒屋の個室での会話、お通しと飲み物を置いた店員が障子を閉めて出て行った後、土屋がおしぼりで顔を拭きながら涼子へと問い掛けた。それに対しての涼子の返しは辛辣且つ的確で、グラスの緑茶を呷った後に次々とぶつけられる言葉に土屋の顔は段々と俯いていき、仕舞いには頭を抱えて机へと突っ伏してしまう。
「取り敢えず酒入れろ酒、ここから先は素面でいねぇ方が良いぞ」
「やめて……もう少し優しくして……」
「うるせぇ、頼んだのはお前だろうが。ちゃんと報告受けてもらうからな」
 初っ端からこれではこの先の報告はどうなるのか、顔を上げた土屋は若干遠い目をしてそう呟き、涼子はそれを見て鼻で笑い言葉を続けた。
「人員が定着しない理由はまぁ大体判明した。岡場富子、これが主犯だ。積極的な共犯として篠塚昌枝、後何だっけ、林由紀子。他の事務員は消極的共犯と言うか、岡場の言う事に逆らえないといった印象だった。会社の体制不備がそもそもの原因なんだが、教える態勢が全く整ってない、マニュアルも教育の時間も全く無し、いきなり伝票の処理をやらされた挙句に社内システムでの検索はパソコンの電源入れるところから一人でやらされた。ここ迄はまぁ何とか飲み込むとしても、電話に出ないと怒鳴られる、出ても何も分からないから取り次げば自分で処理しろと言われる、分からない事を聞けばそんな事も分からないのか自分で考えろと言われ自分で判断して動けば勝手な事をして仕事を増やすなと罵られる、何なんだありゃ。しかもシェアする茶菓子を買って来なかった事も罵られた。あれで定着する人間がいたらそいつはドMか正真正銘の無神経だ」
 たった一日、数時間いただけで少なくとも事務方には問題しか無い事が判明した。主犯の岡場に至っては仕事の手を止めて迄涼子に難癖を付け続け、その締めとして
「アタシ言ってる事は正論なんだけど言い方かきついから誤解されるんだけどね、全部あんたが悪いからなんだよ?」
 と言い放ち、周囲はそれに追従するだけ。勤務経験は十年単位で有る様子だからベテランなのは間違い無いし社内処理にも詳しいのだろうし実際に仕事の処理は正確で速かったが、人格的には問題しか無い。
「何が一番腹立つって、この私を生まれてこの方労働経験が無いって決めて掛かってる事だよ、こちとら管理と全体の采配が仕事なんじゃ!労働環境整えて社員のバックアップするのも仕事なのに何も分かってねぇぞアレ」
「まぁそこはほら、末端の歯車以下の事務パートがそんな事理解する必要も無いからね、使われて謂われた事こなしてりゃ良い存在なんだから」
「まぁな」
 途中何度か店員が料理を持って来た為に話は都度中断したが、酒を呑み料理をつつきながら二人の話は進んで行く。その中で、涼子はまだ土屋に話していない『或る事』について考えていた。
(労基法どころかダイレクトに刑法違反になる……もう少し確証を得てから言った方が良いだろうな……私の気の所為って線も現状じゃ捨て切れん……もしビンゴなら一週間も有るんだ、その内尻尾を出すだろうしその時に報告すれば良い)
 それは、岡場が電話を掛けていた時の事。取り扱いしている商品の製造元か販売元かそれともあの会社の管理部門か、とにかく商品に関する事で電話をして
「○○ですけど破損が有ったので赤伝切っておきました、ええ、はい、廃棄申請と処理はいつも通りこちらで済ませておきます」
 と、そう言っていた。その発言自体は事務方として特に問題が有るものではないが、問題は岡場のバッグの脇に置かれた紙袋、そこから僅かに覗いていた商品のパッケージ。岡場が電話相手に言っていた○○がちらっと見えただけでも複数個入っていた。あれを見た時には特に気にも留めなかったが、今になって考えてみるとどうにも臭う。つい先程迄自分自身疑問にも思っていなかった位だから今軽はずみに口にする事は控えた方が良いだろう、どうせあの手の馬鹿は驕り切っているから直ぐに次の行動に出る筈だ。
 確証を得て土屋に話した時の彼の心情を考えると、今からでも同情に堪えないといった気持ちになるが、お互いにこれも仕事、割り切って伝えるしか無いだろう。
 初日だけでは法律に明確に違反する様な事は無かったが、初日だけであれだけやられて言われたのだ、明日からはもっと楽しい事になりそうだと涼子は薄く笑い、目の前の揚げ出し豆腐へと手を伸ばした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

女帝の遺志(第二部)-篠崎沙也加と女子プロレスラーたちの物語

kazu106
大衆娯楽
勢いを増す、ブレバリーズ女子部と、直美。 率いる沙也加は、自信の夢であった帝プロマット参戦を直美に託し、本格的に動き出す。 一方、不振にあえぐ男子部にあって唯一、気を吐こうとする修平。 己を見つめ直すために、女子部への入部を決意する。 が、そこでは現実を知らされ、苦難の道を歩むことになる。 志桜里らの励ましを受けつつ、ひたすら練習をつづける。 遂に直美の帝プロ参戦が、現実なものとなる。 その壮行試合、沙也加はなんと、直美の相手に修平を選んだのであった。 しかし同時に、ブレバリーズには暗い影もまた、歩み寄って来ていた。

処理中です...