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『勤務初日・同僚との遣り取り』
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情報保護の観点からは問題しか無いが、自分に与えられた役割はそれを洗い出す事ではないと気を取り直し、涼子はパソコンを起動した当初の目的を果たし自席へと戻り作業を開始する。与えられた役目はそう難しくもない、恐らくこれが片付く迄はこれだけをやる事になるのだろうと考えつつ作業を進めれば、それが十五分程続いた頃厳しい声が飛んで来た。
「ちょっと新人!電話鳴ってるんだから出て!ちゃんと仕事しないさいよ!」
顔を上げれば声の主は岡場、眉間の皺を深くして元々歪んでいる口元を口元を更に歪め、涼子の席の近くに有る電話の子機に向かって顎をしゃくる。初日から何の説明も無く電話に出るとは思わなかったが出ろと言うなら出た方が良いのだろう、何の知識も無いから取次ぎしか出来ないがと思いつつ、
「分かりました」
そう答えて涼子は受話器を手にした。
「お電話ありがとうございます、○○社の○○営業所の高橋が承ります」
『お世話になっております、△△社の山田です』
「お世話になっております」
『○○の件で日程と必要書類を確認したいのですが、影山さんお手すきですか?』
「影山ですね、少々お待ち下さい」
電話の相手は当然、その相手が出した名前も誰の事やら分からない。取り敢えず他社の山田がこの会社の影山に用事が有るのだから取り次げば良いのだと保留にして、近くにいた越川に声をかける。
「越川さん、△△社の山田さんが影山さんに確認したい事が有るそうなんですが」
「影山さん?影山さんなら――」
「ちょっと!影山さんは今日はブロック会議で一日不在なんだけど!それだけ伝えれば良いでしょ!いちいちそんな確認して煩わせないで!」
大声で割り込んで来たのは岡場、元々いる人間にもきつい物言いをするのか、何とも難儀なババアだなと思いつつ岡場を見れば、彼女が見ているのは越川ではなく涼子の方。
「人に聞いてないで自分で処理しなさいよ!ボードに今日の行動予定書いてあるでしょ!」
と、そう吐き捨てて手元の自分の仕事へと視線を戻す岡場を見て、涼子は
(こりゃ人が定着しないわけだ……潜入して一時間程度で分かっちゃうのってどうなのよ……)
そんな事を思いつつ、取り敢えず応対はしなければと保留を解除して影山は本日は不在の旨を相手へと伝え、それならば次に出て来た時に連絡をして欲しいと言われ、それをメモに書き付け伝えておくと伝え電話を切った。
それから昼休憩になる迄伝票の仕分けと電話応対をこなし続けたが、この営業所では事務方は十時にはお茶と茶菓子で一息入れる習慣が有る様なのだが、その時にシェアする茶菓子を用意して来なかったのを
「新人なのに気が利かない」
と苦々しく言われ、生暖かい微笑みを返して誤魔化す羽目になった。その他にも
・マニュアル無し
・業務に関する事前説明も殆ど無くその都度聞いてと言われる
・実際質問すると『そんな事も分からないの?』と吐き捨てられる
と、業務を処理して行く集団としては『それやっちゃアカン』という事のオンパレード。よくもまぁこれで今迄業務を維持出来ていたなと思わずにはいられない惨状に、
「昼謂って来て良いよ」
と声を掛けられる頃には流石にげんなりとした面持ちになっていた。
(あー疲れた……何なんここ……)
電話は昼の時間帯にも掛かって来る為、昼休憩は交代で入る事になっており事務所が無人になる事は無い。デスクで電話を取りつつ昼食を済ませろと言われなかった事だけはマトモだった、そう思いつつ涼子は立ち上がり廊下へと出て休憩室へと向かって歩き始める。
出勤途中で買って来たコンビニの弁当を電子レンジにセットし温めをしている間にする事はと言えば、バッグの中に入れてデスクから持って来たICレコーダの内容を確認する事。朝事務所に入る直前に録音を開始したレコーダーは二つ、一つは現在もデスクの上の備品の陰に隠して置いてあり録音を続けており、持って来たこちらはトイレやらコピー取りやらで自分が離席していた時の状況を確認する為のものだ。因みに普段はかけない眼鏡にも細工が仕込んであり、眼鏡のツルと髪の毛に隠した配線が背中の服の下へと伸びておりそこにはバッテリーと記録媒体が接続され動画を録画している。
温めた弁当を食べマグボトルのお茶を飲みつつイヤホン再生で早送りしつつ確認すれば、
・何も出来ない使えない
・あんな歳迄働いた事が無いから非常識
・自分で考えずに何でもすぐに聞いて来て仕事の手が止まるから迷惑
・勝手に判断して動いてこっちの仕事を増やして迷惑
