大和―YAMATO― 第五部

良治堂 馬琴

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第494章『初めての自宅』

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第494章『初めての自宅』

 互いに強く抱き締め合い、もう離れないという心の内を全身で表すタカコと敦賀。一年以上ぶりに感じる互いの体温と匂い、それを再び得る事が出来た幸せに浸りつつ、もっと、と求める様にタカコは敦賀の胸に、敦賀はタカコの髪に頬擦りをする。
 と、そんな時、不意に扉を叩く音と共にそこが開かれた。
『総司令、失礼致します。教導計画の素案についてですが、ウォルコット大佐はいつこちらに――』
 中へと入って来たのはワシントン海兵隊の士官、挨拶もそこそこに本題へと入り始めていた彼は、室内にいる人物達の様子を認識した途端に硬直してしまう。そしてたっぷりと十秒程はそのままの状態でいた後に
『Oh..., ウォルコット司令……大変失礼しました。あの、自分は何も見ていませんので、その、あの……ごゆっくりどうぞ』
 視線を泳がせながらそう言って、踵を返す事も無く後退りで廊下へと出て、そのまま扉を閉めて去って行った。
 その後は室内に再び二人きり、正確には二人と二頭。犬の存在は取り敢えず置いておくにしても、再び抱き締め合うには少々、否、かなり場が宜しくない、要らぬ噂が立っては面倒だと敦賀は溜息を吐き、
「……行くか。あれこれ言われるのは勘弁だし、腹減った。取り敢えず今日の用件は済んだ事だし、飯食いに行くぞ」
 そう言ってからタカコの髪にもう一度口付け、その後は腕を解き彼女の肩に手を添えて扉へと向かって歩き出す。
「犬、お前のか」
「え、ああ。ヤスコとトルゴ。軍用犬の訓練を受けてたんだが、不適格の判定を受けて除籍される事になってたのを引き取ったんだ」
「そうか。おい、お前等も来い」
『ヤスコ、トルゴ、付け』
 主人以外の命令には従う気が無いのかそもそも大和語が理解出来ていないからなのか、敦賀の言葉には無反応な二頭だったが、タカコが自らの左の太腿を軽く叩きながら口にしたワシントン語での命令には直ぐに反応して立ち上がり、並んで彼女の左側へと付き、次の命令をとでも言う様に揃ってタカコの顔を見上げている。
 今朝方見た夢に出て来たのとそっくりな二頭、まさか猫もいるのかと周囲をちらりと見遣るもその気配は無く、あの黒猫はタカコを暗示していたのかも知れないと、敦賀はふとそんな事を考えた。だとすれば、夢の犬達はそのままこの二頭なのではなく、別の誰か――、もしかしたら、タカユキとヨシユキの暗示なのかも知れない。いずれにせよ奇妙な夢だったが、もし自分が今考えた通りなのだとしたら、彼等は自分にタカコを託してくれたのだと、そう思いたい。
「まぁお前は猫ってぇよりは……何なんだろうな」
「え?」
 そんな敦賀の言葉の意味が分からないタカコが小首を傾げながら見上げて来て、自分へと向けられた双眸の、白目の部分が先程泣いていた所為か薄らと赤くなっている。あの黒猫は金色の目をしていたがこちらは赤目だなと口角を僅かに緩めて彼女の頭を一撫でし、二人はワシントン軍司令部を出て大和海兵隊基地へと向かって歩き出した。
「あれ?その恰好のまま中洲に行くのか?」
 営舎へとは向かわず正門を出ようとした敦賀に対し、タカコは感じた疑問をそのまま口にする。しかし敦賀はそこでは何も言わず、
「良いから、ついて来い」
 と、それだけ言って立ち止まる事も無く歩き続け、その彼の歩みが止まったのは、自宅の前手だった。タカコにとっては高根の家、引っ越した事どころか高根と敦賀の間で家の売買の話が持ち上がっていた事すら彼女は知らない。高根の家に来てどうするつもりだと不思議そうな顔をするタカコの前で、敦賀は胸のズボンのポケットから玄関の鍵を取り出し、開錠して扉を開けると中へ入れとでも言う様にタカコの背中を家の中へと向かって軽く押した。
「真吾から買ったんだ、今はもう営舎を出て、ここに住んでる」
「ああ……確かに以前そんな話をしてたな……って、真吾の家買ったのか。真吾は?」
「もう少し郊外に大きな家買って引っ越した。ここいらも騒がしくなってきたし、家の間取りも子育てには不向きだからな」
「あ、そっか。凛ちゃん、無事に出産したんだな」
「ああ……これがまた嫁に同情したくなる位に真吾にそっくりな男二人でな……中身は奴に似てねぇと良いんだが」
「そうか……男の子か。無事に生まれて、良かった」
「ああ……ほら、上がれ。着替えるぞ」
 靴を脱いで上がりながらの敦賀の言葉、流れでタカコもそれに続いて靴を脱ぐが、着替えという言葉に自分の状況を思い出す。本国から持ち込んだ荷物は全て基地内の営舎の割り当てられた部屋へと置いて来た、着替えもヤスコとトルゴの餌も引き綱も、とにかく何もかもを。食事に出るのは構わないが、この格好では流石に目立ち過ぎる、一度戻って着替えだけでも、そう考えるタカコに構わず敦賀は二階へと上がって行き、暫くして降りて来た彼は私服に着替え、そして、自分のものであろう服を一揃いと、彼が履くには少々小さ過ぎる半長靴を一足その手に持っていた。
「これに着替えろ。服は俺のしか無ぇから裾と袖を捲れ、靴はお前が置いて行ったやつだ、手入れはしてある」
「いや、一度基地に戻って――」
「……あ?」
「……いえ、何でも無いです……」
「分かりゃ良い。犬は庭にいさせても大丈夫か?中州は騒がしいし酔っ払いだらけだ、こいつ等も落ち着かねぇだろう。俺等が帰って来たら家に入れてやれば良い」
「ああ、それは大丈夫だけど」
「そうか、ならさっさと着替えろ」
 どうにも人の話にはあまり耳を貸さず、そして自分の意見を押し通していくところは以前と全く変わっていないらしい。話を聞かないのは本当に血筋だなとタカコは笑い、玄関で並んで座れの姿勢をとっていたヤスコとトルゴに向かい
『庭にいろ、騒ぐなよ』
 そう命令し、さっさと着替えてしまうかと思いながら、客間の襖へと手を伸ばした。
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