35 / 102
第435章『謀叛』
しおりを挟む
第435章『謀叛』
『おい、ドレイク、そろそろ――』
『――いつでも出られるぜ?』
宇久島の沖合に突如としてワシントン国旗を掲げた艦隊が出現した――、そんな報告が旗艦司令部へと入ったらしい。それが漏れ聞こえて来たのは一時間程前、九州の大地の稜線がぼんやりと薄明るくなり始めた頃合いだった。
少し前に仲間とドレイクと共に空母へと乗り移っていたチスネロス、その彼がそろそろだなと思いつつドレイクへと声を掛ければ、返って来たのは冷たさと熱さの入り混じった、そして獰猛な響きを持ったドレイクの声音。その彼が手にした無線式の起爆装置を見たチスネロスは薄く笑い、ドレイクと同じ様な佇まいの仲間へと視線を向け、小さく頷き合う。
いよいよ制圧艦隊がやって来た、どちらも正当な命令を受けた正規艦隊同士、先発の侵攻艦隊に下された命令は既にその正当性を失しているとは言えど、それは彼等には伝わっておらず、素直に指揮権を明け渡すとは思えない。下手をすれば正規編成の艦隊同士の大規模な戦闘に発展するかも知れない中、地上部隊への伝達は更に遅れるだろう。しかも地上部隊の指揮官はあのヨシユキ・シミズ、喩え命令が迅速且つ円滑に伝わったとしてもそれに従うとはとても思えず、制圧艦隊のホーネット部隊が制圧に飛来し地上部隊が行動不能になる迄にどんな行動に出るかは予想も出来なかった。
そんな中、侵攻艦隊内部で騒ぎを起こし、各方面への対応を少しでも鈍らせ、制圧艦隊による制圧と指揮命令系統の掌握が少しでも円滑に進む為の下準備、それこそが今チスネロス達がすべき事だった。
人数はドレイクを含めてもたったの十一人、今自分達がいる空母だけでも千人近い規模の兵員を相手にこの人数で何処迄出来るのかは不安しか無いが、それでも時を迎えてしまった以上、やるしか無い。
現状、夜明けを迎えてホーネット部隊の三編成程が既に離艦の態勢を整えている。制圧艦隊の出現が伝わってからの動きである事を考えれば、制圧艦隊と事を構えて身動きがとれなくなる前に大和本土への攻撃を決定的なものにする狙いなのだろう。もしそうなのであれば、離艦して仕舞えば大和だけでなく、本土で戦闘に身を投じているタカコ達の命迄が危険に晒される事になる、大和人はともかくとして、タカコに今以上の危険が及ぶ事だけは、チスネロス達にとっては絶対に回避しなければいけない事だった。その為には今行動に出るしか無い、それはチスネロスだけではなく仲間も、そしてドレイクも理解しているのか彼等の双眸に迷いは無く、お互いが無言のまま頷き合い、次の瞬間には全員が自分の役目を果たすべく動き出していた。
『ワシントン軍の正規軍人同士恨みは無いが、悪ぃな』
初めに大きく動いたのはドレイク、吐き捨てる様に短く言って手にした起爆装置の釦を押せば、直後、腹に響く様な振動が艦体を襲い、乗員の身体を大きく揺らす。やや合ってから艦内に響き渡る非常事態を知らせるベルの音、それを受けて全員が甲板へと向かって走り出した。
狙いは離陸の態勢を整えた二機のホーネット。それに向かって疾走しながら、足元だけではなく甲板でも異常事態が起きた事を悟った兵士達が向かって来るのを視認し、そちらへと向かって夫々が銃口を向け躊躇無く引き金を引く。
正規軍人同士、彼等は命令を受けそれを忠実に遂行しようとしているだけである事は、チスネロスもドレイクも、他の仲間も理解している。それでも、その事に配慮するよりも、自分達に与えられた命令を遂行する事こそが最優先である事もまた理解しており、何の痛痒も感じないわけではないがそれを無視し走り続けた。機体が被弾する事を恐れてか最初は躊躇の有った攻撃も、甲板に一人二人と斃れるのを目の当たりにしてか徐々に迷いが無くなり弾幕も厚くなる。身体を掠めるそれを感じつつそれでも足を止める事無く走り続ければ、先行していた四名が二機のホーネットの操縦席から身を乗り出し、
『急げ!こっちだ!!』
と声を張り上げているのが見て取れた。
『急げ!急げ急げ!!離陸するぞ!!』
