腹黒令嬢シンデレラ

篠山猫(ささやまねこ)

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メモリアル

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広がる草原、そして少し馬を走らせたその先に森。
森を隔てるとその先には小さな町があり、キャルロット家の領地で働く農民や他の町からやってくる商人が行き交っていた。
少し小さいながら立派な屋敷の近くを流れる川にはゆったりと回る水車が小麦を脱穀している。
私はここで生まれ育った。


日がまだ沈もうとする少し前の時間の事。
6歳頃に見える一人の少女が屋敷の裏門から忍び足でこっそり入ってくる。
バレたと思ったのか、少女は全力疾走で逃げようとした。

「これっ!
 お嬢様!!!なんて事を!」

メイドの恰好をした年配の女性が目を丸くして大きな声で目の前の少女を叱った。
少女の名前はエレノア、またの名の愛称を略してエラと呼んだ。

観念したのか、少女は年配の女性の声で立ち止る。

年配女性の容姿は丸い眼鏡を掛けており、白髪の髪を綺麗に纏め、如何にも高貴な貴族の召使に見える。
一方でエラの服は何処でこうなったのか分らない程のボロボロの姿。
悪びれる様子もなく、いかにも”バレたか”といった顔でニッコリしている。

「リズ、ただいま。」

エラが着こなしている上品なスカートは泥まみれで破けており、顔も泥まみれ。
これに革ブーツを履く姿は若干のアンバランスな装い。

髪は金髪でセミロング姿、チャーミングな顔つき。
ご令嬢に見えるが振る舞い等はとてもご令嬢には見えない。
これが本作の主人公エラである。


この頃のエラの日常は馬を走らせてキャルロット家の領地を遊び回る事が日課。
それも父であるウィリアム侯爵や先に登場した年配メイド、リズの言いつけを聞かず、頭を抱えている状況がもっぱらであった。

町は居酒屋や武器屋、商人のテントなどが並び、ワッフルも路上で売られている。

エラが町を回っていると60代頃に見える白い口髭を生やしたガタイの良い一人の男が声をかけた。
男は林檎や野菜などの作物を売っている様だ。

「よぉエラ、これ持っていけ。
 うちの店で暴れるなよ。」

冗談めいた声で気の良い顔をした男は林檎が2~3個くらい入りそうな小さい麻袋をエラにほうり投げるとエラはタイミングよく受け取る。

「ありがとジャン、貰っとく。」

エラが手を振るとジャンと呼ばれた男も笑って手を振って返した。

その近くで軽装をした近衛兵がエラに声をかける。
40代でどこにでもいそうな男で腕の筋肉がよくついている。

「お嬢様、こんな所にいたら怒られますよ。早くお戻りに・・・」

男は少し心配そうな顔をしている。

「バレなきゃ大丈夫よ、スコット!」

エラは元気よく笑顔で返答したがスコットと呼ばれた近衛兵は首をすくめて困惑する。

「お嬢が大丈夫でも俺が叱られますよ・・・」

それもその筈。
数日前の事、少し先で店を構えていたテントを派手にブチ壊したのが原因だった。



。・゚・。。・゚・。。・゚・。。・゚・。・゚・。


1人の男の子が自分のケツを叩きながら、エラを挑発していた。

「やーい、お嬢様ぶってやんのぶりっ子姫。
 俺を捕まえてみろよ。」

その後に続いて同じ様な男の子が数人、エラを囲んでからかった。

「よぉ~し、みてなさい。
 負けないんだから!」

腕をまくってやる気満々のエラは薄ら笑いを浮かべると3~4人の男の子を一人づつ華麗に追いつめていった。

酒樽によじ登って上から飛び降りてヘッドロックしたような体制で男の子を確保。

「まいったか!」

「ギブ!、もう勘弁してくれ・・・」

その容姿は少しぼさぼさの髪で7~8歳くらいに見える長ズボンを履いたサスペンダー姿の男の子。
これが後に登場するジャックである。
鬼ごっこなのか喧嘩なのかよくわからない状況であった。

続けてダッシュで武器屋に入って置いてある木刀を見つけたエラはさっさと持っていってしまう。
正確には”見つけた”というよりは既に置いてある場所を知っているかの様だ。

「後で返すからごめん!」

武器屋の主人は坊主でいかつい風貌をしている。
しかし咄嗟の事で止めることもできず。
あっけに取られて猛ダッシュで去るエラを成す術もなく呆然と見送ると呆れた顔をした。

武器屋の外を出るとワッフル売りが通り掛かる。
そこに走って突っ込もうとしたエラを辛うじてかわしたワッフル売りの主人。
ワッフル売りの主人は当然ながら大声で激怒する。

