大和―YAMATO― 第五部

良治堂 馬琴

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第472章『理想の押し付け』

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第472章『理想の押し付け』

 何とも表現のし様の無い空気の揺れ、それを感じたジュリアーニが今し方出て来たばかりの物陰へと跳び退って戻れば、たった今自分が立っていた場所に狙い澄ました様にガソリンの缶が落ちて来て、着地と同時に火花が散り、直後、大きな炎を噴き上げる。
「……いや、うん、そうなんだけど、さ……もうちょっとこう手心をと言うか……ねぇ?」
 液体の状態のガソリンは缶の中に殆ど入っていなかったのだろう、炎こそ瞬間的に派手に上がったものの、燃え続ける事は無く直ぐに空気へと消えてしまった。それでも直撃していれば無事では済まなかったのは明らかで、どうやらタカコは本気で自分を捻じ伏せるつもりらしいと思い至る。
 彼女が自分を殺す気は無い事は最初から分かっていた、部隊の存続を考えればそれは当然の事で、ジュリアーニ自身もその点については理解している。
 しかし、彼女のその冷静さも不愉快だ、と、舌打ちをしながらそう吐き捨てる。ヨシユキやタカユキ、そして、大和に置き去りにして来たあの男の事を思い出し罪悪感や後悔に苛まれるタカコの事を、無様で惨めだと思い軽蔑すらしている事は事実ではあるものの、彼女が自分や他の部下達の事を考え立ち直ろうと、指揮官として正しく在ろうとしている事もまた、不愉快で堪らない。
 自分の中の破壊的な衝動を持て余し、それがいつの日か暴発を迎え、そして死ぬのだろうと、タカコと出会う前の自分は朧にではあるがそんな事をいつも意識していた。そんな自分の前に現れた彼女は、力強く笑いながら

『誰か殺したいのなら私にしておけ。その代わり、それを実行に移す迄は私の手足になれ。何をしてもどんな殺し方をしても良い、それを私の役に立てろ……私がお前の至高の標的、目標になってやるよ』

 そう言って右手を差し出して来た。
 随分と自分に自信が有る様だが、正気なのか頭がおかしいのかどちらなんだと、思った事を正直に口に出せば、
「さぁどっちかな。お前はどう思う?まあ、私は他人からの評価がどちらでも構わんよ。私が私の思う様に、全力で動ける様に、その状況を整える為に私は部下を探してて、そしてお前を見付けた。全て私自身の為の行動だ、他人の評価を気にする必要が何処に有る?全ては私の為に存在する、お前もその思惑に乗せられて私の為に生きれば良い」
 そう事も無げに言い放ち、
「よろしく、マリオ・ハーバート・ジュリアーニ大尉」
 自分をフルネームで呼び、ずい、と更に右手をこちらへと向けた。
 あんなにも傲慢で、そして力強く自身に満ち溢れた人間は、彼女以外には未だ出会った事が無い。暴力的な迄の説得力と風格、纏うオーラ、あの佇まいの全てが自分を新たな道へと踏み出させたのだ、今更あれを無かった事にする等、決して有ってはいけないし、許せる筈も無い。
 自分にとってのタカコは、我儘で傲慢で、他人の都合等全く考えずに
『私がその方が都合が良いから』
 という碌でもない理由で他人の人生に干渉しその後の道筋を大きく変え、そして、その事について誰に何と言われ様とも何処吹く風と受け流し我が道を進んで行く、そんな人間なのだ。
 それがどうだ、今のタカコは指揮官として自分達の上に立つ以上、それ以前に自分達全員の人生を大きく変えてしまった以上、その事についての責任を一人で引き受けようとしている。あの男を大和へと置き去りにし帰国し、そして、再度あの地へと戻ろうとしていないのは、恐らくはそれが最大の理由なのだろう。
 自分達は、少なくとも自分は、綺麗に収まったお上品な彼女を見たいわではない、欲しいわけではない。我儘で傲慢で自分勝手で、部下の都合や思いなぞお構い無しに振り回し、それでいて力強く真っ直ぐに前を見据え、その背中を以て自分達に安心感を与えてくれる、そんな彼女を見ていたいのだ。そんな彼女だからこそ、今迄の人生や他の全てを擲ってでもついて行き、そして支えたいと思ったのだ。
 それが身勝手な自分の願望や理想の押し付けであるという事は、ジュリアーニも理解している。程度の差こそ有れど、ヨシユキがタカコに対して抱いていた想いやした行為と、そう大差は無いのだろうとも思う。それでも、自分達は今更他に心の支えを求める事も出来ずその気も無く、自分達の要求が例え酷なものだったとしても、彼女に対してそれを求めずにはいられない。
 俺の人生を取り返しがつかない程に変えたんだ、その位は要求しても良いだろう、それが出来ないのならあんたはもう用無しだ、そう呟けば、突然背後に人の気配が現れ、反射的に銃を構えて振り返りつつ身を隠す物影を探す。響く銃声、自分の真横で上がる金属同士がぶつかり合い弾ける音、小さな火花、少し長々と考え込んでいた様だと舌打ちをしながら飛び込んだ物陰の奥へと進もうと跳び退れば、踵が何かを引っ掛けた、そんな気がした。
 しくじった、そうった時には既に遅く、踵が引っ掛けたワイヤーが固定していた支えが崩れ、タカコがあちこちから掻き集めたのであろう大量の金属の部品が、両側と頭上から飛び出し降り注ぐ。その量と勢いと重さに耐えかねて仰向けに倒れ込めば、眉間に金属の、そして胸元に靴底の感触。
「……まだやるか?付き合うぞ?」
 静かな、それでいて獰猛なぎらつきを含んだタカコの声音。ジュリアーニはそれを感じながら顔だけを上げて彼女の表情を見る。
 声音と同じ様にぎらつき獰猛で、それでいて冷たく鋭い眼差し。事前準備の時間も与えなかった上に自分から逃げながらだったのに、こうも強力なトラップを幾つも仕掛ける驚嘆すべき程の手腕。そう、自分はこんな彼女だからこそ、ついて行こうと、支えようと、そして、この手で殺したいと思ったのだ。彼女は自分の事を一番に考えてそれに基づいて行動し、その力を周囲に示し続けていれば、それで良い。
「……そんな顔、ちゃんと出来るんじゃん……あんまりさ、心配させないでくれないかな。あんたは俺達の人生を全て奪ったんだよ、だから、俺達の……いや、俺の望むあんたでいてくれなきゃ……嫌だ。俺が見ていたい、欲しい、殺したいって、いつ迄も思えるあんたでいてよ……だから、誰との約束が有ったとしてもどんな義理が有ったとしても、それを最優先になんかしないで。あんたのしたい様にして、生きたい様に生きて……俺達は、そんなあんたに、ついて行くから」
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