掃射を浴びつつ四人と三人に分かれてホーネットへと雪崩れ込めば、乗り込むのを待つ程の余裕も無いのか、全員の搭乗の完了を待たずに二機が浮かび上がる。最後に飛び込んだ人間は弾幕の中に下半身を晒しつつ他の仲間に引き上げてもらうという、何とも危ない思いをしつつ、機体は完全に甲板から浮き上がり日本海の空へと舞い上がった。
『おい!これ本当に大丈夫なのか!?』
『講習はちゃんと受けた!!』
『総飛行時間は!?』
『三十時間は飛んでる!!安心しろ!!』
『三十!?ふっざけんな!講習以外飛んでねぇどころか講習終わってねぇだろそれ!!』
『しょうがねぇだろ!もう始まっちまったんだ、落ちない様に祈ってママのおっぱいでも思い浮かべてろ!!』
『あんな淫売を思い浮かべてどうしろってんだ!!』
『お前の成育歴なんざ聞いてねぇ!気が散るからもう黙ってろ!!』
操縦手は講習期間も終わっていないヒヨッコどころか精々が受精卵辺り、そんな状況では流石に声の一つも上げたくなる心中の面々が口々に怒鳴り合う中、二機は掃射を浴びつつも徐々に高度を増し、やがて博多市街地の方向へと向かって進み始める。それを追う様にして甲板の上の十数機が離艦の動きを見せ始め、それを見たチスネロスが舌打ちをして
『機体の兵装と積み込んだ兵器の準備始めろ!到着迄に態勢整えろよ!!いつ何処でどの部隊と戦闘になるか分からんぞ!!』
と、ホーネットの回転翼の駆動の爆音に負けじと声を張り上げる。
タカコ達が現在どの地点にどんな状態でいるかは分からない、大和の海兵隊に保護されたという情報はヨシユキを通して把握してはいるものの、それが友好的なものなのか、友好的だったとして現在も継続しているのか、共同して戦線を張っているのかも分からない。とにかく、今はタカコの居場所を特定しその身柄を保護する事が最優先だな、そう思いながら、自分が乗り込んだ機体へと、軽く拳を打ち付けた。
『おい、ドレイク、そろそろ――』
『――いつでも出られるぜ?』
宇久島の沖合に突如としてワシントン国旗を掲げた艦隊が出現した――、そんな報告が旗艦司令部へと入ったらしい。それが漏れ聞こえて来たのは一時間程前、九州の大地の稜線がぼんやりと薄明るくなり始めた頃合いだった。
少し前に仲間とドレイクと共に空母へと乗り移っていたチスネロス、その彼がそろそろだなと思いつつドレイクへと声を掛ければ、返って来たのは冷たさと熱さの入り混じった、そして獰猛な響きを持ったドレイクの声音。その彼が手にした無線式の起爆装置を見たチスネロスは薄く笑い、ドレイクと同じ様な佇まいの仲間へと視線を向け、小さく頷き合う。
いよいよ制圧艦隊がやって来た、どちらも正当な命令を受けた正規艦隊同士、先発の侵攻艦隊に下された命令は既にその正当性を失しているとは言えど、それは彼等には伝わっておらず、素直に指揮権を明け渡すとは思えない。下手をすれば正規編成の艦隊同士の大規模な戦闘に発展するかも知れない中、地上部隊への伝達は更に遅れるだろう。しかも地上部隊の指揮官はあのヨシユキ・シミズ、喩え命令が迅速且つ円滑に伝わったとしてもそれに従うとはとても思えず、制圧艦隊のホーネット部隊が制圧に飛来し地上部隊が行動不能になる迄にどんな行動に出るかは予想も出来なかった。
そんな中、侵攻艦隊内部で騒ぎを起こし、各方面への対応を少しでも鈍らせ、制圧艦隊による制圧と指揮命令系統の掌握が少しでも円滑に進む為の下準備、それこそが今チスネロス達がすべき事だった。
人数はドレイクを含めてもたったの十一人、今自分達がいる空母だけでも千人近い規模の兵員を相手にこの人数で何処迄出来るのかは不安しか無いが、それでも時を迎えてしまった以上、やるしか無い。
現状、夜明けを迎えてホーネット部隊の三編成程が既に離艦の態勢を整えている。制圧艦隊の出現が伝わってからの動きである事を考えれば、制圧艦隊と事を構えて身動きがとれなくなる前に大和本土への攻撃を決定的なものにする狙いなのだろう。もしそうなのであれば、離艦して仕舞えば大和だけでなく、本土で戦闘に身を投じているタカコ達の命迄が危険に晒される事になる、大和人はともかくとして、タカコに今以上の危険が及ぶ事だけは、チスネロス達にとっては絶対に回避しなければいけない事だった。その為には今行動に出るしか無い、それはチスネロスだけではなく仲間も、そしてドレイクも理解しているのか彼等の双眸に迷いは無く、お互いが無言のまま頷き合い、次の瞬間には全員が自分の役目を果たすべく動き出していた。
