大和―YAMATO― 第五部

良治堂 馬琴

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第417章『手にした太刀』

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第417章『手にした太刀』

 無言のまま自分を見詰める敦賀、タカコはそれを見て僅かに双眸を見開いた後、直ぐに険を深くして立ち上がり彼へと正対する。携行砲を下ろした敦賀は直ぐに動く事は無く、代わりに彼の背後や周辺から複数の気配が現れ、手にしていた銃を、敦賀と同じ様に鋭い眼差しと共に無言のままタカコへと向けた。
 穏当に連れ戻す事が目的ではないな、と、目の前に現れた嘗ての仲間達が纏う覇気と殺気を感じつつ、タカコは胸中で呟いた。どちらにせよもう大和海兵隊に戻る心積もりは無いのだ、これ以上妙な事になる前に退散するかと、じり、と僅かに後退れば、それに勘付いた敦賀が口を開く。
「生かしたまま制圧しようと思うな!やれ!!」
 来る――、何が真意かは把握出来ずとも、それを理解したタカコは敦賀の号令を受けた海兵達が動き出すのと同時に地面を蹴り走り出す。その跡を追う様に銃声が響き地面が爆ぜる、よく狙えている、と思いながら更に加速した。
 嘗ての仲間達が手心を加えている気配は一切無い。直ぐ近くの壁が地面が音を立てて小さく爆ぜ、その破片が時折顔や手といった地肌に当たる。銃を使用する対人戦闘の訓練を始めてからまだ一年も経過していない大和海兵隊、今自らへと襲い掛かって来ているのはその中でも教導隊へと選抜された面々である事を認識し、タカコは状況にはそぐわない笑みをその口元へと浮かべた。
 海兵として戦い生きて来た素地が有ったとは言えど、教え込んだ人間をひうして圧倒する程の技量を、一年にも満たない僅かな期間でよくぞ身に着けてくれた。手ずから育てた彼等に襲い掛かられている事を考えれば何とも場違いではあるが、それが堪らなく嬉しい、と、そう思う。
 今後の事を考えればワシントン人がこれ以上大和人を殺す事は望ましくない。それでいて自身も殺される事も拘束される事も無く生き延びる道を考えると、それは少々厳しいと言わざるを得ないが、それでもやるしか無いなと考えつつタカコは角を曲がり細い路地へと身体を滑り込ませた。
「…………!!」
 曲がったその先から飛んで来たのは鋭い一閃、太刀の鋒身体を掠めるのを感じつつ何とか捻ってそれを避ければ、次に飛んで来たのは半長靴の靴底。先程地雷の圧を受け止めたばかりの腹の真ん中に体重を乗せたそれを食らい、痛みに顔を歪めつつも勢いを借りて後退し、今し方入って来たばかりの表通りへと舞い戻る。やや崩れかけた体勢を整える間も無く追撃が加えられ、それを避ける為に数度大きく跳び退った。
 そこに在ったのは両手で太刀を構えた島津の姿、殺気の宿った鋭い眼差しでタカコを真っ直ぐに見据え、
「……俺は銃よりもコイツの方が得意なんでな」
 と、そう言って一瞬にして距離を詰め、タカコの間合いへと飛び込んで来る。
 先々代海兵隊総司令、鬼と謳われた程の猛将であった島津義弘中将。その彼の孫という立場にそん色の無い実力が自分に向けられる事になるとはと、タカコは舌打ちをしながら再び地面を蹴り距離をとる。しかしその程度で若鬼と称される島津の追撃が緩む筈も無く、他の海兵達も追い付いて来たのか四方八方に人の気配が現れ始めた。
 島津がタカコの直ぐ近くにいる所為か銃口が彼女へと向けられる事は無い。ちらりと周囲の様子を窺えば太刀を手にしている者も複数おり、仕方が無い、あれを拝借しなければ膾切りにされそうだとそう考えつつ、タカコは自分へと太刀を構えて向かって来た海兵の方へと向き直り、手にしていたナイフと銃を腰に差すと今度はそちらへと向かって走り出す。
 殺す気は無いが、少々痛い思いをした上でその得物を私に貸してくれ、申し訳無い、と、胸中でそう詫びつつ一気に間合いを詰めて彼の懐へと一足で飛び込む。突然の事に双眸に焦りの色を浮かべる嘗ての仲間、その彼に声には出さずにもう一度詫び、柄尻に添えられた左腕の肘を目掛けて左手を外へと払う様にして、斜め下から右手の掌底を叩き込んだ。
 柄尻を離れ弾き飛ばされる左手、それを確認しつつ今度は左腕を突き上げ、それをそのまま大きく外へと払い相手の間合いと体勢を完全に崩しつつ、彼が手にしていた太刀を地面へと弾き飛ばした。
 勢いが強過ぎたのか上半身を揺らせる様を見つつその彼の腹へと膝を一発入れ、その勢いを借りて大きく飛び退きながら地面へと転がされた太刀と、その近くに落ちていた鞘を拾い上げる。その事態に一瞬周囲の動きが止まったのを見過ごさずに走り出し、タカコはそのまま街の中へと姿を消して行った。
「……どうだ、あいつは太刀を持って行ったのか?」
「先任。ああ……綺麗に奪われたよ」
 立ち去ったタカコを追う事はせずにその場へと留まった島津達、そこに追い付いて来た敦賀が立ち尽くす島津へと声を掛ける。島津はそれに肯定の言葉を返し、その後は何か言いたい様な面持ちで、タカコが消えて行った方角と、無言のままそちらを険しい面持ちで見詰める敦賀を交互に見ていた。
 敦賀はと言えばそんな周囲の様子には委細構う事は無く、段々とタカコの気配が薄れて行くのを感じつつ、『これで本当に良かったのか』と、何度目かの問いを自分へと投げ掛ける。高根にも黒川にも、そして父にも一旦は激しく反対された、それを
「責任は俺がとる……海兵隊最先任として上級曹長として言ってるんじゃねぇ、敦賀貴之個人として、今回の作戦、俺に全てを任せてくれ……頼む……!」
 そう言って深々と頭を下げた自分の様と気迫に飲まれたのか、指揮所内は静まり返り誰も一言も発しない時間が長い間続いた。下がった頭を上げさせたのは高根、十九年という長い時間を共に生き抜き戦って来た戦友が周囲に理解を求めた事で、今回の作戦が動き出した。
 確証は絶対かと問われれば、否。それでも今はこれ以上に確信出来る事も無く、自分の描いた絵図面の通りに事が運ぶ事を、敦賀は静かに祈っていた。
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