・しおらしくしてりゃまだ可愛げが有るのに態度が大きい
等々、とてもとても勤務初日の人間に対しての感想とは思えない悪意に満ちた言葉ばかり。発言の大方が岡場のものではあるが、一人か二人積極的に同調したり自らも発言している者もいて、それ以外は何も言わないか曖昧に相槌を打っている様子。ここ迄来るといっそ清々しいなと思いつつ涼子は笑い、依頼者である土屋に簡単な報告をした後は午前中の様子を面白おかしくTwitterで呟く等して休憩の一時間を使い切った。
「高橋戻りました」
誰に言うでもなく事務所内にそう声をかけてデスクに戻った涼子に
「えっと、高橋さんだったけ?」
と声を掛けて来たのは、声からして岡場に積極していた内の一人である中年女性。名札の記名は『篠塚』、骨の浮いた身体にフィットする様なサイズ小さめの制服を着ており、背中中程迄の長さの髪は下ろしたままで全体的に薄い紫色のメッシュを入れ一房だけ濃い紫のワンポイントが入っており化粧が濃い。
(お歳を召してもお洒落に気を遣うのは良い事ですね、若者ではなく年寄りが好む髪と化粧ですが)
涼子が内心で実に正直な感想を述べていると、その無反応をどうとったのか、篠塚は顎をクイと持ち上げ見下ろす様な体勢をとり言葉を続けた。
「伝票一束分けるのに二十分記入漏れを一件調べるのに五分、時間掛かり過ぎだよね?昼休憩も時間いっぱい帰って来ないし、何してるのか様子見に行ったら勉強するわけでもなく音楽聞いてスマホ見て遊んでるし。あのさぁ、仕事する気有るの?」
W H A T ?
一瞬、涼子は篠塚の発言が理解出来なかった。
目の前のこのケバい鶏ガラ中年ババアはいちいち人の仕事を監視し時間を計りそれだけではなく休憩時間迄も監視して時間の使い方にケチをつけているのだ。そりゃ休憩時間にも勉強をする人間の方が意欲的だある事に間違いは無いが、それは他人や会社が求めるわけではなく必要だと思った人間が自発的にやるものであり、ましてやしないからと言って批判される謂われなぞ欠片も微塵も無い。
「……えっと……あの……私、世間知らずでした……働くって、大変なんですね……勉強不足でした」
何とかそれだけを言うので精一杯、そして話を始めた篠塚と、篠塚と遣り取りをしていたのであろう岡場は、涼子の言葉の真意に気付く様子も無く、優越感に塗れた嫌な笑みを浮かべて
「ほんと非常識だね」
と、口元を歪めてそう吐き捨てた。
その後も午前中と同じ様な遣り取りが続き、定時の十七時を迎えた後、
「お疲れ様でした、お先に失礼します」
と、涼子はそう挨拶をしてタイムカードで退勤を打刻し営業所を後にした。
「あー疲れた……一日で大方炙り出し出来ちゃったよ……雅弘に夕飯奢らせちゃろ」
「ちょっと新人!電話鳴ってるんだから出て!ちゃんと仕事しないさいよ!」
顔を上げれば声の主は岡場、眉間の皺を深くして元々歪んでいる口元を口元を更に歪め、涼子の席の近くに有る電話の子機に向かって顎をしゃくる。初日から何の説明も無く電話に出るとは思わなかったが出ろと言うなら出た方が良いのだろう、何の知識も無いから取次ぎしか出来ないがと思いつつ、
「分かりました」
そう答えて涼子は受話器を手にした。
「お電話ありがとうございます、○○社の○○営業所の高橋が承ります」
『お世話になっております、△△社の山田です』
「お世話になっております」
『○○の件で日程と必要書類を確認したいのですが、影山さんお手すきですか?』
「影山ですね、少々お待ち下さい」
電話の相手は当然、その相手が出した名前も誰の事やら分からない。取り敢えず他社の山田がこの会社の影山に用事が有るのだから取り次げば良いのだと保留にして、近くにいた越川に声をかける。
「越川さん、△△社の山田さんが影山さんに確認したい事が有るそうなんですが」
「影山さん?影山さんなら――」
「ちょっと!影山さんは今日はブロック会議で一日不在なんだけど!それだけ伝えれば良いでしょ!いちいちそんな確認して煩わせないで!」
大声で割り込んで来たのは岡場、元々いる人間にもきつい物言いをするのか、何とも難儀なババアだなと思いつつ岡場を見れば、彼女が見ているのは越川ではなく涼子の方。
「人に聞いてないで自分で処理しなさいよ!ボードに今日の行動予定書いてあるでしょ!」
と、そう吐き捨てて手元の自分の仕事へと視線を戻す岡場を見て、涼子は
(こりゃ人が定着しないわけだ……潜入して一時間程度で分かっちゃうのってどうなのよ……)
そんな事を思いつつ、取り敢えず応対はしなければと保留を解除して影山は本日は不在の旨を相手へと伝え、それならば次に出て来た時に連絡をして欲しいと言われ、それをメモに書き付け伝えておくと伝え電話を切った。