「危ねーぞ、コラッ!!!」

「ごめん!」

この様に悪びれもなく、木刀を片手に全速で走り去っていくエラ。

最後に捕まった男の子はこの町からそう遠くない場所に居を構えるキャピュレット家のアンドレ侯爵子息であった。
あどけない顔ながら、整った顔に茶髪の髪の姿をしている。
勿論、アンドレも勝手に屋敷からお忍びで飛び出した子の一人。

アンドレは野菜売りのジャンとは違う商売をしている店に隠れていた。
その店はテントを張っており、胡椒やサブランなど複数の珍しい調味料を並べている。

このテントの近くには低い建物が建っており、この建物によじ登ったエラはテントの下へ飛び降りた。
そこまでは良かったものの、やり過ぎで身の危険を悟ったのか木刀で抵抗力をつけながら落ちたのである。
テントの下へ飛び降りたのは特段の計画性があった訳では無かった。
派手にやれば恐らくは誰か出て来るだろうという考え。

この時に真下で商売していた調味料の主人のテントが木材が折れる音や色んなものがひっくり返る音と共に真っ二つに折れ、続けて調味料も埃が舞ったかの様に派手にぶちまけたのであった。
不時着したエラは尻をさすりながら直ぐに起き上がる。

「あいたた・・・」

この状況を見て真っ青になり、驚愕したのがアンドレであった。

「やっべー!」

「コラっ!!!
 なんて事してくれるんだこの悪ガキ!!
 高いんだぞコレ、弁償しろ!!!」

調味料を売る店主が激怒した時は時既に遅し。
逃げたアンドレを木刀を振り回して追っかけて去っていくエラであった。

酷く怒った店主は直ぐにウィリアム侯爵に謁見を申し立て、直談判したという流れである。
店主は非常に苛立った顔でこの様に申し立てたのだった。

「ウィリアム様、失礼ながら内の商売は上がったりです。
 サフランがどれだけ高いスパイスかご存じでしょう。」

「すまぬ、弁償しよう。」

頭を抱えたウィリアム侯爵であった。

一方で、エラはアンドレを暫く追っかけた先、アンドレの背後からエラは木刀で首を抑えて首尾良く確保したのである。
この事件が切っ掛けでその後、エラとアンドレはよく顔を合わせる様になったのでした。


。・゚・。。・゚・。。・゚・。。・゚・。・゚・。



町を出て少し馬を走らせると農村地帯が広がる。
エラはその農村地帯で収穫作業をしている人に声をかけた。

「おや、お嬢様。
 今日も手伝ってくれるのかい?」

三角巾をしている30代に見える少し体格の良い婦人が声をかけるとエラは元気よく返した。

「いいよステラ!
 ジャンからおやつ貰ったから手伝ったげる。」

ステラは町で行商をしているジャンの娘であり、この畑はジャンの畑でもある。

「ジャック、少しはエラ様を見習いなさい!」

ステラは手に腰を当てて少し呆れ顔をしている。
少しぼさぼさの髪で7~8歳くらいに見える長ズボンを履いたサスペンダー姿の子がジャックだった。
このジャック、例の小さな町でのドタバタ事件に加担した中の1人である。
近くには4歳くらいの次男、ポールが寝ていた。
ジャックはポールの横でいびきをかいて寝ている。

そこにエラはジャックの足を引っ張って寝技をかけたのだった。
ジャックは飛び起きて叫んだ。

「エラ、ギブアップ!
 お前はホントに女か!!」

「女で悪かったね!
 効かない様だからもういっちょいっとく?」

エラの薄ら笑いがジャックの目には悪魔に見える。

「わかったからやめてくれ!」

ジャックが地面を手で叩いて降参するポーズを取るとエラは満足した様な表情をした。

「よーし、いい子いい子。
 ここに生えてるケールを私より早く引っこ抜かないと蹴とばすよ。」

エラがそう言っている間に立ち上がったジャックのケツにエラは一発、ケリを入れる。

「勘弁してくれよエラ!」

泣き面にハチのような顔をしたジャックはようやく、収穫の手伝いを始めるのだった。
ステラは親として少々困惑はするものの、エラがやってくるとジャックが真面目に働くので特段に物を申す事は無かった。

このような事が日常茶飯時だったキャルロット家では周辺からエラの素業が各所から報告されるのであった。

「お嬢様!少しはレディーのたしなみくらい身に着けなさってください!」
これが年配メイド、リズの叱り文句の定番であった。
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