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第453章『特等席』
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第453章『特等席』
紺碧の地に金と銀の描線――、Providenceを象徴するその色を纏ったホーネットの姿を目にしたヨシユキは目を細め、それが舞い降りて行った方向へと照準器越しの視線を向ける。
そこに在るのはワシントンと大和がこれ迄以上に強固な結び付きを得た姿、大和海兵隊総司令の高根と、タカコの部下の一人が握手を交わしている様子が、豆粒程の小さなものではあるがはっきりと見えている。
随分とタカコに目をかけていたウォルコット、彼がJCSの議長となった時点で、ワシントンの大和に対しての姿勢は決まっていたのかも知れないな、と、ふとそんな事を考える。
優し過ぎる、誠実過ぎるタカコ。その彼女をこの国へと派遣し今後の姿勢を判断しろと命じれば、余程の事が無ければ対等な同盟を進言するに決まっていたのだ。ウォルコット自身の姿勢も恐らくは最初からそうだったのだろう、しかしマクマーンを始めとした政敵、急進派の面々を封じ切るにはJCS議長の肩書だけでは流石に足りず、それを確かなものにする為に、タカコが選ばれ派遣された。そして、彼女はウォルコットの目論見通りの働きをした、そういう事なのだろう。
タカコ自身もその事は恐らく理解している、それでも彼女は自分の信念に従い、正しいと、より良いと思われる道を選びそれを貫き通し、今、その役目を終えようとしている。その後に彼女はどうするのか、帰国の道を選ぶのか、それともこの大和に、否、弟、タカユキの後添いと決めた男の傍に留まる事を選ぶのだろうか。
西方旅団総監の黒川、そして、海兵隊最先任の敦賀、そのどちらを選らんだのかの最終的な確信は得られていないままだが、それでも、彼女がどちらを選んだのか、何と無くではあるが分かる気がしていた。
強く凛として立ち、真っ直ぐに前を見据えているタカコ。人を率いる為に生まれて来た彼女がそれと同時にとても寂しがりで、寄り添っていてくれる存在を必要としている事は、恐らくは自分が一番よく知っている。
そんな彼女には、精神的にも物理的にも常に傍らに寄り添っていてくれる男が必要なのだ、心だけが強く結びついているのでは足りない、彼女がどんな戦場へと出て行っても、常にそれに寄り添い共に戦い生き抜ける、そんな男でなければ意味が無い。
高級士官の黒川にはその武骨な力、強さが無い、彼が持っているのは弟に似た気質だけ。彼の存在はタカコが戦場へと出て行こうとした時には足枷にしかならない、自分が前へ前へと出て行こうとする事を許さない存在を、タカコは必要とはしないだろう。
そして、もう一人の男、敦賀。彼は弟とは似ても似つかず、気性は随分と激しく、そして扱い難い。似ているものと言えば体格だが、その体格と、そしてそれが生み出す力と生まれ持った才能こそが、タカコが必要とする存在を作り出した。タカコの動きについていける、そして、時にはそれを凌駕する事も可能な強さ。それを持った男が彼女を深く愛し求めたのだとすれば、それこそが彼女が求め、必要とする存在となる。
二人は今博多北東部の山岳地帯で戦っている、そして、恐らくはその戦闘に勝利しもう直ぐこの海兵隊基地へと帰還して来るだろう。
その時こそ、彼女から最愛の存在を奪う絶好の機会。一度ならず二度も目の前で伴侶を奪われる、それが彼女をまた更なる絶望に染め、そして強くしてくれる。それこそが自分が望んでいる事だとヨシユキは薄く笑いながら、気持ち良く晴れ渡った博多の夏の空を見上げ目を細める。
この為だけに自分は軍に身を置き、下野した後は軍事組織に潜り込みそこを乗っ取り、そして軍へと接触し今回の作戦を纏め上げた。その過程で費やされた多くの金、消費された弾薬、そして消えていった多くの命。一人の人間が背負うにはあまりに大きく重いそれ等を思い出しながらヨシユキはまた薄く笑い、もう直ぐここへと帰って来るであろうタカコの真っ直ぐな眼差しを思い浮かべた。
あの眼差しが絶望と悲しみに染まり、その後に自分に対しての憎しみと怒りで燃え上がる事を何よりも自分は望んでいる、待っている。この場所――、海兵隊本部棟の屋上は、それを眺めるには最高の特等席になるだろう。少し前迄は同じ場所に黒川と統幕副長もいたが、物陰に身を潜めた自分に彼等は気付きもしなかった。退屈凌ぎに射殺しようかとも思ったが、悲劇の登場人物兼観客は一人でも多い方が面白いと思い止まったのは、彼等にとっては何よりの幸運だっただろう。
今はもう手駒の殆どを失い、残るのは市井や軍に深く潜入させた者ばかり。彼等には今後の大和を内部からじわじわと崩壊させる為の役目が有り、表に出て来る事は無い。その為、ヨシユキが自由に出来る兵員は既に自分自身のみとなってはいるが、それも然して気にはならなかった。
敦賀を射殺した後は場は大混乱に陥るだろう。海兵隊の強さの象徴である最先任が基地の真っ只中で射殺されたともなれば、大和側の混乱は言うに及ばず、自身の意志で選んだ男を目の前で喪う事になるタカコも直ぐには普段の判断力は戻るまい。そうなればこの本部棟の屋上から降りて基地の外に出る事はそう困難ではない、市街地へと出た後は暫くの間は何処かに身を隠しタカコの動向を探り、またいつの日か彼女の前に姿を現せば良い。
『傍にいて、か……俺はいつでもお前の傍にいるよ、タカコ』
紺碧の地に金と銀の描線――、Providenceを象徴するその色を纏ったホーネットの姿を目にしたヨシユキは目を細め、それが舞い降りて行った方向へと照準器越しの視線を向ける。
そこに在るのはワシントンと大和がこれ迄以上に強固な結び付きを得た姿、大和海兵隊総司令の高根と、タカコの部下の一人が握手を交わしている様子が、豆粒程の小さなものではあるがはっきりと見えている。
随分とタカコに目をかけていたウォルコット、彼がJCSの議長となった時点で、ワシントンの大和に対しての姿勢は決まっていたのかも知れないな、と、ふとそんな事を考える。
優し過ぎる、誠実過ぎるタカコ。その彼女をこの国へと派遣し今後の姿勢を判断しろと命じれば、余程の事が無ければ対等な同盟を進言するに決まっていたのだ。ウォルコット自身の姿勢も恐らくは最初からそうだったのだろう、しかしマクマーンを始めとした政敵、急進派の面々を封じ切るにはJCS議長の肩書だけでは流石に足りず、それを確かなものにする為に、タカコが選ばれ派遣された。そして、彼女はウォルコットの目論見通りの働きをした、そういう事なのだろう。
タカコ自身もその事は恐らく理解している、それでも彼女は自分の信念に従い、正しいと、より良いと思われる道を選びそれを貫き通し、今、その役目を終えようとしている。その後に彼女はどうするのか、帰国の道を選ぶのか、それともこの大和に、否、弟、タカユキの後添いと決めた男の傍に留まる事を選ぶのだろうか。
西方旅団総監の黒川、そして、海兵隊最先任の敦賀、そのどちらを選らんだのかの最終的な確信は得られていないままだが、それでも、彼女がどちらを選んだのか、何と無くではあるが分かる気がしていた。
強く凛として立ち、真っ直ぐに前を見据えているタカコ。人を率いる為に生まれて来た彼女がそれと同時にとても寂しがりで、寄り添っていてくれる存在を必要としている事は、恐らくは自分が一番よく知っている。
そんな彼女には、精神的にも物理的にも常に傍らに寄り添っていてくれる男が必要なのだ、心だけが強く結びついているのでは足りない、彼女がどんな戦場へと出て行っても、常にそれに寄り添い共に戦い生き抜ける、そんな男でなければ意味が無い。
高級士官の黒川にはその武骨な力、強さが無い、彼が持っているのは弟に似た気質だけ。彼の存在はタカコが戦場へと出て行こうとした時には足枷にしかならない、自分が前へ前へと出て行こうとする事を許さない存在を、タカコは必要とはしないだろう。
そして、もう一人の男、敦賀。彼は弟とは似ても似つかず、気性は随分と激しく、そして扱い難い。似ているものと言えば体格だが、その体格と、そしてそれが生み出す力と生まれ持った才能こそが、タカコが必要とする存在を作り出した。タカコの動きについていける、そして、時にはそれを凌駕する事も可能な強さ。それを持った男が彼女を深く愛し求めたのだとすれば、それこそが彼女が求め、必要とする存在となる。
二人は今博多北東部の山岳地帯で戦っている、そして、恐らくはその戦闘に勝利しもう直ぐこの海兵隊基地へと帰還して来るだろう。
その時こそ、彼女から最愛の存在を奪う絶好の機会。一度ならず二度も目の前で伴侶を奪われる、それが彼女をまた更なる絶望に染め、そして強くしてくれる。それこそが自分が望んでいる事だとヨシユキは薄く笑いながら、気持ち良く晴れ渡った博多の夏の空を見上げ目を細める。
この為だけに自分は軍に身を置き、下野した後は軍事組織に潜り込みそこを乗っ取り、そして軍へと接触し今回の作戦を纏め上げた。その過程で費やされた多くの金、消費された弾薬、そして消えていった多くの命。一人の人間が背負うにはあまりに大きく重いそれ等を思い出しながらヨシユキはまた薄く笑い、もう直ぐここへと帰って来るであろうタカコの真っ直ぐな眼差しを思い浮かべた。
あの眼差しが絶望と悲しみに染まり、その後に自分に対しての憎しみと怒りで燃え上がる事を何よりも自分は望んでいる、待っている。この場所――、海兵隊本部棟の屋上は、それを眺めるには最高の特等席になるだろう。少し前迄は同じ場所に黒川と統幕副長もいたが、物陰に身を潜めた自分に彼等は気付きもしなかった。退屈凌ぎに射殺しようかとも思ったが、悲劇の登場人物兼観客は一人でも多い方が面白いと思い止まったのは、彼等にとっては何よりの幸運だっただろう。
今はもう手駒の殆どを失い、残るのは市井や軍に深く潜入させた者ばかり。彼等には今後の大和を内部からじわじわと崩壊させる為の役目が有り、表に出て来る事は無い。その為、ヨシユキが自由に出来る兵員は既に自分自身のみとなってはいるが、それも然して気にはならなかった。
敦賀を射殺した後は場は大混乱に陥るだろう。海兵隊の強さの象徴である最先任が基地の真っ只中で射殺されたともなれば、大和側の混乱は言うに及ばず、自身の意志で選んだ男を目の前で喪う事になるタカコも直ぐには普段の判断力は戻るまい。そうなればこの本部棟の屋上から降りて基地の外に出る事はそう困難ではない、市街地へと出た後は暫くの間は何処かに身を隠しタカコの動向を探り、またいつの日か彼女の前に姿を現せば良い。
『傍にいて、か……俺はいつでもお前の傍にいるよ、タカコ』
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