『ワシントン軍の正規軍人同士恨みは無いが、悪ぃな』
初めに大きく動いたのはドレイク、吐き捨てる様に短く言って手にした起爆装置の釦を押せば、直後、腹に響く様な振動が艦体を襲い、乗員の身体を大きく揺らす。やや合ってから艦内に響き渡る非常事態を知らせるベルの音、それを受けて全員が甲板へと向かって走り出した。
狙いは離陸の態勢を整えた二機のホーネット。それに向かって疾走しながら、足元だけではなく甲板でも異常事態が起きた事を悟った兵士達が向かって来るのを視認し、そちらへと向かって夫々が銃口を向け躊躇無く引き金を引く。
正規軍人同士、彼等は命令を受けそれを忠実に遂行しようとしているだけである事は、チスネロスもドレイクも、他の仲間も理解している。それでも、その事に配慮するよりも、自分達に与えられた命令を遂行する事こそが最優先である事もまた理解しており、何の痛痒も感じないわけではないがそれを無視し走り続けた。機体が被弾する事を恐れてか最初は躊躇の有った攻撃も、甲板に一人二人と斃れるのを目の当たりにしてか徐々に迷いが無くなり弾幕も厚くなる。身体を掠めるそれを感じつつそれでも足を止める事無く走り続ければ、先行していた四名が二機のホーネットの操縦席から身を乗り出し、
『急げ!こっちだ!!』
と声を張り上げているのが見て取れた。
『急げ!急げ急げ!!離陸するぞ!!』
掃射を浴びつつ四人と三人に分かれてホーネットへと雪崩れ込めば、乗り込むのを待つ程の余裕も無いのか、全員の搭乗の完了を待たずに二機が浮かび上がる。最後に飛び込んだ人間は弾幕の中に下半身を晒しつつ他の仲間に引き上げてもらうという、何とも危ない思いをしつつ、機体は完全に甲板から浮き上がり日本海の空へと舞い上がった。
『おい!これ本当に大丈夫なのか!?』
『講習はちゃんと受けた!!』
『総飛行時間は!?』
『三十時間は飛んでる!!安心しろ!!』
『三十!?ふっざけんな!講習以外飛んでねぇどころか講習終わってねぇだろそれ!!』
『しょうがねぇだろ!もう始まっちまったんだ、落ちない様に祈ってママのおっぱいでも思い浮かべてろ!!』
『あんな淫売を思い浮かべてどうしろってんだ!!』
『お前の成育歴なんざ聞いてねぇ!気が散るからもう黙ってろ!!』
操縦手は講習期間も終わっていないヒヨッコどころか精々が受精卵辺り、そんな状況では流石に声の一つも上げたくなる心中の面々が口々に怒鳴り合う中、二機は掃射を浴びつつも徐々に高度を増し、やがて博多市街地の方向へと向かって進み始める。それを追う様にして甲板の上の十数機が離艦の動きを見せ始め、それを見たチスネロスが舌打ちをして
『機体の兵装と積み込んだ兵器の準備始めろ!到着迄に態勢整えろよ!!いつ何処でどの部隊と戦闘になるか分からんぞ!!』
と、ホーネットの回転翼の駆動の爆音に負けじと声を張り上げる。
タカコ達が現在どの地点にどんな状態でいるかは分からない、大和の海兵隊に保護されたという情報はヨシユキを通して把握してはいるものの、それが友好的なものなのか、友好的だったとして現在も継続しているのか、共同して戦線を張っているのかも分からない。とにかく、今はタカコの居場所を特定しその身柄を保護する事が最優先だな、そう思いながら、自分が乗り込んだ機体へと、軽く拳を打ち付けた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う
yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。
これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる