大和―YAMATO― 第五部

良治堂 馬琴

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第471章『ゲーム』

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第471章『ゲーム』

「……本気か?」
「うん。本当ならあんたが殺し頃になる迄あんたの事護ってあげていたかったけど、今のみっともないあんたを見てたらそんな気も無くなるんだ。それ位無様だよ、今のあんた」
「……そうか」
 機械用のオイルと黴と埃の匂いの混じった湿った空気、それが瞬く間に張り詰め始めるのを感じながら、タカコはガシガシと頭を掻きながら小さく息を吐く。
 そう、ジュリアーニの言う通り、帰国してからの自分は少々集団の筆頭としての振る舞いを忘れていたのかも知れない。部下達の前で取り乱す様な事はしていなかったにしても、事務所の二階は彼等の寝室、真上にいる自分が深夜に飛び起きる様子は伝わっていたのかも知れない。そんな事が一度でも有れば、そして自分がそれを隠そうと振る舞っているのだと勘付けば、自分に対して今迄以上に注意を払う様になるのは当然の事だし、そうすれば醜態が目につく様になるのも仕方の無い事だ、そんな事を考える。
 何より、ジュリアーニは自分に対し誰よりも或る種の『理想』を求めている、そして、自分はそれを知っていて彼を仲間として部下として招き入れた。彼等を後戻りの出来ない道へと引き込んだ責任は自分に有る、例え彼等の自由意思により最終的な決断が為されたのだとしても、だかんらと言って自分が役割を放棄し降りる事は許される事ではない。
 ジュリアーニは普段は摑み所が無く、その上取り立てて真面目に振る舞う人間ではないが、それでも自分の生き方の根幹に関わる部分で嘘を言う人間でもない。彼が言っている事、やろうとしている事は本気に違い無い。彼の有能さは引き抜いて来た自分がよく分かっている、彼が始めようとしているこのゲームに双方の命をベットし、それに勝ち抜けるしか道は無いだろう。
 さて、どう動くか、先ずはジュリアーニが投げて寄越した得物を、と、腰を屈めて手を伸ばせば、左手にマガジンを纏めて、そして右手にナイフの柄を握ったところで鼻先に鋭い風を感じた。その姿勢のまま地面を蹴って後ろへと下がれば、ぱらりと落ちる一筋の前髪、上空で動きを止め再びこちらへと向かって来るジュリアーニが手にしたメスの刃の小さな煌めきを感じながら、タカコは再度地面を蹴り踵を返して走り出す。
 始まった、もう後戻りは出来ない。建物と同じ様に放置されたまま錆び付いている機械の陰へと身体を滑り込ませれば、それとほぼ同時に響く銃声と金属同士がぶつかり合い弾ける音、そして上がる小さな火花。揮発性引火性の物質が充満している様子も無いし、そんなものが有ったとしてもこんな隙間だらけの荒れ果てた建造物では直ぐに抜けてしまうだろう、爆死の心配だけは無さそうだと思いつつ、物陰を身体を低くして走り抜けつつ辺りを見回し、何か使えそうな物は転がっていないかと当たりをつける。
 ジュリアーニがここへ自分を連れて来たのは、他の部下達やヤスコとトルゴの邪魔を排除する為だろうが、それにしても自分にとってこんな『宝の山』を選ぶとは、少々考えが足らなかった様だな、そう思いながらタカコは小さく笑い、更に加速して通路へと飛び出すと、そのままの勢いで通路を挟んだ別の区画へと飛び込んだ。
 ワンマンアーミー、トラップマスター、リトルマジシャン――、身一つで何処に放り込まれても現地調達で資材を集めてトラップを仕掛け、相手側に甚大な被害を齎して帰投する様を、仲間達は畏怖や尊敬、そして揶揄いを以てそう呼び、自分もそれに応え続けてきた。そんな自分にとってここはまさに宝の山、素早く視線を走らせただけでも十は有った『使えそうな物』を、どのタイミングで回収し加工し仕掛けるか。タカコはそんな算段を頭のなかでつけつつ、にぃ、と、口角を上げて笑う。
 段々と身体が、そして頭が温まって回転が上がり始めるのを感じる、考えあぐね悩んでいてもどうしようも無い事が意識から消え、自分が全開で動けるフィールドで、最高の状態で動く為には何をどうしたら良いのか、それだけを計算し始め感覚がとても心地良い。
 死ぬ気は無い、かと言って自分が生き残る為にジュリアーニを殺しこれ以上手駒を失う気も毛頭無い。死なない程度且つ彼を納得させ戦意を喪失させる程度に痛めつけるには――、そう考えて方策を巡らせば、身体がぶるりと大きく震える、浮かべる笑みも深く大きく、そして力強くなる。
 こうして何とか気力を立て直す方向性が見える様になる迄、半年以上の時間が掛かってしまった、これではジュリアーニが痺れを切らし見切りをつけたくなるのも当然だろう。今からでもその遅れは取り戻せるだろうか、技術で圧倒し捻じ伏せ頭に銃口を突き付けて勝利宣言をする程度の事はしないと、あの頑固なサイコキラーは納得等絶対にしないだろう。
 彼だけではなく部下の全員がどうにもこうにも扱い難い、似た様な気質が揃っているのであればマニュアル化出来そうなものだが、気質は様々な上に夫々の相性も有り、プライベートでの小さな揉め事は日常茶飯事だ。それがここ半年の間は全くと言って良い程無かった、部下の多数を失ったという事を差し引いてもおかしな数字、その事からも扱い難い部下達が『タカコに今以上の負担を掛けない事』という点で意見の一致を見て、暗黙の了解のもと協定を結んでいたのだろう。その事を考えると何とも申し訳無い心持ちになりつつ、同時にそれももう終わりそうだから安心してくれ、そんな言葉が胸中に湧き上がってくる。
 何も解決はしていないし、これから先も時には泣きたくなる事も有るだろう。それでもそれが自分の下した決断であり選んだ道、自分を支え従ってくれている部下達に要らぬ心配をさせるのはもう終わりにしよう、手始めに扱て難い部下の筆頭であるジュリアーニを捻じ伏せてしまおうか、タカコはそんな事を思いながら、目の前に落ちていたオイル缶を拾い上げ、更に速度を上げて薄暗い建物の奥へと走って行った。
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