それから昼休憩になる迄伝票の仕分けと電話応対をこなし続けたが、この営業所では事務方は十時にはお茶と茶菓子で一息入れる習慣が有る様なのだが、その時にシェアする茶菓子を用意して来なかったのを
「新人なのに気が利かない」
と苦々しく言われ、生暖かい微笑みを返して誤魔化す羽目になった。その他にも
・マニュアル無し
・業務に関する事前説明も殆ど無くその都度聞いてと言われる
・実際質問すると『そんな事も分からないの?』と吐き捨てられる
と、業務を処理して行く集団としては『それやっちゃアカン』という事のオンパレード。よくもまぁこれで今迄業務を維持出来ていたなと思わずにはいられない惨状に、
「昼謂って来て良いよ」
と声を掛けられる頃には流石にげんなりとした面持ちになっていた。
(あー疲れた……何なんここ……)
電話は昼の時間帯にも掛かって来る為、昼休憩は交代で入る事になっており事務所が無人になる事は無い。デスクで電話を取りつつ昼食を済ませろと言われなかった事だけはマトモだった、そう思いつつ涼子は立ち上がり廊下へと出て休憩室へと向かって歩き始める。
出勤途中で買って来たコンビニの弁当を電子レンジにセットし温めをしている間にする事はと言えば、バッグの中に入れてデスクから持って来たICレコーダの内容を確認する事。朝事務所に入る直前に録音を開始したレコーダーは二つ、一つは現在もデスクの上の備品の陰に隠して置いてあり録音を続けており、持って来たこちらはトイレやらコピー取りやらで自分が離席していた時の状況を確認する為のものだ。因みに普段はかけない眼鏡にも細工が仕込んであり、眼鏡のツルと髪の毛に隠した配線が背中の服の下へと伸びておりそこにはバッテリーと記録媒体が接続され動画を録画している。
温めた弁当を食べマグボトルのお茶を飲みつつイヤホン再生で早送りしつつ確認すれば、
・何も出来ない使えない
・あんな歳迄働いた事が無いから非常識
・自分で考えずに何でもすぐに聞いて来て仕事の手が止まるから迷惑
・勝手に判断して動いてこっちの仕事を増やして迷惑
・しおらしくしてりゃまだ可愛げが有るのに態度が大きい
等々、とてもとても勤務初日の人間に対しての感想とは思えない悪意に満ちた言葉ばかり。発言の大方が岡場のものではあるが、一人か二人積極的に同調したり自らも発言している者もいて、それ以外は何も言わないか曖昧に相槌を打っている様子。ここ迄来るといっそ清々しいなと思いつつ涼子は笑い、依頼者である土屋に簡単な報告をした後は午前中の様子を面白おかしくTwitterで呟く等して休憩の一時間を使い切った。
「高橋戻りました」
誰に言うでもなく事務所内にそう声をかけてデスクに戻った涼子に
「えっと、高橋さんだったけ?」
と声を掛けて来たのは、声からして岡場に積極していた内の一人である中年女性。名札の記名は『篠塚』、骨の浮いた身体にフィットする様なサイズ小さめの制服を着ており、背中中程迄の長さの髪は下ろしたままで全体的に薄い紫色のメッシュを入れ一房だけ濃い紫のワンポイントが入っており化粧が濃い。
(お歳を召してもお洒落に気を遣うのは良い事ですね、若者ではなく年寄りが好む髪と化粧ですが)
涼子が内心で実に正直な感想を述べていると、その無反応をどうとったのか、篠塚は顎をクイと持ち上げ見下ろす様な体勢をとり言葉を続けた。
「伝票一束分けるのに二十分記入漏れを一件調べるのに五分、時間掛かり過ぎだよね?昼休憩も時間いっぱい帰って来ないし、何してるのか様子見に行ったら勉強するわけでもなく音楽聞いてスマホ見て遊んでるし。あのさぁ、仕事する気有るの?」
W H A T ?
一瞬、涼子は篠塚の発言が理解出来なかった。
目の前のこのケバい鶏ガラ中年ババアはいちいち人の仕事を監視し時間を計りそれだけではなく休憩時間迄も監視して時間の使い方にケチをつけているのだ。そりゃ休憩時間にも勉強をする人間の方が意欲的だある事に間違いは無いが、それは他人や会社が求めるわけではなく必要だと思った人間が自発的にやるものであり、ましてやしないからと言って批判される謂われなぞ欠片も微塵も無い。
「……えっと……あの……私、世間知らずでした……働くって、大変なんですね……勉強不足でした」
何とかそれだけを言うので精一杯、そして話を始めた篠塚と、篠塚と遣り取りをしていたのであろう岡場は、涼子の言葉の真意に気付く様子も無く、優越感に塗れた嫌な笑みを浮かべて
「ほんと非常識だね」
と、口元を歪めてそう吐き捨てた。
その後も午前中と同じ様な遣り取りが続き、定時の十七時を迎えた後、
「お疲れ様でした、お先に失礼します」
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